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15.大切なもの
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親の目を盗んで調査することが出来ているのは運の良いことに祖父母の遺産があるからで、学生ながら受け取っている貿易会社からの多額の役員報酬は別に貯金している。
プリンストン侯爵家やターンブリー侯爵家の息のかかっていない調査会社を探し、窓口はノアが担当してハーヴィーは会社に潜入して情報を集めていた。
「しばらく様子を見てからになるけれど、ハーヴィーの代わりに会社の経営に参加したいって言ってみようと思うの。
ビクトールがあんなだから私が頑張らなきゃって思ったって言えば今度は大丈夫なんじゃないかしら?」
前回はプリンストン侯爵から『女は経営に口を出すな』と言われて却下された為、ハーヴィ一ひとりに任せることになった。
「そのくせお父様は領地経営を丸投げしてきてるのがムカつくけど、ターンブリー侯爵家が新しい後継を見つけるまでなら可能性があるんじゃないかしら?」
プリンストンの力を見せつけるとかなんとか言えば丸めこめるかもしれないとライラは考えているが、ノアは渋い顔をしている。
「それは⋯⋯危険すぎます。別の手を考えましょう。今度の長期休暇で寄港地のことを調べる予定だったじゃないですか」
なんとかライラの目をよそに向けたいノアだが、あまり上手くいっていない。
「調査会社は疑われるかもけど私なら大丈夫だわ」
「俺が護衛でついていけない場所は却下です!」
選民志向の強い侯爵達は荷運びや船乗りなどの労働者以外では平民を雇っていない。ノアは父親が騎士爵を持っているだけなので、会社に入ることが出来ない。
「だったら貴族になったらどうかしら? 養子先なら直ぐにでも見つかるわよ」
ライラ同様ノアの事も気に入っているシェルバーン伯爵夫人はいつでもノアを養子にする準備は出来ていると言い続けている。
『取り敢えず貴族になればいつでもどこでもライラについて行けるようになるのよ~』
シェルバーン伯爵夫人はパーティーやお茶会でライラのそばを離れる時心配そうな顔になるノアを見るたびに誘いをかけてくるらしい。
『心は揺れ動いていると思うの。コツコツ頑張るわ』
ライラは内心ではシェルバーン伯爵夫人が粘り勝ちしないことを祈っている。
(罪を重ねて財を蓄えた家なんて存在してはいけないと思う。プリンストン侯爵家は自分の代で終わらせるつもりだからいずれノアは自由になる。ノアには私とは関係なく自分の自由に生きて欲しい)
プリンストン侯爵家の罪が暴かれれば事業に関わっていない侯爵夫人やライラも連座で罪に問われるだろう。
(使用人全員に紹介状を書いて退職金も払ってちゃんと送り出さなくては。ノアならどこに行ってもどんな仕事を選んでもやっていけるだけの実力があるんだから、甘えるのは後もう少しだけ⋯⋯その後はもう)
翌朝、いつもより一時間早く屋敷を出た。呑気に欠伸をしていたデレクがライラの顔を見てニヤッと笑った。
「お嬢様はいつ見てもお美しい!」
「欠伸を誤魔化すためにお世辞を言わなくてもいいわ。今日は学園に着いたらそのまま待機していてくれるかしら?」
「はい、畏まりましてございます」
巫山戯た言葉遣いだがいつもながらデレクのボウ・アンド・スクレープはとても優雅で高位貴族や王族並みの美しさだと感心してしまった。
「デレクはそういう礼儀作法とか、どこで覚えたのかいつか教えてくれるかしら?」
「いや~、以前も話した通り芝居小屋ですよぉ。めちゃくちゃかっこいい男優の真似です!」
ピシッと敬礼をしたデレクの前を通り過ぎ、ノアにエスコートされて馬車に乗りこんだライラの小さな笑い声が聞こえてきた。
「ありがとう、デレクとノア」
新しく知った事実で頭がいっぱいになり明け方まで眠れなかったライラはデレクの剽軽な態度のお陰で少し元気が出た気がする。
(ハーヴィー、笑うって大事ね)
学園に着き馬車を降りるとジェラルドが待っていた。
「おはよう。朝、ハーヴィーの遺品を受け取りに行くって言っていたから待ってたんだ。本人から頼まれたからちゃんとライラの手元に届くのを確認したくて。迷惑だったかな?」
「とんでもない、色々考えてくれてありがとう。ジェラルドとミリセントのお陰でなんとかやっていけてるわ」
「ノアもいるしね」
「ええ、ノアとサラと時々デレクかしら」
片眉を上げて不満を示すデレクに片手を振って職員室へ向かった。まだ学園生の登校時間には早いのでチラホラとしか人影がない。
「気になって早くに目が覚めてしまったんだけど、流石に早すぎたかも」
「そう言えば鍵は持ってるの? 確か二重にかかっていた気がするんだけど」
「それが持ってないの。だから取り敢えず見てから考えようかと思ってるの。思いつかなかったらターンブリー侯爵家に寄るしかないかも」
「⋯⋯そうか、ターンブリー侯爵家にはあるかもしれないね。ライラへのプレゼントだから、てっきり合鍵を持ってると思ってた」
「あの箱がハーヴィーの物だって知らなかったくらいだもの。鍵を預かるならなんの鍵か聞いてるわ」
「それもそうか⋯⋯」
職員室にはほとんどの教師が揃っており、ライラが鍵が欲しいと言うと直ぐに持ってきてくれた。
「ここに受け取りのサインをお願いします」
事務の女性が差し出したノートに受け取りのサインを書こうとした時、直前に鍵を借りたのがジェラルドだと気がついた。
「ジェラルドの名前⋯⋯生徒会は引退したのに立て続けに書いてあるわ」
ペンを持ちサインをしながら何気ないフリを装って聞くライラの横からノアもノートを覗き込んできた。
「あ、うん。今回は会長・副会長の両方の仕事を引き継いだからね。やり残しとか説明不足がたくさん出てしまって。ミリセントには内緒にしておいてくれるかな? 役立たずだと思われたら尻に敷かれてしまう」
「ふふっ、ミリセントはジェラルドの事が大好きだもの絶対大丈夫だって断言できるわ」
お礼を言って職員室を出たライラ達はそのまま生徒会室へ向かった。職員室から生徒会室へ行く途中にはあの大階段もある。ハーヴィーが倒れてたという場所には大量の花が飾られ使用禁止の看板を埋め尽くしている。
大階段を目に入れたくないライラは、普段はいったん校舎を出て別の階段を登るが今日はジェラルドが一緒なのであえて大階段の横を通り過ぎてみた。
「⋯⋯」
何気ないそぶりで歩いているがジェラルドの顔が青褪めてきた。
「ジェラルド、大丈夫?」
「あ、ああ大丈夫。ライラは強いな」
「多分、何も見てないからかな。現実味がないから耐えられるんだと思います」
チラッとジェラルドを見ると顔をこわばらせて目を逸らした。
プリンストン侯爵家やターンブリー侯爵家の息のかかっていない調査会社を探し、窓口はノアが担当してハーヴィーは会社に潜入して情報を集めていた。
「しばらく様子を見てからになるけれど、ハーヴィーの代わりに会社の経営に参加したいって言ってみようと思うの。
ビクトールがあんなだから私が頑張らなきゃって思ったって言えば今度は大丈夫なんじゃないかしら?」
前回はプリンストン侯爵から『女は経営に口を出すな』と言われて却下された為、ハーヴィ一ひとりに任せることになった。
「そのくせお父様は領地経営を丸投げしてきてるのがムカつくけど、ターンブリー侯爵家が新しい後継を見つけるまでなら可能性があるんじゃないかしら?」
プリンストンの力を見せつけるとかなんとか言えば丸めこめるかもしれないとライラは考えているが、ノアは渋い顔をしている。
「それは⋯⋯危険すぎます。別の手を考えましょう。今度の長期休暇で寄港地のことを調べる予定だったじゃないですか」
なんとかライラの目をよそに向けたいノアだが、あまり上手くいっていない。
「調査会社は疑われるかもけど私なら大丈夫だわ」
「俺が護衛でついていけない場所は却下です!」
選民志向の強い侯爵達は荷運びや船乗りなどの労働者以外では平民を雇っていない。ノアは父親が騎士爵を持っているだけなので、会社に入ることが出来ない。
「だったら貴族になったらどうかしら? 養子先なら直ぐにでも見つかるわよ」
ライラ同様ノアの事も気に入っているシェルバーン伯爵夫人はいつでもノアを養子にする準備は出来ていると言い続けている。
『取り敢えず貴族になればいつでもどこでもライラについて行けるようになるのよ~』
シェルバーン伯爵夫人はパーティーやお茶会でライラのそばを離れる時心配そうな顔になるノアを見るたびに誘いをかけてくるらしい。
『心は揺れ動いていると思うの。コツコツ頑張るわ』
ライラは内心ではシェルバーン伯爵夫人が粘り勝ちしないことを祈っている。
(罪を重ねて財を蓄えた家なんて存在してはいけないと思う。プリンストン侯爵家は自分の代で終わらせるつもりだからいずれノアは自由になる。ノアには私とは関係なく自分の自由に生きて欲しい)
プリンストン侯爵家の罪が暴かれれば事業に関わっていない侯爵夫人やライラも連座で罪に問われるだろう。
(使用人全員に紹介状を書いて退職金も払ってちゃんと送り出さなくては。ノアならどこに行ってもどんな仕事を選んでもやっていけるだけの実力があるんだから、甘えるのは後もう少しだけ⋯⋯その後はもう)
翌朝、いつもより一時間早く屋敷を出た。呑気に欠伸をしていたデレクがライラの顔を見てニヤッと笑った。
「お嬢様はいつ見てもお美しい!」
「欠伸を誤魔化すためにお世辞を言わなくてもいいわ。今日は学園に着いたらそのまま待機していてくれるかしら?」
「はい、畏まりましてございます」
巫山戯た言葉遣いだがいつもながらデレクのボウ・アンド・スクレープはとても優雅で高位貴族や王族並みの美しさだと感心してしまった。
「デレクはそういう礼儀作法とか、どこで覚えたのかいつか教えてくれるかしら?」
「いや~、以前も話した通り芝居小屋ですよぉ。めちゃくちゃかっこいい男優の真似です!」
ピシッと敬礼をしたデレクの前を通り過ぎ、ノアにエスコートされて馬車に乗りこんだライラの小さな笑い声が聞こえてきた。
「ありがとう、デレクとノア」
新しく知った事実で頭がいっぱいになり明け方まで眠れなかったライラはデレクの剽軽な態度のお陰で少し元気が出た気がする。
(ハーヴィー、笑うって大事ね)
学園に着き馬車を降りるとジェラルドが待っていた。
「おはよう。朝、ハーヴィーの遺品を受け取りに行くって言っていたから待ってたんだ。本人から頼まれたからちゃんとライラの手元に届くのを確認したくて。迷惑だったかな?」
「とんでもない、色々考えてくれてありがとう。ジェラルドとミリセントのお陰でなんとかやっていけてるわ」
「ノアもいるしね」
「ええ、ノアとサラと時々デレクかしら」
片眉を上げて不満を示すデレクに片手を振って職員室へ向かった。まだ学園生の登校時間には早いのでチラホラとしか人影がない。
「気になって早くに目が覚めてしまったんだけど、流石に早すぎたかも」
「そう言えば鍵は持ってるの? 確か二重にかかっていた気がするんだけど」
「それが持ってないの。だから取り敢えず見てから考えようかと思ってるの。思いつかなかったらターンブリー侯爵家に寄るしかないかも」
「⋯⋯そうか、ターンブリー侯爵家にはあるかもしれないね。ライラへのプレゼントだから、てっきり合鍵を持ってると思ってた」
「あの箱がハーヴィーの物だって知らなかったくらいだもの。鍵を預かるならなんの鍵か聞いてるわ」
「それもそうか⋯⋯」
職員室にはほとんどの教師が揃っており、ライラが鍵が欲しいと言うと直ぐに持ってきてくれた。
「ここに受け取りのサインをお願いします」
事務の女性が差し出したノートに受け取りのサインを書こうとした時、直前に鍵を借りたのがジェラルドだと気がついた。
「ジェラルドの名前⋯⋯生徒会は引退したのに立て続けに書いてあるわ」
ペンを持ちサインをしながら何気ないフリを装って聞くライラの横からノアもノートを覗き込んできた。
「あ、うん。今回は会長・副会長の両方の仕事を引き継いだからね。やり残しとか説明不足がたくさん出てしまって。ミリセントには内緒にしておいてくれるかな? 役立たずだと思われたら尻に敷かれてしまう」
「ふふっ、ミリセントはジェラルドの事が大好きだもの絶対大丈夫だって断言できるわ」
お礼を言って職員室を出たライラ達はそのまま生徒会室へ向かった。職員室から生徒会室へ行く途中にはあの大階段もある。ハーヴィーが倒れてたという場所には大量の花が飾られ使用禁止の看板を埋め尽くしている。
大階段を目に入れたくないライラは、普段はいったん校舎を出て別の階段を登るが今日はジェラルドが一緒なのであえて大階段の横を通り過ぎてみた。
「⋯⋯」
何気ないそぶりで歩いているがジェラルドの顔が青褪めてきた。
「ジェラルド、大丈夫?」
「あ、ああ大丈夫。ライラは強いな」
「多分、何も見てないからかな。現実味がないから耐えられるんだと思います」
チラッとジェラルドを見ると顔をこわばらせて目を逸らした。
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