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37.新しい暮らし

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 当初斜めに坑道を掘っていく斜坑堀りで行なわれていた採掘は、鉱床が広く分布している事が判明して上の重量を支える柱をある程度残しつつ部屋を作るように掘り進める柱房式採掘法に移行した。
 柱房式採掘の最終段階になると、柱を取り除いて人為的に落盤させ上の岩盤に含まれていた鉱石を採取する。



 山の西側で黒色火薬の連続する爆発音が響いた後監督官の怒鳴り声と共に伝令係が走り出した。

 離れた場所で一時待機していた鉱夫達がピッケルやスコップなどを抱えてトロッコに乗り込み昨日と同じ坑道に入って行く。
 鉱夫達は皆支給された防塵用のゴーグル・マスク・厚底靴・手袋を装備している。

 坑内の採鉱労務者は採鉱の際に出る鉱塵によっておこる珪肺けいはいなどの病気を患い短命となる者が多く、息ぎれが長く続き土気色の顔色やむくみ・食欲不振などが特徴的。
 ロクサーナはこれらの予防に高価なレンズを大量購入し出来る限りの装備を整えた。
 定期的な休憩と休暇・食堂の整備・常駐している医師の定期検診など他の鉱山ではあり得ない待遇の採掘現場では皆顔色も良く揉め事もあまり起こらない。


「ここの現場で働いたら他ではやってけねえな」

「おうよ、ここをクビにならないようにとっとと働くか」

 休憩時間の終わった鉱夫達が腰を上げトロッコに向けて歩き出した。


 定期的にトロッコが鉱石や岩石を運び出し、空のトロッコに鉱夫が乗り込んで行く。縦坑に設置されたリフトでも鉱夫や鉱石、さらには掘削道具などが運ばれている。

 ロクサーナは当時発明されたばかりの地下水を汲み上げる機械を導入した。
 水蒸気の持つ圧力とそれを冷却したとき真空になる性質を利用した蒸気機関とポンプを組み合わせた原始的な機械だが、この装置のおかげでより深くより安全な採掘が可能になった。


 これらの資金調達の為、ロクサーナは新たなアイロンの製作・販売を行った。

 当時主流だった炭火アイロンは本体内部に着火した炭を入れ、その熱を利用し衣類のしわ伸ばしや形直しを行う器具だったが、火力調整が難しく布を焦がしたり中の炭がはじけて火の粉が飛び散るなどの問題があった。

 石・鉄・銅などで制作された新型のアイロンはアイロンストーブと言われる専用のストーブの上に乗せて加熱するもので、布地を痛める心配がなく富裕層と服飾専門者に爆発的な人気を博した。



 ロクサーナは後見人となったミリアーナと移転してきたネイサン達に守られながら王都の外れに購入した屋敷で暮らしている。
 屋敷は小さめだが広い庭があり庭師専用の家を一番に建てた。

「コナーがいなくなると困るの。これからも宜しくね」

 コナーの節榑立ふしくれだった右手を握りしめたロクサーナ。

「一から庭を作り上げるのは悪かねえ。お陰で老後の楽しみが出来た」

 コナーは目尻に皺を寄せロクサーナの頭をガシガシと撫でた。

「コナー、髪が・・禿げちゃうよ」

 俯いて頭を抱え込んだロクサーナの声が少し涙声だった。




 使用人は全て通いの人ばかりだがリアムやネイサン達が夕方になると毎日の様にやって来て、メイリーンはいつの間にかロクサーナの家に引っ越して来てしまった。


「夜一人だなんて危険すぎる! 変な奴が来たらお姉ちゃんがボコボコにしてあげるからね」

 メイリーンには妹が2人いるが既に結婚しており、ロクサーナはその代わりなのかもしれない。



 メルバーグ王国に来て一年が経つ頃には旧ポラセリアの貴族からアニー商会とロクサーナの事が知れ渡りロクサーナに取り入ろうとする輩が増えはじめた。


(みんな、私が子供だから簡単に懐柔できると思ってるんだよね)


 学園の前で待ち伏せされたり屋敷に突撃訪問されたりと身動きが取れなくなったロクサーナの身の危険を危惧した国王は、ロクサーナへの直接交渉や接触の禁止令を出した。



 なんとか穏やかな学園生活を送れるようになったロクサーナだが、リアムと国王からの婚約の申し入れだけは首を縦に振れなかった。

「婚約は・・ごめんなさい。心が受け付けないというか。誰が嫌とかそう言うんじゃなくて婚約って言葉自体が生理的に無理」



 ロクサーナとリアムが明日卒業式を迎える。

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