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6. ジェローム・コーネリア伯爵

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「君が引きこもりのシャーロットか」

「初めてお目にかかります。シャーロットと申します」

 わざと丁寧なカーテシーをし頭を下げたままでいると、シャーロットの嫌味が通じたらしくコーネリア伯爵が立ち上がった。

「ジェローム・コーネリアだ。父から従属爵位の伯爵を頂いている。ジョージ、シャーロットを席に案内してくれ」

 初めて見たジョージはこの屋敷の執事だろうか? 目も合わせず無表情のまま椅子を引いてシャーロットを席に座らせた。


 ジェロームが合図をするとスープからはじまる料理が運ばれて来た。黙々と一切の会話なしで食事が進んで行く。
 最後のデザートが出たところでジェロームが初めて口を開いた。

「何が気に入らないのか知らないが、いつもこんな風なのか?」

「何のことを仰っておられるのか分かりかねます」

「一言も口を利かないで食べるだけ。目の前の相手に対する礼儀はなし」

 ジェロームは椅子の背にもたれて目を眇め不満を表した。

「いつもは⋯⋯そうですね。一人で食事をするときお喋りをする人はいないと思いますわ」

「メイド達とも口を利かないんだろう」

「特に話すがありませんから」

「⋯⋯既に聞いているはずだが、君には毎月一定の小遣いが割り当てられている。外出は許可できないがこの屋敷の中では自由にしてくれて構わない。必要なものがあれば商人を呼ぶなり買い出しを頼むなりしてくれたまえ。
それから、男性の使用人はいるが君が関心を持っても相手にはならないから無駄な努力はやめた方がいい」

「他に聞いておくことはありますかしら?」

「うーん、そうだ。何のパフォーマンスか知らないが部屋に閉じこもって食事まで部屋に運ばせるのはやめにしてもらう。この屋敷では食事は朝夕だけだが気に入らないなら昼にも何か準備させよう」

 食事を運ばせているの部分でジョージが僅かに身じろぎをした。

「屋敷から出さない理由は理解できているだろう? 君の過去は承知して婚姻を結んだからそれについてとやかく言うつもりはないが、今後は立場を弁えて暮らしてもらう。ほんの僅かな噂でも伯爵家や父上達の顔に泥を塗る行為は控えてくれ」

「畏まりました」

「まあ、屋敷内にいる限りは大したことはできないと思うがね。
どうしても結婚せざるを得なかったから君のような人は都合が良かったんだが、あまりにも勝手をして使用人に迷惑をかけてもらっては困るんだ。彼等は長年勤めてくれている大切な存在だから」

「よく分かりました。ではわたくしはこれで部屋に下がらせていただきます」

 優雅に立ち上がったシャーロットは手元にあった水の入ったグラスを持ち上げて、威張りくさったジェロームの顔にぶちまけた。

「それでは失礼致します。お水であれば乾かすだけですから、大切な使用人の手を煩わせることもありませんわね」


 上品に会釈して食堂を出たシャーロットの背後からジェロームの罵声が聞こえて来た。

(何あの太々しい態度、偉そうで独善家で世界は俺様のために回ってるとか思ってそう)

 水をぶちまけた時のジェロームの唖然とした顔に少しだけ溜飲の下がったシャーロットは爽やかにベッドに潜り込んだ。


(毎月の小遣いがあるなら刺繍糸を買って⋯⋯レース編みもできるわ!)



 翌朝、バルコニーで憂鬱な気分に浸っているとアマンダが迎えにやって来た。

「食堂に朝食の準備を致しました。宜しければ御案内いたします」

「夕べと同じ場所なら案内なしでも大丈夫だけど、案内したほうがいいならお願いするわ」

 暗に屋敷を一人で歩かれたくないなら⋯⋯と聞いてみた。

「いえ、シャーロット様が宜しければご自由に。屋敷の中は使用人棟以外でしたらどこでもご自由にお過ごし下さい」

「では、庭を散策しても構わないのかしら?」

「はい、勿論でございます」

(良かった。これで少しばかり運動不足解消になるかも)



 少しワクワクした気分で食堂に向かうと新聞に顔を突っ込んだジェロームが座っていた。

「ちっ!」

 思わずしてしまった舌打ちが聞こえたらしく新聞ががさりと音を立てた。

「おはようございます」

 いくら相手が礼儀知らずでも自分までそのレベルになる必要はない。それにこの後は庭の散策が待っている。嫌なことはさっさと済ませて席を立てば良い。



 パンと卵やハムなどのいつも通りの朝食が運ばれて来た。小さく会釈したシャーロットは黙々と食事を済ませて席を立った。

「今日の夕食は帰らない」

「はい、承知しております」

「誰かに聞いたのか?」

「いえ、今回がこちらにお邪魔してから一ヶ月でしたので。次に伯爵様にお会いしなければならないのはその頃かと愚考致しました。それでは道中お気をつけて」

 これで当分会わずに済むのだ、少しくらい親切な言葉をかけるくらいなんてことない。


「おい、お邪魔してってどう言う意味だ?」

「⋯⋯そのままの意味ですが、お気に召さないようでしたらどうか他の言葉に変換してお考え下さいませ」

「ここは君の家だろうが」

「そう考える人もいるのかもしれませんねえ。わたくし急ぎますので失礼させて頂きますわ」

「なんなんだ、あいつは!!」




 部屋に戻った後シャーロットは少しだけ部屋のドアを開けておいた。早く庭に行ってみたいとソワソワしながら部屋をうろうろしていると、階下から指示を出す声やバタバタと歩き回る人の気配がした。

 ドアの近くで様子を伺い玄関ホールが静まりかえったのを確認してから庭に出て来た。

 夏の日差しを受けて裏庭は色とりどりの花が溢れていた。ジニア、ペチュニア、マリーゴールド⋯⋯。シャーロットがかがみ込んで見ているのはアスクレピアス・ツベロサの小さな花。

 庭師はシャーロットがきた途端そそくさと別の場所に移動してしまった。

(噂のせいかご当主様の教育が行き届いているのか⋯⋯どっちでも良いけど、やな感じよね)


 この屋敷に来てから一ヶ月だが、婚姻したのはそれよりも二ヶ月前だと聞いている。

(となるとあと九ヶ月か⋯)

 シャーロットが狙っているのは結婚一年での白い結婚による離婚。多額の支度金を出してもらっていると聞いているので申し訳ないと思ったりもしていたが、昨日と今日の態度を見て気が変わった。

(支度金とかは返還の請求できるって言うからお父様達に請求していただけば良いわ。取り返せるかどうかは⋯⋯知ったこっちゃないわね)


 それよりもシャーロットが気になっているのはここに軟禁されている間は祖父に会いに行けない事。手紙は何度か出しているが返事が一度も来ていない。

(お加減が悪いのかしら。それならそれで執事のデュークが返事をくれると思うんだけど)

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