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01.離婚の暗黒時代、攻略法
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朝早く、市場にまだ若い夫婦がやって来た。一張羅を着込んだ妻は、ピカピカに磨き上げられ、ふわりと広がる栗色の髪を指に巻きつけ、頬をバラ色に染めている⋯⋯隣に立つ夫が、妻の首に緩く結んだロープの先を手にしているが。
数日前から告知されているので、これから何が行われるか⋯⋯市場にいた者は全員知っている。
「さぁさ皆さん、よく見てくれよ~! 年は19で花盛り。平民にしとくのはもったいない程の極上品⋯⋯これほどのお買い得品には、二度と会えやしねえはずだよ~。ここに控えますのは私のかわいくて優しい妻。
一生一緒でいてくれる男の為に、こんなに可愛く着飾って来た。さあ、そこのアンタならいくら出す?」
妻を売るとは穏やかではないが、これは随分昔から行われている『妻売り』で、ほとんどパターン化された流れで行う、離婚と新たな結婚の儀式のようなもの。
事前に通知し、広場や公園で⋯⋯時に酒場で宴会をしながら、売られる妻が首や胴を家畜のように綱でつながれているのもパフォーマンスのひとつ。
夫に連れられて妻が登場し、威勢のいい売り文句と共に公開のセリが行われる。競り落とす気満々の男もいるが、さくらもいれば野次馬もいる。
セリ落とした買い手にロープが手渡されると、酒を飲んで騒いで終わる。
ご機嫌で妻を売る夫と、売られて喜ぶ妻と⋯⋯派手な劇でも楽しんでいるような市民。
これは夫婦の合意に基づく儀式のようなもので、離婚式と再婚式を一気にやってしまうパフォーマンスだった。
気に入った女を平気で略奪や誘拐していた数世紀前の時代から、親が勝手に結婚や離婚を決める時代に移り変わったのも随分前の話。
それでも、結婚に牧師を伴い公の場で祝うことは法的な義務ではなかったし、結婚を登記するということもなかった。
必要なのは、夫婦となる者の年齢が女性なら12歳以上、男性なら14歳以上であることだけ。
その後、力をつけてきた教会が『婚姻法』を定めたせいで、離婚をするのが大変困難な時代がやってきた。それはまさに『離婚、暗黒時代』と呼べるほど。
教会裁判所はごく限られた理由の離婚と、特定の理由による婚姻解消しか認めず、裁判離婚が可能になった後も『離婚は富者の贅沢』と言われた。
裁判離婚は膨大な時間と多額の費用が掛かり、庶民にとって離婚はとてもハードルが高い。その為、よほどの金持ちしか手が出せないから『富者の贅沢』
しかし、理由は色々だが破綻した相手と暮らし続けるのは耐えられない。若しくは別の相手を見つけてしまったら⋯⋯。
こうして、代替の離婚手段として『妻売り』と言う風習がはじまった。
法的に離婚できるわけではないが、公には赤の他人となるこの方法が、悪習なのか救済なのか。
妻売りは奴隷や牛の売買を思わせる公開の場⋯⋯広場や公園でのオークション形式となる事が多かった。その次は酒場。
売買する当人達と売られる妻は、周囲に『妻は売られた』と周知させる事で、事実離婚の体裁を作り上げる。
この妻売り⋯⋯強引に売られる悲しい事例もあるが、事前に買う人が決まっている事の方多かった。
喧嘩が絶えず別れたい夫婦や、浮気相手と一緒になりたい夫や妻。その他にも様々な理由で『妻売り』という名の離別を狙う。
特に、ろくでなしに捕まった妻にとっては、これこそが唯一の救いでもあった。
教会が「婚姻法」で離婚理由や婚姻解消として認めているのは⋯⋯ 白い結婚・近親婚・貴賤結婚・妻の不貞・肉体的精神的欠陥で、初婚の相手が生きている間は再婚もできないのだから。
売る相手が決まっていない時⋯⋯妻を売りたい夫は、まず初めに『妻を売るぞ~』と知らせて回る。妻の美点を羅列して、興味を持たせ少しでも高く買ってくれる男を呼び寄せる。
売られる妻は首や腕、腰に縄ひもをかけられて街を練り歩いた後に、集まった人々の中で最も高値をつけた人間が落札する。
夫側に責任があっても法的に不利な立場の妻にしてみれば⋯⋯捨てられるよりも、誰かに買ってもらえた方が生きていける。
『コイツと別れられるだけでも上々だけど、もっと良い男に買ってもらえれば⋯⋯』
売られたい妻も腹を括った妻も、自分の魅力を見せつけるべく、精一杯のオシャレをして、最高の媚態を披露したり⋯⋯。
売られる事を悲しんで、下を向く哀れな女性よりも張り切る女性の方が多かった。
買い手の決まっている女は、セリが終わったら用無しになった夫に目もくれず、新しい男⋯⋯大概が不貞相手と腕を組んでいなくなる。
売買の段になって尻込みしはじめた夫の代わりに、場を仕切りはじめたり、夫を怒鳴りつけたり⋯⋯まるで喜劇を見るような場面に出くわすこともある。
『ほら、見て見て~。ふふっ、もうちょっとはずんで欲しいかなぁ⋯⋯』
『さっさと売りなさいよ! アンタなんかもうウンザリなんだからね』
夫は妻への責任を堂々と放棄できて、妻は堂々と夫から逃げ出せる。
法があっても手が届かない、法があっても守られない⋯⋯そんな者達が考えついた『妻売り』は数世紀もの間、庶民の中に根付いていた。
病気は別だが、戦死や出稼ぎ中の死亡の知らせを聞いた妻が再婚した後で、夫が帰ってきた⋯⋯『妻売り』で解決するしかないか。
妻を救貧院に預けて働く夫⋯⋯先ずは『妻売り』が先だよと言われ、妻を売るためにかかった費用は、救貧院が出したそう。
妻の不貞が発覚!⋯⋯余分に払うから『妻売り』でお願い、姦淫罪は重罪だから。
他の女に子供ができた⋯⋯『妻売り』で生活費を確保しなきゃ。
『他に方法ねえんだもんな~』
『だって、仕方ないじゃん』
貴族社会や一部の知識人から批判されても、平民達の間から『妻売り』がなくならないのは、致し方ない?
そんな時代に⋯⋯。
「ふーん、わたくし売るって? 面白い話を聞いたわ」
数日前から告知されているので、これから何が行われるか⋯⋯市場にいた者は全員知っている。
「さぁさ皆さん、よく見てくれよ~! 年は19で花盛り。平民にしとくのはもったいない程の極上品⋯⋯これほどのお買い得品には、二度と会えやしねえはずだよ~。ここに控えますのは私のかわいくて優しい妻。
一生一緒でいてくれる男の為に、こんなに可愛く着飾って来た。さあ、そこのアンタならいくら出す?」
妻を売るとは穏やかではないが、これは随分昔から行われている『妻売り』で、ほとんどパターン化された流れで行う、離婚と新たな結婚の儀式のようなもの。
事前に通知し、広場や公園で⋯⋯時に酒場で宴会をしながら、売られる妻が首や胴を家畜のように綱でつながれているのもパフォーマンスのひとつ。
夫に連れられて妻が登場し、威勢のいい売り文句と共に公開のセリが行われる。競り落とす気満々の男もいるが、さくらもいれば野次馬もいる。
セリ落とした買い手にロープが手渡されると、酒を飲んで騒いで終わる。
ご機嫌で妻を売る夫と、売られて喜ぶ妻と⋯⋯派手な劇でも楽しんでいるような市民。
これは夫婦の合意に基づく儀式のようなもので、離婚式と再婚式を一気にやってしまうパフォーマンスだった。
気に入った女を平気で略奪や誘拐していた数世紀前の時代から、親が勝手に結婚や離婚を決める時代に移り変わったのも随分前の話。
それでも、結婚に牧師を伴い公の場で祝うことは法的な義務ではなかったし、結婚を登記するということもなかった。
必要なのは、夫婦となる者の年齢が女性なら12歳以上、男性なら14歳以上であることだけ。
その後、力をつけてきた教会が『婚姻法』を定めたせいで、離婚をするのが大変困難な時代がやってきた。それはまさに『離婚、暗黒時代』と呼べるほど。
教会裁判所はごく限られた理由の離婚と、特定の理由による婚姻解消しか認めず、裁判離婚が可能になった後も『離婚は富者の贅沢』と言われた。
裁判離婚は膨大な時間と多額の費用が掛かり、庶民にとって離婚はとてもハードルが高い。その為、よほどの金持ちしか手が出せないから『富者の贅沢』
しかし、理由は色々だが破綻した相手と暮らし続けるのは耐えられない。若しくは別の相手を見つけてしまったら⋯⋯。
こうして、代替の離婚手段として『妻売り』と言う風習がはじまった。
法的に離婚できるわけではないが、公には赤の他人となるこの方法が、悪習なのか救済なのか。
妻売りは奴隷や牛の売買を思わせる公開の場⋯⋯広場や公園でのオークション形式となる事が多かった。その次は酒場。
売買する当人達と売られる妻は、周囲に『妻は売られた』と周知させる事で、事実離婚の体裁を作り上げる。
この妻売り⋯⋯強引に売られる悲しい事例もあるが、事前に買う人が決まっている事の方多かった。
喧嘩が絶えず別れたい夫婦や、浮気相手と一緒になりたい夫や妻。その他にも様々な理由で『妻売り』という名の離別を狙う。
特に、ろくでなしに捕まった妻にとっては、これこそが唯一の救いでもあった。
教会が「婚姻法」で離婚理由や婚姻解消として認めているのは⋯⋯ 白い結婚・近親婚・貴賤結婚・妻の不貞・肉体的精神的欠陥で、初婚の相手が生きている間は再婚もできないのだから。
売る相手が決まっていない時⋯⋯妻を売りたい夫は、まず初めに『妻を売るぞ~』と知らせて回る。妻の美点を羅列して、興味を持たせ少しでも高く買ってくれる男を呼び寄せる。
売られる妻は首や腕、腰に縄ひもをかけられて街を練り歩いた後に、集まった人々の中で最も高値をつけた人間が落札する。
夫側に責任があっても法的に不利な立場の妻にしてみれば⋯⋯捨てられるよりも、誰かに買ってもらえた方が生きていける。
『コイツと別れられるだけでも上々だけど、もっと良い男に買ってもらえれば⋯⋯』
売られたい妻も腹を括った妻も、自分の魅力を見せつけるべく、精一杯のオシャレをして、最高の媚態を披露したり⋯⋯。
売られる事を悲しんで、下を向く哀れな女性よりも張り切る女性の方が多かった。
買い手の決まっている女は、セリが終わったら用無しになった夫に目もくれず、新しい男⋯⋯大概が不貞相手と腕を組んでいなくなる。
売買の段になって尻込みしはじめた夫の代わりに、場を仕切りはじめたり、夫を怒鳴りつけたり⋯⋯まるで喜劇を見るような場面に出くわすこともある。
『ほら、見て見て~。ふふっ、もうちょっとはずんで欲しいかなぁ⋯⋯』
『さっさと売りなさいよ! アンタなんかもうウンザリなんだからね』
夫は妻への責任を堂々と放棄できて、妻は堂々と夫から逃げ出せる。
法があっても手が届かない、法があっても守られない⋯⋯そんな者達が考えついた『妻売り』は数世紀もの間、庶民の中に根付いていた。
病気は別だが、戦死や出稼ぎ中の死亡の知らせを聞いた妻が再婚した後で、夫が帰ってきた⋯⋯『妻売り』で解決するしかないか。
妻を救貧院に預けて働く夫⋯⋯先ずは『妻売り』が先だよと言われ、妻を売るためにかかった費用は、救貧院が出したそう。
妻の不貞が発覚!⋯⋯余分に払うから『妻売り』でお願い、姦淫罪は重罪だから。
他の女に子供ができた⋯⋯『妻売り』で生活費を確保しなきゃ。
『他に方法ねえんだもんな~』
『だって、仕方ないじゃん』
貴族社会や一部の知識人から批判されても、平民達の間から『妻売り』がなくならないのは、致し方ない?
そんな時代に⋯⋯。
「ふーん、わたくし売るって? 面白い話を聞いたわ」
応援ありがとうございます!
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