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58.しつこい求愛

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「法律では離婚した後半年は結婚が認められない。ただし、抜け道が一つ。元の夫婦が再婚するなら間を開けなくても結婚できるんだ。これくらいの抜け道なら知ってる」

「ば、馬鹿なことを言わないで⋯⋯それじゃ離婚する意味なんて」

「意味はある。今結ばれている契約はシャーロットが知らない間に公爵のクソ野郎がサインしたものだからね。あいつらの関与は一度白紙に戻したい。
で、シャーロット自身にサインをもらいたい」

「サイン⋯⋯サインはしません。できないわ」

「分かった。お互いが納得するまで何度でも話し合おう。因みに俺は父上に爵位を返上したんでコーネリア伯爵ではなくなったし、法務部も辞めてきた」

「は? なんで爵位の返上を⋯⋯しかも退官したなんて」

 ジェロームの突然のカミングアウトに頭がついていかない。話の流れからすると自分と結婚するためにそれをしたように聞こえたシャーロットは驚いて目を見開いた。


「爵位を返上したのも退官したのも自分がどれほど中途半端だったか実感したから。きちんと一から勉強し直して、それから次に進みたい。と言うかそうしなきゃダメだと思ったんだ。
シャーロットとの事も、今までの酷い態度を謝って一から関係をやり直しさせて欲しいんだ。シャーロットにサインして良かったと思ってもらえるよう全力で努力すると約束する。
一応モルガリウス侯爵家の次男という肩書きはあるが今日から無職なんだ。商人ギルドには幾許かの蓄えがある。後は⋯⋯衣服以外にソックスが財産として残ってるくらいかな? 話が決まったら大急ぎで商人ギルドでお金を引き出してソックスの角砂糖を買いに行かないとケツを蹴られて歩けなくなるからね、早めに諦めてくれると助かるけどね」

「⋯⋯」

「母上はいい歳した息子に小遣いをくれるほど優しくないし、ソックスはめちゃくちゃ気が短い暴君だからおやつがないとヤバくなる」



 シャーロットが混乱状態から立ち直るまでにかなりの時間がかかった。その間ジェロームはずっと彼女の前に跪き穏やかな顔で待ち続けた。

「愛してる、ずっと一緒にいたいんだ。Will you marry me結婚してくれないか?」

「でも、駄目なのよ。私は無理⋯⋯」

「嫌いだって言うなら諦める。それ以外ならどの辺が無理か教えてくれるかな」


「すごく感謝してる。ここの人達はみんな私が犯罪者だって思っていても人として扱ってくれて、皆さんのお陰で冤罪も晴れたわ。
一文なしだった私が商人ギルドに蓄えができたのも、色んな知り合いができたのも全部ここの人たちのお陰なの」

「⋯⋯俺は酷いことばかり言ってたけどね。後から考えたら人として許されないことばかり言ってた。使用人達の態度があんなだったのは俺のせいだって反省してるよ」

 自嘲気味のジェロームは苦笑いを浮かべて目を逸らした。

「他の人達が出所後にどんな扱いを受けているのかは知らないけど、大して変わらないって聞いてる。この国の禁忌を犯した奴なんてまともな奴じゃないよって言われて真面な仕事にもつけないって。
でも、私にとってあの状況は少しラッキーだったの。あんなこと言うご当主様や使用人なら逃げ出しても追いかけてこないかもって。探したとしても形だけだろうから大丈夫って思ったから」

「でも、そうはいかなかった」

「貴族のプライドを甘く見てたなぁって反省したわ。なのにあんなことを考えてるとは思わなくて⋯⋯」

「あんなこと?」

「このお屋敷に初めてきた日。何かが違う、何か理由があるはずだって。過去は構わないとか、過去なんて関係ないところで2人でのんびり暮らそうって何年か言い続けるとか。毎日喧嘩腰で睨んできてる癖におかしな事を言ってるから驚いたわ」

 晴天の霹靂だった。シャーロットの前では毒ばかり吐いていたジェロームがあの事件に違和感を感じていたことさえ驚きしかなかった。

「本当にそう思ったんだからしょうがないなぁ。気楽な次男坊で貴族の美味しいとこどりをして生きてきた自信はある。使用人に傅かれてホケホケと呑気に暮らして、家に対する責任は兄上担当で。大概のものからはモルガリウスの名前に守られて、俺に意見するのも言うことを聞かないのもソックスくらいだった」

「私はいつも一人だったし、それでいいと思ってたの。今は⋯⋯人と一緒に暮らせなくなったから皆さんの優しさが変わらないうちにここを出ていきたい」

「もし俺たちが信用できな⋯⋯」

「違う、信用できないのは自分自身なの。少しずつおかしくなっていってる。出所してからだと思っていたけど、あそこにいた時からかもしれない。
暗くなりはじめるとソワソワして落ち着かなくなって部屋中を調べて、誰もいないってわかると安心するんだけどしばらくしたらまた落ち着かなくなるの。
暗いのは怖い、でもランプの明かりも怖いの。ゆらゆら影が揺れたらそれだけで息が止まりそうになるし、夜中に何度も飛び起きて部屋にいられなくなって。
外が明るくなってきたらホッとするのに違う不安がやってくるのよ。時間が止まって欲しいって本気で祈ってる自分に気付いて怖くなる」

「その原因は分かってるんだろ?」

「もう終わったことなのに、いつまでもしつこくメソメソしてる私がおかしいの。さっきなんてみんなが楽しく話してるのに、聞こえるはずのない声が聞こえてきたの。
頭がおかしくなりはじめてるからここを出ていかなきゃ」

「俺と一緒にいる時も声が聞こえてた? ほら、最近まで夜いっしょに過ごしてた時」

「⋯⋯あの頃は、寝てる時しか聞こえてこなかったもの。とにかくどんどん酷くなってるから、きっと近いうちに突然叫び出してしまうようになるわ」

「多分だけど、原因になってるものを口にできたら変わるんじゃないかな。戦場でひどく辛い思いをした兵士がそういう状況になることがあるって、父上から聞いたことがある」

「口にするなんて無理⋯⋯思い出したくもないし、嫌な思いをさせるだけだもの。聞いてて楽しい話なんて一つも思いつかない」


「うーん、母上に聞いてみればそういう兵士がその後どうしたか知ってるかもしれないな」

「駄目よ! 散々迷惑ばかりかけてきたのに今度は不快な話なんて。一年近く経っていまだにメソメソしてるただの弱虫だなんて恥ずかしくて誰にも知られたくないの」

「だったら一歩前に進んだってことかも」

 必死で誰にも知られたくないと言い募っていたシャーロットは呑気なジェロームの言葉に驚いた。

「え?」

「触り部分だけだけど俺に話せた」

「それは⋯⋯しつこいから」


「じゃあ、今後もっとしつこくしていくかな。何しろ次に逃げ出したらどこに逃げたか探すのが大変すぎるだろ? 知り合いが増えてその分頼れる先が増えてるし、みんなシャーロットの為なら平気で俺に内緒にするだろうからね」

「⋯⋯それはいいことを聞いたわ。そうね、前とは違うから逃げだす場所も沢山あ⋯⋯」

「無理無理! 少しでも怪しい動きをしたら終日俺が張り付くし、家族だろうと使用人だろうと使って見張るから」

 頑固なジェロームにシャーロットは大きな溜め息をついた。なぜ理解してくれないのかわからない。

「同情されるのもこれ以上醜態を晒すのも嫌なの。アーサー様が帰国された時、私のせいで息子さんが退官されましたなんて⋯⋯もう謝ったくらいじゃたりないわ」

「別に俺が何の仕事をしようが無職だろうが父上は気にされないし、もう知らせてある。母上も『あら、そう』で終わりだった」

 法務大臣は目を剥いて絶句したので、口がきけなくなっている今がチャンスとばかりに気にせず帰ってきたが。


「理解できない。ますます頭がおかしくなりそうだわ」

「と言うことで、今日から俺はこので寝る。泊めてください」

 ジェロームの快進撃が続く。

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