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25.ジョージの怒り
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マチルダ達はセアラを守るように前後に立ち、階段では慣れない正装のセアラの手をマチルダが支えた。正面玄関には少し様子のおかしいジョージが立っていたが、近くまで行くと顔の左側が腫れているのが目についた。
普段感じの悪い態度しか見たことがないジョージだが身嗜みには殊の外気を遣っているように感じていた。それなのに今日は近付けば近付くほど酷い有様をしている。
慌てて着替えたのかタイが歪みベストのボタンが一つ外れかかっている。乱れた髪は間違いなく手櫛で整えただけのはず。
「ジョージ。あの、大丈夫?」
普段の自分の言動で間違いなくセアラに嫌われていると思っていたジョージはセアラの心配そうな問いかけに驚き目を見開いた。
「はっ⋯⋯はい。問題ありません。マーシャル夫人が馬車でお待ちです。マチルダさん達もご苦労様でした」
アメリア達は既に出発した後なのか2階の廊下では何やらメイド達がバタバタと走り回っていたが、玄関ホールは静まり返り以前いたはずの従僕の姿も見えない。
(夜会の前ってみんな忙しいのね)
従僕の代わりにジョージが玄関ドアを開け頭を下げた。
「行ってらっしゃいませセアラ様。初めての夜会をどうか楽しまれますよう」
「ありがとう。余計なことかもしれませんが、なるべく早く頬を冷やしてくださいね」
「⋯⋯お心遣い痛み入ります」
(なんだかジョージが別人みたい。マチルダさん達がいてくれるからかしら。マーシャル夫人には感謝する事ばかりだわ)
マチルダのエスコートで馬車に乗り込んだセアラを確認したマーシャル夫人が小さく頷きゆっくりと馬車が走りはじめた。
「よく似合っています。夜会は初めてだと言いますが自分にふさわしいものを選ぶ知恵があるのは良いことです。セアラが言っていた目立ちたくないと言う気持ちに変わりはないのかしら?」
「はい、この度の夜会に参加される方々は世慣れていて洗練された方ばかりだと、そのような方々の中で不調法をせずいられるよう気をつけたいと思っております」
「その心がけはとても大切ですがセアラがどんなに頑張って壁の花になろうとしても無駄かもしれませんね。正直シャペロンとなったのを後悔するほど大変な夜会になりそうです」
「あの、それは何故でしょうか?」
マーシャル夫人の話に顔を引き攣らせたセアラの思いをよそに、ガタガタと馬車は石畳を走り貴族街の外れに辿り着いた。王宮前の広い馬車道に入ると両サイドに植えられた街路樹にランプの明かりが灯されているのが見えた。この道の先に王宮があるのだとセアラは大きく息を吸って気合いを入れた。
(レトビア公爵とアメリアだけでなく、他にも私を笑い者にしたい大勢の敵が待っているなんて⋯⋯)
その頃ジョージはレトビア公爵邸の私室では血走った目で悪態をついていた。
「あれが貴族だと!! 全く冗談じゃない」
アメリアに殴られた頬を冷やしながら反対の手でウイスキーを呷るとカッと喉がやけ胃が熱くなった。
以前レトビア公爵から貰った時は感動に震えた最高級のウイスキーだが今のジョージにとっては泥水の味しかしない。今までは機嫌の良い日に少しずつ楽しんでいたが『今日で綺麗さっぱり飲み干してやる』と勢い込んでボトルに口をつけたラッパ飲みをしている。
ジョージの怒りの発端はアメリアの我儘と癇癪。今回の夜会にセアラが参加することが気に入らないアメリアは娼婦が着るようなドレスを準備させた。
不似合いで場違いなドレスを着たセアラが夜会で顰蹙を買うのが狙いだったが、セアラが別のドレスを選んだ為『セアラの勝手を許した』と何故かジョージがアメリアに叱られた。
そして、翌日届いたマーシャル夫人からの荷物をセアラに渡したことでアメリアから二度目の癇癪を食らった。
(ドレス選びにしろ届いた荷物にしろ俺にどうしろって言うんだ!!)
女性のドレス選びの場に居座ることなどできないしマーシャル夫人から届いた物を隠すなどあり得ない。
(マーシャル夫人がどれほど小煩いか、夫人に見放されたアメリアなら知ってるだろうに! 俺じゃなくてもあの人をどうにかできる奴なんているもんか。文句があるならシャペロンを頼んだ父親に言えってんだ)
その後はセアラが夜会用に作ったドレスを持ってこいと無理な指示を出し、上手くいかないと言っては罵声を浴びせ物を投げつけてきた。
夜目がきくメイド長を部屋に忍び込ませドレスを切り刻ませたアメリアは翌日の朝久しぶりにご機嫌だったが、マーシャル夫人がメイドを引き連れて屋敷に乗り込んできた上にドレスが無傷だと分かってからの暴れっぷりは半端なかった。メイドや従僕達の殆どが何かしらの怪我をしてジョージに至っては拳で思いっきり殴られ膝をついたところで胸を蹴られた。
(アイツは人間じゃない、野獣だ。頭がおかしくて人の言葉なんて理解できない野獣なんだ! くそっ、胸が⋯⋯まさか肋骨をやられた?)
アメリアの横暴をレトビア公爵に何度も報告しアメリアの行動を諌めるよう懇願したがレトビア公爵は全てをジョージに丸投げした。
『セアラの夜会参加は決定事項だとアメリアに伝えろ』
(俺が言って聞くようなタマじゃねえ。貴族なんてクソ喰らえだ!)
そして、アメリアの不満とレトビア公爵の勝手に振り回され続けたジョージは絶賛自棄酒中。セアラの参加を取りやめにできなかった時点で諦めるべきだったと屋敷中の誰もが思っていることにアメリアだけが気付いていなかった。
そんなささくれた気持ちのジョージを唯一気にかけたのが今まで散々虐げてきたセアラだった。
清純な天使にしか見えないのに何故か下半身に血が滾るような不純な思いが湧き上がるドレス姿。潤んだ紫眼と艶やかに光る唇、ほっそりとした肢体に手に余るほど豊かな胸。くびれたウエストが強調するのは⋯⋯。
『ジョージ。あの、大丈夫?』
清らかな見た目とは裏腹な少し掠れた声が下腹を直撃した。大した意味はないとわかっているのに、思わずセアラに手を伸ばしそうなったのを思い出したジョージは益々腹を立てた。
(今夜のセアラはまるで美の女神ウェヌスへ捧げられたプシューケーのようで。くそっ!)
無条件に傅いてきた奴らには殴られて見捨てられ虐げてきた相手に心配されたジョージは、空になったボトルを投げ出した後ふて寝を決め込んだ。
(夜会が終わって公爵達が帰ってきても俺は部屋から出るもんか!! 勝手にしやがれ)
普段感じの悪い態度しか見たことがないジョージだが身嗜みには殊の外気を遣っているように感じていた。それなのに今日は近付けば近付くほど酷い有様をしている。
慌てて着替えたのかタイが歪みベストのボタンが一つ外れかかっている。乱れた髪は間違いなく手櫛で整えただけのはず。
「ジョージ。あの、大丈夫?」
普段の自分の言動で間違いなくセアラに嫌われていると思っていたジョージはセアラの心配そうな問いかけに驚き目を見開いた。
「はっ⋯⋯はい。問題ありません。マーシャル夫人が馬車でお待ちです。マチルダさん達もご苦労様でした」
アメリア達は既に出発した後なのか2階の廊下では何やらメイド達がバタバタと走り回っていたが、玄関ホールは静まり返り以前いたはずの従僕の姿も見えない。
(夜会の前ってみんな忙しいのね)
従僕の代わりにジョージが玄関ドアを開け頭を下げた。
「行ってらっしゃいませセアラ様。初めての夜会をどうか楽しまれますよう」
「ありがとう。余計なことかもしれませんが、なるべく早く頬を冷やしてくださいね」
「⋯⋯お心遣い痛み入ります」
(なんだかジョージが別人みたい。マチルダさん達がいてくれるからかしら。マーシャル夫人には感謝する事ばかりだわ)
マチルダのエスコートで馬車に乗り込んだセアラを確認したマーシャル夫人が小さく頷きゆっくりと馬車が走りはじめた。
「よく似合っています。夜会は初めてだと言いますが自分にふさわしいものを選ぶ知恵があるのは良いことです。セアラが言っていた目立ちたくないと言う気持ちに変わりはないのかしら?」
「はい、この度の夜会に参加される方々は世慣れていて洗練された方ばかりだと、そのような方々の中で不調法をせずいられるよう気をつけたいと思っております」
「その心がけはとても大切ですがセアラがどんなに頑張って壁の花になろうとしても無駄かもしれませんね。正直シャペロンとなったのを後悔するほど大変な夜会になりそうです」
「あの、それは何故でしょうか?」
マーシャル夫人の話に顔を引き攣らせたセアラの思いをよそに、ガタガタと馬車は石畳を走り貴族街の外れに辿り着いた。王宮前の広い馬車道に入ると両サイドに植えられた街路樹にランプの明かりが灯されているのが見えた。この道の先に王宮があるのだとセアラは大きく息を吸って気合いを入れた。
(レトビア公爵とアメリアだけでなく、他にも私を笑い者にしたい大勢の敵が待っているなんて⋯⋯)
その頃ジョージはレトビア公爵邸の私室では血走った目で悪態をついていた。
「あれが貴族だと!! 全く冗談じゃない」
アメリアに殴られた頬を冷やしながら反対の手でウイスキーを呷るとカッと喉がやけ胃が熱くなった。
以前レトビア公爵から貰った時は感動に震えた最高級のウイスキーだが今のジョージにとっては泥水の味しかしない。今までは機嫌の良い日に少しずつ楽しんでいたが『今日で綺麗さっぱり飲み干してやる』と勢い込んでボトルに口をつけたラッパ飲みをしている。
ジョージの怒りの発端はアメリアの我儘と癇癪。今回の夜会にセアラが参加することが気に入らないアメリアは娼婦が着るようなドレスを準備させた。
不似合いで場違いなドレスを着たセアラが夜会で顰蹙を買うのが狙いだったが、セアラが別のドレスを選んだ為『セアラの勝手を許した』と何故かジョージがアメリアに叱られた。
そして、翌日届いたマーシャル夫人からの荷物をセアラに渡したことでアメリアから二度目の癇癪を食らった。
(ドレス選びにしろ届いた荷物にしろ俺にどうしろって言うんだ!!)
女性のドレス選びの場に居座ることなどできないしマーシャル夫人から届いた物を隠すなどあり得ない。
(マーシャル夫人がどれほど小煩いか、夫人に見放されたアメリアなら知ってるだろうに! 俺じゃなくてもあの人をどうにかできる奴なんているもんか。文句があるならシャペロンを頼んだ父親に言えってんだ)
その後はセアラが夜会用に作ったドレスを持ってこいと無理な指示を出し、上手くいかないと言っては罵声を浴びせ物を投げつけてきた。
夜目がきくメイド長を部屋に忍び込ませドレスを切り刻ませたアメリアは翌日の朝久しぶりにご機嫌だったが、マーシャル夫人がメイドを引き連れて屋敷に乗り込んできた上にドレスが無傷だと分かってからの暴れっぷりは半端なかった。メイドや従僕達の殆どが何かしらの怪我をしてジョージに至っては拳で思いっきり殴られ膝をついたところで胸を蹴られた。
(アイツは人間じゃない、野獣だ。頭がおかしくて人の言葉なんて理解できない野獣なんだ! くそっ、胸が⋯⋯まさか肋骨をやられた?)
アメリアの横暴をレトビア公爵に何度も報告しアメリアの行動を諌めるよう懇願したがレトビア公爵は全てをジョージに丸投げした。
『セアラの夜会参加は決定事項だとアメリアに伝えろ』
(俺が言って聞くようなタマじゃねえ。貴族なんてクソ喰らえだ!)
そして、アメリアの不満とレトビア公爵の勝手に振り回され続けたジョージは絶賛自棄酒中。セアラの参加を取りやめにできなかった時点で諦めるべきだったと屋敷中の誰もが思っていることにアメリアだけが気付いていなかった。
そんなささくれた気持ちのジョージを唯一気にかけたのが今まで散々虐げてきたセアラだった。
清純な天使にしか見えないのに何故か下半身に血が滾るような不純な思いが湧き上がるドレス姿。潤んだ紫眼と艶やかに光る唇、ほっそりとした肢体に手に余るほど豊かな胸。くびれたウエストが強調するのは⋯⋯。
『ジョージ。あの、大丈夫?』
清らかな見た目とは裏腹な少し掠れた声が下腹を直撃した。大した意味はないとわかっているのに、思わずセアラに手を伸ばしそうなったのを思い出したジョージは益々腹を立てた。
(今夜のセアラはまるで美の女神ウェヌスへ捧げられたプシューケーのようで。くそっ!)
無条件に傅いてきた奴らには殴られて見捨てられ虐げてきた相手に心配されたジョージは、空になったボトルを投げ出した後ふて寝を決め込んだ。
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