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88. 短慮軽率な奴
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「お待たせして申し訳ありません」
「いや、早く来すぎたので先に花を愛でていた。こういった庶民的な花も中々良いものだと思ってね」
「王宮のバラ園やチューリップも見頃を迎えていると聞いております。王太子殿下はそちらの方がお気に召されたかもしれませんね」
「ああ、花なら一番薔薇が好きかもしれない。シャーロットにも良く似合いそうだから今度お贈りしよう」
「誤解を招いてはなりませんので、どうかアルフォンス公爵か夫人とお呼びくださいませ」
「我が国のレディと違って随分と堅苦しい⋯⋯生真面目なんだな。では、シャーロット殿とお呼びしよう。家名で呼ぶのはちと寂しすぎる」
肩につくくらいの長さのアッシュブロンドと金色に光る瞳。整った顔立ちをしているが全体的にぼんやりした色味に感じられるリチャード王太子はチャールズ王子とは全く似ていなかった。
お茶が運ばれてきて他愛もない話が続く中に本題らしき話題は一向に出てこないが、リチャード王太子の目はシャーロットの胸元のダイヤモンドに釘付けになっていた。
「見事なダイヤモンドだね。それ程の大きさのオレンジダイヤモンドは見た事がない。金色に輝いて実に美しい! それもキングストンの遺産かな?」
わざとのようにジェロームを無視して話を進めるリチャード王太子はシャーロットの方に身を乗り出して胸元に手を伸ばした。
「遺産ではなくある方からの結婚祝いですの。夫のクラバット・ピンと共にいただきました」
「⋯⋯そちらは⋯⋯アメジストか? 随分と差をつけられたものだね」
ふふんと鼻で笑ったリチャード王太子の顔がシャーロットの言葉を聞いた途端引き攣った。
「パープルダイヤモンドですの。これほど純粋なお色のものは珍しいのでわたくしも初めはアメジストかと思ってしまいましたわ」
「パ、パープルダイヤモンド?⋯⋯なんと、初めて見た。
まさかと思うがソルダートのダイヤモンド鉱山から出たものか!?」
「いえ、残念ながら違うようですわ。パープルダイヤモンドはピンクダイヤモンドが出る鉱山でごくたまに見かけられるだけだそうです」
「そ、そうか。シャーロット殿はそれについて、ソルダートの鉱山についてどう思われているのかな?」
「どうと言われましても。いくつかある鉱山の一つだとしか考えておりません」
「カエサルの物はカエサルに⋯⋯とは思わないと?」
「正直に申し上げて構わないのであれば、そのように思った事は一度もございません」
「鉱山を返してくれるのであれば、公爵家へ色々と配慮しても良いと思っている」
「今のままで十分だと思っておりますので、どうぞお気になさらずお過ごしくださいませ」
たかが女一人、大国の王太子の前に出れば萎縮して簡単に言うことを聞くはずだと思っていたリチャード王太子は目を吊り上げた。
「なっ、なぜだ!? あれは元々ソルダート王家直轄の山だったのだ。それなのに、怪しげな取引を持ちかけられて騙し取られたのだ。正しき持ち主に返すのは当然ではないか!」
青筋を立てて怒鳴るリチャード王太子が腰を浮かせテーブルを両手でバンと叩くと、側に仕えていた従者の一人が激昂するリチャード王太子にハラハラしてそっと駆け出した。
「不正な取引があったのであれば正式に裁判を起こすべきだと進言させていただきますが、キングストンに限ってはそのような愚かな行いをしていないと信じております」
「錬金術師などと怪しげ名を語っていた老い耄れなど信じられるものか!! 家を飛び出したろくでもない根無草の詐欺師の肩を持つならば、其方もタダでは済まさんぞ!!」
「本人から錬金術師だと名乗った事はございません。周りの方々が『まるで錬金術師のようだ』と仰られたのが一人歩きしただけでございます。例え王太子殿下であっても死者を冒涜するお言葉はお控えくださると嬉しく思います」
(亡くなってないけどね)
(ピンピンしてて誰よりも長生きしそうだけどな)
「王太子である私の言葉より不正な取り引きで利を得た盗人を信じると言うのか!?」
「わたくしにとって大切な家族でございました。彼の言葉を信じない理由はございません」
「リチャード王太子殿下!」
既に近くまで来ていたのだろう、ソルダートの法務大臣が慌てふためいて走って来た。
「大きなお声が聞こえたようですが、如何なさいましたか?」
「この者達を不敬罪で捕らえよ! 我が国の資産を不当に手に入れ長年利を貪っただけでなく、帰国後王となる私の意に否を唱えたのだ!! こやつの資産を凍結し賠償金に当てよ!」
(無謀すぎて愚かだわ。これが次期国王?)
「どうかお待ち下さい。ここはひとつ、私にお任せ頂き場を納めてご覧に入れましょう。
さて、アルフォンス公爵。一貴族が他国の王太子殿下へ非礼を働いたとなればタダではすみますまい。如何なさるおつもりですかな?」
はなから、気が短く直ぐに激昂する王太子の性格を利用してゴリ押しするつもりだったのだろう。王太子がキレるのを近くで見ていて程よいタイミングで登場しシャーロットに責任を取らせようとする法務大臣は、問題が起きれば『内容は聞いていなかったから』と逃げを打つ事ができるとでも思っているのか。
(こんなチンケな作戦しか思いつかないなんて情けない奴らだな)
「妻がどのような非礼を働いたと言われるのかお聞かせ願います。問答無用で責任を取れと申されても対応致しかねます」
「其方達が王太子殿下に非礼を働いたのでなければこのような事態になるはずがあるまい。謝罪の言葉があれば王太子殿下は広いお心でお許しくださるであろう」
(これが狙いなのね。私が謝れば『では手打ちにしましょう』と言って何かしらの譲歩をさせるつもりだわ)
(あわよくば鉱山の利権をむしり取って帰る、最悪でも賠償金減額のネタにするつもりか。
側妃が戦争を仕掛けるつもりだったと言うのは、家臣が勝手に勘違いしただけだと言い張ってるし。認めないと未だに騒いでるんだったな。その辺りの交渉材料にするつもりか?)
「わたくしに非がなければ謝るつもりはございません。どのような非礼があったのか是非ともお聞かせ下さいませ。
わたくしは鉱山の利権を無条件で渡せと仰られた事に対しお断りさせていただいただけでございます。
死者を冒涜する言葉をお控え下さいとも申し上げましたが、それが非礼となるとは思えません。冤罪で弾劾されるのであればアルフォンス公爵として持てる力の全てをかけて戦う所存でございます」
「なんと、またしてもソルダート王国を敵に回すと言われるか」
「お言葉をそのままお返しいたしましょう。またしても理不尽な言いがかりをつけわたくしを敵に回すと仰いますの?」
「周りをよくご覧になられた方が良いのではありませんか? リチャード王太子殿下は随分とお声が大きいようですね」
ジェロームの言葉で周りを見回したリチャードと法務大臣はあちこちに散らばり騒ぎを見つめる近衛や貴族の冷たい目に気付いた。
(くそ! いつの間に)
「詳細は存じませんが、行き違いがあったのかもしれませんな。今日はこの辺でお開きとされては如何でしょう」
「おい、此奴を捕まえないのか!?」
「王太子殿下、お鎮まりください。これだけの人に見られていては⋯⋯」
「くそ! 鉱山を持ち帰ると公言したんだぞ。このまま帰国したら⋯⋯」
(賠償金の大半は側妃の実家に押し付ける予定だが、無事に王座に着く為には恥をかかされたと不満を持つ貴族を黙らせる何かしらの成果が必要なんだ!)
「手土産なしでこのまま帰国するなどありえん! ならば、シャーロットを側妃として差し出せ!」
「我が妻を望まれるとは⋯⋯いやはや、流石ご兄弟と申し上げねばなりません。それがどのような結果になったか覚えておられますか? 今回限りではありますが、今のお言葉は聞かなかったことと致しましょう」
悠然とした態度で立ち上がったシャーロットとジェロームが挨拶をして立ち去る直前に⋯⋯。
「手土産で思い出しました。お口汚しにガナッシュを使ったお菓子をお持ちしております。お納めいただければ幸いでございます」
「いや、早く来すぎたので先に花を愛でていた。こういった庶民的な花も中々良いものだと思ってね」
「王宮のバラ園やチューリップも見頃を迎えていると聞いております。王太子殿下はそちらの方がお気に召されたかもしれませんね」
「ああ、花なら一番薔薇が好きかもしれない。シャーロットにも良く似合いそうだから今度お贈りしよう」
「誤解を招いてはなりませんので、どうかアルフォンス公爵か夫人とお呼びくださいませ」
「我が国のレディと違って随分と堅苦しい⋯⋯生真面目なんだな。では、シャーロット殿とお呼びしよう。家名で呼ぶのはちと寂しすぎる」
肩につくくらいの長さのアッシュブロンドと金色に光る瞳。整った顔立ちをしているが全体的にぼんやりした色味に感じられるリチャード王太子はチャールズ王子とは全く似ていなかった。
お茶が運ばれてきて他愛もない話が続く中に本題らしき話題は一向に出てこないが、リチャード王太子の目はシャーロットの胸元のダイヤモンドに釘付けになっていた。
「見事なダイヤモンドだね。それ程の大きさのオレンジダイヤモンドは見た事がない。金色に輝いて実に美しい! それもキングストンの遺産かな?」
わざとのようにジェロームを無視して話を進めるリチャード王太子はシャーロットの方に身を乗り出して胸元に手を伸ばした。
「遺産ではなくある方からの結婚祝いですの。夫のクラバット・ピンと共にいただきました」
「⋯⋯そちらは⋯⋯アメジストか? 随分と差をつけられたものだね」
ふふんと鼻で笑ったリチャード王太子の顔がシャーロットの言葉を聞いた途端引き攣った。
「パープルダイヤモンドですの。これほど純粋なお色のものは珍しいのでわたくしも初めはアメジストかと思ってしまいましたわ」
「パ、パープルダイヤモンド?⋯⋯なんと、初めて見た。
まさかと思うがソルダートのダイヤモンド鉱山から出たものか!?」
「いえ、残念ながら違うようですわ。パープルダイヤモンドはピンクダイヤモンドが出る鉱山でごくたまに見かけられるだけだそうです」
「そ、そうか。シャーロット殿はそれについて、ソルダートの鉱山についてどう思われているのかな?」
「どうと言われましても。いくつかある鉱山の一つだとしか考えておりません」
「カエサルの物はカエサルに⋯⋯とは思わないと?」
「正直に申し上げて構わないのであれば、そのように思った事は一度もございません」
「鉱山を返してくれるのであれば、公爵家へ色々と配慮しても良いと思っている」
「今のままで十分だと思っておりますので、どうぞお気になさらずお過ごしくださいませ」
たかが女一人、大国の王太子の前に出れば萎縮して簡単に言うことを聞くはずだと思っていたリチャード王太子は目を吊り上げた。
「なっ、なぜだ!? あれは元々ソルダート王家直轄の山だったのだ。それなのに、怪しげな取引を持ちかけられて騙し取られたのだ。正しき持ち主に返すのは当然ではないか!」
青筋を立てて怒鳴るリチャード王太子が腰を浮かせテーブルを両手でバンと叩くと、側に仕えていた従者の一人が激昂するリチャード王太子にハラハラしてそっと駆け出した。
「不正な取引があったのであれば正式に裁判を起こすべきだと進言させていただきますが、キングストンに限ってはそのような愚かな行いをしていないと信じております」
「錬金術師などと怪しげ名を語っていた老い耄れなど信じられるものか!! 家を飛び出したろくでもない根無草の詐欺師の肩を持つならば、其方もタダでは済まさんぞ!!」
「本人から錬金術師だと名乗った事はございません。周りの方々が『まるで錬金術師のようだ』と仰られたのが一人歩きしただけでございます。例え王太子殿下であっても死者を冒涜するお言葉はお控えくださると嬉しく思います」
(亡くなってないけどね)
(ピンピンしてて誰よりも長生きしそうだけどな)
「王太子である私の言葉より不正な取り引きで利を得た盗人を信じると言うのか!?」
「わたくしにとって大切な家族でございました。彼の言葉を信じない理由はございません」
「リチャード王太子殿下!」
既に近くまで来ていたのだろう、ソルダートの法務大臣が慌てふためいて走って来た。
「大きなお声が聞こえたようですが、如何なさいましたか?」
「この者達を不敬罪で捕らえよ! 我が国の資産を不当に手に入れ長年利を貪っただけでなく、帰国後王となる私の意に否を唱えたのだ!! こやつの資産を凍結し賠償金に当てよ!」
(無謀すぎて愚かだわ。これが次期国王?)
「どうかお待ち下さい。ここはひとつ、私にお任せ頂き場を納めてご覧に入れましょう。
さて、アルフォンス公爵。一貴族が他国の王太子殿下へ非礼を働いたとなればタダではすみますまい。如何なさるおつもりですかな?」
はなから、気が短く直ぐに激昂する王太子の性格を利用してゴリ押しするつもりだったのだろう。王太子がキレるのを近くで見ていて程よいタイミングで登場しシャーロットに責任を取らせようとする法務大臣は、問題が起きれば『内容は聞いていなかったから』と逃げを打つ事ができるとでも思っているのか。
(こんなチンケな作戦しか思いつかないなんて情けない奴らだな)
「妻がどのような非礼を働いたと言われるのかお聞かせ願います。問答無用で責任を取れと申されても対応致しかねます」
「其方達が王太子殿下に非礼を働いたのでなければこのような事態になるはずがあるまい。謝罪の言葉があれば王太子殿下は広いお心でお許しくださるであろう」
(これが狙いなのね。私が謝れば『では手打ちにしましょう』と言って何かしらの譲歩をさせるつもりだわ)
(あわよくば鉱山の利権をむしり取って帰る、最悪でも賠償金減額のネタにするつもりか。
側妃が戦争を仕掛けるつもりだったと言うのは、家臣が勝手に勘違いしただけだと言い張ってるし。認めないと未だに騒いでるんだったな。その辺りの交渉材料にするつもりか?)
「わたくしに非がなければ謝るつもりはございません。どのような非礼があったのか是非ともお聞かせ下さいませ。
わたくしは鉱山の利権を無条件で渡せと仰られた事に対しお断りさせていただいただけでございます。
死者を冒涜する言葉をお控え下さいとも申し上げましたが、それが非礼となるとは思えません。冤罪で弾劾されるのであればアルフォンス公爵として持てる力の全てをかけて戦う所存でございます」
「なんと、またしてもソルダート王国を敵に回すと言われるか」
「お言葉をそのままお返しいたしましょう。またしても理不尽な言いがかりをつけわたくしを敵に回すと仰いますの?」
「周りをよくご覧になられた方が良いのではありませんか? リチャード王太子殿下は随分とお声が大きいようですね」
ジェロームの言葉で周りを見回したリチャードと法務大臣はあちこちに散らばり騒ぎを見つめる近衛や貴族の冷たい目に気付いた。
(くそ! いつの間に)
「詳細は存じませんが、行き違いがあったのかもしれませんな。今日はこの辺でお開きとされては如何でしょう」
「おい、此奴を捕まえないのか!?」
「王太子殿下、お鎮まりください。これだけの人に見られていては⋯⋯」
「くそ! 鉱山を持ち帰ると公言したんだぞ。このまま帰国したら⋯⋯」
(賠償金の大半は側妃の実家に押し付ける予定だが、無事に王座に着く為には恥をかかされたと不満を持つ貴族を黙らせる何かしらの成果が必要なんだ!)
「手土産なしでこのまま帰国するなどありえん! ならば、シャーロットを側妃として差し出せ!」
「我が妻を望まれるとは⋯⋯いやはや、流石ご兄弟と申し上げねばなりません。それがどのような結果になったか覚えておられますか? 今回限りではありますが、今のお言葉は聞かなかったことと致しましょう」
悠然とした態度で立ち上がったシャーロットとジェロームが挨拶をして立ち去る直前に⋯⋯。
「手土産で思い出しました。お口汚しにガナッシュを使ったお菓子をお持ちしております。お納めいただければ幸いでございます」
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