上 下
35 / 93

35.迷走するケイトとナビア

しおりを挟む
 翌朝セアラが目覚めるとケイトがパタパタと部屋を出て行き、ナビアがベッドに近付いてきた。

「今顔を洗うお湯の準備に行きました。あの、着替えを手伝ってもいいですか?」

「ええ、お願い。それではお湯が届くまでにクローゼットから⋯⋯」

 昨日で少し学習したセアラはナビアにやってもらう事を一つずつゆっくりと説明しはじめた。


 セアラがドレッサーの前に座りナビアが髪を梳かしはじめた。二人には明確な担当があるわけではなく気付いた方がやるといった感じなので、セアラは1日に同じ事を2度説明することになった。

(それでも真剣な顔で聞いてくれるし、一生懸命覚えようとしているから良いんだけど)

 朝食を取りに行ったケイトがいつものようにドアを蹴ったのだろう、ガツンとドアが叩かれた。ナビアがドアを開けながら『蹴るのって不味いよね』とブツブツ言っている。
 朝食を持ったケイトは『しょうがないじゃん、手塞がってるし』と文句を言いながら入ってきた。

 いつも通り学習机に朝食を置こうとして固まったケイト。

「ここしかないよね」
「ソファじゃ食べにくい」


 朝食を食べようとした時机の上に並べてあった本が一冊反対向きになっているのに気付いたセアラは首を傾げて本を手に取った。

(まあ、これは!)

 本の間に挟まれていた紙には昨夜ジーニアがジュースに入れた薬の成分が記されていた。

(物音には敏感だと自信があったけど、流石アリエノール様の影だわ。全然気付かなかった)

 薬の種類と量から判断し全て飲み干していた場合には、痺れや嘔吐と腹痛などの症状が3日程度出る。イヌサフランが使われた可能性があると言う見解を読んでセアラは青褪めた。
 イヌサフランの中毒症状は確かに下痢・嘔吐・皮膚の知覚麻痺・呼吸困難などだが、重症の場合は死亡する事もある。

(最悪の事態とか考えてなかったのかしら。薬って強く反応が出る人もいるのに)


 セアラの予想では、公爵家は【レトビアの荊姫】には18歳まで生きていてもらわなければならないと考えていると思っていた。

(代わりはいくらでもいるのか、アメリアが直情的なだけか。どちらにしても気を付けなくちゃ)

 運ばれてきた食事を見ながらこれは大丈夫なのかしらと不安になり手が出ない。スープは避けてパンとハムを少しだけ口にして食事を終わらせた。

(薬の影響で体調が悪いって思ってもらえるかしら。ああ、昨夜夜食を完食しちゃったから遅いかしら)



 昨日の夜から続くケイトとナビアの不審行動は昼近くになっても変わらなかった。ベッドのシーツ交換や部屋の掃除。紅茶を運んできたりセアラの近くでウロウロとしたり⋯⋯。
 体調不良の振りをしていたセアラだったが食事や飲み物への不安が重なり本当に気持ち悪くなってきた。いけないと思いつつケイト達の迷走振りについ疑惑の目を向けてしまう。



「あの、いくつか教えてほしい事が」

「何かしら?」

「まず、ドアの前で両手が塞がってる時ってどうやったらいいんで⋯⋯いいのでしょうか?」

「食事を運んできた時の事かしら。お部屋にお食事を運ぶ際は普通はカートを使うの。カートがなければ気配を察知した中の人が開けるしかないわね。ドアの近くにいると人が歩いて来たってわかるから」

「食事ってどこに置けばいいんでしょうか?」

「夜食程度ならコーヒーテーブルで構わないけど、普通はそれ用に稼働用のテーブルとか折りたたみ式のテーブルを準備するの。
この部屋のように常に部屋で食事をとる場合は、前もってテーブルが運び込まれているのが普通ね」

「テーブル、聞いてもダメかも」

「わたくしなら今のまま学習机に置いて貰えばいいわ」


 ケイト達の質問は多岐に渡り二人が混乱しているのが手に取るように分かった。

 朝はメイドが起こすのか起きてくるのを待つのかにはじまり、お茶を準備するタイミングやドレスの手入れ方法⋯⋯。毎日の掃除はどこまでやるべきなのか聞いてきたと思ったらお風呂での手伝いについて聞いてくる。

「取り敢えずわからない事はいつでも聞いてくれればいいわ。何度でも説明するし、そのうち得意不得意が分かってくれば担当を決めると良いわね」

「じゃあ、あの。これから宜しくお願いします」

 揃って頭を下げた二人にセアラはもう一度質問を投げかけてみた。

「わたくしのやり方とこの家のやり方は違うと思うの。それで良ければ教える事は構わないんだけど、何があったのか教えてくれるかしら?」

「⋯⋯マーシャル夫人のとこの侍女やメイドの仕事ぶりを見て、自分達の考えが間違ってたなあって」


 ケイトは食堂の下働きでナビアは商会で雑用係として働いていた。重労働の上に安月給で転職先を探していた二人が斡旋所で貴族のメイドを探していると知り応募するとすんなり合格。
 1ヶ月メイド長の下で下働きをした後セアラの専用メイドになったと言う。

「で、あの人達の仕事ぶりとここの屋敷の使用人の違いに気付いて」
「私達が見てた使用人っておかしいんじゃないかって、それに貴族も」


「話はよく分かったけれどそれはとても危険な考え方だって分かってる? 自分が仕えてる主人がどんな考えを持っていても口に出して批判してはいけないわ。
それは周りの使用人に対しても同じ。やり方や考え方が違うのは当然だしどこに行っても大なり小なり理不尽な事はあるでしょう?
此処のやり方は間違ってるって思いながらでは働きにくいと思うし、周りから反発されたら仕事ができなくなるかも。
だからといって彼らの真似をするのはオススメしないんだけどね。難しいところだわ」


 二人の不審な行動の理由は理解できた。貴族の屋敷で働いた経験がほとんどなく専用メイドが何をする仕事なのかも分かっていない。メイド長や執事に言われるがまま見張りをしていたと言う事らしい。
 初めの1ヶ月、二人が見たのは上長の前ではせっせと働き媚を売るその陰で、手を抜き休憩する為に仕事を押し付け合い陰口と不満ばかり言い合う。
 身勝手な貴族の横暴の話をしながら盗み食いする使用人が屋敷の備品をポケットに入れる。

(使用人の酷さは予想通りというか予想以上というか。ケイト達に仕事を教えても大丈夫なのかしら? 虐めとか色々出てきそう)


 昼食もパンとチーズを少しだけ食べ後は残したセアラを心配したナビアがお菓子を持ってやってきた。

「あの、甘い物なら食べれるかと思って」

「ありがとう、一ついただくわ」



 ガチャガチャと音がしてドアが開きジョージが部屋に入ってきた。

「お食事を殆ど召し上がっておられないとききましたが?」

「ちょっと疲れているだけだと思うの。夜会の途中で気分が悪くなってから食欲がないだけだから」

 ジロジロと不躾にセアラを眺め回した後ジョージは無言で出て行った。能面のジョージの様子ではただ単に様子を見にきただけなのか、アメリアの指示で薬の効果を調べにきたのか分からなかった。

(用心するに越した事はないわね)



 数日間体調不良を装ったまま無為な日を過ごし、漸く学園に戻る日がやってきた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】公爵令嬢はただ静かにお茶が飲みたい

珊瑚
恋愛
穏やかな午後の中庭。 美味しいお茶とお菓子を堪能しながら他の令嬢や夫人たちと談笑していたシルヴィア。 そこに乱入してきたのはーー

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

【 完結 】「婚約破棄」されましたので、恥ずかしいから帰っても良いですか?

しずもり
恋愛
ミレーヌはガルド国のシルフィード公爵令嬢で、この国の第一王子アルフリートの婚約者だ。いや、もう元婚約者なのかも知れない。 王立学園の卒業パーティーが始まる寸前で『婚約破棄』を宣言されてしまったからだ。アルフリートの隣にはピンクの髪の美少女を寄り添わせて、宣言されたその言葉にミレーヌが悲しむ事は無かった。それよりも彼女の心を占めていた感情はー。 恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!! ミレーヌは恥ずかしかった。今すぐにでも気を失いたかった。 この国で、学園で、知っていなければならない、知っている筈のアレを、第一王子たちはいつ気付くのか。 孤軍奮闘のミレーヌと愉快な王子とお馬鹿さんたちのちょっと変わった断罪劇です。 なんちゃって異世界のお話です。 時代考証など皆無の緩い設定で、殆どを現代風の口調、言葉で書いています。 HOT2位 &人気ランキング 3位になりました。(2/24) 数ある作品の中で興味を持って下さりありがとうございました。 *国の名前をオレーヌからガルドに変更しました。

【完結】悪女扱いした上に婚約破棄したいですって?

冬月光輝
恋愛
 私ことアレクトロン皇国の公爵令嬢、グレイス=アルティメシアは婚約者であるグラインシュバイツ皇太子殿下に呼び出され、平民の中で【聖女】と呼ばれているクラリスという女性との「真実の愛」について長々と聞かされた挙句、婚約破棄を迫られました。  この国では有責側から婚約破棄することが出来ないと理性的に話をしましたが、頭がお花畑の皇太子は激高し、私を悪女扱いして制裁を加えると宣い、あげく暴力を奮ってきたのです。  この瞬間、私は決意しました。必ずや強い女になり、この男にどちらが制裁を受ける側なのか教えようということを――。  一人娘の私は今まで自由に生きたいという感情を殺して家のために、良い縁談を得る為にひたすら努力をして生きていました。  それが無駄に終わった今日からは自分の為に戦いましょう。どちらかが灰になるまで――。  しかし、頭の悪い皇太子はともかく誰からも愛され、都合の良い展開に持っていく、まるで【物語のヒロイン】のような体質をもったクラリスは思った以上の強敵だったのです。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

悪役令嬢より取り巻き令嬢の方が問題あると思います

恋愛
両親と死別し、孤児院暮らしの平民だったシャーリーはクリフォード男爵家の養女として引き取られた。丁度その頃市井では男爵家など貴族に引き取られた少女が王子や公爵令息など、高貴な身分の男性と恋に落ちて幸せになる小説が流行っていた。シャーリーは自分もそうなるのではないかとつい夢見てしまう。しかし、夜会でコンプトン侯爵令嬢ベアトリスと出会う。シャーリーはベアトリスにマナーや所作など色々と注意されてしまう。シャーリーは彼女を小説に出て来る悪役令嬢みたいだと思った。しかし、それが違うということにシャーリーはすぐに気付く。ベアトリスはシャーリーが嘲笑の的にならないようマナーや所作を教えてくれていたのだ。 (あれ? ベアトリス様って実はもしかして良い人?) シャーリーはそう思い、ベアトリスと交流を深めることにしてみた。 しかしそんな中、シャーリーはあるベアトリスの取り巻きであるチェスター伯爵令嬢カレンからネチネチと嫌味を言われるようになる。カレンは平民だったシャーリーを気に入らないらしい。更に、他の令嬢への嫌がらせの罪をベアトリスに着せて彼女を社交界から追放しようともしていた。彼女はベアトリスも気に入らないらしい。それに気付いたシャーリーは怒り狂う。 「私に色々良くしてくださったベアトリス様に冤罪をかけようとするなんて許せない!」 シャーリーは仲良くなったテヴァルー子爵令息ヴィンセント、ベアトリスの婚約者であるモールバラ公爵令息アイザック、ベアトリスの弟であるキースと共に、ベアトリスを救う計画を立て始めた。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 ジャンルは恋愛メインではありませんが、アルファポリスでは当てはまるジャンルが恋愛しかありませんでした。

とある悪役令嬢は婚約破棄後に必ず処刑される。けれど彼女の最期はいつも笑顔だった。

三月叶姫
恋愛
私はこの世界から嫌われている。 みんな、私が死ぬ事を望んでいる――。 とある悪役令嬢は、婚約者の王太子から婚約破棄を宣言された後、聖女暗殺未遂の罪で処刑された。だが、彼女は一年前に時を遡り、目を覚ました。 同じ時を繰り返し始めた彼女の結末はいつも同じ。 それでも、彼女は最期の瞬間は必ず笑顔を貫き通した。 十回目となった処刑台の上で、ついに貼り付けていた笑顔の仮面が剥がれ落ちる。 涙を流し、助けを求める彼女に向けて、誰かが彼女の名前を呼んだ。 今、私の名前を呼んだのは、誰だったの? ※こちらの作品は他サイトにも掲載しております

悪役令嬢に転生したら病気で寝たきりだった⁉︎完治したあとは、婚約者と一緒に村を復興します!

Y.Itoda
恋愛
目を覚ましたら、悪役令嬢だった。 転生前も寝たきりだったのに。 次から次へと聞かされる、かつての自分が犯した数々の悪事。受け止めきれなかった。 でも、そんなセリーナを見捨てなかった婚約者ライオネル。 何でも治癒できるという、魔法を探しに海底遺跡へと。 病気を克服した後は、二人で街の復興に尽力する。 過去を克服し、二人の行く末は? ハッピーエンド、結婚へ!

処理中です...