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16.能面のジョージと図々しいメイド

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 まだ赤い頬を化粧で誤魔化しレトビア公爵家に帰ったセアラは屋敷について直ぐに呼び出しを受ける覚悟をしていたが何日経っても呼び出しの声がかからなかった。

(生徒会長秘書と不正疑惑。どっちにしろ叱られる筈って思ったんだけど)


『名誉ある生徒会長の秘書はアメリア様に決定してるけど⋯⋯⋯⋯前もってセアラに少し秘書の勉強をさせるんですって』

 机に向かい勉強するふりをしながら図書室で聞いた取り巻きの話を思い出しているとガチャリと鍵の開く音がしてノックもなしにジョージ執事が部屋に入ってきた。

 ソファに座っておしゃべりしていたメイド達が慌てて立ち上がりジョージに頭を下げた。メイド達が寛いでいたソファ前のテーブルには紅茶のカップが二つと食べかけのお菓子がある。明らかにソファで休憩しつつティータイムを楽しんでいたとわかる状況をチラリと確認したジョージはメイド達を叱る事もなくセアラの方を向いて話しはじめた。

「年明けの夜会に参加する為ドレスの準備をして頂くことになりました。今日の午後仕立て屋がいくつか見繕って参りますのでその中から選んで直しを入れる予定です。
ドレスの見立てにはマーシャル夫人が来られますので指示に従うようにとの仰せです」

「マーシャル夫人とは?」

「レトビア公爵家の縁戚にあたるご婦人で、夜会でセアラ様のシャペロンをしてくださる方です。礼儀作法にはとても厳しい方ですので失礼のないように」

「夜会はどこのお屋敷で行われるのかしら?」

「⋯⋯」

「主催者の方とか夜会の規模などがわからなければドレスを選ぶ時困りますわ」

「⋯⋯王宮で新年を祝う夜会なので王族の方もおられます。それ以外の参加者は高位貴族のみ」

「ではそれなりの格式が必要という事で合っているかしら?」

「マーシャル夫人は前サルタルス子爵夫人ですから、夫人の指示に従っていれば問題ありません」

 今回は珍しく返事してくれたわとセアラが感心している間にジョージは部屋を出て行った。

「王宮の夜会ですって!?」
「行ってみたーい。夜会って侍女を連れて行くんでしょ?」

「マーシャル夫人が連れて来れらるんじゃない? あたし達の仕事なんて穀潰しの見張りだもの」

 メイド達の聞こえよがしの悪口を無視してセアラは机に向かった。

(サルタルス⋯⋯サルタルス子爵家? 襲撃した貴族には入ってなかったわ。それにしても突然夜会の参加だなんて公爵はいったい何を考えてるの?)




 簡単な昼食を済ませシンプルなデイドレスに着替えたセアラは緊張しながら呼び出しを待っていた。クローゼットには大量のドレスが掛かっているがサイズが合わないし、一人では着付けできないものばかり。
 自分で結った髪やデイドレスに不満を漏らされると想像しただけで胃が痛くなりそうだと思いながらいつまで経っても来ない迎えに不安が募る一方だった。

 すでに時刻は3時を回った。あまりにも連絡が来ないのでセアラは意を決してソファで寛いで爪の手入れをしているメイドのナビアに話しかけた。
 今回公爵邸に帰ってきてからというものメイド達のご乱行に拍車がかかっている。

「何時ごろマーシャル夫人がお見えになるか聞いてきて欲しいの」

「お声がかかるまでお待ち下さい」

 いつも通りの木で鼻をくくったような返事にセアラは諦めざるを得なかった⋯⋯普段ならば。

(今回は流石にこのままというわけにはいかないわよね)

 例えマーシャル夫人がレトビア公爵寄りであっても無駄な時間を使わせるのは失礼にあたる。

(まだお見えになっておられなかったとしてもメイドからの嫌味が増える程度。そんなの今更だわ)

 態とらしくドアのノブを回して鍵がかかっている事を確認したセアラは大袈裟に溜め息をつきながら学習机の方に向けて歩きながら聞こえよがしに呟いた。

「ドアは施錠されているしこのままお待ちするしかないわね。でももし運悪くマーシャル夫人がすでにお待ちだったとしたらどうしようかしら。お客様をお待たせしたってレトビア公爵様に恥をかかせることになったとしたら⋯⋯部屋付きのメイドのナビアに部屋で待つよう言われたからって言うしかないわね」

 学習机に向かい教科書を取り上げたセアラの後ろでガチャガチャと鍵を開ける音がしてバタバタと走り出して行ったナビアの気配がした。

(運動不足解消にちょうど良さそう)



 ナビアが部屋を飛び出してから殆ど待つ事もなくナビアが青い顔で部屋に駆け込んできた。

「マーシャル夫人が応接室でお待ちです」

「では案内を宜しくね」

「はあ?」

「この屋敷に来てからこの部屋以外殆ど歩いた事がないでしょう? 一人では確実に迷子になるわ」

「応接室は階段を降りて右の廊下を「私が学園の行き帰りで使うように指示された裏階段のこと? あれは使用人用の階段よね。あそこから右?」」

「⋯⋯」

「案内、宜しくね」



 セアラに言い負かされて不機嫌なナビアの案内で無事に応接室に辿り着き、ドアの前で逃げ出したそうにするナビアと共に部屋に入った。

 初めて足を踏み入れた応接室は磨き上げられた寄せ木の床に豪華なカーペットが敷かれ、壁には貴婦人と一角獣をモチーフにしたタペストリーが飾られていた。

 部屋の奥の暖炉には赤々と火が灯っているものの部屋の広さをカバーできるほどではないようでかなり寒く、ソファに座っている夫人は暖かそうな膝掛けをかけていた。


 長時間待たせたのかもしれない。かなり機嫌の悪そうな夫人の前でカーテシーをしたセアラの耳にピシリとテーブルに打ち付けられた扇子の音が聞こえてきた。
 色とりどりのドレスの横に立つ男女は既に顔色を失っている。


「随分とごゆっくりでしたこと。最近はマナーのなっていないご令嬢が多いとは思っていましたがこれ程無礼な扱いをされるとは思いませんでした」

「ひっ!」

 セアラの横でナビアが小さく悲鳴を上げて飛び上がった。

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