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96. 国王であれ農民であれ、家庭に平和を見いだせる者がもっとも幸せである byゲーテ
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「おはよう」
「⋯⋯⋯⋯ぉはようごじゃまふ」
(か、噛んだ。最悪!)
昨夜の雨は明け方まで降り続いた。夜中にジェロームが薪を足したお陰で部屋は少し暖かく感じるが、シャーロットはモゾモゾと毛布の中に潜り込んでいった。
(信じらんない、あんな⋯⋯あんな)
「さて、朝食を受け取りに行ってくるよ。帰ってきたら薪を足すからそれまではベッドの中にいるんだよ」
(頼まれても出られないわ! だって、今って)
見られても構わないとばかりにベッドからするりと起き上がったジェロームが服をかき集めていると、チラリと覗いたシャーロットが慌てて毛布に深く潜り込んだ。
(は、破廉恥だわ! そんな格好で堂々と⋯⋯おし、お尻が!)
何も見なかったと呪文を唱えるシャーロットを毛布の上から軽く叩いて、部屋を出て行きながらジェロームが声をかけた。
「見応え、あった?」
(バレてた!! 見るつもりなんかじゃなかったもの。あれが普通なの? ゆ、昨夜のジェロームはべ、別人みたいで⋯⋯お酒って怖い!!)
(パニックになっているシャーロットには落ち着くための時間が必要だろうなぁ。お酒最高!!)
積み重ねたバスケットを抱えて屋敷に戻るジェロームは、したり顔をしているに違いないアンドリューを思い出して顔を顰めた。
(うーん。まあ、誰がどう思おうと構わないか)
雨の雫が滴り落ちる葉の瑞々しさが消えないうちにシャーロットを散歩に誘おうと思いながら雲ひとつない空を見上げた。
(今日は、もう一日仕事を休みにするぞ!)
その頃、かなり寝不足のシャーロットは温かい毛布に誘われてうつらうつらとしかけてはハッと目を覚ますのを繰り返していた。
(大変! ジェロームが帰ってきちゃう)
慌ててベッドから抜け出し落ちている服を拾い上げて溜息をついた。
(どうしよう、こんなに皺だらけになって)
いつまでもグズグズしていてジェロームが帰ってきたら大変だと大急ぎで身支度を整えて顔を洗い、鏡の前で縺れた髪を梳かしかけてストールをしていない事に気付いた。
慌てて立ち上がったシャーロットが部屋の中を探し回ると何故かベッドの下からストールのフリンジがのぞいている。
(なんでこんなとこに?⋯⋯そう言えば傷を間近で見られちゃった。気持ち悪いって思わなかったかなぁ)
しゃがみ込んだままそっと右手を襟足にあてると凸凹した感触が。
(これからはチョーカーにしようかな。その方が隠しやすいかも⋯⋯。
とにかく今は、クヨクヨしてもしょうがないわ。だって、どう思ったのかはジェロームが帰ってきた時の顔を見たら分かるはずだもの)
気持ちを切り替えて髪を簡単なハーフアップにして、部屋を見回したシャーロットは真っ赤な顔でベッドを睨みつけ恥ずかしさのあまり顔を背けた。
「シーツは外すべきよね。うん、枕カバーも⋯⋯できる、何も考えずに一気に⋯⋯きゃあ!」
屋敷に戻り朝食の入ったバスケットを受け取ったジェロームがいそいそと離れに戻ると、ベッドに向かって立っているのに顔を背けているシャーロットの頬が真っ赤になっているのを見つけた。朝からご機嫌なジェロームはそっと後ろから近づいて、何やらブツブツ呟いているシャーロットを抱き上げてベッドにもつれ込んだ。
「きゃあ!」
「朝食より美味しそうなものを見つけた」
シャーロットの首筋に顔を埋めたジェロームがキスをしはじめて⋯⋯。
「スープが冷たい⋯⋯」
「ごめん、つい」
調子に乗りすぎたジェロームが謝ったが、シャーロットを膝に乗せ後ろ頭にキスをしながらなので本気のようには思えない。
「ソファに座りたいの」
「それは無理」
「一人で食べられるから」
「はい、あーん」
「歩けるってば」
「この方がいいって」
賭けの賞品にシャーロットが真っ赤な顔で逃げ出したのは二人だけの秘密だが、漸くシャーロットを手に入れたジェロームの溺愛が加速し、温かい目で応援していた人達さえドン引きするまであと数時間。
離れを片付けて屋敷に戻ったのはその日の夕方近くだった。
無理をさせすぎたと口先だけの反省をしつつシャーロットを構い倒し、せっせと餌を運ぶ親鳥のように世話をするジェロームが有頂天になっているのは間違いない。
いつでも真っ直ぐに感情を見せてくれるジェロームが好きだったが、こういう時はもう少し大人対応して欲しいと思わなくもないシャーロットだった。
(でもまあ、ジェロームらしいと言うか。恥ずかしいけど、これはこれでなんだか嬉しい気もするし)
ジェロームの作戦が功を奏しすっかり術中にハマっていたシャーロットだったが、二人の荷物が主寝室に移動しているのを知って真っ青になった。
「そ、そんなの無理に決まってるでしょ! まま、まっ、毎日一緒とか⋯⋯絶対無理!」
「シャーロットは俺と一緒は嫌?」
「そっそうじゃないけど⋯⋯とっ、時々なら良いけど、毎日一緒だと心臓がもたない。ジェロームはやることが急すぎるんだもの、ついていくのに精一杯でパニックになりそう」
話すうちにだんだん小声になっていくシャーロットを抱きしめたジェロームが頭を撫でた。
「これでも十分過ぎるほど待ったんだけどなあ。このまま魔法使いへの道一直線かと覚悟を決めてたんだから」
「ん? 魔法使いって何?」
「いや、そこは気にしないでくれ。それよりも部屋の事なんだけど、同じ部屋だけどシャーロットが嫌がる事は絶対にしないって約束するから」
「⋯⋯絶対?」
「ああ、最悪ソファは十分な大きさがあるし、もう離れていたくない」
真剣な顔でシャーロットの顔を見つめるジェロームは嘘をついているようには見えない。ジェロームの願いを叶えたくもあり、シャーロット自身もジェロームと一緒にいたくもあり。
「寝顔をジロジロ見るのがなしなら」
「うっ、そいつは厳しい。こっそり見つからないようにするよ」
「それ、言ったらダメなやつ」
恥ずかしいけれど真っ直ぐむけてくれる愛情が嬉しくて、結局言い負けしてしまったシャーロットは小さく笑みをこぼした。
(ジェロームが強引に話を進めてくれるから、臆病者の私でも前に進めてる。ありがとう)
あれから半年。暑い夏を過ぎ楡の木にも花が咲き、山を彩っていた紅葉樹が葉を落としはじめる頃マリアンヌが帰国した。
アンドリューと共にメイラード王国を訪問していたマリアンヌだが、マリアンヌにかまけて仕事を制限してばかりのアンドリューに腹を立て一人で帰国してきたと言う。
『兵器工場の視察なんて危険だとか、過激な音を聴かせるのはダメだとか。そのくせ離れてくれなくて。
だから、一人で帰ると言ったらアンドリューまで帰国すると大騒ぎだったんです。リディア様が叱ってくださらなかったら何も決められないまま帰国する羽目になってたと思います』
公爵邸では二人が追いかけっこをする姿は見掛けられなくなったが、ジェロームがシャーロットに何やらおねだりしては袖にされている姿は相変わらず。
「またやってますわ」
「ほんと、飽きないのかしらねえ」
ソルダート王国との交渉が終わった直後、旧フォルスト領をさっさとアーサーに任せ溜まっていた執務を終わらせていたエカテリーナは、マリアンヌと一緒に公爵邸に遊びに来ていた。
「うちの息子達はどうしてこんなに妻に弱いのかしらねえ」
溜息をついたエカテリーナの目線の先には、妨害されてシャーロットに近づけないジェロームが本気でソックスと口喧嘩をしていた。
「30近い息子より馬の方が大人に見えるなんて。【恋とは重大な精神疾患である】⋯⋯息子達を見ているとまさにその通りだと思うわ」
「お義父様も似たようなところがおありのような気が。遺伝とかでしょうか?」
「あら、マリアンヌも言うようになったじゃない」
エカテリーナが少しばかり目を細めマリアンヌを注視した。
シャーロットを取り返したジェロームがソックスを馬番に頼んでエカテリーナ達の座るテーブルに戻ってきたが、モジモジと何かを言いたそうなマリアンヌと期待を押し殺したような嘘くさい表情のエカテリーナを見たジェロームが首を傾げた。
「⋯⋯⋯⋯ぉはようごじゃまふ」
(か、噛んだ。最悪!)
昨夜の雨は明け方まで降り続いた。夜中にジェロームが薪を足したお陰で部屋は少し暖かく感じるが、シャーロットはモゾモゾと毛布の中に潜り込んでいった。
(信じらんない、あんな⋯⋯あんな)
「さて、朝食を受け取りに行ってくるよ。帰ってきたら薪を足すからそれまではベッドの中にいるんだよ」
(頼まれても出られないわ! だって、今って)
見られても構わないとばかりにベッドからするりと起き上がったジェロームが服をかき集めていると、チラリと覗いたシャーロットが慌てて毛布に深く潜り込んだ。
(は、破廉恥だわ! そんな格好で堂々と⋯⋯おし、お尻が!)
何も見なかったと呪文を唱えるシャーロットを毛布の上から軽く叩いて、部屋を出て行きながらジェロームが声をかけた。
「見応え、あった?」
(バレてた!! 見るつもりなんかじゃなかったもの。あれが普通なの? ゆ、昨夜のジェロームはべ、別人みたいで⋯⋯お酒って怖い!!)
(パニックになっているシャーロットには落ち着くための時間が必要だろうなぁ。お酒最高!!)
積み重ねたバスケットを抱えて屋敷に戻るジェロームは、したり顔をしているに違いないアンドリューを思い出して顔を顰めた。
(うーん。まあ、誰がどう思おうと構わないか)
雨の雫が滴り落ちる葉の瑞々しさが消えないうちにシャーロットを散歩に誘おうと思いながら雲ひとつない空を見上げた。
(今日は、もう一日仕事を休みにするぞ!)
その頃、かなり寝不足のシャーロットは温かい毛布に誘われてうつらうつらとしかけてはハッと目を覚ますのを繰り返していた。
(大変! ジェロームが帰ってきちゃう)
慌ててベッドから抜け出し落ちている服を拾い上げて溜息をついた。
(どうしよう、こんなに皺だらけになって)
いつまでもグズグズしていてジェロームが帰ってきたら大変だと大急ぎで身支度を整えて顔を洗い、鏡の前で縺れた髪を梳かしかけてストールをしていない事に気付いた。
慌てて立ち上がったシャーロットが部屋の中を探し回ると何故かベッドの下からストールのフリンジがのぞいている。
(なんでこんなとこに?⋯⋯そう言えば傷を間近で見られちゃった。気持ち悪いって思わなかったかなぁ)
しゃがみ込んだままそっと右手を襟足にあてると凸凹した感触が。
(これからはチョーカーにしようかな。その方が隠しやすいかも⋯⋯。
とにかく今は、クヨクヨしてもしょうがないわ。だって、どう思ったのかはジェロームが帰ってきた時の顔を見たら分かるはずだもの)
気持ちを切り替えて髪を簡単なハーフアップにして、部屋を見回したシャーロットは真っ赤な顔でベッドを睨みつけ恥ずかしさのあまり顔を背けた。
「シーツは外すべきよね。うん、枕カバーも⋯⋯できる、何も考えずに一気に⋯⋯きゃあ!」
屋敷に戻り朝食の入ったバスケットを受け取ったジェロームがいそいそと離れに戻ると、ベッドに向かって立っているのに顔を背けているシャーロットの頬が真っ赤になっているのを見つけた。朝からご機嫌なジェロームはそっと後ろから近づいて、何やらブツブツ呟いているシャーロットを抱き上げてベッドにもつれ込んだ。
「きゃあ!」
「朝食より美味しそうなものを見つけた」
シャーロットの首筋に顔を埋めたジェロームがキスをしはじめて⋯⋯。
「スープが冷たい⋯⋯」
「ごめん、つい」
調子に乗りすぎたジェロームが謝ったが、シャーロットを膝に乗せ後ろ頭にキスをしながらなので本気のようには思えない。
「ソファに座りたいの」
「それは無理」
「一人で食べられるから」
「はい、あーん」
「歩けるってば」
「この方がいいって」
賭けの賞品にシャーロットが真っ赤な顔で逃げ出したのは二人だけの秘密だが、漸くシャーロットを手に入れたジェロームの溺愛が加速し、温かい目で応援していた人達さえドン引きするまであと数時間。
離れを片付けて屋敷に戻ったのはその日の夕方近くだった。
無理をさせすぎたと口先だけの反省をしつつシャーロットを構い倒し、せっせと餌を運ぶ親鳥のように世話をするジェロームが有頂天になっているのは間違いない。
いつでも真っ直ぐに感情を見せてくれるジェロームが好きだったが、こういう時はもう少し大人対応して欲しいと思わなくもないシャーロットだった。
(でもまあ、ジェロームらしいと言うか。恥ずかしいけど、これはこれでなんだか嬉しい気もするし)
ジェロームの作戦が功を奏しすっかり術中にハマっていたシャーロットだったが、二人の荷物が主寝室に移動しているのを知って真っ青になった。
「そ、そんなの無理に決まってるでしょ! まま、まっ、毎日一緒とか⋯⋯絶対無理!」
「シャーロットは俺と一緒は嫌?」
「そっそうじゃないけど⋯⋯とっ、時々なら良いけど、毎日一緒だと心臓がもたない。ジェロームはやることが急すぎるんだもの、ついていくのに精一杯でパニックになりそう」
話すうちにだんだん小声になっていくシャーロットを抱きしめたジェロームが頭を撫でた。
「これでも十分過ぎるほど待ったんだけどなあ。このまま魔法使いへの道一直線かと覚悟を決めてたんだから」
「ん? 魔法使いって何?」
「いや、そこは気にしないでくれ。それよりも部屋の事なんだけど、同じ部屋だけどシャーロットが嫌がる事は絶対にしないって約束するから」
「⋯⋯絶対?」
「ああ、最悪ソファは十分な大きさがあるし、もう離れていたくない」
真剣な顔でシャーロットの顔を見つめるジェロームは嘘をついているようには見えない。ジェロームの願いを叶えたくもあり、シャーロット自身もジェロームと一緒にいたくもあり。
「寝顔をジロジロ見るのがなしなら」
「うっ、そいつは厳しい。こっそり見つからないようにするよ」
「それ、言ったらダメなやつ」
恥ずかしいけれど真っ直ぐむけてくれる愛情が嬉しくて、結局言い負けしてしまったシャーロットは小さく笑みをこぼした。
(ジェロームが強引に話を進めてくれるから、臆病者の私でも前に進めてる。ありがとう)
あれから半年。暑い夏を過ぎ楡の木にも花が咲き、山を彩っていた紅葉樹が葉を落としはじめる頃マリアンヌが帰国した。
アンドリューと共にメイラード王国を訪問していたマリアンヌだが、マリアンヌにかまけて仕事を制限してばかりのアンドリューに腹を立て一人で帰国してきたと言う。
『兵器工場の視察なんて危険だとか、過激な音を聴かせるのはダメだとか。そのくせ離れてくれなくて。
だから、一人で帰ると言ったらアンドリューまで帰国すると大騒ぎだったんです。リディア様が叱ってくださらなかったら何も決められないまま帰国する羽目になってたと思います』
公爵邸では二人が追いかけっこをする姿は見掛けられなくなったが、ジェロームがシャーロットに何やらおねだりしては袖にされている姿は相変わらず。
「またやってますわ」
「ほんと、飽きないのかしらねえ」
ソルダート王国との交渉が終わった直後、旧フォルスト領をさっさとアーサーに任せ溜まっていた執務を終わらせていたエカテリーナは、マリアンヌと一緒に公爵邸に遊びに来ていた。
「うちの息子達はどうしてこんなに妻に弱いのかしらねえ」
溜息をついたエカテリーナの目線の先には、妨害されてシャーロットに近づけないジェロームが本気でソックスと口喧嘩をしていた。
「30近い息子より馬の方が大人に見えるなんて。【恋とは重大な精神疾患である】⋯⋯息子達を見ているとまさにその通りだと思うわ」
「お義父様も似たようなところがおありのような気が。遺伝とかでしょうか?」
「あら、マリアンヌも言うようになったじゃない」
エカテリーナが少しばかり目を細めマリアンヌを注視した。
シャーロットを取り返したジェロームがソックスを馬番に頼んでエカテリーナ達の座るテーブルに戻ってきたが、モジモジと何かを言いたそうなマリアンヌと期待を押し殺したような嘘くさい表情のエカテリーナを見たジェロームが首を傾げた。
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