【完結】双子だからって都合よく使われて犯罪者にされたので、ざまあしようとしたら国をあげての大騒ぎになりました

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75.初めてだけど

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蝸角之争かかくのあらそい程度ならありましたけど、特にお話しする程ではございませんわ。
とりあえずの処置はしておきましたけれど、あれは暴虎馮河ぼこひょうがな方のようですから、もっと気をつけて差し上げるべきだと進言させていただきますわ」

 シャーロットの和かな笑顔にジェロームは顔を引き攣らせた。

「えーっと、つまり小物が進撃してきて取り敢えず撃退したけど無謀な奴だからまた来るってことかい?」

 曖昧な言い方をする時のシャーロットは間違いなく腹を立てている。それに慣れたジェロームがあっさりと解読して周りをチラ見した。

(ここにいるのは雑魚ばかり⋯⋯敵は誰だったんだ? シャーロットは自分自身の事では腹を立てても口に出したりしないし義姉上の様子も変⋯⋯と言うことは、義姉上が誰かに攻撃されたのか)


 エカテリーナはマリアンヌが自力で対処するようにと思っているのだろうが、男達は知りもしないのだろう。

(ああいう集団はしつこい蚊のようにいつまでも飛び回るんだから、少しは気付いてあげればいいのに。
私の事を口実にマリアンヌ様を攻撃に来るなんて許せない。次に来たらもっと徹底的に潰そうかしら。
ぬるま湯に浸かっていた令嬢なんて、収容所帰りの攻撃にあったら二度と屋敷から出られなくなるかもしれないわね)

 シャーロットの不穏な心の声は表には一切出ず、代わりに艶やかな笑顔と優しい声がこぼれ落ちた。

「それよりもソックスがご機嫌のようですわね」

(ヤバい、シャーロットがマジギレしてる)

 心に溜め込んだ怒りに比例して魅惑的な態度をとるシャーロットを知っているジェロームは一刻も早くマリアンヌを問い詰めようと心に決めた。




 狐狩りでは最終的に狐は猟犬に殺される。尻尾や足か耳などを切り落とした後猟犬の餌となる狐が哀れだと言うものもたまにいるが、ほとんどの貴族は気にもしていない。

「野蛮だとは思わないのかしら?」

 ジェロームの腰につけた布袋に目を留めたシャーロットがポツンと呟いた。そこには恐らくジェロームの戦利品の狐の耳が入っているのだろう。

「野蛮か⋯⋯確かにそうかもね」

「わたくしの言っていることが偽善だと分かっておりましてよ。肉や魚を当たり前のように口にしていますもの、それとどこが違うのかって言われるのは分かっております」

「でも、競技となると気持ち的に違う気がするんだろ?」

「ええ、狩猟大会を間近で見たのが初めてだったので戸惑っているみたいですわ」

「怖い?」

「まさか! わたくしは血抜きも解体も皮をなめす事だってしてきましたもの。怖いわけがございませんでしょう? ここにおられる貴族の女性達のような嫋やかな心など待ち合わせておりませんわ」

「その代わりに命を奪う恐ろしさを知ってる」

「⋯⋯」

 シャーロットの目の前に運ばれてくるのは命を奪われた後の動物が殆どだったが、収容所内で飼われていた鶏や羊などもいた。
 卵を産まなくなった、乳の出が悪くなった⋯⋯今朝世話をした鶏が目の前で『コッコ』と鳴いているのに、手に持っているのは餌ではなく首を落とすためのナタ。

 餌が足りなくなる冬が来る前に屠殺される豚が土に鼻を突っ込み、夏前に自分の手で毛を刈った羊が呑気そうに『ベェェ』と鳴いている。

 シャーロットの手には拘束するための薄汚れたロープ。

(あんな事を競技だと言えるなんて⋯⋯)


 シャーロットが狐狩りに同行したくなかったのは貴族達の偏見の目に晒されるのが恐ろしかったからだが、それよりも今は貴族のお楽しみ狐狩りの方が恐ろしい。

(それはそれ、これはこれ⋯⋯イライラして八つ当たりなんて情けないわ)

 大きく息を吸って深呼吸したシャーロットは小さく頭を下げた。



「皆様のお楽しみに水を刺すような事を口にしてしまい申し訳ありません。そのご様子ではとても優秀な成績を残されたのでしょう? ソックスもいつもより機嫌が良さそうですもの。
早く汗を拭いてあげなくては風邪をひいてしまいますわ」

 気遣わしげな顔をしたジェロームはそっけない態度でその場を立ち去りかけたシャーロットの背に手を添えた。

「ソックスにご褒美をあげなくちゃいけないんだけど、手伝ってくれるかな?」

「⋯⋯ドレスを涎まみれにしないとソックスが約束してくれるなら」

 シャーロットは機嫌良さそうに『ブヒン』と返事をしたソックスの頭を撫でてから並んで歩きはじめた。



 ジェロームは従者に皮袋を渡して後を頼みシャーロットの横に並んで歩きはじめたが、あちこちから声がかかり何度も足を止めざるを得ずソックスが痺れを切らしてしまった。

「先に行っておりますわ。向こうに世話係がいるのが見えますから」

 広場の先には侯爵家から付いてきた見慣れた馬番の姿が見え、ご褒美の角砂糖も準備してあるはず。


 申し訳なさそうなジェロームから念の為手綱を受け取り、たくさんの馬が世話をされている一角に向かった。馬番にソックスを預け汗を拭いてもらったり水を飲んだりしている様子を少し離れた場所から眺めていると、ささくれていた心が落ち着いてきた。

(あの程度のことで⋯⋯情けないわ。夜はパーティーがあるんだし、もっと気を引き締めておかなくちゃ)



 チャーリー馬番に世話をされながらチラチラとシャーロットの方を伺っていたソックスは、木立の影から様子を覗き見る男に気がついて『ブルルン』と荒い息を吐いた。

 突然首を振り回し足を踏み鳴らしはじめたソックスが今にも駆け出しそうに暴れはじめ馬番が慌てて声を荒げた。

「ソックス、もう競技は終わったんだから! 落ち着いて⋯⋯お前の好きな林檎があるぞ、ほらほら」


 一際身体の大きなソックスが興奮した様子を見せると周りの馬まで動揺しはじめ、世話をしていた男達が『ちっ!』と舌打ちした。

「そんなとこに立ってられちゃ迷惑ですよ」

「雄ならなんでもありとか?」


 ゲラゲラと笑う使用人達の下品な声がせっかく落ち着きかけた治りかけていたシャーロットの苛立ちに火をつけた。

「あら、性別が雄だってだけでは興味を引くこともできませんわ」


 気色ばむ男達が言い返そうとシャーロットに近付いてくる。チャーリーが男達に向かって文句を言いかけた時、ソックスが木立に向かって走りはじめた。

「ソックス、戻れ!!」

 チャーリーが慌てて叫んで追いかけたが、ぐんぐんスピードを上げるソックスに追いつけない。

「ソックスー!! 戻ってこい、ソックスゥー!!」


 ソックスが木立に着く前に、マントを頭まですっぽりと被り騎馬した不審な輩が複数飛び出して逃げて行った。

 それを更に追いかけようとしていたソックスだったが『ピー』と言う指笛が聞こえた途端スピードを落としてゆっくり向きを変えて戻って来はじめた。

(あら、初めてだったのに上手くいったみたい。これは確かに便利だわ)


 侯爵邸でジェロームがやっていたのを見て内緒で練習していたが、試したのは初めてだった。



 唖然とする馬番の男達の側では落ち着きを失っていた馬達がのんびり水を飲みはじめ、異変を察知して広場から駆けつけた貴族や衛兵達の先頭には青褪め汗を垂らすジェロームがいた。

「シャーロット、大丈夫か!? 今の音はなんだ?」

「ソックスが不審者を見つけて捕縛に向かったようでしたので⋯⋯呼び戻しましたの」

「なんてこった」


 全力疾走の後ゼェゼェと息を荒げるチャーリーの横を悠然と歩いて帰ってくるソックス。何事かと騒ぐ貴族達と走り出す衛兵や近衛達で会場は騒然となった。

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