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19.持ち帰った箱の中身

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「お嬢! 一試合につき一本。ここは譲れませんからね~」


 デレクの呑気な声が訓練場に響きライラが頷くと同時に試合がはじまった。

「⋯⋯瞬殺かよ」

「御者だよな」

 倒れた騎士に見向きもせずライラにサムズアップしたデレクは団長を見て溜息をついた。

「めんどくせぇ」



 強い相手と戦える予感で嬉しそうな顔をした団長が歩き出すと一戦目であっさりと負けて地面に転がっていた騎士が慌てて脇に避け、観戦中の騎士達が期待に目を輝かせた。

「団長! 負けたら許しませんよー!!」

「訓練場百周ですからねー」

 はじまる前は馬鹿にして文句ばかり言っていた騎士達の盛り上がりが凄い。



 ライラの元にやってきたノアが片眉を上げた。

「何を考えておられるのですか?」

「前々からノア達は騎士より強いだろうな~って思っていたの。賊を引き渡して帰るだけでは勿体無いから、ついでに試して帰ろうと思って」

「負けてたかもしれませんよ。俺の相手に団長が出てきてたら⋯⋯」

「ノアは負けないって知ってるもの。クビになったら私がひとりぼっちになるって知ってるから。あー、やっぱり団長って強いのね。ほら、デレクの顔つきが⋯⋯。
副団長も凄かったけど、ノアの作戦勝ちだったしね」

 真面に当たっていれば負けるかもと気付いたノアは切り込むと見せかけてハンターの武器を狙った。

「勝てる相手ではなかったので」

「武力だけが実力じゃないって、小狡く立ち回る方法を教えてくれたのはノアだわ」


 男性と真面に戦っても力技で負けてしまうライラに攻撃を受け流して隙をつく方法を教えたのはノア。

「最初にノアが戦った騎士なら私でも勝負できるかしら?」

「最近練習しておられませんし、やらせません」

「ノアの顔が怖い⋯⋯やらないから、心配しないで」

 羨ましいとは思うけれど自分のお楽しみに時間を費やす暇はない。


「あの箱の鍵、ノアが持ってるんでしょう? 箱をジェラルドからもぎ取った時ノアが一瞬顔色を変えたのが見えたの」

「⋯⋯ハーヴィー様から去年いただいたウエストコートのポケットに入っておりました。手違いだと思いお知らせしたところ、特別な鍵だから無くさないようにと」

「何の鍵だとかどうするつもりだとか、何も言わず?」

「はい、謎々も楽しいだろうと仰られて」


「ハーヴィーは随分前から準備していたのね。それにしても生徒会室の金庫を私用で使うなんて、生真面目なハーヴィーらしくないわ。屋敷の中はそんなに危険だったってことかしら」

 箱の中にはハーヴィーが調べた貿易会社の資料が入っていると推測しているが、ジェラルドが固執している理由は想像がつかない。



「あ、終わったわ⋯⋯引き分けだなんてガッカリ。デレクのコニャックに混ぜ物をしようかしら」

 ご機嫌な顔の団長に話しかけられているデレクは相変わらずのほほんとした態度で、副団長は腕を組んで何か思案している。

「熊さんが悩んでる⋯⋯蜂蜜をプレゼントしたらお願いを聞いていただけるかしら」



 騎士団を後にして屋敷に帰ったライラはプリンストン侯爵秘蔵のコニャックを地下室から持って来させてデレクに手渡した。

「引き分けだった分は今度追加でお仕事してもらおうかしら」

「げっ! まあ、中身を入れ替えられるよりマシか」

 ブツブツと呟くデレクは酒の瓶を大切そうに脇に避けた。



 ライラとデレクの前でノアが鍵を差し込むと、最近まで使われていたらしい鍵はカチャリと音を立ててすんなりと回った。蓋を開けて中の書類を取り出すと、案の定ハーヴィーが調べ続けてきた貿易会社の資料や侯爵家の裏帳簿の写しだった。

「お父様の部屋の裏帳簿と照らし合わせてみないと正確なことは言えないけど、収益の上がったタイミングがズレてる気がするわ」

 静まりかえった部屋の中にはカサカサと書類の音が聞こえるだけで誰も口を開かない。


「これは⋯⋯ジェラルドが欲しがってたのはコレだわ」

 ターンブリー侯爵家の裏帳簿の間に紛れ込んでいたのは生徒会の帳簿と請求書の写し。

「辞めた会計担当を早急に探さなくちゃ。話の内容によっては提訴か保護のいずれかが必要になるわ」

「前年の生徒会費用が横領された。そのせいで会計が退学になったのなら公になっているはずだし、少なくとも返金されているはずですね」

「ええ、ハーヴィーは会計が退学した理由を教えてくれなかったの。珍しいなって思いはしたけど、一年近く一緒に頑張った人の噂話なんてしたくないんだろうって思ってた。だけど」

 架空請求されたらしい請求書に添付されているのは宛先不明で返ってきた書類。


「名前は4種類で、その名前の商会は登記されていないし住所すらないものもあったのね。支払いのサインをしたのは会計のウェイン・マーシャルと⋯⋯ジェラルドだわ」

「横領したうちの一人は退学しもう一人はそのまま在籍しているわけっすか」


「一時期かなりの金額が架空請求されてるわ。それ以降も3ヶ月続いてその後大きな金額が動いて終わってるみたい」

「あー、女に貢いだってやつっすね。金のかかる女と付き合いだしてプレゼント攻撃。やばいなーと思いだして貢ぎ物を減らしたら別れるって騒ぎ出して⋯⋯手切れ金と口止め料で終わり。遊び慣れてないやつの典型的パターンじゃないっすか」


 貴族の令嬢令息がほとんどを占める学園の生徒会予算は低位貴族の年間収入など比べ物にならないほど。購入品は高位貴族が納得する質でなくてはならず、足りなかった質素だったなどもってのほか。
 イベント毎に全てを一新し最高級・最先端の物をチョイスする為に、寄付金からかなりの金額を分け与えられている。

「あのジェラルドが浮気? まさかあり得ないわ」


「ウェイン・マーシャルを見つけて確認しましょう。まだ無事ならいいんですが」

 ノアの予測はここにいるライラとデレクの想像と全く同じだった。

「マーシャル伯爵は事務次官として出仕していてウェイン様には妹がいたはず、家に行ってみましょう」

 デレクが馬車の準備をする間に書類を全て片付けて鍵をかけライラが集めた書類と同じ場所⋯⋯勉強部屋の暖炉の奥に隠した。



 途中寄り道をしてからやって来たマーシャル邸はひっそりと静まり返り門番がいない上に鍵がかかっていた。

「すべての部屋のカーテンが閉まってるなんて」

 正面に付けた馬車から屋敷を覗いているとカーテンが揺れたのが見えた。

「誰かいるようね。このまま待ってみましょう」



 帰るつもりはないとアピールしながら立ち尽くすライラと周りを警戒するノア達だが、一度揺れたカーテン以外動く気配が感じられない。

(人がいるのに出てこない。侯爵家の家紋の入った馬車を見てそれをするのは余程の事のはず⋯⋯多分中にウェイン様はいらっしゃる)

「見張られてる様子はありません。ここの塀なら登れそうですがいかがされますか?」

 痺れを切らしたノアがライラに声をかけた。

「もう少し待ちましょう。こちらに敵意があると思われたくないの」

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