上 下
6 / 49

6.小心者のノアとヤキモチ

しおりを挟む
「うーん、取り敢えず様子見でいいかな。何をしてくるか分からない人達だから、ミリアーナおばさまが関わってるとバレたら危険すぎるもの」

「じゃあ、ジェラルドに手伝ってもらうのはどう? メイヨー公爵家の伝手を利用してそれとなく噂をばら撒くの。それなら大丈夫じゃないかしら」

 メイヨー公爵家は先々代に王女が降嫁しており、現在の国王とも親交がある。小耳に挟んだ噂を口にした程度でメイヨー公爵家に抗議する勇気はないだろう。

「お願いしようかな。但し、ジェラルドや公爵様にゴリ押ししちゃダメだからね」

「少なくともジェラルドは喜んで協力すると言うか向こうから手伝いたいって言ってくると思うから心配しないで」

 ハーヴィーの死に責任を感じているジェラルドなら例え危険を承知しても手伝いたいと言うだろう。

(だから下手に聞けないし頼めないのよね)



 恐縮して逃げ回るノアをミリアーナが強制連行して4人で昼食を取った後、ライラ達は屋敷に戻ることにした。

「はあ」

 顔色の悪いノアが溜息をついた。

「ミリアーナ様に毎回捕獲されるのが分かってるくせにノアは往生際が悪すぎるのよ」

「俺の家は一代限りの騎士爵ですし、平民より質素な生活をしてた自信があるんです。それがあのような席で貴族の方々と食事だなんて一生慣れないですよ」

「胸を張って貧乏自慢するのなんてノアくらいかもね。ミリアーナ様はノアのテーブルマナーは完璧だって褒めてらしたじゃない」

「それは、お屋敷でも学園でも教えていただいてますから。手順を間違わないようにするだけで料理の味なんて分かりませんし、この後必ず腹が痛くなるってご存知でしょう?」

「ノアは意外に気が小さいのかしら⋯⋯ミリアーナ様との食事の後は必ずお腹を壊すものね。もう少し頻度が上がれば慣れるんじゃないかしら」

「⋯⋯鬼ですか」

 ふふっと笑ったライラはかなり機嫌が良くなった。

(屋敷で私と一緒に食べた時はお腹壊さないものね)


 兄のように寄り添うノアの言動は護衛騎士の領分を超えているが、彼がいたからここまでやってこれたと思っている。

 ハーヴィーもノアの事を『私にもこんな兄上がいたら良かったのに』って言っていた。剣が得意ではなかったハーヴィーはしょっちゅうノアの指導を受けていたし、馬場で2人仲良く競争するのを応援したのは楽しい思い出の一つ。

(虫が苦手なノアをハーヴィーが揶揄ったり⋯⋯)

 濃いブロンドをすっきりと短くしていたハーヴィーとハニーブロンドに近い髪を伸ばして後ろで結んでいるノアの身長は同じくらいだった。2人ともほっそりとした見た目で手足の長さも変わらなかった。


 ピクニックに出かけた帰りに雨に打たれた事があった。初秋とはいえ濡れた服に青褪めていたライラを心配したハーヴィーが『ターンブリー侯爵家の方が近いから』と言い出した。

 遠慮するノアにハーヴィーの服を無理矢理着せると、サイズがぴったりでとても似合っていて驚いたのを覚えている。メイド達が目を輝かせ用もないのに部屋にやってくるのが気に入らなくて拗ねているとハーヴィーが笑い出した。

『私がライラをエスコートできない時はノアに頼めば衣装の心配は要らなそうだね。他の男にその役目を取られずに済みそうで安心したから、その時は私の為だと思って頑張ってくれよ』

 ノアの部屋には誕生日プレゼントだと言ってハーヴィーから贈られた服が数着。一度も袖を通したことのないそれは上質の布地で作られ高位貴族の前に出ても恥ずかしくない物ばかりだった。

『ライラの幸せと私の安心だと思って受け取ってくれるかな。剣の師匠へのお礼込みと言うことで、これからも宜しく』


(ハーヴィーは相手のことを考えた言葉遣いが出来る人だったのよね。ノアより年上に見える時があって、あんな家族と暮らしてるせいで老成してるのかと思ったら、少し悲しくなってノアに叱られたっけ)

『家族の中で何を考えどう生きるかを模索した結果、人より少し早く大人になったのだとしたら、それは悲しむより尊敬するべき事だと思います』




 屋敷に戻ると報告書が届いていた。

 鍵をかけた部屋のドアの近くに立っていたノアが近づいてきて、ライラの横から報告書を覗き込んでいると、心配そうな顔をしたサラが外に人がいないことを確認して窓を閉めた。

「ごく薄いけど使えそうな人が何人かいたわ。ほら、ここ⋯⋯この2人が年齢的に合うわね」

 ライラが読んでいる報告書に書かれているのはプリンストン侯爵家の血縁者の一覧。現プリンストン侯爵は一人っ子だがそれより上の代で、婚姻によって他家に行った者や爵位がなく平民になった次男以降の者達の所在と家族構成を調べていた。

「しかもラッキーな事に一人は学園の一年生。キャサリン・サルーン男爵令嬢、3人兄妹で⋯⋯残念、女の子は一人だけだわ」

「一年生ですか、すぐに調べさせましょう」



「あの、その女性にお嬢様の代わりをお願いするって言う事なんでしょうか?」

 まだ詳しい説明をしていないのでサラが不安そうに手揉みしている。


 ライラの狙いはプリンストン侯爵家の血が僅かでも入った女性とビクトールが付き合ってくれる事。ビクトールのタチの悪さを考えれば女性に無理強いをするつもりはないが、侯爵家の名前と資産に目を奪われたリリアのような女性だったなら⋯⋯。

「ビクトールがいくら婚約破棄を叫んだとしてもプリンストン侯爵家に娘が一人しかいない状況ではお父様は納得されないでしょう。でも、ビクトールがぶら下げている女性がプリンストンの血縁だったら話が変わってくると思わない?」

 現在、政略によるより強い結びつきを欲しがっているのはどちらかと言えば財政危機に陥りかけているターンブリー侯爵家の方。
 プリンストン侯爵に内緒で行った投資が失敗し貿易会社の利益で貯まっていた貯蓄は底をついている。

(ハーヴィーの話では⋯⋯この投資が上手くいったら貿易会社からプリンストンを追い出すつもりだったとか。そのつもりで根回ししていたのに当てが外れて慌ててるって)



 血統と自身の評判を異常に気にするプリンストン侯爵にはライラ以外に娘がいないが、婚約破棄されてしまえば社交界での自分の評判を考えてライラをそのままにしておけない。

「婚約破棄を受け入れるしかなくなったら『ライラを修道院に入れたいけど、他にいない』ってなるはず。そんな風に悩んでる時政略に使えそうな娘が目の前にいたら?」

「その時はその娘を養女にして婚姻を結ばせると思わないか?」

 
 
「貴族の方々のお考えはよくわからなくて、そこまでして政略結婚ってしなくちゃいけないものなんですか?」

しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

婚約者の不倫相手は妹で?

岡暁舟
恋愛
 公爵令嬢マリーの婚約者は第一王子のエルヴィンであった。しかし、エルヴィンが本当に愛していたのはマリーの妹であるアンナで…。一方、マリーは幼馴染のアランと親しくなり…。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?

恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ! ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。 エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。 ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。 しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。 「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」 するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?

日々埋没。
恋愛
 公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。    ※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。  またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

処理中です...