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27.最強エカテリーナ登場
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「わたくしはエカテリーナよ。マリアンヌのようにお義母様と呼んでちょうだい」
合格点が出たらしい。気難しいと有名な母親が一度で許可を出すのを初めて見たジェロームは目を丸くした。
「シャーロットはやはり人たらしだな」
「そんな失礼な事を言うなら裏で薪割りをさせますよ」
「ああ、母上。それは禁句ですよ。シャーロットがやりたがってしまう」
「まあ、それは素晴らしいわ。詳しくお話ししてもらわなくてはね。ジェロームはお父様が訓練場で待っておられますよ」
ギョッとした顔のジェロームを見たシャーロットがしたり顔で呟いた。
「それはそれは。人は試練を乗り越えてこそ成長するのですもの」
「では、奥方様も。お互い試練に打ち勝つよう鋭意努力するとしましょう」
冷ややかな目でジェロームを睨みつけたが鼻歌を歌いながら屋敷の裏手へと行ってしまった。
「仕立て屋が来るまでに打ち合わせを済ませてしまいましょう」
エカテリーナとマリアンヌに引きずられるようにしてやってきた客間には既にドレスの見本が並び、テーブルの上はカタログや布の見本でいっぱいになっていた。
頬がヒクヒクと引き攣っているシャーロットはここにいるより剣術の練習に参加したいと本気で願った。
「シャーロット用に準備したドレスなの。でもあなたの好みがわからなくて⋯⋯どれが一番マシか教えてくれるかしら?」
「これらのドレスが全て、わたくし用に準備された物ですか?」
「ええ、そうよ。ドレスを2着しか持っていない貴族夫人なんてシャーロットくらいですもの。だから、わたくし達がなんとかしなくちゃって思ったの。時間が足りなくて既成の物ばかりで申し訳ないんだけどね」
エカテリーナがソファに座りカタログを熱心に眺めている間に、マリアンヌが爆弾発言を落としていく。
(今まで一度もお会いしてないのに、この方達はどこまで何を知ってるのかしら?)
ジェロームが結婚を決めてからつい先日まで、エカテリーナは二人のことに一切関与しないでいようと決めていた。
(ジェロームもそろそろ大人にならなくてはいけないものね)
知れば口を出したくなるからと調べもしていなかったが、シャーロットが家出していると聞いて大急ぎで調査した結果は惨憺たるもので⋯⋯。執事のジェファーソンに渡された報告書を読んだ時、エカテリーナはもう少しで気絶しそうになった。
キラキラと輝く目でシャーロットがドレスを選ぶのを待っているマリアンヌを前にしては何も言えない。溜め息を飲み込んだシャーロットは少しでも着れそうなドレスを探しはじめた。
「えーっと、あまり豪奢な物は不釣り合いかと思います⋯⋯着たこともありませんし。多分⋯⋯ああ、これなら」
この中ではまだシンプルと言えるドレスが隅の方にあるのを見つけた。最近の流行とは違うけれどグレーのガウンと薄紫のペチコートは自分の髪と目の色にも違和感がなさそうだと思った。
生地自体はかなり良い。手触りの良いシルクで縫製もしっかりしているので、もし時間があれば裾に刺繍を入れてみたい。
「分かったわ、他の物はどうかしら?」
「沢山あっても着る機会もありませんし、この一枚があれば十分ですわ」
「せめてあと2枚くらいは選んでくださらないと好みが分からなくて困ってしまうわ。それとも全部却下なのかしら」
「そう言うわけではなくて、本当にどれも素晴らしいです⋯⋯それでは、えっと」
ブルーグレーを基調にしたドレスと生成り色で裾模様の印刷されたドレスを選んだ。3枚ともあまり広くない襟ぐりでシンプルな袖、ペチコートはボリュームが少なくそれほど膨らんでいない。
「翠は選ばないのかしら?」
カタログから顔を上げたエカテリーナが首を傾げて尋ねてきた。
「翠ですか?」
「ええ、意識して翠を避けているように見えたのだけど?」
「そうかも知れません。あまり目立たない方が良いと思いましたので」
「翠はジェロームの瞳の色だし、貴女の紫眼や銀髪とも相性は良いと思いますよ。それを選ばないのは2人が特に親密ではないと思われたいと言う事かしら?」
流石、エカテリーナは鋭いところを突いてくる。無表情でシャーロットを見つめてくる夫人が、この歪な結婚に対してどう考えているのか全く予想がつかない。
(何をどう話すのが一番ベストなのかしら。真実以外は許さないって顔に書いてあるみたいで)
「⋯⋯社交界ではわたくしの過去が未だに揶揄いのネタになっていると聞いております。目立たない方がいいと思いますし、将来的にも使い勝手の良いお色を選んだ方が賢明だと思いました」
シャーロットの返事を聞いたエカテリーナに正面から見据えられて腰が引けそうになったが、マリアンヌの心配をよそにエカテリーナとシャーロットが見つめ合う異常事態が続いてしまった。
(ここは引けない⋯⋯翠を纏ってパーティーなんて自殺行為としか思えないもの)
「⋯⋯⋯⋯じゃあ、デイドレスは10⋯⋯いえ、20着にしましょう。夜会用は取り敢えず10着でいいかしら。それ以外にナイトドレスや乗馬服⋯⋯靴や帽子、アクセサリーもそれぞれに合わせて準備しなくては」
口の端を少し上げて笑ったらしいエカテリーナがとんでもない宣言をした。
「いえ、そんなにはいりません。必要もありませんし無駄になるばかりです」
想像もできないほどの数と種類を言われ慌てふためいたシャーロットの横でマリアンヌが心配そうに手揉みしていた。
「貴女の夫はそれだけの資産を持っています。それに相応しい身なりを整えるのは妻としての役目です」
「ご存知のようにわたくしは形式上の、名前だけの妻でございます。本来やらねばならない家政の取りまとめや家計の管理など何一つ手を出しておりません。それどころか揉め事を起こすばかりで、今までは居心地が良かった屋敷にご当主様が帰りたくないと思われるような状況でございます。
そのような状況で権利だけを主張する事は致しかねると⋯⋯どうかご理解いただけませんでしょうか?」
「つまり、妻としての役割を果たしていないから、妻としての権利も放棄するということね」
「はい、対価は真摯に働いたものに対し与えられる物だと思っております」
偉そうな事を言ってしまったとドキドキしていたが、シャーロットにとってこれだけは譲れない。屋敷の中を引っ掻き回しただけでなく今は不要なホテル代もかかり、仕事も休ませている。
(コーネリア伯爵家は多額の支度金と結納金を払った結果がこの状態だもの。本当に、考えれば考えるほど迷惑しかかけてないわ)
「役目ね。それではシャーロットのドレスその他は全てわたくしが揃えます」
「は? モルガリウス侯爵家に対しても迷惑以外かけた覚えがございません! わたくしのような者に誠意ある態度でいてくださった事は心から感謝いたしておりますが、何かをいただくようなことだけはご容赦願います」
「シャーロットは役目を果たしていないから受け取れないと言いましたね。貴女は今日玄関先でわたくしに挨拶した時点で『わたくしの娘』と言う役割を果たしました。
わたくしからのプレゼントを受け取るのは娘としてのお役目ですよ」
「詭弁ですわ。あのような挨拶など誰でも出来ますし⋯⋯わたくしは不快な噂を引き寄せるだけの厄介者でございます」
堂々と胸を張って自分を卑下すると言う珍しい芸当を披露し続けるシャーロットの頑固さにエカテリーナが溜め息をついた。
合格点が出たらしい。気難しいと有名な母親が一度で許可を出すのを初めて見たジェロームは目を丸くした。
「シャーロットはやはり人たらしだな」
「そんな失礼な事を言うなら裏で薪割りをさせますよ」
「ああ、母上。それは禁句ですよ。シャーロットがやりたがってしまう」
「まあ、それは素晴らしいわ。詳しくお話ししてもらわなくてはね。ジェロームはお父様が訓練場で待っておられますよ」
ギョッとした顔のジェロームを見たシャーロットがしたり顔で呟いた。
「それはそれは。人は試練を乗り越えてこそ成長するのですもの」
「では、奥方様も。お互い試練に打ち勝つよう鋭意努力するとしましょう」
冷ややかな目でジェロームを睨みつけたが鼻歌を歌いながら屋敷の裏手へと行ってしまった。
「仕立て屋が来るまでに打ち合わせを済ませてしまいましょう」
エカテリーナとマリアンヌに引きずられるようにしてやってきた客間には既にドレスの見本が並び、テーブルの上はカタログや布の見本でいっぱいになっていた。
頬がヒクヒクと引き攣っているシャーロットはここにいるより剣術の練習に参加したいと本気で願った。
「シャーロット用に準備したドレスなの。でもあなたの好みがわからなくて⋯⋯どれが一番マシか教えてくれるかしら?」
「これらのドレスが全て、わたくし用に準備された物ですか?」
「ええ、そうよ。ドレスを2着しか持っていない貴族夫人なんてシャーロットくらいですもの。だから、わたくし達がなんとかしなくちゃって思ったの。時間が足りなくて既成の物ばかりで申し訳ないんだけどね」
エカテリーナがソファに座りカタログを熱心に眺めている間に、マリアンヌが爆弾発言を落としていく。
(今まで一度もお会いしてないのに、この方達はどこまで何を知ってるのかしら?)
ジェロームが結婚を決めてからつい先日まで、エカテリーナは二人のことに一切関与しないでいようと決めていた。
(ジェロームもそろそろ大人にならなくてはいけないものね)
知れば口を出したくなるからと調べもしていなかったが、シャーロットが家出していると聞いて大急ぎで調査した結果は惨憺たるもので⋯⋯。執事のジェファーソンに渡された報告書を読んだ時、エカテリーナはもう少しで気絶しそうになった。
キラキラと輝く目でシャーロットがドレスを選ぶのを待っているマリアンヌを前にしては何も言えない。溜め息を飲み込んだシャーロットは少しでも着れそうなドレスを探しはじめた。
「えーっと、あまり豪奢な物は不釣り合いかと思います⋯⋯着たこともありませんし。多分⋯⋯ああ、これなら」
この中ではまだシンプルと言えるドレスが隅の方にあるのを見つけた。最近の流行とは違うけれどグレーのガウンと薄紫のペチコートは自分の髪と目の色にも違和感がなさそうだと思った。
生地自体はかなり良い。手触りの良いシルクで縫製もしっかりしているので、もし時間があれば裾に刺繍を入れてみたい。
「分かったわ、他の物はどうかしら?」
「沢山あっても着る機会もありませんし、この一枚があれば十分ですわ」
「せめてあと2枚くらいは選んでくださらないと好みが分からなくて困ってしまうわ。それとも全部却下なのかしら」
「そう言うわけではなくて、本当にどれも素晴らしいです⋯⋯それでは、えっと」
ブルーグレーを基調にしたドレスと生成り色で裾模様の印刷されたドレスを選んだ。3枚ともあまり広くない襟ぐりでシンプルな袖、ペチコートはボリュームが少なくそれほど膨らんでいない。
「翠は選ばないのかしら?」
カタログから顔を上げたエカテリーナが首を傾げて尋ねてきた。
「翠ですか?」
「ええ、意識して翠を避けているように見えたのだけど?」
「そうかも知れません。あまり目立たない方が良いと思いましたので」
「翠はジェロームの瞳の色だし、貴女の紫眼や銀髪とも相性は良いと思いますよ。それを選ばないのは2人が特に親密ではないと思われたいと言う事かしら?」
流石、エカテリーナは鋭いところを突いてくる。無表情でシャーロットを見つめてくる夫人が、この歪な結婚に対してどう考えているのか全く予想がつかない。
(何をどう話すのが一番ベストなのかしら。真実以外は許さないって顔に書いてあるみたいで)
「⋯⋯社交界ではわたくしの過去が未だに揶揄いのネタになっていると聞いております。目立たない方がいいと思いますし、将来的にも使い勝手の良いお色を選んだ方が賢明だと思いました」
シャーロットの返事を聞いたエカテリーナに正面から見据えられて腰が引けそうになったが、マリアンヌの心配をよそにエカテリーナとシャーロットが見つめ合う異常事態が続いてしまった。
(ここは引けない⋯⋯翠を纏ってパーティーなんて自殺行為としか思えないもの)
「⋯⋯⋯⋯じゃあ、デイドレスは10⋯⋯いえ、20着にしましょう。夜会用は取り敢えず10着でいいかしら。それ以外にナイトドレスや乗馬服⋯⋯靴や帽子、アクセサリーもそれぞれに合わせて準備しなくては」
口の端を少し上げて笑ったらしいエカテリーナがとんでもない宣言をした。
「いえ、そんなにはいりません。必要もありませんし無駄になるばかりです」
想像もできないほどの数と種類を言われ慌てふためいたシャーロットの横でマリアンヌが心配そうに手揉みしていた。
「貴女の夫はそれだけの資産を持っています。それに相応しい身なりを整えるのは妻としての役目です」
「ご存知のようにわたくしは形式上の、名前だけの妻でございます。本来やらねばならない家政の取りまとめや家計の管理など何一つ手を出しておりません。それどころか揉め事を起こすばかりで、今までは居心地が良かった屋敷にご当主様が帰りたくないと思われるような状況でございます。
そのような状況で権利だけを主張する事は致しかねると⋯⋯どうかご理解いただけませんでしょうか?」
「つまり、妻としての役割を果たしていないから、妻としての権利も放棄するということね」
「はい、対価は真摯に働いたものに対し与えられる物だと思っております」
偉そうな事を言ってしまったとドキドキしていたが、シャーロットにとってこれだけは譲れない。屋敷の中を引っ掻き回しただけでなく今は不要なホテル代もかかり、仕事も休ませている。
(コーネリア伯爵家は多額の支度金と結納金を払った結果がこの状態だもの。本当に、考えれば考えるほど迷惑しかかけてないわ)
「役目ね。それではシャーロットのドレスその他は全てわたくしが揃えます」
「は? モルガリウス侯爵家に対しても迷惑以外かけた覚えがございません! わたくしのような者に誠意ある態度でいてくださった事は心から感謝いたしておりますが、何かをいただくようなことだけはご容赦願います」
「シャーロットは役目を果たしていないから受け取れないと言いましたね。貴女は今日玄関先でわたくしに挨拶した時点で『わたくしの娘』と言う役割を果たしました。
わたくしからのプレゼントを受け取るのは娘としてのお役目ですよ」
「詭弁ですわ。あのような挨拶など誰でも出来ますし⋯⋯わたくしは不快な噂を引き寄せるだけの厄介者でございます」
堂々と胸を張って自分を卑下すると言う珍しい芸当を披露し続けるシャーロットの頑固さにエカテリーナが溜め息をついた。
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