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4.レトビア公爵家での暮らし

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 王都に着いた翌日、レトビア公爵の指示でお昼過ぎに公爵のタウンハウスを訪ねたセアラはかなり腹を立てていた。

(時間を指定したのなら門番へ連絡しておくべきだし執事の教育も間違ってるわ!)

 公爵家のタウンハウスの前で辻馬車を降りたセアラが門番に声をかけると聞いてないと追い払われそうになった。しつこく粘って確認をしてもらい漸く屋敷の中に入ることができたのだが、その後は玄関ホールでずっと立ったままで待たされている。
 何しろ公爵に声をかけてくると言ってセアラを玄関ホールに残したまま二階へ上がって行った執事が降りてこないのだ。

(屋敷の主人と約束をしてある人が訪ねて来たというのに玄関で立たせたままなんて! 相手が誰であっても応接室とか客間に案内するべきだわ)


 帰るわけにもいかないし⋯⋯と、諦めて立ち尽くし貧血を起こしそうだとため息をついていると漸く執事が階段から降りて来て2階の執務室に案内してくれた。

 執務室には巨大なオークの机を前にしたレトビア公爵とソファに優雅に座る華やかなドレス姿の令嬢がいた。

「お久しぶりでございますレトビア公爵様。セアラ・ホプキンスでございます」

 値踏みするような不躾な態度のレトビア公爵の言葉を待っているセアラが頭を下げたままでいるとソファから意地悪げな声が聞こえた。

「うーん、まあまあってとこかしら。どっちにしろ見た目なんてどうでも良い事だけど」

「レトビア公爵家の一員になるんだからどうでも良くはない。それなりの見た目を保ってもらわねば我が家の恥になるからな」

 開口一番失礼な言葉を吐いたアメリアとサイラスレトビア公爵はまるで品評会で家畜を値踏みしているように話を続けた。

「まあ、この程度あればなんとか我慢できるだろう。
来年度の学園の入学試験が近づいている事は知っているな? 部屋に教材は揃えてある。我が家に恥をかかせるような成績を取ったら即ホプキンスに帰ってもらうが、その時は支援金に加えて慰謝料も請求するからしっかりと勉強するように」

「はい」

「わたくしと同学年になるのだから恥はかかせないでね」



 不快な対面にこれから先が簡単に想像できたセアラは内心げんなりしながらジョージ執事の後をついて執務室をでた。ジョージの後に続いて絨毯の敷かれた廊下を歩き屋敷の左奥の部屋の扉の前まで来るとジョージが立ち止まった。

「セアラ様のお部屋はこちらでございます」

 あの対応からすると私の部屋は屋根裏部屋かもと思っていたセアラだったが、案内された部屋は予想に反してかなり広さがあった。
 ホプキンス伯爵家の自室の倍近い広さがある部屋には大人二人でも寝られそうな大きなベッドと猫足の美しいドレッサー、革張りのソファとレースのクロスが敷かれたコーヒーテーブル、学習机と本がぎっしり詰まった本棚が置かれていた。

 そして何故か部屋の隅に簡易ベッドが一つ。


「セアラ様専用のメイドはこの2人でナビアとケイトと申します。勉強の合間にクローゼットのドレスのサイズのお直しをお願いします。
お食事は基本こちらにお持ちしますが、旦那様のご指示があった時には食堂へお越しいただきます」

 ここは元々客間の一つだったと立板に水を流すように一気に説明を済ませたジョージはセアラの返事を待つ事なくさっさと部屋を出て行った。

「私達は隣の部屋におりますので御用があれば声をかけて下さい」

 執事がいなくなった途端メイド二人はセアラの手伝いをするどころか挨拶もなく続き部屋に繋がるドアから出て行った。

 予想以上に豪華な部屋を確認するとクローゼットの中には沢山のドレスがかかっていた。少し痛みや汚れがあるので恐らくは二人の娘達のお下がりだろう。本棚の本も傷がつきドレッサーに置かれた宝石箱には鍵がかかっている。

(みんなの態度とこの部屋のギャップが凄すぎるんだけど)



 その日からセアラは朝から夜まで部屋に篭り勉強三昧だった。せめて屋敷の中を歩いてみたり中庭に出てみたりしたいと思ったがメイドに阻まれてこの1ヶ月で2回ほど食堂に行ったのみ。

(流石に息が詰まりそう)


 部屋でセアラが1人になることはなく用事のあるなしに限らず必ずメイドが常駐している。そしてソファでお茶とお菓子をゆったりと楽しむメイド達の横では勉強机から離れられないセアラ。何しろ少し休憩がしたいと机から離れるたびにメイドから声がかかる。

『お勉強されないのですか?』
『はあ、休憩ばかりされるのなら旦那様に報告しなくてはなりませんねえ』


 セアラの世話は必要最低限で、お茶を淹れるのもシーツの交換もセアラが自分でやらなければならない。夜はどちらか一人が必ず簡易ベッドで寝ているのを見ればメイド達がセアラの監視役だというのは簡単に気が付いた。

(多分公爵様が2回私と一緒に食事をとられたのはマナーの確認だわ。壁側に並んだ使用人の横に明らかに使用人とは違うご婦人が立っておられたもの。あの方が多分マナーの講師ね)


 2ヶ月息が詰まるような監禁生活を続け漸く入学試験当日がやって来た。馬車に乗り試験場に向かうセアラの前にはメイドのケイトが退屈そうに座っていた。

「今日はアメリア様もご一緒だと思っていたのだけど?」

 レトビア公爵家の次女アメリアの誕生日はセアラより数ヶ月後なので同学年のはずだからとケイトに質問すると『ふん』と鼻を鳴らしたケイトが木で鼻をくくったような態度で返事をした。

「アメリアお嬢様はアメリア様専用の馬車で向かわれます」

「では、試験会場でお会いできるわね」

「⋯⋯」


 初めの頃はまめにメイド達に声をかけていたセアラだったが、必要最低限しか口を利かないか嫌味な態度をとるメイド達に呆れて2ヶ月経った今では必要以上に声をかける事はなくなった。

 馬車が停まりステップが準備されて扉が開いた。

「ありがとう」

 手を添えてくれた御者に小さく礼を言いケイトを連れて試験の受付を済ませた。

「試験場はここみたい。終わったら馬車のところまで行きます」

「いえ、旦那様のご指示ですからここでお待ちします。それから会場内ではどなたともお話しなさいませんように」

「それも旦那様からのご指示?」

「左様です」

 養女になったもののレトビア公爵の事は『旦那様』と呼ぶように言われているセアラはため息を飲み込んで会場に入って行った。



 そして、2週間後に届いた試験結果を見たアメリアの金切り声が屋敷中に響き渡った。

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