【完結】双子だからって都合よく使われて犯罪者にされたので、ざまあしようとしたら国をあげての大騒ぎになりました

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19.暗躍するデューク

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「⋯⋯1階にいる。明日の朝話し合おう」

 トントンと小さな音を立ててジェロームが階段を降りて行った。

「すみませんでした」

「いや、明日も早いし早く寝たほうがいいぞ」

(そう悪い奴ではなさそうだが拗れまくってるな⋯⋯)




 夜明け前の空が微かに明るくなりはじめた頃、シャーロットは裏庭の井戸で水汲みをはじめた。ピンと張り詰めた朝の空気の中でカラカラと小気味のいい音が響きパシャンと釣瓶が水に当たった音がした。

 無駄のない手慣れた仕草でロープを手繰り桶に水を溜めるシャーロットの穏やかな横顔は神聖な宗教画にも勝るとも劣らない美しさだった。

 今まで気付かなかった綺麗に通った鼻筋やキュッと上がった口角、白い肌が朝日に照らされはじめすっと背を伸ばし遠くを見つめる姿勢の良さに気品が感じられた。

(女性を見て純粋に綺麗だと思ったのはいつぶりだろう)

 宿屋の裏手にある井戸で水汲みをしているシャーロットを陰から覗き見ていたジェロームは、朝日に照らされ神々しく輝く姿をただ呆然と見つめ続けた。


「付き纏う変質者は牢屋行きですよ」

 桶を担いだシャーロットは立ち尽くすジェロームを放置したままサッサと裏口から入って行った。



 ジェロームは朝からずっと1階の食堂で粘っているがシャーロットの姿を一度も見かけなかった。

「お客さん、注文もなしで居座られたら迷惑なんですけど?」
「あー、ならオススメを」

「部屋をとりたいんだが」
「ずーっと満室ですねぇ」

「シャーロットの休憩時間が知りたいんだが」
「はあ? お客さん、うちはそういうのやってないんで⋯⋯娼館にでも行ってくださいよ!」



 女将と娘らしい女の子に徹底的に嫌われているジェロームが哀れになったデュークが彼を部屋に呼んだ。

「⋯⋯」

 入り口のドアを開けたまま下の音に耳を澄ませているジェロームを見たデュークが苦笑いを浮かべた。

「そんな疑わしそうな顔をしないでください。コーネリア卿のお腹がはち切れる前にお助けしようと思っただけですし、シャーロット様は仕事中ですから何処へも行きません」

「⋯⋯」

(シャーロットの味方は間違いなく俺の敵だからな)

 デュークの一挙手一投足を睨みながら壁にもたれ腕を組んだ。

「どういったご用件か伺っても?」

「急いては事を仕損じるとも申しますし、宜しければお掛けになられませんか?」


 ジェロームの質問をはぐらかしたデュークはどこから出したのか疑いたくなるほど高級な茶器を出し使い込まれたテーブルに並べると、宿場町の小さな宿屋には不似合いの今までに見た誰よりも優雅な仕草でお茶を淹れはじめた。

(モルガリウスの執事に負けない所作と胡散臭さだな)

「そう言えば⋯⋯『好敵手には塩を贈ると面白い』と亡くなられた旦那様がよく仰っておられました。コーネリア卿に塩を贈るべきか今の所判別できておりませんが」

(これは⋯⋯実家の母上が機嫌のいい時にだけ出してくるお茶によく似た香りがする。こんな物を出してなんのつもりだ?)

 デュークは穏やかな笑顔を浮かべているが対立しているジェロームを好敵手と認めていない⋯⋯堂々と小物扱い宣言されたジェロームは眉間に皺を寄せた。

(どいつもこいつも巫山戯やがって!)



「妻は家にいて家政を取り仕切ったり買い物や社交を楽しむものだと思っています。家出した妻を放置しておかないのは普通の感覚ではありませんか?」

「しかし、コーネリア卿は普通など望んではおられないのでしょう? 名だけの妻がいれば面倒な女達の防波堤になり、親兄弟からしつこく催促されなくなる。
そういう⋯⋯一切手がかからない妻がいれば丁度いいと思っておられた」

「シャーロットから何か聞いたんですか?」

「いいえ、シャーロット様は何も仰いません。コーネリア卿の行動をほんの少し調べさせていただきましたので、簡単な引き算をいたしました」

「ではこのまま放っておけと仰るのですか?」

「双方の丁度良い落とし所が見つかれば良いとは思っております。シャーロット様が憂いなくお幸せに暮らされることが亡くなられた旦那様のたった一つの願いでしたから」

「社交界では未だにシャーロットの噂で盛り上がる者達がいます」

「それを口実にしておられるだけではありませんか? そして、その噂を一番気にしておられるのはコーネリア卿のように見受けられます」

 デュークの言葉にジェロームは何も言えなくなった。プライドの高いジェロームは妻が女子収容所帰りだと言われる事が思った以上に堪えていた。

 必要に迫られたパーティーでコソコソと聞こえよがしに噂され、結婚前には声をかけてこなかったようなタチの悪い女達から『私の方がいいでしょう』といかがわしい誘いをかけられる。

 ジェロームにとってこの婚姻はちょっとした慈善事業のようなもののはずだった。前科はあるがまだ若い令嬢がモルガリウス侯爵家とコーネリア伯爵家の名前に守られながら社会復帰するのを手伝う。

(シャーロットが時間をかけてゆっくりと社会復帰する間、俺は周りからとやかく言われず仕事が出来る筈だったんだ)

 それが蓋を開けてみれば、仕事先でも女の趣味が悪いだの実は何か大きな欠点があるのかもなどと聞こえよがしの陰口を言われる始末。


「いっそのこと離婚してしまえばお互いにスッキリするのではありませんか? コーネリア卿であれば間違いなく引く手あまたでしょう。一般的な夫としての役目がついてきたとしても今ある噂は全て消えます」

「シャーロットは⋯⋯」

「シャーロット様ご本人はお一人でも大丈夫だと言われるでしょうが、わたくしとウルグス弁護士もおりますし公爵家を離籍しさえすれば大丈夫の筈ですので」

「代理人を立てたのはそのせいですか?」

「⋯⋯離婚届と離籍届けの二つが同時に受理されるようご協力いただけるなら、少しばかりコーネリア卿のお手伝いもするとお約束いたしましょう」

「サーマル氏の言葉を疑うわけではないが、それが私にとって何の役に立つのか分かりかねる」

「流石、賢明でいらっしゃる。ただ、人生とは勝負のタイミングというものがあるそうです」

「それも錬金術師キングストンのお言葉ですか?」

「さあ、どうでしょうか」

「で、何をしてくれると言うのですか?」

「シャーロット様が決して逃げ出さなくなる魔法の呪文を知っております」



 胡散臭い話をするデュークを信じる根拠は何もなく、亡き雇用主も真面な生き方をしてきた人とは思えない。偶々運を引き寄せただけの山師に長年仕え、その真似しているだけの年寄りかもしれない。

 裕福な高位貴族の次男として生まれ家族仲も良く、全てにおいて恵まれた環境だったと思う。スペアだからこその自由を許され首席卒業後は王宮法務部に勤務し、従属爵位と資産を父から譲られた。
 いずれは法務大臣になるのではという噂も出るほど。

(それがここにきて、女を見る目がない愚かな男呼ばわりされて⋯⋯部下の仕事に対する態度にまで影響が出る始末だ)



「分かった。離婚届を出す時は離籍届けを必ず同時に提出する。邪魔をするとしたらアルフォンス公爵家だろう? 彼等には絶対に邪魔はさせない。
それと引き換えに何を望む?」

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