【完結】不貞三昧の夫が、『妻売り』すると聞いたので

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05.張り切ってる?だって練習してきましたもの

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「さて、ご覧の皆様に申し上げます。隣におりますのは、皆様方もご存知の、まだまだ活きのいい24歳。これより『夫売り』の競りを始めさせていただきます」

 頼んであった最後の招待客を案内して、会場に戻って来たリチャードの姿が見えた。

(よし! 準備はオーケー。さて、やるわよ~)

「夫⋯⋯ええっ! ま、待って! 俺? 俺が売られるの!?」

「これから売られる夫ですから、お口を閉じて下さいませね。さて、今より始まりますのは『妻売り』ならぬ『夫売り』でございます。平民達に広まるこの風習では、どちらに瑕疵があろうとも、夫が綱を持つそうですが、今は貴族の方々の御前でございますれば、趣向を変えて参ります。
元侯爵家の次男で、パブリックスクールの成績は中の上。ここ数年お休みしている地頭ですが、何をさせてもそれなりに役立つ方だと心得ます。ご覧の通り、眉目秀麗な見た目は衰えず、従僕にしても愛人にしても眼福なのは間違いなし」

 騒ぎ立てようとするマーチャント枢機卿を抑え込んでいるのは、ベンディング公爵家の護衛だろう。戸惑っている招待客の方が多いが、中には笑いを堪えて口を押さえている者もいる。

 ついさっき売られけかけた腹いせに、咄嗟に思いついてやり始めたと思ったのだろう。



「本人曰く、社交が一番自信あり。人当たり良く明るいところもお買い得。さあさあ皆さま、楽しんで競りにご参加下さいませ。早い者より値の高い方⋯⋯競れば競るほど盛り上がりましょう。さて、そこのお嬢様方。銀貨1枚より始まりましたこの競りですが、デレクの値段はいかほどか。ぜひ楽しんで良い値をつけて下さいませ。
『妻売り』はお安く売るのが不文律⋯⋯皆様方が楽しめる、良いお値段でお願い致します」

「⋯⋯ぷっ!」

 吹き出したのは誰だろう。気にはなるがここでキョロキョロしたら、せっかくの雰囲気が台無しになる。わざわざ、競りの場に出向いて勉強して来たのだから。

「あ、あたしは⋯⋯えーっと銀貨2枚?」

「え! じゃあ、私は3枚で」

「あた、あたしは金貨1枚だすわ!」


「待って! それならあた「他の方はございませんか? それでは金貨1枚、現愛人のお一人、メアリーさんで落札です。皆さま、どうか盛大な拍手を」

 競りに参加した3人はリチャードに連れて来られたデレクの現愛人で、予想通り周りの目も気にせず競りに参加した。

(とは言うものの、私が誘い水をかけたんだけどね。他の方々がこのような競りに参加するとは思ってなかったけど、予定通りにことが進んでホッとしたわ)

 2度目の声を上げアイラに言葉を遮られたのは、デレクに『妻売り』を進めたキャロ。

(彼女は事情も知らずに、クロムウェル伯爵家の資産狙いで乗り込んで来るつもりだと思うのよね~。これ以上の面倒ごとも醜聞もお断りだわ)

 アイラはまず最初にキャロに声を掛けた。その後、彼女以外の愛人が声を上げたのを確認した途端、問答無用で競りを終わらせた。

(彼女の狙いが想像できているだけに、早めに野望を潰しておきたいの。これだけ大勢の前で『夫売り』をしたのだから、生活費を強請る事も庶子ができたと騒ぐ事もできない⋯⋯離婚できない夫婦にとって、この風習は最高かも)

 法的には以前と何ら変わりないが、デレクや社交界には『もう夫ではありませんの』と言ってやれる。

 法的には以前からデレクの生活費を負担する必要がないが、デレクや愛人には『もう夫でさえありませんの』と言ってやれる。

 それだけでも実に愉快⋯⋯何年かぶりに肩こりが治ったような気分になる。



 しんと静まりかえった会場にパチパチと小さな音が聞こえたのは、ベンディング公爵夫人の拍手。続いてエレオノーラやネビル元侯爵夫人達⋯⋯この話を知っていた令嬢や夫人が拍手し始めた。

 主催者の夫人達が拍手するなら⋯⋯1人、2人と渋々拍手する人が増え、会場内に割れんばかりの拍手の音が響き渡った。



「ふざけるでない! お、女が夫を売るなど言語道断。このような茶番、恥を知りなさい!」

 護衛を振り切ったマーチャント枢機卿がアイラの前まで走り出て来た。

 教会は男性から求める離婚以上に、女性からの離婚を認めていない。

 そもそも教会は、女性に財産や権利を認めることさえ難色を示していたのだから。彼らにとって女性は⋯⋯寄附を強請る時以外は⋯⋯ 何の価値もない生き物。

「不思議な事を⋯⋯男性であれば売っても良いと仰られるのでしょうか? 神はこの地の全てをお作りになられ、その者達に序列をおつけになられたのでしょうか? まさか、差別せよと申されておられる?
またまだ勉強不足ゆえ、ぜひともお教えくださいませ。
男性の不貞と女性のそれ、罪の深さの判定に天と地よりも開きがあるのは、どのような理由でございましょう。
益もなく、ただ苦しみながら生きよと、神は女性に仰せになられたのでしょうか? 
高き地位の方に忖度された数々の過去⋯⋯例えば、今回は近親婚ではないとするとか、大聖堂を改築する資金を確保するために 『贖宥状しょくゆうじょう』が売り捌かれたとか。
そう言えば、姦淫を認めておられない神官の方々が、娼館に多数出入りされております。その方々が『夫の不貞を許すのは神のご意志』と仰られていると考えれば納得ができるような気も致しますが⋯⋯
やはり、そこに神のご意志はございますのでしょうか?」

「むむっ! そ、それはですな⋯⋯」

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