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47.マリアンヌの意外な過去

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 シャーロットはアーサーが帰って来るまでと決めてモルガリウス侯爵家に滞在していた。デュークとウルグス弁護士は祖父の遺産の整理に行くと言って旅の支度をはじめた。

「旦那様はご自身の事を《稀に見る放蕩者、希代の詐欺師》だと仰っておいででしたが、まさにその通りでして、幾つもの名前であちこちに資産を持っておられるのです。
今回はそれを纏めなくてはならないので各地を旅してまいらねばなりません」

「お祖父様がデュークに預けた物は?」

「わたくしが帰りましたらその時にはお渡しできるかと存じます」

 デュークの目にはシャーロットがまだ自由だとは思えないらしい。

(あの人達の判決が出てないからか、アーサー様がお戻りになられてないからかしら?)




 パーティーから一か月経った。

(あと二ヶ月で白い結婚が成立するんだわ⋯⋯)

 ジェロームはパーティーの後も態度が変わらない。シャーロットが夜はあまり眠れない事に気づいてからは朝のソックス訪問は中止になったが、仕事から帰ると夕食を含めてずっとシャーロットの隣に座っている。

 本を読んだり仕事の資料を読んでいたり⋯⋯。刺繍やレース編みをするシャーロットと並んでソファに座り時折声をかけてくるだけ。

(本当に男色家だったりして⋯⋯)

 怪しい雰囲気にならないのは嬉しいが、その代わり何故隣にいつもいるのか不思議になる。毎日こうして並んでいるとそれがとても自然なことのような気がして、肩に力が入ったり小さな物音や動きにびくつく事もなくなった。



「ソックス、あなたのご主人様は何を考えてるのかしら?」

 シャーロットの右のポケットに入った人参を狙うソックスに話しかけると『ブフン!』と相変わらずのつれない返事が返ってきた。

 毎日運動を兼ねてソックスに会いに行くシャーロットは彼のお気に入りに認定されたらしく、馬房に入ってブラシをかけさせてくれるようになった。

 考え事をしているシャーロットの手が止まると大きな身体をすり寄せて『ブフフン!』

「はいはい、でもご主人様にしてもらう方が好きって知ってるわよ」

 ツンと顔を逸らすソックスの耳がピクピクと動いた。

「そんな態度をしてたら⋯⋯今日調教師のマックが池に落ちのはソックスがわざとやってたんだってバラしちゃうんだから」

 ソックスがチラリとシャーロットの顔を見て荒い鼻息を吐いた途端⋯⋯ベロリと顔を舐めた。



 マリアンヌに連れられて商人ギルドで手続きを済ませると予想以上の金額が貯まっていたので驚いた。

「こんなに?」

「はい、類似品が出てくれば数が減ってくるでしょうが、今のところはまだかなりの数の売り上げが報告されています」

 場所によっては入荷待ちのところもあるらしく、人手を増やして対応していると言う。

「次の商品を考案していただきたいと職人達から期待が寄せられております。商人ギルドとしても是非お願いしたい」

 職人ギルドが乱立するようになってから商人ギルドは厳しい立場に立たされていた。今回の商品の作成で一部の職人ギルドとの連携ができた商人ギルドはシャーロットに大きな期待を寄せた。

「今後も同じようにそれぞれの持ち味を活かした協力体制ができればと考えています。その為にもシャーロット様の自由な発想に期待しております」

 前のめりで熱意を語るギルド長に腰のひけたシャーロットは、マリアンヌの手を引いて早々に退散することにした。


(無理無理、そんな期待されても⋯⋯あれは偶々だったんだもの)

 馬車の中で手元の書類を見つめながらため息をついた。


「期待されるのは嫌い?」

「嫌い⋯⋯かもしれません。凄く苦手なんです。失敗したらどうしようとか期待外れだったらどうしようとか、そう言うことばかり考えてしまって頭が働かなくなります」

「そうよね、すごくわかる気がするわ。私は元平民なの、成り上がりの小説でよく見るパターンなんだけど知ってるかしら?」

「いえ、読んだ事ないと思います」

「平民の娘が男爵家に養女に行って、学園で知り合った侯爵家の嫡男に見初められるの。身分違いで虐められるんだけど『愛』を貫くって感じかしら。初めは『意地』を貫いたって言う方が合ってたわ。お義母様からダメ出しばかり貰ってしまうし、社交界は嫌味を言ったり馬鹿にしたりする敵ばかり」

「そんな風には全然見えなくて⋯⋯驚きました」

「ある時ね、お義母様に噛み付いたの」


『どうせ平民の娘が嫁なんて恥ずかしいですよねぇ。期待外れで申し訳ありませんね!』

『ええ、本当に期待外れだったわ。アンドリューからは愛し合って結婚するって聞いていたのに、貴女は仕方ないから結婚したって丸わかりなんですもの』

『え?』

『やっと娘が出来ると楽しみにしていたのに⋯⋯その娘は周りの目を気にしてばかりで、夫の事も家族になったはずの私達の事も本気で考える気なんてなくて、表面だけそれらしくするのに忙しいみたい。
身分違いの結婚をして姑に虐められるパターンはお気に召さないようだから、頑張ってるのに姑に無視される可哀想な嫁バージョンに致しましょう』



「頭をガツンってやられちゃった感じ。私は侯爵家の嫡男を好きになったんじゃなくて、好きになったのが侯爵家嫡男だっただけなの。周りの言葉に振り回されて大事なことを忘れてたって気付かされたわ。
だから、素直にごめんなさいって謝ったの」

 何か思い出したのか少し顔を赤くしたマリアンヌがクスクスと笑った。

「そうしたら、アンドリューがね⋯⋯彼女が本音を口にする勇気を持てるまでもう少し待って欲しいってお義母に頼んでくれてたって教えてくれたの。
そうじゃなかったらとっくの昔に膝に乗せてお尻を叩いてましたよって」

「何というか、凄くお義母様らしいですね」

 アンドリューの愛情表現が羨ましいような気がしたがそれには蓋をしておく。


「それからのお義母様の特訓のすごかった事。一番初めに覚えさせられたのは『ツンと顎を上げて歩け』だもの。元平民が高位貴族の中でそれをしろって、凄い無茶振りでしょう」

 口元を扇子で隠しくすくすと笑うマリアンヌの顔に『さて、何故でしょうか?』と書いてある。

「⋯⋯舐められるなって事?」

「その通り! 初っ端でお義母様がシャーロットを気に入ったはずだわ。まさにそう言われたのよ、とやかく言う権利は貴方達にはないと態度で示しなさいって。それをしないから舐められてるだけ、例え王妃殿下の前でも堂々と出来るまであごを下げることは許しませんって」

 まさにエカテリーナの言いそうな事だと思った。エカテリーナは先日のパーティーで最後までほとんど黙って見ていた。

 戦うのは本人の仕事で、家族はそれを支えるだけ。

 シャーロットが弱気にならずにいられたのは彼女の強さが後ろにあったから。彼女だけでなく、ジェローム達みんなが支えてくれていると信じられたから最後の最後まで戦い抜けた。

(少し前の私ならどうやれば逃げられるかばかり考えていたはず。そうだ、あの日お義母様はこう仰ったんだわ)

『モルガリウス侯爵家としてシャーロットの社交界デビューを全面的に致します』


「凄い方ですね」

「ええ、女傑とか女丈夫って感じね。平民の言葉だと肝っ玉母さんって言うの」

「素敵な言葉で、お義母様にとても似合うわ」



 屋敷の門を通り抜けた時、シャーロットのセンサーが反応した。

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