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3.悪魔再来
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「申し訳ありませんが、旦那様から『既に確定したことだから諦めるように』と」
「でも、本当に私は⋯⋯」
逃げるように部屋を出ていったエマーソンの後は夕食を運んできたメイドが一人だけ。食欲もなく何も手につかないシャーロットは部屋の中をうろうろと歩き回ってばかりいた。
(この時間お父様はいつもブランデーを楽しんでおられるわ)
部屋のドアをそっと開けて誰もいないのを確認してこっそりと部屋を抜け出した。使用人達に合わないよう祈りながら階段を降り、父親がいるはずの居間のドアをノックしようとした時に中から声が聞こえてきた。思わずドアに耳を近付けてみると⋯⋯。
「⋯⋯⋯⋯しばかり可哀想ではあるがな。我が家としては最小限の被害で済んだと思うしかあるまい」
「本当に、一時はどうなることかと思いましたわ。テレーザには本当に困ったものです」
「ほんの2年の事だし、どうせシャーロットなど我が家の役には立たんし」
「ええ、エドワード様もテレーザが良いと仰ってるのだからちょうど良かったのかもしれませんわね」
「暫くはテレーザも大人しくすると言っておるし、結果オーライと言うやつだろう」
「ええ、当分の間は身代わりがいないのですから大人しくするしかありませんものね」
ノックなしでガチャリとドアを開けたシャーロットの顔はショックで蒼白になっていた。
「シャーロット、ノックもなしにドアを開け⋯⋯」
母親のフィアナが文句を言いかけたのをシャーロットが遮った。
「私はテレーザの代わりに女子収容所に行かされるの? テレーザが不貞行為っていうのをした事をお父様もお母様もご存じで⋯⋯。なのにそれをみんなで私のせいにしたのね」
「も、もう裁判は終わったんだ! 今更何を言おうと結果は変わらん。この国の法律がお前を収容所に送ると正式な書類を送ってきたのだからな」
「でも、私は何もしてないのに!」
「それでもだ。一度出た判決は覆らんと法律で決まっておるんだ。エドワード殿はテレーザの方がいいと言っておるし、フォルスト侯爵との話し合いも終わって書類も出し直ししてある」
「エドワード様の事は構わないの。テレーザの方がお似合いだと私も思ってたし。だけど女子収容所に行くなんて⋯⋯何でそんなことになったの?」
「テレーザがあなたの名前を使っていたのよ。ほんの冗談のつもりだったのだと思うわ。でも、相手はシャーロットと言う名の娘と付き合ってると思っているのだからどうにもならないわ。
本当は貴方を結婚させてテレーザに婿をとってうちに残ってもらいたかったの。貴方がエドワードを捕まえておけなかったんだから仕方ないじゃない」
「部屋に戻れ! 次に部屋から出るようであれば鍵をつけて軟禁するしかなくなるが、そんな事をする必要がない事を信じている。
まさか、騒ぎ立てて我が公爵家に恥をかかせるつもりではないだろうな。非公式の裁判でも恥ずかしい思いをしたのだ。これ以上の騒ぎはごめんだ!!」
いつの間にかやってきていたエマーソンに連れられて部屋に戻ったシャーロットは逃げ場はないんだと観念した。
(裁判所が決定したら覆らないなんて⋯⋯テレーザもお父様達も何も言わないってわかりきってるし。みんな、私なんかのことよりも自分や公爵家の評判の方が大事なんだ)
翌々日、朝靄が消える前に玄関先に着いた馬車に乗り込んだシャーロットを見送ったのは、玄関の開け閉めをしたエマーソンと門の開け閉めをした門番の二人だけだった。
「ほら、さっさとやんな! グズグズしてんじゃないわよ」
「あーもー、何やってんのよ! アンタは今日夕飯抜きだからね!」
「お貴族様だろうが関係ないんだよ!! あたし達がよーく教えてあげるからねー」
女子収容所の朝は早く、手元がうっすらと見えるくらいの時間の水汲みから1日がはじまる。
入りたての頃は洗濯・掃除・調理の手伝い・家畜の世話が殆どで、新しい服役者が来ると刺繍やドレス作りなどの少し楽な仕事ができるようになる者もいる。
「今まで楽して生きてきたんだろ!? アンタの性根を叩き直してやんなくちゃねえ」
「どうせあたし達のこと馬鹿にしてんだろ? 世間がどういうもんか教えてやるよ」
ここでは貴族令嬢は特に嫌われ、服役者達が行う新人への洗礼は艶やかな髪や傷ひとつない手を見た途端過激さが増していく。
監視人はおらず古株の服役者が新人に仕事を教えるが暴言・暴力は日常茶飯事で、服に隠れる場所はあっという間にアザだらけになった。彼女達が決める罰は食事抜きの他に、夜を徹して掃除をさせられたり一晩中繕い物をさせられたりするのが多い。
男性が一人もいないので薪割りや荷運びなどの力仕事もやらなければならず、羊の毛を刈ったり解体や皮をなめしたりもしなければならない。
怪我をした時用に裏庭に薬草は生えているが知識のない者ばかりなので、使う時は運を天に任せることになる。
シャーロットがここに送られて半年経った頃、祖父が訪ねてきた。
「本当は面会禁止なんだけどね、アンタは真面目にやってるから一回だけ許してあげるわ」
女子収容所を管理している女領主の計らいで領主館の応接室で祖父と対面することができた。
「シャーロット、お前がこんなところに送られているなんて⋯⋯今まで全然知らなかったんだ。すまなかった」
数年前から体調を崩して他国で治療をしていた祖父は痩せた身体でシャーロットを抱きしめた。
「あんな裁判なんか無効だ! シャーロットが不貞行為などする訳がないんだからな」
「古株の服役者に聞いて知ったの。裁判ってやり直しとか色々出来るって」
「そうだとも。すぐに手続きを始めるからもう少しだけ頑張るんだよ」
祖父はシャーロットのために持ってきたお菓子をテーブルに並べながら目を潤ませていた。
「このまま後一年半頑張るつもりだから、今は何もしなくていいわ」
「なんでそんな!」
できることなら今日のうちに収容所から連れ出したいくらいだと思っていた祖父はシャーロットの言葉に絶句した。
「だって、ここを出てもまた何かやられるだけかもしれないでしょう?」
シャーロットの両親はテレーザを可愛がってるので、そのテレーザが収容所に入れられたら恨みを買うのは間違いない。そうなれば彼等が何をやってくるか想像するだけで恐ろしい。
テレーザはエドワードと婚約したので、シャーロットが冤罪を晴らせばエドワード達侯爵家の恨みも買うことになるだろう。
(恥をかかされたって怒るだけじゃすまない気がする)
「ここを出る時私は18歳だから出所と同時に離籍して平民になるわ。で、冤罪を晴らして別の国に行こうと思うの」
18歳になるまでこの女子収容所はシャーロットにとって隠れ家にできる。ここに居ればテレーザはシャーロットの振りをして悪事ができないし、離籍した後で冤罪を晴らした方が安全だろう。
「平民になった時の勉強が出来てると思っているの。一年半経ったらお祖父様に会いに行くからそれまで待っていてくださる?」
女子収容所は肉体的にも精神的にもキツイけれど、ここから出た後でまた利用されるかもしれないと思えば⋯⋯家族に裏切られたあの日のショックに比べれば我慢できる。
(二度と利用されないために、手に職をつけてると思えばいいの。ここを出たらどんな仕事でも出来そうだものね)
後ろを何度も振り返りながら祖父が帰って行った。ここにいる間は面会も手紙のやりとりも禁止。祖父の体調は気になるがシャーロットにできるのは元気でいてくれと願うことしかなかった。
その日から益々仕事に精を出すシャーロットの将来の計画が崩れたのは出所日の前日だった。
悪魔が満面の笑みを携えてやって来た。
「でも、本当に私は⋯⋯」
逃げるように部屋を出ていったエマーソンの後は夕食を運んできたメイドが一人だけ。食欲もなく何も手につかないシャーロットは部屋の中をうろうろと歩き回ってばかりいた。
(この時間お父様はいつもブランデーを楽しんでおられるわ)
部屋のドアをそっと開けて誰もいないのを確認してこっそりと部屋を抜け出した。使用人達に合わないよう祈りながら階段を降り、父親がいるはずの居間のドアをノックしようとした時に中から声が聞こえてきた。思わずドアに耳を近付けてみると⋯⋯。
「⋯⋯⋯⋯しばかり可哀想ではあるがな。我が家としては最小限の被害で済んだと思うしかあるまい」
「本当に、一時はどうなることかと思いましたわ。テレーザには本当に困ったものです」
「ほんの2年の事だし、どうせシャーロットなど我が家の役には立たんし」
「ええ、エドワード様もテレーザが良いと仰ってるのだからちょうど良かったのかもしれませんわね」
「暫くはテレーザも大人しくすると言っておるし、結果オーライと言うやつだろう」
「ええ、当分の間は身代わりがいないのですから大人しくするしかありませんものね」
ノックなしでガチャリとドアを開けたシャーロットの顔はショックで蒼白になっていた。
「シャーロット、ノックもなしにドアを開け⋯⋯」
母親のフィアナが文句を言いかけたのをシャーロットが遮った。
「私はテレーザの代わりに女子収容所に行かされるの? テレーザが不貞行為っていうのをした事をお父様もお母様もご存じで⋯⋯。なのにそれをみんなで私のせいにしたのね」
「も、もう裁判は終わったんだ! 今更何を言おうと結果は変わらん。この国の法律がお前を収容所に送ると正式な書類を送ってきたのだからな」
「でも、私は何もしてないのに!」
「それでもだ。一度出た判決は覆らんと法律で決まっておるんだ。エドワード殿はテレーザの方がいいと言っておるし、フォルスト侯爵との話し合いも終わって書類も出し直ししてある」
「エドワード様の事は構わないの。テレーザの方がお似合いだと私も思ってたし。だけど女子収容所に行くなんて⋯⋯何でそんなことになったの?」
「テレーザがあなたの名前を使っていたのよ。ほんの冗談のつもりだったのだと思うわ。でも、相手はシャーロットと言う名の娘と付き合ってると思っているのだからどうにもならないわ。
本当は貴方を結婚させてテレーザに婿をとってうちに残ってもらいたかったの。貴方がエドワードを捕まえておけなかったんだから仕方ないじゃない」
「部屋に戻れ! 次に部屋から出るようであれば鍵をつけて軟禁するしかなくなるが、そんな事をする必要がない事を信じている。
まさか、騒ぎ立てて我が公爵家に恥をかかせるつもりではないだろうな。非公式の裁判でも恥ずかしい思いをしたのだ。これ以上の騒ぎはごめんだ!!」
いつの間にかやってきていたエマーソンに連れられて部屋に戻ったシャーロットは逃げ場はないんだと観念した。
(裁判所が決定したら覆らないなんて⋯⋯テレーザもお父様達も何も言わないってわかりきってるし。みんな、私なんかのことよりも自分や公爵家の評判の方が大事なんだ)
翌々日、朝靄が消える前に玄関先に着いた馬車に乗り込んだシャーロットを見送ったのは、玄関の開け閉めをしたエマーソンと門の開け閉めをした門番の二人だけだった。
「ほら、さっさとやんな! グズグズしてんじゃないわよ」
「あーもー、何やってんのよ! アンタは今日夕飯抜きだからね!」
「お貴族様だろうが関係ないんだよ!! あたし達がよーく教えてあげるからねー」
女子収容所の朝は早く、手元がうっすらと見えるくらいの時間の水汲みから1日がはじまる。
入りたての頃は洗濯・掃除・調理の手伝い・家畜の世話が殆どで、新しい服役者が来ると刺繍やドレス作りなどの少し楽な仕事ができるようになる者もいる。
「今まで楽して生きてきたんだろ!? アンタの性根を叩き直してやんなくちゃねえ」
「どうせあたし達のこと馬鹿にしてんだろ? 世間がどういうもんか教えてやるよ」
ここでは貴族令嬢は特に嫌われ、服役者達が行う新人への洗礼は艶やかな髪や傷ひとつない手を見た途端過激さが増していく。
監視人はおらず古株の服役者が新人に仕事を教えるが暴言・暴力は日常茶飯事で、服に隠れる場所はあっという間にアザだらけになった。彼女達が決める罰は食事抜きの他に、夜を徹して掃除をさせられたり一晩中繕い物をさせられたりするのが多い。
男性が一人もいないので薪割りや荷運びなどの力仕事もやらなければならず、羊の毛を刈ったり解体や皮をなめしたりもしなければならない。
怪我をした時用に裏庭に薬草は生えているが知識のない者ばかりなので、使う時は運を天に任せることになる。
シャーロットがここに送られて半年経った頃、祖父が訪ねてきた。
「本当は面会禁止なんだけどね、アンタは真面目にやってるから一回だけ許してあげるわ」
女子収容所を管理している女領主の計らいで領主館の応接室で祖父と対面することができた。
「シャーロット、お前がこんなところに送られているなんて⋯⋯今まで全然知らなかったんだ。すまなかった」
数年前から体調を崩して他国で治療をしていた祖父は痩せた身体でシャーロットを抱きしめた。
「あんな裁判なんか無効だ! シャーロットが不貞行為などする訳がないんだからな」
「古株の服役者に聞いて知ったの。裁判ってやり直しとか色々出来るって」
「そうだとも。すぐに手続きを始めるからもう少しだけ頑張るんだよ」
祖父はシャーロットのために持ってきたお菓子をテーブルに並べながら目を潤ませていた。
「このまま後一年半頑張るつもりだから、今は何もしなくていいわ」
「なんでそんな!」
できることなら今日のうちに収容所から連れ出したいくらいだと思っていた祖父はシャーロットの言葉に絶句した。
「だって、ここを出てもまた何かやられるだけかもしれないでしょう?」
シャーロットの両親はテレーザを可愛がってるので、そのテレーザが収容所に入れられたら恨みを買うのは間違いない。そうなれば彼等が何をやってくるか想像するだけで恐ろしい。
テレーザはエドワードと婚約したので、シャーロットが冤罪を晴らせばエドワード達侯爵家の恨みも買うことになるだろう。
(恥をかかされたって怒るだけじゃすまない気がする)
「ここを出る時私は18歳だから出所と同時に離籍して平民になるわ。で、冤罪を晴らして別の国に行こうと思うの」
18歳になるまでこの女子収容所はシャーロットにとって隠れ家にできる。ここに居ればテレーザはシャーロットの振りをして悪事ができないし、離籍した後で冤罪を晴らした方が安全だろう。
「平民になった時の勉強が出来てると思っているの。一年半経ったらお祖父様に会いに行くからそれまで待っていてくださる?」
女子収容所は肉体的にも精神的にもキツイけれど、ここから出た後でまた利用されるかもしれないと思えば⋯⋯家族に裏切られたあの日のショックに比べれば我慢できる。
(二度と利用されないために、手に職をつけてると思えばいいの。ここを出たらどんな仕事でも出来そうだものね)
後ろを何度も振り返りながら祖父が帰って行った。ここにいる間は面会も手紙のやりとりも禁止。祖父の体調は気になるがシャーロットにできるのは元気でいてくれと願うことしかなかった。
その日から益々仕事に精を出すシャーロットの将来の計画が崩れたのは出所日の前日だった。
悪魔が満面の笑みを携えてやって来た。
応援ありがとうございます!
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