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94.知らぬはシャーロットばかりなり

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 デュークやジェファーソンに鍛えられているジェロームに比べるとシャーロットはかなりのんびりさせてもらっている自覚がある。申し訳ない気もするが根を詰めて仕事をしているより、お菓子作りや庭仕事をしているとジェロームが喜んでくれるのでそれに甘えさせてもらいかなり自由にしている。

『女侯爵としてちゃんと仕事をしなくちゃ。私には知識も常識も足りなすぎるもの』

『それはお互い様だよ。だけど当面、街道整備以外は現状維持にすると決めたんだから、新規事業を立ち上げる前にまずは一般的な貴族令嬢の暮らしを体験してもらいたいんだ』

『そんなことをする必要はないと思う。それよりも勉強したほうが有意義だわ』

『責任感があるのはいいことだけど、シャーロットは今まで自分のやりたいことをやって人生を楽しんだことがないだろ? 仕事以外に趣味や気晴らしの方法を知るべきだと思うんだ』

『刺繍やレース編みがあるし、ドレスなんかも作ってるもの』

『だったらそれでもいい。でも、今までみたいに必要に迫られて作るんじゃなくてお楽しみのためにするのなら』

『その違いが判らないわ』

『それが分かるようになるまでは毎日休憩時間をがっつりとってもらう。でなければ⋯⋯俺の子守唄を毎晩聴いてもらう』

『それは遠慮しておくわ。絶対音痴だと思うもの』

(ジェロームが歌う歌をベッドに入って大人しく聴くなんてマリアンヌが言ってた『羞恥プレイ』って言うアレだと思うわ。だって想像しただけで恥ずかしくて耐えられないもの)



 たっぷりのクロテッドクリームとイチゴジャムをのせたスコーンはまだほんのりと温かかった。準備していたお茶を淹れて新作のチェリーパイを頬張るジェロームを横目で見ていたシャーロットは、満面の笑顔を浮かべたジェロームの顔を見てほっと胸をなでおろした。

(良かった、大丈夫だったみたい)

 甘いものがそれほど得意でないジェロームのために、以前砂糖控えめに作ったビスケットは塩味のビスケットだと思われたらしく『酒のつまみに丁度いい』とフォローされた事がある。

(甘さ控えめって加減が難しいのよね)

 勿論普通に分量を量って作った甘いお菓子でも文句を言わずに食べてくれるが、出来るならジェロームの好みの味のものを食べてもらいたいと日夜研究中のシャーロットはその意味を理解していない。

(俺の好みの味で作りたいと思うのはシャーロットが口で言ってるよりも俺のことが好きだってことなんだけど、本人は気付いてないよなぁ)

 素知らぬふりで様子をうかがうシャーロットが可愛くて仕方ないジェロームはニヤニヤ笑いを押し隠して神妙な顔でパイを口にした。

(美味い。パイ生地が前より上手になってるし、シャーロットの愛情が加味されてるから極上の味だ)



 夕食までの空き時間を使ってシャーロットが新しいドレスのデザイン画を描いたり刺繍の図案を考えたりする横で、ジェロームは薪ストーブの取扱説明書や設計図を読み込んでいた。

(折角設計図があるんだから作ればかなり売れそうだよな)

 夕食の後久しぶりにカードゲームやチェスをしてみるとシャーロットが前回より格段に強くなっていた。

「凄いな、前回より益々手強くなってる。うかうかしてたら惨敗してしまいそうだ」

「ふふっ、それはあり得ないけど少しは慌てた? お祖父様やデュークに色々教えて頂いたから前よりは上手になってるはず」

「あの二人が師匠か⋯⋯そいつはヤバい。シャーロットにハンデをくださいって頼まないといけなくならないよう頑張らないと」

 ジェファーソンでさえ一目置いてる二人はいくら話をしても底が見えず、引き出しの多さが半端ない。彼らがシャーロットの味方で良かったとジェロームを含めたモルガリウス全員が心から思っている。



「そろそろ薪ストーブに火を入れようと思うんだが、今度はシャーロットがやってみる?」

 夕方になって少し風が出てきたので夜は冷えるかもしれないと、薪を多めに準備しておいた。朝の灰を丁寧に取り除きジェロームに教えて貰いながら薪と焚き付けを入れていった。

「針葉樹の薪は煙がすごいってイメージがあったから、それを使うとは思わなかったの」

「針葉樹の薪は早く火がつくから後から広葉樹を使うんだ。針葉樹の薪で煙突を温めておけば排煙がスムーズで効率的に燃やせる」

「収容所では針葉樹の薪ばかりだったの。煙がすごくて部屋中が煙くて散々だったけど、使い方や使い所を間違わなければ良いのね。
あっ、もう扉を閉めて良いの?」

「うん、大丈夫のはずだ。このまましばらく様子を見よう」

「教えて貰いながらだけど自分でつけたと思ったらワクワクするわ」

 離れがたそうに薪ストーブを見つめるシャーロットをソファに誘い、向かいに座ったジェロームがポケットからトランプを取り出した。

「俺も今朝同じことを思ったよ。ラルフに感謝だな」

「ええ、これから暑くなっていくのが残念なくらい」

(ここは私が小さい頃口にしていた御伽の家とよく似てるわ。囲炉裏の代わりが薪ストーブに進化してるけど、それ以外はイメージ通り。どこにいてもみんなの顔が見えて、一つの火に家族が集まって⋯⋯)



「夕食までポーカーで勝負しないか?」

「賭けはなし?」

「それじゃあ退屈だろ?」

「じゃあ、先に賞品を決めておきましょう」

「えー、ドキドキが減るからそいつは却下だな。あっ、そう言えば朝の賞品を貰ってないぞ」

「あれは⋯⋯時間切れ。忘れてた方が悪いんだから潔く諦めて」

「俺は往生際が悪いんだ。景品なしだなんて言われたら何をしでかすか⋯⋯そうだ、今度のパーティーで」

「却下却下却下!」

「まだ何も言ってないぞ?」

「家の中でできることに限定です。それならオーケーよ」

「よーし、言質は取ったからな。後になって却下はなしだ」

「⋯⋯はぁ、失敗したかも」



 ポーカーで惨敗したシャーロットはクッションに倒れ込んで恨みがましい目でジェロームを睨んだ。

「今まで手加減してたんでしょう? 正直に答えて」

「まさか、勝負は時の運って言うだろ?」

「この間から思ってたんだけど、賭けた時は一度も負けたことないんだもの。絶対に怪しい」

「今日は二つゲットだな。何にするかしっかり考えないとなぁ」

 ニヤニヤ笑いをするジェロームにクッションを投げつけた。



 火の様子を確認してから夕食を受け取りに屋敷へ行くことになったが、当初一人で料理を撮りに行こうと思っていたジェロームは、まだ使い慣れていない薪ストーブの側にシャーロットを一人で置いていくのが不安になった。

「一緒に行く?」

「勿論! 荷物持ちさせていただきますわね」

「先に言っとくけど、荷物持ちと賞品は別だからね」

 嬉しそうに笑っていたシャーロットはガックリと肩を落とした。

(顔に出過ぎだよ! シャーロットの狙い、超可愛かったな)



 厨房に行くと大きくて重いバスケットと小ぶりで軽いバスケットが並んで準備されていた。

「無理を言ってすまなかった。大変じゃなかったならいいんだが」

「いえ、普段と違うのも楽しく準備させていただきました。またいつでも仰ってください」

「ありがとう。あとはゆっくりしてね」

「では、良い夜を」


(良い夜にするべく頑張るつもりだよ。前回のような大きな野望じゃなくて、今回は友達から仲の良い友達に進化するのを目標にする予定)

(使用人一同、ジェローム様の努力が実るようお祈り致しております)

 アンドリューがシャーロットに見えないように小さくサムズアップしていた。

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