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76.好奇心は馬を助ける

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 片眉を上げて状況を説明しろと迫るジェロームにシャーロットがにっこりと微笑んだ。

「個人所有にしては広い馬場で逃げ回るソックスをご令息様が指笛で呼び戻すのが楽しそうでしたから練習しましたの」



 不審者はすでに行方をくらました後だったが、彼等が潜んでいたあたりにはいくつもの靴跡や蹄の跡が残されていた。かなりの時間その場に潜伏していたらしく、飲み食いの跡も残っており衛兵達は真っ青になった。

 貴族達は部屋に戻り警備の見直しが行われることになった。

「シャーロットとソックスはお手柄でしたね。陛下や王妃殿下から謝辞が届いていますよ」

「気付いたのも追い払ったのもソックスで、わたくしはその場に居ただけで何もしておりません」

 漸く口を聞いてくれたエカテリーナの褒め言葉に戸惑うシャーロットにジェロームが首を横に振った。

「英雄を救ったのはシャーロットだからね。あのまま奴らを追いかけていたらソックスは殺されていたかもしれないんだ。
俺からも礼を言わせて欲しい」



「それにしても気をつけなくてはいけませんね」

「はい、俺が今日のように離れてしまうこともありますし。シャーロットには護衛をつけましょう」

「は?」

 賊が狙っているのは国王や王妃だとシャーロットは考えていた。それなのになぜ自分に護衛をつけると言い出したのか不思議でならない。

(騒ぎを起こすなってこと? 大人しく目立たないようにしろって)


「このタイミングですからね。可能性は高いわね」




 アーサー達が乗り込んだソルダート王国は、長年不貞行為や不品行な行いを続けてきた者を接待役にしたエルバルド王国の判断ミスが原因で起きた醜聞だと言い続けた。

『チャールズ王子が本当に付き合っていたのはそのような不埒な者だったしな』

『元から素養のあったその女に誘惑されたのだろう』

『手練手管をもって迫られれば仕方なかろう』

 素行が悪く手に負えないと国から追い出したチャールズ王子の事をまるで被害者のように言う者までいた。

 のらりくらりと言い逃れを続けていたソルダートは、痺れを切らしたアーサーがテーブルを叩いて立ち上がると⋯⋯。

『では、チャールズ王子を引き取った後はエルバルド王国への立ち入りを禁止すれば問題なかろう』

 などと呑気なことを言い出す始末だった。



 無実を示す為に大勢の前で傷をさらさねばならぬほど夫人を追い詰めた責任は重いと言うアーサーに対して、馬鹿にしたように鼻を鳴らすソルダートの王や大臣達。

『騒ぎの渦中にいるのは元犯罪者とされていた小娘一人ではないか!』

『チャールズと不貞行為をしていた者の姉だと言うではないか。どうせその者も⋯⋯』



 アーサーは、チャールズ王子が『別人だとわかっていて態と貶めた』のはあまりにも非道で鬼畜にも劣る行為だと罵った。

『女一人のためにソルダート王国に抗議に来られるとは⋯⋯エルバルドは我が国に勝てると思うておられるのか?』

『大国と呼ばれるソルダートと弱小国のエルバルド。国力の違いをお考えになられるべきですなあ』

『モルガリウス卿が兵共々我が国に来られるならば⋯⋯』

 ゲラゲラと笑う国王達にキレたアーサーが宣言した。



『では、我がモルガリウス侯爵家はこれより後エルバルド王国より独立しソルダート王国に対し開戦いたしましょう。
チャールズ王子殿下が貶めたのは我が最愛の義娘。殿下の非道を許容されたソルダートはモルガリウスの敵となり申した。
モルガリウスの血の全てを賭けて戦う所存故⋯⋯お覚悟なされよ』

 席を立ち悠然と歩き去ろうとするアーサー達一行を衛兵が取り囲んだが、かすり傷一つ負うことなく叩き伏せた。


『まて、モルガリウス卿! 其方らがいかに強かろうとも我が国相手に勝ち目などあるわけが無かろう! 考え直すのだ⋯⋯たかが義理の娘ではないか』

『其方の令息は近々離婚するのであろう? ならば赤の他人も同然ではないか!?』

『どうしてもと言うならばチャールズにはしかと言い聞かせ、その娘とやらに謝罪をさせようではないか!!』


 アーサーの開戦宣言にソルダートは慌てふためいた。

 国の名を背負って来たせいでモルガリウスは強硬な態度を取らざるを得ないだけだろうと踏んでいたソルダートは、ここにきて漸くアーサーが本気で抗議していると気付いた。それも、生半可ではない怒りと共に。


 ソルダートでの女の価値は低く高位貴族の令嬢であっても使い捨てにして当然だと考える国。

 しかも、今回問題になっているのは元犯罪者だと言われた女で⋯⋯。まさか、その娘の為にエルバルド王国やモルガリウス侯爵家が本気で義憤に駆られているなど想像もしていなかった。

 適当に文句を聞き流しソルダートの優位を示す。使者としての大義を果たしたとモルガリウスが考えるまで相手をしてやれば良い⋯⋯これが、王をはじめとした全員の意見だった。


 モルガリウスが出て来たのはソルダートにとっては好機、機嫌が直るのを待ちモルガリウス一族をソルダートに迎え入れてやると言っても良いとさえ考えていた。

 ソルダート王国はエルバルドよりもモルガリウス侯爵家を警戒していた。モルガリウスの統制された軍事力はエルバルド王国を守り続け、近年は武器商人の国とも縁ができている。



『大国であることに胡座をかいてこられたソルダートの軍がモルガリウスの兵士達にどこまで食いついてこれるものやら。
この場におられる方々だけでなく、王子殿下の振る舞いを許容し我が国に押し付けてこられた方々も、みな首を洗って待たれるが良い』

『馬鹿な⋯⋯女一人のために代々続いてきた一族を賭けると申すか!?』

『我が義娘の矜持は一族で守り通すと決めております。義娘の尊厳を守らずして親とは申せますまい。
いや、その程度の事もわからぬ国であったなソルダートは』



 アーサー一行はすぐに出立の準備を整え移動を開始したが、ソルダート王国軍が白旗をあげて立ち塞がった。

『チャールズ王子殿下には毒杯を賜ると決まった。どうかそれで⋯⋯』

『⋯⋯アンドリュー、帰るぞ』


『エルバルドに無理矢理チャールズを押し付けた責をとる。さらなる関税の引き下げではどうだ?』

『話になりませんな』


『もちろん謝罪と陛下の退位も』

『書面に認めていただきましょう。謝罪にはどなたが来られますかな?』

『お、王太子と⋯⋯外務⋯⋯法務大臣では?』




「わたくし如きのためにそのような事になっていたなんて⋯⋯申し訳ありません。なんとお詫び申し上げて良いのか」

「詫びなど不要だと知っているでしょう? 元々アーサーはソルダートを潰したくてウズウズしていたんですもの。シャーロットにかこつけて鬱憤を晴らしに行ったようなものなの」


 エルバルド王国とソルダート王国の国境では長い間小競り合いが続いていた。

「ソルダートからの散漫な攻撃には辺境伯が奮闘していたけれど、それに兵を貸すのはいつもモルガリウスだったの。
その時点でソルダートをうるさいハエのようだと前侯爵もアーサーも言ってたんだけど、ここ最近小競り合いが減ってモルガリウスを探りはじめたソルダートにムカつくっていつも言っていたからチャンスに飛びついたのよ」

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