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10.初めて尽くし

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「確かにお金に困ってますけど、初めて売り買いをするのでどのくらいが正しい値段なのか想像つかないんです」

「⋯⋯良いとこのお嬢っぽいからねえ、ただの家出には見えないし」

「えっと、旦那さん?婚家?から逃げるとこで、逃走資金にしようと思ってこれを作りました」

「はっは! 馬鹿正直だねえ。そんな悪い奴なのかい?」

「どうなんでしょう⋯⋯結婚してから5ヶ月経ったんですけどまだ2回しか会ったことないんです。ただずっと軟禁されてたので逃げ出したとこです」

「そりゃまた変な奴だこと。ここの領主様に相談すりゃなんとかしてくれると思うよ」


「あ、いえ。良いです。どこかで仕事を見つけるんで」

 領主⋯⋯ジェロームのことか代理のジョージの事だろう。どちらも絶対にお断りだが、店主の評価には驚いた。

「領主さんってもしかして良い人なんですか⋯⋯」

「意外だろ? ここの領主様は珍しく領民の事をちゃんと考えてくださるんだ。それにしても、当てもないくせに無茶するねえ」

「あと7ヶ月逃げられたら白い結婚で離婚できるから⋯⋯それに掃除でも薪割りでもなんでもできるんで」

「⋯⋯ま、薪割りかい。その細っこい腕で?」

「力がなくてもこう腰を入れてですね⋯⋯」

 シャーロットが斧を持って薪を割る方法を説明しはじめると店主がゲラゲラと笑いはじめた。

「アンタがほんとに薪割りできるって分かったからもうやめな。それ以上やられたら腹の皮が捩れちまう。
お貴族様の癖に全く⋯⋯おかしな子だねえ。
隣町に『銀の仔馬亭』って名前のちっこい宿があるから行ってみな。妹夫婦がやってる宿だからマーサに聞いて来たって言やぁ雇ってもらえるかも」



 マーサは暴力を振るう夫から逃げ出してこの町に来た。その時領主になったばかりのジェロームに助けられてこの店を開くことができたと言う。

(そうか、場合によっては良い事もできる人なんだ。使用人達も多分同じなんだろうね⋯⋯)

 最後に会えたかもしれない祖父との時間を奪ったジョージを許す事はできないが、元犯罪者への偏見が収容所で聞いていた通りだと知れただけの事。

(誰よりも許せないのは私自身よね⋯⋯あの時お祖父様の手をとって助けてもらえば⋯⋯そうすれば最後のお世話ができたんだもの)

 もしかしたらこの気持ちが整理できるまで、祖父の屋敷に足を踏み入れる勇気が湧かないのかもしれない。



 作品を買い取ってもらったお金を見てシャーロットは感動していた。

「これが銅貨で、これが銀貨⋯⋯金貨もある」

「やれやれ、まるで初めて見たみたいな顔をしてるよ。いいかい、隣町までの郵便馬車は銀貨が2枚だ。あとは隠しとくんだよ、おかしな奴の前でちょっとでもジャラジャラいわせたらすぐに盗まれちまうからね」


 マーサの言う通りに銀貨2枚を別にして残りのお金は布でグルグル巻きにして鞄にしまった。

「郵便馬車は表通りの噴水の近くだ。行き先はオーランド。そこの『銀の仔馬亭』だよ、ちゃんと覚えときな」



 マーサが売ってくれたローブを羽織り人混みをかき分けながら噴水を探して歩いた。

(噴水は見つかったけど郵便馬車ってどれの事?)

 勇気を奮ってどれが郵便馬車が聞いた時はおかしな物でも見るような目で見られたが、なんとかオーランド行きの郵便馬車に乗り込むことができた。
 大量の荷物の間に板が渡してあるだけなので、馬車が揺れるたびに板から転げ落ちそうになる。旅慣れた風の年配の夫人が横にどっかりと座って足の踏ん張り方を教えてくれた。

「どこまで行くんだい?」

「オーランドの宿に用があってそこまでです。『銀の仔馬亭』ってご存じですか?」

「おっ、知ってるぜ。あそこの亭主は口うるさいが飯がうまいんだ」

 口うるさいと言いながら笑っている様子からすると、思った以上に評判がいいのかもしれない。

(雇ってもらえるといいな)




 埃っぽい道をガタガタと半日、漸く辿り着いたオーランドの街は宿場町だけあって旅姿の人が多かった。大きな荷物を抱え急ぎ足で歩く人や時間を気にしながら話し込んでいる人。誰もが忙しそうで周りの人を気にしていないように見える。

 郵便馬車で声をかけてくれたおじさんが教えてくれた通りに道を歩いていくと仔馬らしい絵の描かれた看板がぶら下がった店が見えてきた。赤い煉瓦造りの建物は一階が食堂で二階と三階に部屋があるようで、店の外を若い女の子が掃いている。

「あの、『銀の仔馬亭』ってここで合ってますか?」

「合ってるよ。お客さん?」

 襷掛けしたペラペラの鞄一つで手荷物を何も持っていないシャーロットを不思議そうに見た女の子が首を傾げた。

「いえ、マーサさんに教えてもらって来ました。雇っていただける場所を探しております」

「マーサおばちゃんの紹介? それなら多分大丈夫だと思うけど、宿の仕事ってきついよ~。入って入って⋯⋯父さーん、マーサおばちゃんの紹介だってー」

「はあ? 突然なんだ?」

「あの、急に押しかけて申し訳ありません。住み込みの仕事を探しておりまして⋯⋯掃除洗濯、薪割りでも馬小屋の掃除でもなんでもやります。ここが無理ならどこか人を募集している所をご存知であれば教えていただけるだけでも助かります」

「薪割りは間に合ってるが⋯⋯面白いのが来たもんだ。取り敢えず何日かやってみて大丈夫そうなら雇うんでも構わねえか?」

「はい、勿論です。精一杯頑張りますので宜しくお願い致します」


「なんか、貴族みてえな話し方だな。買い出しに行ってる女房が帰ってきたら細かい事を相談すりゃあいいだろう」

 買い物から帰ってきた夫人に断られたらどうしようと不安に思ったのが顔に出ていたらしい。亭主がゲラゲラと笑いはじめた。

「マーサの紹介ならアイツは嫌とは言わねえから心配しなくて大丈夫だよ」



 宿の亭主の名前はゲイルでマーサの妹だと言うゲイルの妻はミリア、店の外を掃除していたのは娘のタニアで18歳だった。

「姉さんがうちを紹介したってことは訳ありかい? 言いたくなけりゃ言わなくていいけど、なんかして欲しい事があったら先に聞いといたげるよ」

「夫から逃げているのであまり人前に顔を出さずにすめば助かります」

「暴力?」

「いえ、家から出るのを禁止されておりました。親戚との連絡とかもさせてもらえなかったものですから⋯⋯」

「監禁かい、最悪だね。その親戚んとこに逃げらんないのかい?」

「連絡を停められてる間に亡くなってしまいました」

「そりゃ逃げ出して当然だわ。どっちにしろアンタに一階は無理そうだから宿の掃除と厨房の手伝いを頼むかね」

 シャーロットの銀髪や容姿は目立ちすぎて酔客の格好の揶揄いネタになるだろうと言われた。

「立ち居振る舞いや言葉遣いも酒場には合わなそうだからさ、そっちにした方がうちとしてもトラブルがなくて良いかもだし」



 簡単に説明を受けて客室の掃除と洗濯を担当することになった。

 掃除をした後に点検してもらい洗濯物も確認してもらう。調理の補助にも合格して見事職を得たシャーロットはスカーフで髪を隠して毎日張り切って仕事に励んだ。

 タニア達の言葉を真似て宿の従業員らしい言葉遣いも少し覚えたシャーロットをゲイル達は家族のように扱ってくれた。



「ねえ、休みの日くらい遊びに出てみればいいのに」

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