上 下
25 / 93

25.ジョージの怒り

しおりを挟む
 マチルダ達はセアラを守るように前後に立ち、階段では慣れない正装のセアラの手をマチルダが支えた。正面玄関には少し様子のおかしいジョージが立っていたが、近くまで行くと顔の左側が腫れているのが目についた。

 普段感じの悪い態度しか見たことがないジョージだが身嗜みには殊の外気を遣っているように感じていた。それなのに今日は近付けば近付くほど酷い有様をしている。
 慌てて着替えたのかタイが歪みベストのボタンが一つ外れかかっている。乱れた髪は間違いなく手櫛で整えただけのはず。

「ジョージ。あの、大丈夫?」

 普段の自分の言動で間違いなくセアラに嫌われていると思っていたジョージはセアラの心配そうな問いかけに驚き目を見開いた。

「はっ⋯⋯はい。問題ありません。マーシャル夫人が馬車でお待ちです。マチルダさん達もご苦労様でした」


 アメリア達は既に出発した後なのか2階の廊下では何やらメイド達がバタバタと走り回っていたが、玄関ホールは静まり返り以前いたはずの従僕の姿も見えない。

(夜会の前ってみんな忙しいのね)



 従僕の代わりにジョージが玄関ドアを開け頭を下げた。

「行ってらっしゃいませセアラ様。初めての夜会をどうか楽しまれますよう」

「ありがとう。余計なことかもしれませんが、なるべく早く頬を冷やしてくださいね」

「⋯⋯お心遣い痛み入ります」

(なんだかジョージが別人みたい。マチルダさん達がいてくれるからかしら。マーシャル夫人には感謝する事ばかりだわ)


 マチルダのエスコートで馬車に乗り込んだセアラを確認したマーシャル夫人が小さく頷きゆっくりと馬車が走りはじめた。

「よく似合っています。夜会は初めてだと言いますが自分にふさわしいものを選ぶ知恵があるのは良いことです。セアラが言っていた目立ちたくないと言う気持ちに変わりはないのかしら?」

「はい、この度の夜会に参加される方々は世慣れていて洗練された方ばかりだと、そのような方々の中で不調法をせずいられるよう気をつけたいと思っております」

「その心がけはとても大切ですがセアラがどんなに頑張って壁の花になろうとしても無駄かもしれませんね。正直シャペロンとなったのを後悔するほど大変な夜会になりそうです」

「あの、それは何故でしょうか?」


 マーシャル夫人の話に顔を引き攣らせたセアラの思いをよそに、ガタガタと馬車は石畳を走り貴族街の外れに辿り着いた。王宮前の広い馬車道に入ると両サイドに植えられた街路樹にランプの明かりが灯されているのが見えた。この道の先に王宮があるのだとセアラは大きく息を吸って気合いを入れた。

(レトビア公爵とアメリアだけでなく、他にも私を笑い者にしたい大勢の敵が待っているなんて⋯⋯)




 その頃ジョージはレトビア公爵邸の私室では血走った目で悪態をついていた。

「あれが貴族だと!! 全く冗談じゃない」

 アメリアに殴られた頬を冷やしながら反対の手でウイスキーを呷るとカッと喉がやけ胃が熱くなった。
 以前レトビア公爵から貰った時は感動に震えた最高級のウイスキーだが今のジョージにとっては泥水の味しかしない。今までは機嫌の良い日に少しずつ楽しんでいたが『今日で綺麗さっぱり飲み干してやる』と勢い込んでボトルに口をつけたラッパ飲みをしている。

 ジョージの怒りの発端はアメリアの我儘と癇癪。今回の夜会にセアラが参加することが気に入らないアメリアは娼婦が着るようなドレスを準備させた。
 不似合いで場違いなドレスを着たセアラが夜会で顰蹙を買うのが狙いだったが、セアラが別のドレスを選んだ為『セアラの勝手を許した』と何故かジョージがアメリアに叱られた。
 そして、翌日届いたマーシャル夫人からの荷物をセアラに渡したことでアメリアから二度目の癇癪を食らった。

(ドレス選びにしろ届いた荷物にしろ俺にどうしろって言うんだ!!)

 女性のドレス選びの場に居座ることなどできないしマーシャル夫人から届いた物を隠すなどあり得ない。

(マーシャル夫人がどれほど小煩いか、夫人に見放されたアメリアなら知ってるだろうに! 俺じゃなくてもあの人をどうにかできる奴なんているもんか。文句があるならシャペロンを頼んだ父親に言えってんだ)


 その後はセアラが夜会用に作ったドレスを持ってこいと無理な指示を出し、上手くいかないと言っては罵声を浴びせ物を投げつけてきた。
 夜目がきくメイド長を部屋に忍び込ませドレスを切り刻ませたアメリアは翌日の朝久しぶりにご機嫌だったが、マーシャル夫人がメイドを引き連れて屋敷に乗り込んできた上にドレスが無傷だと分かってからの暴れっぷりは半端なかった。メイドや従僕達の殆どが何かしらの怪我をしてジョージに至っては拳で思いっきり殴られ膝をついたところで胸を蹴られた。

(アイツは人間じゃない、野獣だ。頭がおかしくて人の言葉なんて理解できない野獣なんだ! くそっ、胸が⋯⋯まさか肋骨をやられた?)


 アメリアの横暴をレトビア公爵に何度も報告しアメリアの行動を諌めるよう懇願したがレトビア公爵は全てをジョージに丸投げした。

『セアラの夜会参加は決定事項だとアメリアに伝えろ』

(俺が言って聞くようなタマじゃねえ。貴族なんてクソ喰らえだ!)


 そして、アメリアの不満とレトビア公爵の勝手に振り回され続けたジョージは絶賛自棄酒中。セアラの参加を取りやめにできなかった時点で諦めるべきだったと屋敷中の誰もが思っていることにアメリアだけが気付いていなかった。




 そんなささくれた気持ちのジョージを唯一気にかけたのが今まで散々虐げてきたセアラだった。

 清純な天使にしか見えないのに何故か下半身に血が滾るような不純な思いが湧き上がるドレス姿。潤んだ紫眼と艶やかに光る唇、ほっそりとした肢体に手に余るほど豊かな胸。くびれたウエストが強調するのは⋯⋯。

『ジョージ。あの、大丈夫?』

 清らかな見た目とは裏腹な少し掠れた声が下腹を直撃した。大した意味はないとわかっているのに、思わずセアラに手を伸ばしそうなったのを思い出したジョージは益々腹を立てた。

(今夜のセアラはまるで美の女神ウェヌスへ捧げられたプシューケーのようで。くそっ!)

 無条件に傅いてきた奴らには殴られて見捨てられ虐げてきた相手に心配されたジョージは、空になったボトルを投げ出した後ふて寝を決め込んだ。

(夜会が終わって公爵達が帰ってきても俺は部屋から出るもんか!! 勝手にしやがれ)

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】公爵令嬢はただ静かにお茶が飲みたい

珊瑚
恋愛
穏やかな午後の中庭。 美味しいお茶とお菓子を堪能しながら他の令嬢や夫人たちと談笑していたシルヴィア。 そこに乱入してきたのはーー

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

【 完結 】「婚約破棄」されましたので、恥ずかしいから帰っても良いですか?

しずもり
恋愛
ミレーヌはガルド国のシルフィード公爵令嬢で、この国の第一王子アルフリートの婚約者だ。いや、もう元婚約者なのかも知れない。 王立学園の卒業パーティーが始まる寸前で『婚約破棄』を宣言されてしまったからだ。アルフリートの隣にはピンクの髪の美少女を寄り添わせて、宣言されたその言葉にミレーヌが悲しむ事は無かった。それよりも彼女の心を占めていた感情はー。 恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!! ミレーヌは恥ずかしかった。今すぐにでも気を失いたかった。 この国で、学園で、知っていなければならない、知っている筈のアレを、第一王子たちはいつ気付くのか。 孤軍奮闘のミレーヌと愉快な王子とお馬鹿さんたちのちょっと変わった断罪劇です。 なんちゃって異世界のお話です。 時代考証など皆無の緩い設定で、殆どを現代風の口調、言葉で書いています。 HOT2位 &人気ランキング 3位になりました。(2/24) 数ある作品の中で興味を持って下さりありがとうございました。 *国の名前をオレーヌからガルドに変更しました。

【完結】悪女扱いした上に婚約破棄したいですって?

冬月光輝
恋愛
 私ことアレクトロン皇国の公爵令嬢、グレイス=アルティメシアは婚約者であるグラインシュバイツ皇太子殿下に呼び出され、平民の中で【聖女】と呼ばれているクラリスという女性との「真実の愛」について長々と聞かされた挙句、婚約破棄を迫られました。  この国では有責側から婚約破棄することが出来ないと理性的に話をしましたが、頭がお花畑の皇太子は激高し、私を悪女扱いして制裁を加えると宣い、あげく暴力を奮ってきたのです。  この瞬間、私は決意しました。必ずや強い女になり、この男にどちらが制裁を受ける側なのか教えようということを――。  一人娘の私は今まで自由に生きたいという感情を殺して家のために、良い縁談を得る為にひたすら努力をして生きていました。  それが無駄に終わった今日からは自分の為に戦いましょう。どちらかが灰になるまで――。  しかし、頭の悪い皇太子はともかく誰からも愛され、都合の良い展開に持っていく、まるで【物語のヒロイン】のような体質をもったクラリスは思った以上の強敵だったのです。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

とある悪役令嬢は婚約破棄後に必ず処刑される。けれど彼女の最期はいつも笑顔だった。

三月叶姫
恋愛
私はこの世界から嫌われている。 みんな、私が死ぬ事を望んでいる――。 とある悪役令嬢は、婚約者の王太子から婚約破棄を宣言された後、聖女暗殺未遂の罪で処刑された。だが、彼女は一年前に時を遡り、目を覚ました。 同じ時を繰り返し始めた彼女の結末はいつも同じ。 それでも、彼女は最期の瞬間は必ず笑顔を貫き通した。 十回目となった処刑台の上で、ついに貼り付けていた笑顔の仮面が剥がれ落ちる。 涙を流し、助けを求める彼女に向けて、誰かが彼女の名前を呼んだ。 今、私の名前を呼んだのは、誰だったの? ※こちらの作品は他サイトにも掲載しております

悪役令嬢より取り巻き令嬢の方が問題あると思います

恋愛
両親と死別し、孤児院暮らしの平民だったシャーリーはクリフォード男爵家の養女として引き取られた。丁度その頃市井では男爵家など貴族に引き取られた少女が王子や公爵令息など、高貴な身分の男性と恋に落ちて幸せになる小説が流行っていた。シャーリーは自分もそうなるのではないかとつい夢見てしまう。しかし、夜会でコンプトン侯爵令嬢ベアトリスと出会う。シャーリーはベアトリスにマナーや所作など色々と注意されてしまう。シャーリーは彼女を小説に出て来る悪役令嬢みたいだと思った。しかし、それが違うということにシャーリーはすぐに気付く。ベアトリスはシャーリーが嘲笑の的にならないようマナーや所作を教えてくれていたのだ。 (あれ? ベアトリス様って実はもしかして良い人?) シャーリーはそう思い、ベアトリスと交流を深めることにしてみた。 しかしそんな中、シャーリーはあるベアトリスの取り巻きであるチェスター伯爵令嬢カレンからネチネチと嫌味を言われるようになる。カレンは平民だったシャーリーを気に入らないらしい。更に、他の令嬢への嫌がらせの罪をベアトリスに着せて彼女を社交界から追放しようともしていた。彼女はベアトリスも気に入らないらしい。それに気付いたシャーリーは怒り狂う。 「私に色々良くしてくださったベアトリス様に冤罪をかけようとするなんて許せない!」 シャーリーは仲良くなったテヴァルー子爵令息ヴィンセント、ベアトリスの婚約者であるモールバラ公爵令息アイザック、ベアトリスの弟であるキースと共に、ベアトリスを救う計画を立て始めた。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 ジャンルは恋愛メインではありませんが、アルファポリスでは当てはまるジャンルが恋愛しかありませんでした。

悪役令嬢に転生したら病気で寝たきりだった⁉︎完治したあとは、婚約者と一緒に村を復興します!

Y.Itoda
恋愛
目を覚ましたら、悪役令嬢だった。 転生前も寝たきりだったのに。 次から次へと聞かされる、かつての自分が犯した数々の悪事。受け止めきれなかった。 でも、そんなセリーナを見捨てなかった婚約者ライオネル。 何でも治癒できるという、魔法を探しに海底遺跡へと。 病気を克服した後は、二人で街の復興に尽力する。 過去を克服し、二人の行く末は? ハッピーエンド、結婚へ!

処理中です...