上 下
35 / 149
ハーミット王国、ドワーフの里へ

33.もふもふと二日酔いのマックス

しおりを挟む
「はい、多分。それから、お願いがあるんですが」

「あ? なんだ?」


 ミリアが玄関を開けると白い仔犬が意気揚々と入ってきた。
 尻尾をブンブン振りキョロキョロと周りを見回す様は、これがあの牙を向いて威嚇していたフェンリルとは思えない愛らしさだった。


「なんだこりゃ?」「かっ可愛い」


「えーっと、友達? 暫くの間だけ一緒にいることになったみたいで」


「勝手に着いて来ちまったってことか? 名前は? 何だ、ないのかよ。なら取り敢えずちびな。ちび、ミルク飲むか?」


 ナナが大暴走している。


(フェンリル、怒らないでね)

『我はこれしきの事で腹を立てたりはせぬ』

(ありがとう)


 ナナが小皿に温めたミルクを入れて持って来た。

「なあ、ちょびっとだけ撫でても良いか?」

 ナナの目がキラキラと輝いている。


「私もまだ触った事ないから。多分大丈夫だとは思うんだけど」


「なっ、飼い主より先なんて良くねえ! 俺は二番目で良いからな」


 興奮しているナナの様子をよそに、フェンリルは我関せずとミルクを舐めている。


「飼い主じゃなくて友達、友達ですから。
それよりナナさん、教えて欲しいことがあるの」

「ん? 何でも聞いてくれ」

「一つ目は鉱山での喧嘩の事、二つ目はこの里の事なんだけど」


「俺はそこにいなかったから、聞いた話だけどな・・」


 喧嘩は突然起こったと言う。鉱山で大勢のドワーフが採掘中、誰かが足を引っ掛けたと騒ぎ出した。

 普段ならその程度の事で揉めることなどあり得ないがその日は、

 『わざとだ』『やってない』

と、小競り合いが続いて取っ組み合いの喧嘩に発展したとか。


「鉱山で揉めるとかあり得ねえよ。みんな掟は知ってるんだ、なのにあの日は・・。
しかも長老がみんなを集めて話を聞いたら、誰が最初に言い出したのかよく分かんねえって。なのに、気が付いたらみんなで殴り合いしてたって。
怒られるのが怖くて黙ってるんだろうが」


「ドワーフの里で何か気になる事はない? 例えば・・突然雰囲気が変わったとか、おかしな事があるとか。
ガンツさんがここを出たのはいつ?」

「俺っちが里を出たのは二十年以上前だ。特に変わった事は分からねえな」


 ナナはしきりに首を傾げていた。

「俺も特に気にした事はねえ。まあリロイんとこにガキが生まれたとか、長老が時々寝込むようになったとか。
あとはあれだな、マーニーんとこの兄貴が結婚したからマーニーは家を立てて一人暮らしを始めた。で、超汚い」



「ミイ、何が聞きたいんだ?」

「うーん、私もよく分かってないんだけど。
喧嘩が起きた事が不思議だったの。
ここに来て里の皆さんに会ってから、長い間大切に守られてきた掟を破る様なドワーフはいない気がして」


「俺っちもそれは不思議だった。ドワーフの里が荒んできてんのかとか、何か問題でも起きてるのかとか」

「ここはいつも一緒、何も変わんねえよ。
同じ顔ぶれで同じ事の毎日。変化といやあ山が荒れることくらいで、ガンツが里を捨てたのは当然かもな」


「ナナ、俺っちは里を捨てたんじゃねえ。ドワーフも前に進むべきだと思ったって何度も言ってんだろうが」

「二十年も待たせて? どの口が言ってんだか」


 仔犬の姿のフェンリルが大きな欠伸をしていた。




 外が明るくなりマックスとグレンがやって来た。
 マックスはまだ酒が残っているのか青い顔でフラフラしている。


「グレン、まさかお前も行くとか言わねえよな」

「行くに決まってんだろ。俺はな肉には買収されねえからな!」

 ミリアを指差して自信満々に言い切った。


「真っ先に一番デカい肉を持ってった奴がよく言うぜ。ま、好きにしたらいいがな。
マックス、何だてめえは。シャキッとしやがれ」

「長老ってば酷いんですよ。俺がもう飲めないって言っても聞いてくれなくて、すんごい絡み酒で」


 マックスの近くに行きクンクンと匂いを嗅いだフェンリルは『キャン』と一声吠えて逃げ出した。


((臭かったんだ))

 女子二人の心の声がシンクロした。



「しょうがねえな、お前ら邪魔したらタダじゃおかねえから覚悟しとけよ。
もしちょっとでもやらかしたら去勢してやる」

「「ひっ!」」





 荷物を準備し長老に挨拶した後、ナナとグレンを含めた五人は鉱山に向けて出発した。

 鉱山は長老の家の前を通り、細い道を抜けた先にあった。

「さて、行くとするか。先頭はナナと俺、殿しんがりはグレンとマックス。
ミイの指示には絶対に従えよ。分かったかグレン」

「分かったけどよ、その仔犬も行くってか?」

「ええ、宜しくね」



 鉱山の中はひんやりとして暗く、それぞれが持つ魔導ランプの灯だけが頼りだった。
 カツンカツンと足音が響く以外には何も音がしない。慣れない者にとっては不気味で恐怖心を呼び起こし、あまり長居はしたくない場所だった。


 武器の製造に使われる鉱石は、銅・(銅と錫で作る)青銅・鉄・オリハルコン・ミスリル・ヒヒイロカネなどがある。


 この鉱山は上層で良質の銅や鉄が産出され、下層に行くと少量だがオリハルコンやミスリルが出る。
 ヒヒイロカネはこの国では産出された事がなく伝説の石扱いされている。


 このような複数の鉱石が出る鉱山は非常に珍しく、だからこそドワーフの先祖はここに隠れ里を作ったのだと言われている。


 坑道に入って初めての分かれ道にやって来た。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

冤罪で自殺未遂にまで追いやられた俺が、潔白だと皆が気付くまで

一本橋
恋愛
 ある日、密かに想いを寄せていた相手が痴漢にあった。  その犯人は俺だったらしい。  見覚えのない疑惑をかけられ、必死に否定するが周りからの反応は冷たいものだった。  罵倒する者、蔑む者、中には憎悪をたぎらせる者さえいた。  噂はすぐに広まり、あろうことかネットにまで晒されてしまった。  その矛先は家族にまで向き、次第にメチャクチャになっていく。  慕ってくれていた妹すらからも拒絶され、人生に絶望した俺は、自ずと歩道橋へ引き寄せられるのだった──

呪いをかけられ婚約破棄をされた伯爵令嬢は仕事に生きます!なのに運命がグイグイ来る。

音無野ウサギ
恋愛
社交界デビューの園遊会から妖精に攫われ姿を消した伯爵令嬢リリー。 婚約者をわがままな妹に奪われ、伯爵家から追い出されるはずが妖精にかけられた呪いを利用して王宮で仕事をすることに。 真面目なリリーは仕事にやる気を燃やすのだが、名前も知らない男性に『運命』だと抱きつかれる。 リリーを運命だといいはる男のことをリリーは頭のおかしい「お気の毒な方」だと思っているのだがどうやら彼にも秘密があるようで…… この作品は小説家になろうでも掲載しています。

無実の罪で聖女を追放した、王太子と国民のその後

柚木ゆず
恋愛
 ※6月30日本編完結いたしました。7月1日より番外編を投稿させていただきます。  聖女の祈りによって1000年以上豊作が続き、豊穣の国と呼ばれているザネラスエアル。そんなザネラスエアルは突如不作に襲われ、王太子グスターヴや国民たちは現聖女ビアンカが祈りを怠けたせいだと憤慨します。  ビアンカは否定したものの訴えが聞き入れられることはなく、聖女の資格剥奪と国外への追放が決定。彼女はまるで見世物のように大勢の前で連行され、国民から沢山の暴言と石をぶつけられながら、隣国に追放されてしまいました。  そうしてその後ザネラスエアルでは新たな聖女が誕生し、グスターヴや国民たちは『これで豊作が戻ってくる!』と喜んでいました。  ですが、これからやって来るのはそういったものではなく――

あなたの剣になりたい

四季
恋愛
——思えば、それがすべての始まりだった。 親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。 彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。 だが、その時エアリはまだ知らない。 彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。 美しかったホワイトスター。 憎しみに満ちるブラックスター。 そして、穏やかで平凡な地上界。 近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。 著作者:四季 無断転載は固く禁じます。 ※2019.2.10~2019.9.22 に執筆したものです。

捨てられ聖女の私が本当の幸せに気付くまで

海空里和
恋愛
ラヴァル王国、王太子に婚約破棄されたアデリーナ。 さらに、大聖女として国のために瘴気を浄化してきたのに、見えない功績から偽りだと言われ、国外追放になる。 従者のオーウェンと一緒に隣国、オルレアンを目指すことになったアデリーナ。しかし途中でラヴァルの騎士に追われる妊婦・ミアと出会う。 目の前の困っている人を放っておけないアデリーナは、ミアを連れて隣国へ逃げる。 そのまた途中でフェンリルの呼びかけにより、負傷したイケメン騎士を拾う。その騎士はなんと、隣国オルレアンの皇弟、エクトルで!? 素性を隠そうとオーウェンはミアの夫、アデリーナはオーウェンの愛人、とおかしな状況に。 しかし聖女を求めるオルレアン皇帝の命令でアデリーナはエクトルと契約結婚をすることに。 未来を諦めていたエクトルは、アデリーナに助けられ、彼女との未来を望むようになる。幼い頃からアデリーナの側にいたオーウェンは、それが面白くないようで。 アデリーナの本当に大切なものは何なのか。 捨てられ聖女×拗らせ従者×訳アリ皇弟のトライアングルラブ! ※こちら性描写はございませんが、きわどい表現がございます。ご了承の上お読みくださいませ。

婚約破棄、爵位剥奪、国外追放されましたのでちょっと仕返しします

あおい
恋愛
婚約破棄からの爵位剥奪に国外追放! 初代当主は本物の天使! 天使の加護を受けてる私のおかげでこの国は安泰だったのに、その私と一族を追い出すとは何事ですか!? 身に覚えのない理由で婚約破棄に爵位剥奪に国外追放してきた第2王子に天使の加護でちょっと仕返しをしましょう!

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

処理中です...