上 下
77 / 93

77. 皇帝ディラン・サルドニアとジャクソン皇太子

しおりを挟む
 肘掛けにもたれ悠然とした態度で玉座に座っているのはサルドニア帝国皇帝ディラン・サルドニア。濃いオレンジ色に輝く長髪を後ろに流し退屈そうに細めた目で睥睨する表情には明らかな侮蔑が含まれている。黄土色に小花とカルトゥーシュを織りだした紋織ベルベットのコートには凝った刺繍と宝石が散りばめられ複雑に結ばれたクラバットには巨大なエメラルドが飾られていた。

 皇帝の左隣に立つジャクソン皇太子はくすんだ水色で派手な袖口飾りのアビ・ア・ラ・フランセーズ。つま先の尖った靴で気取ったポーズで立つ皇太子はリチャード王子と並んだアリエノールを無遠慮に眺め回していた。

 玉座より一段下がった場所に立っている宰相は焦茶色のアビ・ア・ラ・フランセーズで、最近流行りの細身のコートと金糸で刺繍された派手な白いウエストコートを纏っている。

 粘着くような視線と歪んだ口元で隣に立つ宰相に何事かを囁いているのは白地に金と赤の装飾の祭服を纏った大司教。金色に輝くミトラを被り先端が曲がったゼンマイのような形のバクルス司教杖を手にしている。



「遠路はるばるよう参られた」

「偉大なるサルドニア帝国皇帝陛下のご尊顔を拝し恐悦至極でございます。今日の良き日を迎えられたことが両国の行く末にとって幸多いものとなることを願っております」

「長年両国の間を隔てる事になった歴史は我が国にとっても国教であるイーバリス教会にとっても根本を揺るがす程の非常に悲しい出来事であった。
奪われた至宝が正しき者の手に戻ることを心から嬉しく思うておる」

 強引な手腕と軍事力の強化で領土を広げ続けている皇帝は、実際に相対してみると想像以上の威圧感で歴代最強と言われるのももっともだと思える迫力だった。


「我が国の一部の貴族の凶行を正すことができた事、教会から奪われた宝物を発見出来た事を我らも喜ばしく思っております」

「神殿の襲撃から今日の日までに300年もかかるとはベルスペクト王国は随分とのんびりしておられる。イーバリス教会の苦境は気にならなんだようですなあ」

 大司教がドンっとバクルスで床を叩き嫌味ったらしい口調でリチャード王子を睨め付けた。

「300年⋯⋯無能と言われても仕方ありませんな」
「王家は貴族の統括もできておらんのでは」
「イーバリス教を馬鹿にしておる」

「そのせいで儀式が!」

「よくも平然と立っていられるものだ!」
「恥を知れ!!」

 大司教の言葉に続いて一斉に騒ぎ出した貴族達の声はどんどん大きくなり、広い謁見室に響き渡る罵声で収拾がつかなくなりつつあった。


「静まれ! 帝国の貴族は野蛮だと、余の前で礼節さえ守れぬ愚か者達だと思われたいか!!」

 低く響いた皇帝の声に興奮していた貴族達が黙り込んだ。

「皇帝陛下、ここに臨席しておられる方々は皆我が教会が受けた辱めを憂い心を痛めておられたのです。聖女の儀式の重要性を承知しておられたが為に一日も早い解決を望んでおられた故、怒りの気持ちが抑えられぬのです」

 貴族の罵声を聞いた大司教がニヤリと笑うのを見たセアラ達はこれが茶番だと気付いた。皇帝の言葉や大司教の台詞を受けて貴族達が騒ぎはじめたのはあらかじめ決められた流れだったのだろう。

(帝国と教会にとっての予定調和って事ね。
王国側に非がある事を騒ぎ立てて必要以上に追い詰める。この後の会議を有利に進めるためのお芝居みたいなものかしら)


「この場で何を申し上げたとしても言い訳にしか聞こえないでしょうが、我等もただ手をこまねいていたわけではないのです。
問題解決までに長い時間を要した事は事実ですし、問題を起こした貴族が我が国のものであった事も間違いない。
その事は深く謝罪したいと思っております」

「それについてはまた場を改めて話し合いましょう。我が教会としてはに儀式が行われるようになるのであれば多くは望んでおりません」

「⋯⋯寛大なお言葉感謝いたします」

 含みのある大司教の言葉にリチャード王子達はほぞを噛んだ。


 教会の狙いはやはり『儀式の


 儀式が不首尾に終わった時、教会や帝国は一体何を言い出すのか。リチャード王子達は肩にかかる責任の重さに恐怖で肌が泡立つ思いをしていた。



「アリエノール第一王女殿下の評判は国交のない我が国にも届いていますが、こうして直にお会いしてみると噂以上にお美しい。
明日の晩餐会には参加して下さるのでしょう? 両国の架け橋となれるよう是非とも親交を深めたいものですね」

 このような公の場で言い出すような内容ではないにも関わらず、騒ぎの中高慢な目つきで尊大に構えていたジャクソン皇太子が陰湿な笑いを浮かべアリエノールに向けて声をかけた。

「勿体ないお言葉痛み入ります。皇太子殿下より晩餐会へ招待していただき使節団に参加させて頂く事になりましたが、この度の訪問で文化の違いなど知ることができればと楽しみにしております」

 アリエノールが優雅な仕草で嫌味入りの挨拶をするとジャクソン皇太子が顔を引き攣らせた。

「急な誘いで申し訳なかったと⋯⋯」

「いえ、我が国との文化交流を望んでくださった皇太子殿下のお心遣いに感謝しております。自国に戻りました後にはこの国で見聞きした事を正しく伝えられるよう精進したいと思っております」

 皇太子がどんな狙いでアリエノール達を強制参加させたのだとしても皇太子の目付きが示しているような下賎な扱いをされるつもりはない事をアリエノールは優雅で気品溢れる物腰で明確に示した。

「⋯⋯この国を知れば予定を変更したいと思われるかも知れませんしね」

「我が妹達は帰国した後の予定が詰まっておりますので、残念ながら予定を変更する事はできかねるかと」





 謁見が終わり逗留する部屋に案内される事になった。リチャード王子とアリエノールの部屋は南棟の三階にある貴賓室でウルリカはその部屋から二つ離れた客室に案内された。
 セアラの部屋は同じ南棟ではあったが一つ下の階の一番端の部屋でアリエノール達の部屋とは随分距離があった。

 不安になりつつ案内された部屋の前にルークともう一人の護衛が既に立ちセアラの帰りを待っているのを見つけたセアラは宮殿について初めて肩の力が抜けた気がした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】公爵令嬢はただ静かにお茶が飲みたい

珊瑚
恋愛
穏やかな午後の中庭。 美味しいお茶とお菓子を堪能しながら他の令嬢や夫人たちと談笑していたシルヴィア。 そこに乱入してきたのはーー

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

【 完結 】「婚約破棄」されましたので、恥ずかしいから帰っても良いですか?

しずもり
恋愛
ミレーヌはガルド国のシルフィード公爵令嬢で、この国の第一王子アルフリートの婚約者だ。いや、もう元婚約者なのかも知れない。 王立学園の卒業パーティーが始まる寸前で『婚約破棄』を宣言されてしまったからだ。アルフリートの隣にはピンクの髪の美少女を寄り添わせて、宣言されたその言葉にミレーヌが悲しむ事は無かった。それよりも彼女の心を占めていた感情はー。 恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!! ミレーヌは恥ずかしかった。今すぐにでも気を失いたかった。 この国で、学園で、知っていなければならない、知っている筈のアレを、第一王子たちはいつ気付くのか。 孤軍奮闘のミレーヌと愉快な王子とお馬鹿さんたちのちょっと変わった断罪劇です。 なんちゃって異世界のお話です。 時代考証など皆無の緩い設定で、殆どを現代風の口調、言葉で書いています。 HOT2位 &人気ランキング 3位になりました。(2/24) 数ある作品の中で興味を持って下さりありがとうございました。 *国の名前をオレーヌからガルドに変更しました。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

【完結】悪女扱いした上に婚約破棄したいですって?

冬月光輝
恋愛
 私ことアレクトロン皇国の公爵令嬢、グレイス=アルティメシアは婚約者であるグラインシュバイツ皇太子殿下に呼び出され、平民の中で【聖女】と呼ばれているクラリスという女性との「真実の愛」について長々と聞かされた挙句、婚約破棄を迫られました。  この国では有責側から婚約破棄することが出来ないと理性的に話をしましたが、頭がお花畑の皇太子は激高し、私を悪女扱いして制裁を加えると宣い、あげく暴力を奮ってきたのです。  この瞬間、私は決意しました。必ずや強い女になり、この男にどちらが制裁を受ける側なのか教えようということを――。  一人娘の私は今まで自由に生きたいという感情を殺して家のために、良い縁談を得る為にひたすら努力をして生きていました。  それが無駄に終わった今日からは自分の為に戦いましょう。どちらかが灰になるまで――。  しかし、頭の悪い皇太子はともかく誰からも愛され、都合の良い展開に持っていく、まるで【物語のヒロイン】のような体質をもったクラリスは思った以上の強敵だったのです。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

悪役令嬢より取り巻き令嬢の方が問題あると思います

恋愛
両親と死別し、孤児院暮らしの平民だったシャーリーはクリフォード男爵家の養女として引き取られた。丁度その頃市井では男爵家など貴族に引き取られた少女が王子や公爵令息など、高貴な身分の男性と恋に落ちて幸せになる小説が流行っていた。シャーリーは自分もそうなるのではないかとつい夢見てしまう。しかし、夜会でコンプトン侯爵令嬢ベアトリスと出会う。シャーリーはベアトリスにマナーや所作など色々と注意されてしまう。シャーリーは彼女を小説に出て来る悪役令嬢みたいだと思った。しかし、それが違うということにシャーリーはすぐに気付く。ベアトリスはシャーリーが嘲笑の的にならないようマナーや所作を教えてくれていたのだ。 (あれ? ベアトリス様って実はもしかして良い人?) シャーリーはそう思い、ベアトリスと交流を深めることにしてみた。 しかしそんな中、シャーリーはあるベアトリスの取り巻きであるチェスター伯爵令嬢カレンからネチネチと嫌味を言われるようになる。カレンは平民だったシャーリーを気に入らないらしい。更に、他の令嬢への嫌がらせの罪をベアトリスに着せて彼女を社交界から追放しようともしていた。彼女はベアトリスも気に入らないらしい。それに気付いたシャーリーは怒り狂う。 「私に色々良くしてくださったベアトリス様に冤罪をかけようとするなんて許せない!」 シャーリーは仲良くなったテヴァルー子爵令息ヴィンセント、ベアトリスの婚約者であるモールバラ公爵令息アイザック、ベアトリスの弟であるキースと共に、ベアトリスを救う計画を立て始めた。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 ジャンルは恋愛メインではありませんが、アルファポリスでは当てはまるジャンルが恋愛しかありませんでした。

とある悪役令嬢は婚約破棄後に必ず処刑される。けれど彼女の最期はいつも笑顔だった。

三月叶姫
恋愛
私はこの世界から嫌われている。 みんな、私が死ぬ事を望んでいる――。 とある悪役令嬢は、婚約者の王太子から婚約破棄を宣言された後、聖女暗殺未遂の罪で処刑された。だが、彼女は一年前に時を遡り、目を覚ました。 同じ時を繰り返し始めた彼女の結末はいつも同じ。 それでも、彼女は最期の瞬間は必ず笑顔を貫き通した。 十回目となった処刑台の上で、ついに貼り付けていた笑顔の仮面が剥がれ落ちる。 涙を流し、助けを求める彼女に向けて、誰かが彼女の名前を呼んだ。 今、私の名前を呼んだのは、誰だったの? ※こちらの作品は他サイトにも掲載しております

処理中です...