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29.間抜け認定されたジェローム

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 再びドナドナされたシャーロットだが両開きの扉の前でマリアンヌが口元に人差し指を当てて『しいっ』としたのを見て立ち止まった。

「⋯⋯はないかと思いましたよ。とても立派な挨拶でしたからね」

「母上はシャーロットの事を気に入ったのかと思ったんですが違ったんですか?」

「あの娘は⋯⋯悪い子ではないと思いますよ。ただねえ、隠し事が多すぎる気がしますね。わたくしがそう言うのを嫌うのはよく知っているでしょう?」

「ええ、それはまあ」

 エカテリーナの言葉にシャーロットが真っ青になった。好かれてはいなくても、嫌われてはいないのではないかと思っていたのだ。

「後ろめたい事があったり腹黒い事を考えていたりするとね、アレコレと隠し事をしたり誤魔化したりしなくてはいけなくなるの。社交界ではよくある事ですけれど家庭に持ち込みたいものではないわね」

(エカテリーナ様の仰る通りだわ。私ったら、少し浮かれていたみたい)



「確かにシャーロットは隠し事ばかりです。何一つ本当の事は口にしないし、何を聞いても上手にはぐらかされる。本心がどこにあるのかなんてちっともわからない。
ほんの少しでも目を離せば逃げ出してとんでもない事をしでかしてる。高位貴族が宿屋で掃除と洗濯ですよ。まさかそんなことしてるなんて思わないじゃないですか?
それにちょっとでも言葉のチョイスを間違えば、それを逆手にとって逃げ出そうとするんです。
使用人に虐められても堂々としてて⋯⋯普通レディなら落ち込んだり泣いたりする場面でも『わたくしは気になりませんから』って感じです。
誰にも頼らないし何も期待していないのが丸わかりだ。唯一の望みは俺と離婚して平民になる事くらいですかね」


 耳に痛い話ばかりだが全て真実だから仕方ない。

(聞かなくても自分がどう思われてるかなんて知ってるわ。立ち聞きなんてろくなもんじゃないわね。あの時とおんなじ⋯⋯)


 裁判でシャーロットが有罪になってくれたお陰で問題が解決したと嬉しそうに話していた公爵夫妻。

(少なくとも今回は自業自得だから、少しはマシね⋯⋯胸を張って堂々と退場するわ。泣き顔なんて見せるわけないじゃない。女子収容所帰りは根性が違うのだから!)



 大きく息を吸ってドアのノブに手をかけたシャーロットの手をマリアンヌがそっと押さえた。

 これ以上聞く必要はないと小さく首を振ったがマリアンヌは笑顔を絶やさないでいる。

(この話を笑いながら聞けるって⋯⋯いくらなんでも悪趣味だわ)

 マリアンヌに抗議をしようとシャーロットが口を開きかけた時⋯⋯。


「でも、シャーロットが隠してるのは悪意とかそう言う類のものじゃない気がするんです。なんだかよく分からないんですが、人を傷つけたりするものではなくて逆のような気がしていて。
過去の裁判記録も取り寄せて調べ直ししましたし、調査のやり直しもしました。内容に齟齬も綻びもない⋯⋯でも、シャーロットを見ていると違和感で身体中がムズムズするんです。
あんな事をする人じゃないって。
シャーロットの家庭環境は最悪で学園でも孤立していたんで、そう言う寂しさからつい⋯⋯とも考えたんですがそれも違う気がして。
絶対におかしいと気付いたのはジョージに対する態度に気付いた時だと思います。
ジョージは男性の名前の書かれている手紙だからと言う理由だけでシャーロットの手紙を何通も隠していたんです。でも、それは祖父に送ったもので⋯⋯そのせいで彼女は唯一信頼していた祖父の最後を看取れなかった。
手紙を隠した事は抗議したけど、それ以降の事についてジョージに何も言わないんですよ。
それどころか自分に対する仕打ちは世間一般の人が持っている偏見と同じだからとか、伯爵家の使用人達は当主思いだとか言い出す始末で。
普通なら嫌味の一つも言うし態度とかにも出るはずなのに、何も言わないんです。
これって絶対におかしくないですか?」

「ジェロームが何を言いたいのか分からないわ。貴方はどうしたいの? 興味があるとか疑問を解消したいって事なの?」

「疑問は絶対に解消します。それと誰がなんと言おうと離婚はしない」

「でもねぇ」

「何か理由があるはずです。シャーロットには非がないような理由がある」

「だとしても過去は変えられないし一生ついて回るわ」

「構いませんよ。文句があるなら社交界なんて出なければいいんだ。今のシャーロットは俺の妻でこの先もずっとそれは変わらないし変えません。
疑問を解消したいのは⋯⋯それさえわかればシャーロットが臆病なネズミみたいに逃げ出さなくなると思うから。
秘密なんて全部丸裸にしてしまえば俺のそばにいても良いと思うようになると期待してるからで、逃げ出さないって言うんなら噂も過去もどうでもいいんです。
母上がシャーロットを気に入らないならそれで別に構いません」

「それでもシャーロットは逃げ出すかもねぇ。生活能力も金銭感覚もしっかりしているようだし、面倒な夫なんて不要じゃないかしら?」

「幸いな事に父上がかなりの資産を贈与してくださってますから、仕事を辞めてシャーロットに付き纏います。
彼女は口は悪いし人嫌いを装ってますけど、ついて回る俺を無下にできる人じゃないから、いずれ諦めますよ。
過去なんて関係ないところで2人でのんびり暮らそうって何年か言い続ければいけると踏んでます」

 ジェロームの言葉にシャーロットは呆然としていた。

(あんなに毎日喧嘩腰で文句ばかりだったくせに⋯⋯)


「誰かマリアンヌ達を呼びに行ってちょうだいな」

 シャーロット達がいるのを知っていたようにドアが小さく開いて執事が顔を覗かせた。引き攣った笑みを浮かべたシャーロットは逃げ道を探りながら少しずつ後退りした。

「シャーロット様、中へどうぞ」

 優しげな顔の執事のバリトンボイスが『逃がしませんよ』と副音声を響かせてきた。


(聞いてなかったから! 立ち聞きなんて不作法な事はしておりませんわ⋯⋯と言うパターンで行くわ)

 震える手を握りしめて顎を上げて堂々と部屋に入って行った。


「テ、テレーザ! なんで君がここに居るんだ!?」

(ああ、忘れてたわ⋯⋯)

 ガタンと音を立てて立ち上がったジェロームが呆然としている。

「こんな所まで押しかけてくるなんて、一体なんのつもりだ!」



「⋯⋯⋯⋯わたくしが誰かもお分かりにならないなんて、所詮は紛い物の夫ですわね」

 冷ややかな目をジェロームに向けた後でシャーロットは優雅にカーテシーをした。

「遅くなり申し訳ありません。準備に手間取ってしまいましたの」

 立ち聞きなんてしていませんからと言うスタンスを崩さないシャーロットにエカテリーナ達が小さく頷いた。

「とてもよく似合っていますよ。それに想像以上に似ているわ」

「これでも一卵性双生児ですので」


「ジェローム、これで分かったかしら?」

「え、確かに昔はそっくりだったと聞いています。でもまさかこれほどとは⋯⋯」

「アーサー、貴方の息子は思ったより間抜けのようね」

 エカテリーナの聞こえよがしの溜め息にジェロームが首を傾げた。

「えーっと、え?」


 シャーロットとマリアンヌが席に着きお茶が運ばれてきた。

「食事は少し後回しにしましたからね。先ずは種明かしをしてもらえるかしら。
シャーロットの姿を確認したのは念の為だったはずなんだけど、ここにいるお間抜けさんはここまでしても分からないみたいだから」

 どこまでなら話せるかシャーロットの頭の中はぐるぐると猛スピードで回転していた。

「初めて会うね、私はこの間抜けの父でアーサー・モルガリウスだ」

「ご挨拶が遅れました、シャーロットと申します。色々とご迷惑をお掛けしており大変申し訳ありません」

 和やかな挨拶が交わされる間、ジェロームはシャーロットをガン見していた。

「女って⋯⋯ここまで変わるんだ」

 ジェロームの呟きに腹を立てたお陰で混乱していたシャーロットの気持ちが少し落ち着いた。


「シャーロット、貴女の口からこのお間抜けに説明してもらえるかしら? ここまできても分かっていないなんて、こんな人でも法務部で勤められるくらいだから起きた事なのでしょうねえ」

 この国の法律家のレベルが低いだの調査員の目が節穴だのと、外では言えないような言葉が飛び交った。

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