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63.エド坊やって?

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「⋯⋯で、陛下と王妃殿下がなぜ断酒されてるの?」

ボケナスチャールズ王子にテレーザ達を近付けたのは陛下の指示だったそうなんだ。外務大臣が安請け合いしたせいでボケナス王子が我が国に来ることになったんだけど、元々フォルスト侯爵やエド坊やエドワード夫妻は社交界であまり評判が良くなかった。議会では当初別の貴族に接待役をしてもらう予定で話を進めてたんだ。
ところがあの裁判結果を思い出した陛下が反対意見を押し切ってエド坊や夫婦に依頼するって決めた」

「何で?」

「不貞行為で傷ついた二人ならボケナスの不貞を許さないだろうって思われたそうなんだけど、詳しく調べもせず安直な考えで人事に口を出したせいでボケナス達が暴走する機会を与えてしまった。その責任をとってるらしい。
王妃殿下が立場上陛下を公に処罰するわけにはいかないから大好きなお酒を取り上げると仰られて、お二人揃って粗食と断酒されているらしい」

「陛下のせいではないと思うし、そのせいで粗食と断酒なんて⋯⋯」

「先日母上に届いた手紙には、陛下の余分なお肉が取れたから嬉しいと書かれていたそうだよ。それに一応期限は狐狩りの前までになってるそうだから後もう少しで終わるしね」


「テレーザと公爵夫妻に利用されないようになりたかっただけなのに、何だか国を挙げての大騒ぎになってるのが辛いわ。
二度とパーティーには行かないし社交界とも関わらないけど、騒ぎが大きくなればなるほど益々拒否反応が強くなる」

「王命が出るからある程度の社交は必要になるんじゃないか?」

「謹んでお断りいたします! だって言って罪を肩代わりさせられたのに、公爵家の後始末を押し付けられるようで納得いかないわ。それに、親と妹を断罪して公爵家を乗っ取ったって言う人がきっと出てくる」

「確かにアレコレ言う奴はいると思う。公爵達が真面に領地経営をしていなかったから今は大した税収もないがこの国の中でもかなり好条件が揃った場所だし、公爵家の中でも由緒正しい家系だから」

 いい加減で見栄を張る以外に能のない公爵夫妻だったが、アルフォンス公爵家は建国以来続く由緒正しい家系だった。広大で肥沃な領地は王都から一日もかからず行き来出来る上に、現在他領からの通行税がかなりの収入になっている。

「現状でさえ領地はなんとかやっていけてるくらいだもの、縁戚で適当な方を探せば誰か引き取ってくださるんじゃないかしら?
16歳で学園を退学させられた私なんかじゃなくてお勉強が出来ていて領地経営がやりたい方を探していただきましょう。
幸いな事にあの公爵の下でも破産せず頑張っていた家令が領地にいるんだし、やりたい方に立候補していただいてその中から選べばいいわ」

「そいつと結婚するのか?」

「まさか、私は関係ないわ。そう考えると、やっぱり離籍届を出した方が後任の方にご迷惑をかけずに済むわね」

 帰ったら直ぐに手続きをはじめるか、このまま帰りに寄って行くか悩みはじめた。

「王命だぞ、そんなに簡単に断れるわけないだろ?」

「あら、大丈夫よ。大好きなお酒を断つより簡単だと思うわ」

 上の空になったシャーロットが適当な返事を返すとジェロームがぷっと吹き出した。

「臆病なのか大胆なのか⋯⋯いつまで経っても掴めないよ。エド坊やは可哀想な奴だな、テレーザなんかよりシャーロットの方がよっぽど楽しいのに」

 パーティー前は顔を合わせても話をしても何を考えているか分からなかったが、今ではくるくる変わる表情から目が離せない。常識を覆す発想と奇想天外な会話が続いているかと思えば、討論大会に出ている気分になる。

(今朝のアレだもんな。この寒さの中じゃあ馬番だって厩舎で夜を明かす気にはならないだろうに、あの気難しいソックスを手懐けて毛布がわりにしてるし。母上は顔合わせの直後に陥落したし、モルガリウス侯爵家の執事ジェファーソンと言えば気難しいって有名なのに二言目には『シャーロット様は』って⋯⋯人誑しの馬誑しだな)


 野生馬から少し進化したらしいシャーロットはさっさと帰ろうとケーキの残りを黙々と平らげていた。



 小型の馬車で出てきたので大量のお土産を積み込むと座席の半分が埋まってしまった。二人が並んで座るとかなりピッタリとくっついて座らなければならなそう。

(普段の馬車なら問題なかったけど⋯⋯これじゃあ)

「わたくしは離籍の手続きをして帰りますので、ご当主様が馬車をお使い下さい」

「侯爵邸に帰ったら専用の書類があるからそれを使えばいいよ」

 嫌そうな顔で馬車を覗き込んだシャーロットをジェロームがヒョイっと抱え上げて乗せてしまった。

 慌てて抗議しようとしたがそのまま強引に乗り込んできたジェロームに気圧されて座席の隅に小さくなって座ると、ガタンと大きく揺れた後馬車が走り出してしまった。

「狭すぎですわ!」

「ならこうすれば広くなるし⋯⋯」

「きゃあ!」

「⋯⋯揺れても尻が痛くならない」

「はな、離してください! さっきのままで問題⋯⋯きゃあ」

 ジェロームの膝に横坐りさせられたシャーロットが暴れ膝から落ちかけた。

「いつもの馬車と違うんだ。大人しくしていないと舌を噛むか尻餅をつく事になるぞ」

 ニヤニヤ笑いをしていたジェロームを腕組みをして横目で睨みつけると途轍もなく楽しそうな顔で笑った。

(随分と楽しそうだけど、まさか使用人の分までお土産を買ったのって)

「どっちだと思う?」

「人の心を読まないでいただけますかしら?」



 ジェロームが態と大きく足を開いて座っているので元の席には戻れそうにない。仕方なく膝に座ったままでいるシャーロットだがウエストを抱えるようにしている手が気になるし、密着しすぎてジェロームのつけているコロンが気になって仕方がない。

 ツンと前を向いているとジェロームが髪に顔を埋めてくるので手で追い払った。

「そう言えば⋯⋯いや、やめておこう」

 ふと思い出したというような雰囲気で言葉を止めるジェロームだが、間違いなく態とやっている。

「話しかけてやめるのってとても感じが悪いと思いますけど?」

「しかしなぁ、笑ってもらえれば話す甲斐もあるが⋯⋯うーん」

「そ! そこまで言われると気になるでしょう!?」

 思わずジェロームの方を向くと目の前に顔があり、慌ててのけぞったシャーロットをジェロームが抱え直した。

(び、吃驚したわ。鼻と鼻がぶつかるかと)

 レースのフィシューをしていても分かるほど真っ赤になっているシャーロットの首筋に鼻を擦り付けるジェロームの頭をピシャリと叩いた。

「うーん、スナップは効いてるけど痛くない。もしかして態とかな?」

「本気でやって差し上げても宜しくてよ?」

 開口一番、ぶらぶらしていた足で思いっきりジェロームの脛を蹴り上げた。

「ぐっ! ヒールじゃなくても凶器になるんだ。くぅー、令嬢のそばにいる時は鎧兜と脛当てが必要だな」

「で?」



「エドワードの事をなんでエド坊やって呼んでいたのか気にならなかった?」

「⋯⋯少し、ほんの少しは気になったけど。別にどうでもいい人だし」

「それは嬉しいなぁ⋯⋯あ! ごめん、二発目は勘弁してくれ」

 シャーロットがこれ見よがしに足を振り上げるとジェロームが謝った。



「エドワードの趣味なんだけど『赤ちゃんプレイ』がお気に入りだったんだ」

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