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50.不本意です、高貴な方から針鼠認定されました

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「お戯れを⋯⋯先日皆様の前であのようなお目汚しを致しましたわたくしのような者がおりましたら、折角の楽しい場に水を差してしまう事になりかねません。見た目よりも小心者でございます故、お揶揄いにならないで下さいませ」

(確かに、エカテリーナの言う通りだわ。この国の誰よりも自信家だった女と同じ顔を持つ針鼠ね。才はあっても目立たない方を選ぶし、逃げ足の速さは天下一品だとか。本当に勿体無いわ)

「妻の応援がなくてはジェロームが寂しがって力を発揮できないのではないかしら?」

「とんでもございません。彼は文官にしておくのが勿体無いほどだと調教師達が何度も話しておりましたし、馬術には全くの素人のわたくしでさえ旦那様が愛馬を操る様は人馬一体で勇猛果敢に見えますもの。
わたくしなどおらずともモルガリウスの名を知らしめて帰られるに違いありませんわ。
いえ、わたくしが奇異の目で見られているのではないかとご心配されていない方が力を発揮しやすいかもしれません」

(本当に、話に聞いている以上に逃げ道を作るのが上手だわねえ。では、あとはジェロームに任せましょう)

「では、その件はジェロームと相談して決めていいことに致しましょう。侍女がそろそろ時間切れだと言いはじめたから、大切なお話を済ませてしまうわね。
アルフォンス公爵夫妻は平民落ちして鉱山送りになります。罪状は法廷侮辱罪と未成年者監督責任不履行、金貸しからも訴えられているから恩赦も無理。終生戻ってくることはないわ。
エドワードは多数の不義・不貞や違法賭博・違法薬物使用が発覚して男子収容所へ20年。成績の改竄や職の斡旋の為の買収工作なんかは親の裁量だったみたいだから本人はお咎めなしね。
フォルスト侯爵には数えきれないほどの罪が発覚している上に国家反逆罪が追加されたのでまだ時間がかかりそうよ。その関連で学園長・教師・他国の大使にも調査員が派遣されてるところよ。
法務大臣以下裁判と調査に関わった者達にも罰則が与えられるし、それぞれの不倫相手を加えたら地下牢が不足しそうな勢いなのよ」

「法務大臣達までですか?」

「ええ、今回の件は関わった者達のほんの少しの怠慢から冤罪になったと考えているの。調査員達は学園長にしか聞き込みをしていなかった。大人しくて成績優秀だと聞いてきただけで生徒達には聞いていないし、公爵家の使用人にさえ聞き込みをしていない。その調査書を見て裁判長は何の疑問も持たず判決を出した。
全員が口を揃えて言うのは『本人と親の自供があったから疑ってなかった』って」

「確かにそれが揃っていれば本気で調べる気にはならなかったのかもしれませんね」

「本人の供述に合わせた報告書を作ってそれを鵜呑みにするだけなら執行官達は不要だわ。大体において重罪をしでかす時に本名を名乗る人なんていない、それさえ気にならなかったなんて信じられないの」



 予想以上に大変なことになっていた。公爵夫妻は精々罰金刑くらいで終わり、出てきたらまた大騒ぎするのだろうと思っていたし、エドワードは婚約破棄の時の不貞くらいだと思っていた。

「フォルスト侯爵が国家反逆罪⋯⋯」

「ええ、楽しく遊び呆けている裏でろくでもないことをやりまくっていたのが発覚したの。シャーロットのお陰で我が国は侵略戦争から逃れられたって議会が大騒ぎよ」

「フォルストは野心の為に我が家に戦争責任を押し付けようと工作していたんですって。シャーロットはモルガリウス侯爵家を救ってくれたのね」



 フォルスト侯爵のイメージは優雅なキザ男。豪奢な衣装を常に身に纏い優雅な遊びばかりでは退屈だと豪語していたのを覚えている。

(あれは確か⋯⋯エドワードと婚約した直後だった気がする。手振りが大きくて大きな石のついた指輪をしてるから、アレが当たると痛そうだって思ったんだわ)



「で、最大の問題のテレーザはまだ独房で治療中なの」

「治療⋯⋯どこか具合でも悪かったんでしょうか?」

「重度の薬物中毒ね。本来なら専門の機関に任せるレベルなんだけど、王宮医師団総出で健康体に戻させてるわ。
薬のせいで減刑なんて絶対にさせないつもりだし、健康体にして自分がしでかした事をハッキリと認識させて罪を償わせるつもりよ」

 中毒患者を収容する病院では病状が治らないままの可能性があると判断した王妃が国王の許可を得て王宮医師団に指示を出した。

『妄想の世界で幸せに暮らさせるなんて絶対に許しません。自分が何をやりどんな状況が起きたのか、起承転結の全てを理解させなくては!』


 女子収容所の女領主から話を聞いて王妃のその思いは強くなる一方だった。自分が冤罪でそこへ送られていたら2年どころか1週間でも持たなかったに違いないと思う。

(女領主はあれでも全部じゃないって言っていたわ。自分の目が届かないところではもっと色々あったと思うって)

 王妃が女領主と話したことを知らないシャーロットは背中の傷を憐れまれているのだろうと思っていた。

(傷は傷。終わったことだし、平民になればなんの問題にもならないはずだもの。商人ギルドに生活できるくらいのお金は溜まっていたし、仕事はもう一度銀の仔馬亭で働けないか聞いてみるのもありかも。
お祖父様の最後のプレゼントを見たらお墓参りして、仕事を決めなくちゃ)


 過去の有罪判決が冤罪だったと確定しても貴族にあるまじき傷は消えないし、公爵達が作った悪評と噂は生涯社交界で話題になるだろう。
 ジェロームがシャーロットと離婚して別の女性と幸せになれば噂は薄れていくだろうが、自分がそばにいる間は永遠に噂と過ごすことになるはず。

 シャーロット自身も噂を聞くたびに女子収容所の恐怖を思い出しそうで恐ろしい。貴族社会にいる間は悪意ある地雷がどこかに埋められていて、いつそれを踏み抜いてしまうかと怯えてずっとビクビクしてしまいそうな気がする。

『お貴族様はほんのちょっとの傷でも忌み嫌うんだろ? アンタのこれを見たらどんな顔するんだろうねえ』

(あのパーティーで傷を見た貴族の多くが汚い物を見るような目だった)

『こーんな傷が出来ちまったらもうお貴族様の中では生きてけないだろうよ。平民の中で惨めに泥水を啜りながら生きてくしかないんだ。あーはっはっは!』

(まるでそばに寄ったら傷が移るとでも言いたそうな顔で)



 当初聞いていたより時間がかかっているが、アーサー達はそろそろ帰国できるかもしれない。そうなればお礼と謝罪をして出ていくつもりでいる。

(前に比べたらご当主様の様子も落ち着いているし、いつ離婚の話をしても大丈夫そう)

 ジェロームはあのパーティー以来、以前のように夫婦らしさを力説しなくなった。結婚を決めた責任だの家長としての役割だのを言い出さなくなったのだ。
 他の貴族のように傷に嫌悪感を抱いているようには見えないが、自分の間違った決定と行動で家族に迷惑をかけたと気付いて目が覚めたのだろうとシャーロットは考えていた。
 責任を果たして安心したのかもしれない。


(領地や王都の使用人達はやきもきしているかしら。もしかしたらもうジェロームが話をして以前と同じような落ち着きを取り戻しているかもしれないわね)



 王妃が護衛や侍女に促されて渋々帰って行った。

「次は絶対王宮で会いましょうね!」

「シャーロット、お疲れ」

 大人しくお人形と化していたマリアンヌがシャーロットを労ってくれた。

「狩猟大会には行かないから」

「⋯⋯えーっと、頑張れ~?」

 エカテリーナと王妃がタッグを組めばシャーロットの抵抗など紙屑同然かもしれないが、ジェロームから話しをして貰えばなんとかなるかなぁ⋯⋯と遠い目になったシャーロットだった。


ーーーー お知らせ ーーーー

次回より最終話まで、毎日二話の投稿に変わります。

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