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03.『妻売り』するしかねえじゃんってなった時代
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はるか昔⋯⋯各地で様々な形態の結婚が行われていたが、権力と政治力をつけた教会が、結婚について口を出し始めた。
『神は一夫一婦制しか認めておられぬ』
そして、結婚制度について『婚姻法』を定めたが、それはかなり厳しく非常に偏ったものだった。
その中でも、殊更厳しく定められたのが離婚禁止。
『神の前で誓った結婚は永遠のものであり、死が二人を分つまで共に生きねばならぬ』
離婚理由として認められるものは⋯⋯白い結婚・近親婚・貴賤結婚・妻の不貞・肉体的精神的欠陥のみ。
もちろん、再婚は初婚の相手が生きている間は厳禁。
教会の宗派によっては、男女を問わず相手が姦淫の罪を犯した場合にのみ、離婚を認めているところもあった。何故なら⋯⋯姦淫は死刑になるため、離婚ではなく死刑によって結婚自体が終了となるから。
教会の法王の特免があれば、結婚や離婚の許可は緩くなるが、教会や政治家の思惑が絡む。もちろん平民や下位貴族は、法王との謁見など夢でもあり得ない。
離婚の申し立ては教会裁判所へと言われても⋯⋯離婚可能な条件が厳しすぎて、申立てするのも馬鹿らしい。
妻の不貞をでっちあげるか、妻の実家を没落させて貴賤結婚に持ち込むか、改宗するか⋯⋯妄想ではなく、本当にやらかす奴が出る始末。
不貞をでっちあげて、歴史を揺るがした王もいたような。
離婚したいができない者達が選んだ中に、卓床離婚と呼ばれる別居があった。
卓と床⋯⋯テーブルとベッドは別ですと言う意味で、離婚できないが顔を見たくない貴族達が選んだ方法。
夫は領地で妻は王都⋯⋯若しくはその逆で、裕福な貴族や商人なら場所も方法もいくらでもある。
それから時が経ち⋯⋯離婚禁止の一般法に不満を持った議員達が、一般法より優先される特別法を制定した。
国会離婚と呼ばれたこの方法は、国民全員の注目を集め『離婚、近し!?』と話題を呼んだが⋯⋯。
離婚を申し立てる場合⋯⋯教会裁判所で不貞による卓床離婚の判決を得た上で、通常裁判所で損害賠償請求を申し立てて勝訴、その後、貴族院で弁護士による答弁⋯⋯。
つまり、教会裁判所・通常裁判所・国会の3箇所へ順番に申し立てしなくてはならない。離婚にこれだけ膨大な時間と、多額の手数料をかけられるのはごく一部の者のみ。
『やはり、離婚は富者の贅沢』
しかも、離婚の申立てが可能な理由は不貞に関するものだけ。
夫は妻を単なる不貞でも離婚できる。しかし、妻は夫の加重不貞行為(近親相姦・重婚・強姦・獣姦・虐待を伴う不貞)のみで、単なる不貞では申し立てできない。
貴族や市民の不満は高まり続け、離婚及び婚姻事件裁判所⋯⋯通称、離婚裁判所が設立される運びとなった。
3箇所に申し立てをするのが離婚裁判所への手続きのみとなり、時間と費用が軽減されるなら、例え不貞以外扱わなくても、平民にも少しは門戸が開かれたのか? 答えは『NO』
建設された離婚裁判所は王都に一箇所のみ⋯⋯大勢の市民の期待を、またも見事に裏切った結果に終わった。
それから長い時が立ち、高等法院の裁判官が巡回する巡回裁判でも離婚裁判が行われるようになって行くが、場所があまりにも限定的で、役に立ったとは言いにくい。
不貞に対する扱いの男女の格差が廃止されたり、離婚理由が拡大されたり⋯⋯そこに辿り着くのは、裁判離婚が認められてから100年近くの年月が必要だった。
最も古い記録と最後の記録からすると『妻売り』は⋯⋯約7世紀もの長い間、民衆の間で受け継がれる、悪しき習慣と呼ばれる福音となった。
「デレクはトンプソン侯爵家へ返品済みも同然。アイラとは書類上の夫婦でしかない。この状況で『妻売り』する理由が分からんのだが」
「あんな事を大声で話すくらいだもの。お酒が脳に回り切ったか、キャロさんって人に骨抜きにされてるか⋯⋯あれ? そう言えばキャロさんって、デレクが次の愛人にしたいって騒いでた女性の名前だよね? もうゲットしたとか、凄腕すぎる」
デレクは結婚式の2ヶ月後には伯爵家を追い出され、当時の愛人と共に侯爵家保有の家に住むようになった。契約書通り、使用人も彼らに関わる費用も、全てトンプソン侯爵家が捻出している。
トンプソン侯爵家の事業は相変わらず不振続きだが、リチャードもアイラも気にしないことにしている。
(心配したら援助しろって強請られるだけ。触らぬ神に祟りなしだもん)
アイラとデレクは夜会でたまに会う程度で、必要な連絡は全てトンプソン侯爵家経由の手紙でやり取りしている。
(男性側の不貞では離婚の申請ができないって⋯⋯不便だなあ。本当に、ロクな法律じゃないわ。酔った勢いで結婚式とかしてくれないかなあ。そうしたら『重婚』で離婚申請できるのに)
妻から離婚申請ができる項目、加重不貞行為の中でデレクがやらかしそうなのは『重婚』くらいしかない。流石にそれ以外の項目⋯⋯特に獣姦⋯⋯ に引っかかる事はないと思いたい。
「キャロってのは、元々平民だったよな」
「そう。ゾイド男爵とメイドの子供で、最近引き取られたって報告書にあったから、間違いないはず」
「そこからの知識か⋯⋯」
「多分」
キャロは、アイラとデレクの結婚に関する契約内容は知らないはず。デレクが話すと思えないので、一般常識の範囲内で予想しているか、妄想を膨らませているかのどちらか。
通常であればデレクは婿養子となり、リチャードが亡くなった後は、アイラとの間に産まれた子供が成人するまでの間だけ、クロムウェル伯爵となる。つまり、その間に産まれた子供なら、相続権を持たせられると考えているはず。
女性に爵位継承権を認めないこの国の一般的なやり方で、デレクはクロムウェルの資産に対する相続権ができていると考えているのだろう。
トンプソン侯爵家には実直な後継者が育っており、現トンプソン侯爵と一緒に家業を運営しているので、キャロにとって、そちらを狙うのは旨みがない。
「で、折角だから、デレクに派手な舞台を準備してあげようと思うの。ドーンと派手にやっちゃおうって!」
『神は一夫一婦制しか認めておられぬ』
そして、結婚制度について『婚姻法』を定めたが、それはかなり厳しく非常に偏ったものだった。
その中でも、殊更厳しく定められたのが離婚禁止。
『神の前で誓った結婚は永遠のものであり、死が二人を分つまで共に生きねばならぬ』
離婚理由として認められるものは⋯⋯白い結婚・近親婚・貴賤結婚・妻の不貞・肉体的精神的欠陥のみ。
もちろん、再婚は初婚の相手が生きている間は厳禁。
教会の宗派によっては、男女を問わず相手が姦淫の罪を犯した場合にのみ、離婚を認めているところもあった。何故なら⋯⋯姦淫は死刑になるため、離婚ではなく死刑によって結婚自体が終了となるから。
教会の法王の特免があれば、結婚や離婚の許可は緩くなるが、教会や政治家の思惑が絡む。もちろん平民や下位貴族は、法王との謁見など夢でもあり得ない。
離婚の申し立ては教会裁判所へと言われても⋯⋯離婚可能な条件が厳しすぎて、申立てするのも馬鹿らしい。
妻の不貞をでっちあげるか、妻の実家を没落させて貴賤結婚に持ち込むか、改宗するか⋯⋯妄想ではなく、本当にやらかす奴が出る始末。
不貞をでっちあげて、歴史を揺るがした王もいたような。
離婚したいができない者達が選んだ中に、卓床離婚と呼ばれる別居があった。
卓と床⋯⋯テーブルとベッドは別ですと言う意味で、離婚できないが顔を見たくない貴族達が選んだ方法。
夫は領地で妻は王都⋯⋯若しくはその逆で、裕福な貴族や商人なら場所も方法もいくらでもある。
それから時が経ち⋯⋯離婚禁止の一般法に不満を持った議員達が、一般法より優先される特別法を制定した。
国会離婚と呼ばれたこの方法は、国民全員の注目を集め『離婚、近し!?』と話題を呼んだが⋯⋯。
離婚を申し立てる場合⋯⋯教会裁判所で不貞による卓床離婚の判決を得た上で、通常裁判所で損害賠償請求を申し立てて勝訴、その後、貴族院で弁護士による答弁⋯⋯。
つまり、教会裁判所・通常裁判所・国会の3箇所へ順番に申し立てしなくてはならない。離婚にこれだけ膨大な時間と、多額の手数料をかけられるのはごく一部の者のみ。
『やはり、離婚は富者の贅沢』
しかも、離婚の申立てが可能な理由は不貞に関するものだけ。
夫は妻を単なる不貞でも離婚できる。しかし、妻は夫の加重不貞行為(近親相姦・重婚・強姦・獣姦・虐待を伴う不貞)のみで、単なる不貞では申し立てできない。
貴族や市民の不満は高まり続け、離婚及び婚姻事件裁判所⋯⋯通称、離婚裁判所が設立される運びとなった。
3箇所に申し立てをするのが離婚裁判所への手続きのみとなり、時間と費用が軽減されるなら、例え不貞以外扱わなくても、平民にも少しは門戸が開かれたのか? 答えは『NO』
建設された離婚裁判所は王都に一箇所のみ⋯⋯大勢の市民の期待を、またも見事に裏切った結果に終わった。
それから長い時が立ち、高等法院の裁判官が巡回する巡回裁判でも離婚裁判が行われるようになって行くが、場所があまりにも限定的で、役に立ったとは言いにくい。
不貞に対する扱いの男女の格差が廃止されたり、離婚理由が拡大されたり⋯⋯そこに辿り着くのは、裁判離婚が認められてから100年近くの年月が必要だった。
最も古い記録と最後の記録からすると『妻売り』は⋯⋯約7世紀もの長い間、民衆の間で受け継がれる、悪しき習慣と呼ばれる福音となった。
「デレクはトンプソン侯爵家へ返品済みも同然。アイラとは書類上の夫婦でしかない。この状況で『妻売り』する理由が分からんのだが」
「あんな事を大声で話すくらいだもの。お酒が脳に回り切ったか、キャロさんって人に骨抜きにされてるか⋯⋯あれ? そう言えばキャロさんって、デレクが次の愛人にしたいって騒いでた女性の名前だよね? もうゲットしたとか、凄腕すぎる」
デレクは結婚式の2ヶ月後には伯爵家を追い出され、当時の愛人と共に侯爵家保有の家に住むようになった。契約書通り、使用人も彼らに関わる費用も、全てトンプソン侯爵家が捻出している。
トンプソン侯爵家の事業は相変わらず不振続きだが、リチャードもアイラも気にしないことにしている。
(心配したら援助しろって強請られるだけ。触らぬ神に祟りなしだもん)
アイラとデレクは夜会でたまに会う程度で、必要な連絡は全てトンプソン侯爵家経由の手紙でやり取りしている。
(男性側の不貞では離婚の申請ができないって⋯⋯不便だなあ。本当に、ロクな法律じゃないわ。酔った勢いで結婚式とかしてくれないかなあ。そうしたら『重婚』で離婚申請できるのに)
妻から離婚申請ができる項目、加重不貞行為の中でデレクがやらかしそうなのは『重婚』くらいしかない。流石にそれ以外の項目⋯⋯特に獣姦⋯⋯ に引っかかる事はないと思いたい。
「キャロってのは、元々平民だったよな」
「そう。ゾイド男爵とメイドの子供で、最近引き取られたって報告書にあったから、間違いないはず」
「そこからの知識か⋯⋯」
「多分」
キャロは、アイラとデレクの結婚に関する契約内容は知らないはず。デレクが話すと思えないので、一般常識の範囲内で予想しているか、妄想を膨らませているかのどちらか。
通常であればデレクは婿養子となり、リチャードが亡くなった後は、アイラとの間に産まれた子供が成人するまでの間だけ、クロムウェル伯爵となる。つまり、その間に産まれた子供なら、相続権を持たせられると考えているはず。
女性に爵位継承権を認めないこの国の一般的なやり方で、デレクはクロムウェルの資産に対する相続権ができていると考えているのだろう。
トンプソン侯爵家には実直な後継者が育っており、現トンプソン侯爵と一緒に家業を運営しているので、キャロにとって、そちらを狙うのは旨みがない。
「で、折角だから、デレクに派手な舞台を準備してあげようと思うの。ドーンと派手にやっちゃおうって!」
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