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62.ほんの小さな雪解けの音は
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「母上が先? 陛下と王妃殿下のそれじゃなくて?」
「エカテリーナ様がドレスをお気に召しておられないなら早く何とかしなくてはなりませんの。詳しい情報があれば⋯⋯た、助かります」
ジェロームにお願いするのは悔しいがエカテリーナが口を利きたくないと思っているならその理由を知る為には頭を下げるしかない。
「どのようなところがお気に召さなかったのか、皆目検討がつかないので教えていただけますでしょうか?」
「義母上だよ」
「は?」
「母上はシャーロットが『お義母様』と呼ぶまで口を利かないって拗ねておられた」
「⋯⋯」
「膝に乗せてお尻を叩くと仰ったからそれはやめてくれって頼んだんだ。シャーロットの可愛いお尻が腫れ上がるのは俺が耐えられないって言ったら、じゃあ口を利かないって仰ってたよ」
「ドレスじゃなくて、呼び方?」
「ドレスはとても喜んでおられた。とても嬉しそうに話しておられて義姉上が見てみたいと言い出されて二人で盛り上がっておられたよ」
「そ、そう。喜んでいただけたなら良かったわ」
取り敢えずシャーロットの中の一番の不安は解消されたが次の問題が浮上し、ジェロームが言った『可愛いお尻』発言は頭から消えてしまった。
「昨日離婚届にサインしたから、お義母様とは呼べないわ」
「だね」
昨夜サインした時から侯爵家に住む資格がなかった事に気付いて呆然としていたシャーロットの前に、綺麗に飾り付けられたケーキと香りの良い紅茶が並べられた。
店員が部屋を出てジェロームと二人きりになってからシャーロットが呟いた。
「お引越ししなくちゃ」
「そうか、それなら俺も直ぐに荷物を纏めなくちゃな」
「ご当主様は関係ないでしょう? あ、王都のお屋敷か領地のお屋敷に帰られるのね」
使用人達がどうなったのか知らされていないシャーロットは、散々揉めて出て行ったのだからジェロームが帰るまで使用人達は心配で落ち着かない気持ちでいるだろうと申し訳なくなった。
「爵位を父上にお返しするのと合わせて屋敷も侯爵家に返したんだ。俺が引っ越す先がどこなのかは知らないが、シャーロットのいる場所なのは間違いない」
「屋敷まで手放したの?」
「使用人もいないし今後は母上が管理される予定なんだ」
「どう言う事?」
「これは俺だけじゃなく侯爵家全員の総意でもあるんだけど、二つの屋敷の使用人は皆解雇したんだ。
タイムリミットは冤罪が晴れる前まで。それまでに考え違いに気付けばそのまま雇用するし、そうでなければ解雇すると決めていたんだ」
「そんなの酷すぎるわ! だって、私のそれと使用人の生活は無関係だもの。それにご当主様の言動だって使用人達に大きく影響していたでしょう!? なのに彼等にそんなことするなんて最低だわ」
「ああ、俺の責任は大きいって思ったし俺の考えが偏っていたせいで起きた事だと思っていた。いや、今でもそう思ってる」
「だったら⋯⋯」
「彼等はやりすぎたんだ。例えばシャーロットの指示に不満そうな態度で返事をするとか、洗濯や掃除が雑だったくらいなら許せたと思う。それくらいなら俺の考え違いが使用人に影響しただけだから話し合って改善すればいい。
ランプが一つもない部屋に領主夫人自らが割った薪を運ばなければ灯りも暖も取れない。あの時期だったからまだマシだったかもしれないが、真冬だったら彼等は薪を運んだと思うかい?
料理長の出した料理を食べていたら体調を崩していたかもしれないし、食事を出してないのに平然としてるなんてデュークが助けてくれてなければ確実に餓死してる。
手紙の隠匿は間違いなく犯罪だし、そのせいでシャーロットは唯一の家族の最後に立ち会えなかった。
予算がちゃんととってあったのにドレスがたったの二着しかなかっただろ?
屋敷には帰っていなかったが、俺が毎月確認した帳簿にはシャーロットが購入した物が羅列してあったんだ。ドレスや下着類とアクセサリー、部屋に置く小物なんかもあったな。伯爵夫人としては少し安物だが屋敷の中だけなら問題ないものばかりだった。
食費もかなり高級な食材やワインなんかの嗜好品も計上されていた」
「それってつまり、横領してたって事?」
「ああ、俺はその帳簿と報告書を見てこれくらい贅沢しているなら楽しんでいるんだろうと勘違いしてた。
領地の屋敷がそれだったから王都の方も調べてみたら大した違いはなかった。
王都の屋敷はパーティーの翌日、領地の屋敷は翌々日に代理人を入れて監査したんだが、大半の使用人が横領を知っていてそれなりに甘い汁を吸っていた。
仕事にかまけて領主としての仕事が疎かになっていたせいで好き放題されていたのに、今回のことが起きるまで何も気付いてなくて。父上にそれを報告した上で俺は領主として実力不足だからと爵位を返上した」
「そんな事が⋯⋯」
「母上からは法務部の官僚が横領されていたのに気付かないなんて、法務部の調査能力の低さを体現してるってキツイお言葉をいただいたよ」
(大切な使用人だと言っていたのに⋯⋯)
横柄な態度で正義を振り翳していた使用人達の行動は収容所帰りだから仕方ないと思っていたけれどそれだけではなかったのかもしれない。
(収容所帰りなんだから何を言われても仕方ないと思ってた。だけど、敬愛する当主だと言いつつ陰では平然と裏切るような人達だったからあんな態度だっただとしたら?)
シャーロットの心の中でほんの少しパリンと何かが弾けた気がした。
(収容所帰りは貴族社会で生きていけないって言われ続けて信じてたけど、モルガリウス侯爵家ではあんな対応する使用人は一人もいない)
極々小さなかけらが飛び散った。
信頼していたはずの使用人に横領されていた失態など情けなさすぎる。そんな恥ずかしい事は黙っていようかと思ったジェロームだったがシャーロットには知っておいて欲しいと思った。
(これから先長い時間を共に過ごしていきたい。シャーロットの心を知りたいなら俺も正直になるべきだろう。秘密を作られたくないなら失態でも何でも話すべきなんだ。
いつかシャーロットが心に抱えている重しを下ろせるくらいに信頼されたいなら)
「⋯⋯で、陛下と王妃殿下がなぜ断酒されてるの?」
「エカテリーナ様がドレスをお気に召しておられないなら早く何とかしなくてはなりませんの。詳しい情報があれば⋯⋯た、助かります」
ジェロームにお願いするのは悔しいがエカテリーナが口を利きたくないと思っているならその理由を知る為には頭を下げるしかない。
「どのようなところがお気に召さなかったのか、皆目検討がつかないので教えていただけますでしょうか?」
「義母上だよ」
「は?」
「母上はシャーロットが『お義母様』と呼ぶまで口を利かないって拗ねておられた」
「⋯⋯」
「膝に乗せてお尻を叩くと仰ったからそれはやめてくれって頼んだんだ。シャーロットの可愛いお尻が腫れ上がるのは俺が耐えられないって言ったら、じゃあ口を利かないって仰ってたよ」
「ドレスじゃなくて、呼び方?」
「ドレスはとても喜んでおられた。とても嬉しそうに話しておられて義姉上が見てみたいと言い出されて二人で盛り上がっておられたよ」
「そ、そう。喜んでいただけたなら良かったわ」
取り敢えずシャーロットの中の一番の不安は解消されたが次の問題が浮上し、ジェロームが言った『可愛いお尻』発言は頭から消えてしまった。
「昨日離婚届にサインしたから、お義母様とは呼べないわ」
「だね」
昨夜サインした時から侯爵家に住む資格がなかった事に気付いて呆然としていたシャーロットの前に、綺麗に飾り付けられたケーキと香りの良い紅茶が並べられた。
店員が部屋を出てジェロームと二人きりになってからシャーロットが呟いた。
「お引越ししなくちゃ」
「そうか、それなら俺も直ぐに荷物を纏めなくちゃな」
「ご当主様は関係ないでしょう? あ、王都のお屋敷か領地のお屋敷に帰られるのね」
使用人達がどうなったのか知らされていないシャーロットは、散々揉めて出て行ったのだからジェロームが帰るまで使用人達は心配で落ち着かない気持ちでいるだろうと申し訳なくなった。
「爵位を父上にお返しするのと合わせて屋敷も侯爵家に返したんだ。俺が引っ越す先がどこなのかは知らないが、シャーロットのいる場所なのは間違いない」
「屋敷まで手放したの?」
「使用人もいないし今後は母上が管理される予定なんだ」
「どう言う事?」
「これは俺だけじゃなく侯爵家全員の総意でもあるんだけど、二つの屋敷の使用人は皆解雇したんだ。
タイムリミットは冤罪が晴れる前まで。それまでに考え違いに気付けばそのまま雇用するし、そうでなければ解雇すると決めていたんだ」
「そんなの酷すぎるわ! だって、私のそれと使用人の生活は無関係だもの。それにご当主様の言動だって使用人達に大きく影響していたでしょう!? なのに彼等にそんなことするなんて最低だわ」
「ああ、俺の責任は大きいって思ったし俺の考えが偏っていたせいで起きた事だと思っていた。いや、今でもそう思ってる」
「だったら⋯⋯」
「彼等はやりすぎたんだ。例えばシャーロットの指示に不満そうな態度で返事をするとか、洗濯や掃除が雑だったくらいなら許せたと思う。それくらいなら俺の考え違いが使用人に影響しただけだから話し合って改善すればいい。
ランプが一つもない部屋に領主夫人自らが割った薪を運ばなければ灯りも暖も取れない。あの時期だったからまだマシだったかもしれないが、真冬だったら彼等は薪を運んだと思うかい?
料理長の出した料理を食べていたら体調を崩していたかもしれないし、食事を出してないのに平然としてるなんてデュークが助けてくれてなければ確実に餓死してる。
手紙の隠匿は間違いなく犯罪だし、そのせいでシャーロットは唯一の家族の最後に立ち会えなかった。
予算がちゃんととってあったのにドレスがたったの二着しかなかっただろ?
屋敷には帰っていなかったが、俺が毎月確認した帳簿にはシャーロットが購入した物が羅列してあったんだ。ドレスや下着類とアクセサリー、部屋に置く小物なんかもあったな。伯爵夫人としては少し安物だが屋敷の中だけなら問題ないものばかりだった。
食費もかなり高級な食材やワインなんかの嗜好品も計上されていた」
「それってつまり、横領してたって事?」
「ああ、俺はその帳簿と報告書を見てこれくらい贅沢しているなら楽しんでいるんだろうと勘違いしてた。
領地の屋敷がそれだったから王都の方も調べてみたら大した違いはなかった。
王都の屋敷はパーティーの翌日、領地の屋敷は翌々日に代理人を入れて監査したんだが、大半の使用人が横領を知っていてそれなりに甘い汁を吸っていた。
仕事にかまけて領主としての仕事が疎かになっていたせいで好き放題されていたのに、今回のことが起きるまで何も気付いてなくて。父上にそれを報告した上で俺は領主として実力不足だからと爵位を返上した」
「そんな事が⋯⋯」
「母上からは法務部の官僚が横領されていたのに気付かないなんて、法務部の調査能力の低さを体現してるってキツイお言葉をいただいたよ」
(大切な使用人だと言っていたのに⋯⋯)
横柄な態度で正義を振り翳していた使用人達の行動は収容所帰りだから仕方ないと思っていたけれどそれだけではなかったのかもしれない。
(収容所帰りなんだから何を言われても仕方ないと思ってた。だけど、敬愛する当主だと言いつつ陰では平然と裏切るような人達だったからあんな態度だっただとしたら?)
シャーロットの心の中でほんの少しパリンと何かが弾けた気がした。
(収容所帰りは貴族社会で生きていけないって言われ続けて信じてたけど、モルガリウス侯爵家ではあんな対応する使用人は一人もいない)
極々小さなかけらが飛び散った。
信頼していたはずの使用人に横領されていた失態など情けなさすぎる。そんな恥ずかしい事は黙っていようかと思ったジェロームだったがシャーロットには知っておいて欲しいと思った。
(これから先長い時間を共に過ごしていきたい。シャーロットの心を知りたいなら俺も正直になるべきだろう。秘密を作られたくないなら失態でも何でも話すべきなんだ。
いつかシャーロットが心に抱えている重しを下ろせるくらいに信頼されたいなら)
「⋯⋯で、陛下と王妃殿下がなぜ断酒されてるの?」
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