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04.『売ります』って誰を?
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今夜は我が国の筆頭公爵家の夜会、当主はトマス・ベンディング。
ごく内輪と言いながら、100人以上いそうな気がするのは気のせいではないだろう。ベンディング公爵家と同じ派閥の貴族達は、家族揃って参加している者もいて、アイラの友達や知り合いの顔もあちこちで見かけられる。
リチャードは挨拶回りの途中で、王妃の叔父であるマーチャント枢機卿に捕まっていた。
「アイラ⋯⋯ちょっと良いかな」
「レオン、こんばんは。とても素敵な夜会ね」
「あ、うん⋯⋯それよりも、話しときたい事があるんだ。ちょっと⋯⋯えーっと、テラスに出ないか?」
「あら、そんな事をしたら不貞を疑われちゃうわ。書類上だけの関わりだけど、夫がいるんだもの」
「その事で急いで話をし「アイラ! 待ってたわ!」」
人の波を器用にすり抜けながらやって来て、レオンの話を遮ったのはベンディング公爵家の次女のエレオノーラ。
彼女とは、古典文学の朗読を目的としたサロンで知り合い、お互いの家を行き来するほど仲良くなった大切な友人の一人。
「お母様がアイラを待ってるの⋯⋯レオンはまた後でね~」
レオンが何を話したかったのか想像がつくが、今更感が半端ない。誠意を持っているなら⋯⋯デレクに誘われた時点で断るか、クロムウェル家に連絡を入れたはず。
「お母様も今日の舞台を楽しみにしているうちの一人だからね」
いそいそと母親の元へ向かうエレオノーラが、アイラにこっそりと耳打ちした。
「お礼を言わなくちゃね、すごく助かったんだもの」
デレクが『妻売り』をやるなら、出来るだけ沢山の高位貴族がいるところでやって欲しい。
若者達の気楽なパーティーの余興にされるのも、デレクがお気に入りの低位貴族の集まりで、下品な視線に晒された挙句、噂だけが社交界に広まるのはごめん被りたいから。
(でなきゃ、本来の意味がなくなっちゃうもの)
大勢の人の前で『妻売り』するのは、神と法律は認めないが、観衆に認めてもらう為。
「お母様が張り切って人選したの。派閥の違う方でも有力者は揃ってるって。あ、あそこにいらしたわ」
ベンディング公爵夫人は、同じ派閥のネビル元侯爵夫人と話をしていた。
「お母様、アイラを捕まえたわ。ケイトおばさま、お久しぶりです」
「まあ、その言い方はおやめなさいな。品位を疑われてしまうわ」
「エレオノーラは相変わらずだけど、本当に久しぶりだわ。益々元気いっぱいになって⋯⋯アーノルド殿下を振り回してると聞いていますよ」
母の叱責など気にも留めないエレオノーラはアーノルド第二王子と婚約中だが、ルイス王太子に子供が産まれるまでは結婚しないと言って、婚約期間を延長している。
「アーノルド様はそこがいいと言ってくださいますの。今日もそろそろお見えになるはず⋯⋯お楽しみに間に合うように、急いで来ると仰っておられましたから」
「これだけの方々が集まっていれば、一晩で社交界中に広まるわね」
「デレクって小心者だから、逆に尻込みしないかしら?」
その時はデレクが逃げ出さないように、アイラから話を振るつもりでいる。
「準備はできてますから、ちゃんと頑張ってもらわなくては。さっき見かけたので、そろそろだと思います」
参加者達のほとんどは主催者への挨拶も終わったようで、宴も酣といった様子の会場内には、あちこちで談笑する声と穏やかな音楽が流れている。
「きたきた~!」
身体を寄せて来たエレオノーラが、アイラの耳元で囁いた。
「アーノルド様、間に合わなかったみたい」
「アイラ、ちょっと良いかな?」
肩を怒らせたデレクは、お酒のせいか緊張のせいかわからないが、頬が紅潮しいつもより目がギラギラと輝いている。
「あら、こんばんは。声をかけてくるなんて珍しいわね」
「ベンディング公爵夫人、ネビル元侯爵夫人、アイラを少し借ります」
むんずとアイラの腕を掴んだデレクが会場の中ほどで立ち止まった。
「ご歓談中の皆様⋯⋯この素晴らしいパーティーの席をお借りして、わたくしの隣におりますアイラの『競り』を始めさせていただきたいと思います」
会場内に驚きの悲鳴と冷ややかな怒りが広がっていく。
「既に21歳ですが、見ての通り⋯⋯まだそれなりの容姿をしておりますし⋯⋯えーっと、貴族社会のルールに詳しく、実務も幾らかは出来るようです。で、この度、古くから民衆が行う『妻売り』をここで始めさせていただきます。さて、アイラの値段⋯⋯銀貨1枚から始めます。値をつける方はおられませんか?」
「頭がおかしくなったのか?」
あまりの驚きに口を閉ざしていた招待客が大声を張り上げた。
「妻を売るなんてふざけるな!」
「さ⋯⋯さあさあ、銀貨1枚なら安いもんでしょう。それ以上の働きはできると思いますから」
「ベンディング公爵家の夜会を侮辱する行為だぞ! いい加減にしなさい」
「あ、いや⋯⋯これはですね」
「このような場所で庶民の悪習を披露するなんて⋯⋯」
「余興としても趣味が悪すぎだわ」
「アイラ様がお可哀想」
「え、『妻売り』は昔から⋯⋯判事とかも許してる行為だし⋯⋯だよな?」
デレクが誰に向かって聞いているのか分からないが返事はなく、会場内の空気は最悪。今にもデレクに殴りかかりそうな紳士もいる。
「デレクのやり方は違ってるから、うまくいかないと思う。こういう事は、形式美を大切にしなくてはね」
「は? な、何を偉そうに⋯⋯」
アイラはドレスについた隠しポケットからリボンを出し、デレクの手首に結んでその端をしっかりと握りしめた。
「さて、ご覧の皆様に申し上げます。隣におりますのは、まだまだ活きのいい24歳。これより『夫売り』の競りを始めさせていただきたいと存じます」
ごく内輪と言いながら、100人以上いそうな気がするのは気のせいではないだろう。ベンディング公爵家と同じ派閥の貴族達は、家族揃って参加している者もいて、アイラの友達や知り合いの顔もあちこちで見かけられる。
リチャードは挨拶回りの途中で、王妃の叔父であるマーチャント枢機卿に捕まっていた。
「アイラ⋯⋯ちょっと良いかな」
「レオン、こんばんは。とても素敵な夜会ね」
「あ、うん⋯⋯それよりも、話しときたい事があるんだ。ちょっと⋯⋯えーっと、テラスに出ないか?」
「あら、そんな事をしたら不貞を疑われちゃうわ。書類上だけの関わりだけど、夫がいるんだもの」
「その事で急いで話をし「アイラ! 待ってたわ!」」
人の波を器用にすり抜けながらやって来て、レオンの話を遮ったのはベンディング公爵家の次女のエレオノーラ。
彼女とは、古典文学の朗読を目的としたサロンで知り合い、お互いの家を行き来するほど仲良くなった大切な友人の一人。
「お母様がアイラを待ってるの⋯⋯レオンはまた後でね~」
レオンが何を話したかったのか想像がつくが、今更感が半端ない。誠意を持っているなら⋯⋯デレクに誘われた時点で断るか、クロムウェル家に連絡を入れたはず。
「お母様も今日の舞台を楽しみにしているうちの一人だからね」
いそいそと母親の元へ向かうエレオノーラが、アイラにこっそりと耳打ちした。
「お礼を言わなくちゃね、すごく助かったんだもの」
デレクが『妻売り』をやるなら、出来るだけ沢山の高位貴族がいるところでやって欲しい。
若者達の気楽なパーティーの余興にされるのも、デレクがお気に入りの低位貴族の集まりで、下品な視線に晒された挙句、噂だけが社交界に広まるのはごめん被りたいから。
(でなきゃ、本来の意味がなくなっちゃうもの)
大勢の人の前で『妻売り』するのは、神と法律は認めないが、観衆に認めてもらう為。
「お母様が張り切って人選したの。派閥の違う方でも有力者は揃ってるって。あ、あそこにいらしたわ」
ベンディング公爵夫人は、同じ派閥のネビル元侯爵夫人と話をしていた。
「お母様、アイラを捕まえたわ。ケイトおばさま、お久しぶりです」
「まあ、その言い方はおやめなさいな。品位を疑われてしまうわ」
「エレオノーラは相変わらずだけど、本当に久しぶりだわ。益々元気いっぱいになって⋯⋯アーノルド殿下を振り回してると聞いていますよ」
母の叱責など気にも留めないエレオノーラはアーノルド第二王子と婚約中だが、ルイス王太子に子供が産まれるまでは結婚しないと言って、婚約期間を延長している。
「アーノルド様はそこがいいと言ってくださいますの。今日もそろそろお見えになるはず⋯⋯お楽しみに間に合うように、急いで来ると仰っておられましたから」
「これだけの方々が集まっていれば、一晩で社交界中に広まるわね」
「デレクって小心者だから、逆に尻込みしないかしら?」
その時はデレクが逃げ出さないように、アイラから話を振るつもりでいる。
「準備はできてますから、ちゃんと頑張ってもらわなくては。さっき見かけたので、そろそろだと思います」
参加者達のほとんどは主催者への挨拶も終わったようで、宴も酣といった様子の会場内には、あちこちで談笑する声と穏やかな音楽が流れている。
「きたきた~!」
身体を寄せて来たエレオノーラが、アイラの耳元で囁いた。
「アーノルド様、間に合わなかったみたい」
「アイラ、ちょっと良いかな?」
肩を怒らせたデレクは、お酒のせいか緊張のせいかわからないが、頬が紅潮しいつもより目がギラギラと輝いている。
「あら、こんばんは。声をかけてくるなんて珍しいわね」
「ベンディング公爵夫人、ネビル元侯爵夫人、アイラを少し借ります」
むんずとアイラの腕を掴んだデレクが会場の中ほどで立ち止まった。
「ご歓談中の皆様⋯⋯この素晴らしいパーティーの席をお借りして、わたくしの隣におりますアイラの『競り』を始めさせていただきたいと思います」
会場内に驚きの悲鳴と冷ややかな怒りが広がっていく。
「既に21歳ですが、見ての通り⋯⋯まだそれなりの容姿をしておりますし⋯⋯えーっと、貴族社会のルールに詳しく、実務も幾らかは出来るようです。で、この度、古くから民衆が行う『妻売り』をここで始めさせていただきます。さて、アイラの値段⋯⋯銀貨1枚から始めます。値をつける方はおられませんか?」
「頭がおかしくなったのか?」
あまりの驚きに口を閉ざしていた招待客が大声を張り上げた。
「妻を売るなんてふざけるな!」
「さ⋯⋯さあさあ、銀貨1枚なら安いもんでしょう。それ以上の働きはできると思いますから」
「ベンディング公爵家の夜会を侮辱する行為だぞ! いい加減にしなさい」
「あ、いや⋯⋯これはですね」
「このような場所で庶民の悪習を披露するなんて⋯⋯」
「余興としても趣味が悪すぎだわ」
「アイラ様がお可哀想」
「え、『妻売り』は昔から⋯⋯判事とかも許してる行為だし⋯⋯だよな?」
デレクが誰に向かって聞いているのか分からないが返事はなく、会場内の空気は最悪。今にもデレクに殴りかかりそうな紳士もいる。
「デレクのやり方は違ってるから、うまくいかないと思う。こういう事は、形式美を大切にしなくてはね」
「は? な、何を偉そうに⋯⋯」
アイラはドレスについた隠しポケットからリボンを出し、デレクの手首に結んでその端をしっかりと握りしめた。
「さて、ご覧の皆様に申し上げます。隣におりますのは、まだまだ活きのいい24歳。これより『夫売り』の競りを始めさせていただきたいと存じます」
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