【完結】結婚した途端記憶喪失を装いはじめた夫と離婚します

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26.センサスの理由

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(第一段階クリアね。子供達が大人しくしてくれてて助かった)

 町が見えなくなるまで走らせた馬車を停めて座席の蓋を開け、荷物の下から子供達を助け出した。

「二人とも本当にお利口だったね。お陰で一歩前進よ」

「「おじいちゃんたちは?」」

「今からお迎えに行きましょう。二人がこんなに頑張ったんだもの、お祖父様達も頑張ってるわ」



 荷物は背負える鞄に一つだけで林の中に足を踏み入れた老夫婦は無言でひたすら歩き続けた。

 周りの音や気配に神経を張り詰めて歩く老夫婦の近くからバサバサと慌てて鳥が飛び立ち、うるさくまといつく虫を払いながら少しでも早く林を抜けようと足を動かしていた。

「本当に信じて良かったんですかね?」

 林の中程まできた辺りで老婦人が不安を口にした。彼女にとってメリッサは昨日会ったばかりで口も聞いていない不審者でしかない。夫の言葉を信じて指示に従いはしたものの長い時間孫と離れたことで悪い想像ばかりが頭に去来しはじめていた。

「⋯⋯」

「ずっと見張られてたんじゃなくて、あの人の作り事だったかもしれませんよ」

「⋯⋯」

「もしあの子達が待ってなかったらどうすればいいんでしょう」

「⋯⋯大丈夫じゃとわしは今でも思っとる。昨日の話は嘘ではないとわしは信じとるし、アレが嘘じゃったとしたらそれを見抜けんかったわしはいずれあの子達を破滅させとったじゃろう⋯⋯無駄口を叩く余裕があるならもっと急ぐぞ」

 メリッサから受け取ったパーカッションロック式の銃はまだ一般には出回っていない貴重な品で、金持ちや貴族でも未だに古い型のフリントロック式の銃を使っている。

(これを手に入れられる程の商会の娘なら孫も子供達も助けられるかもしれんが、教会の資金なら破滅じゃ。その時はせめて孫だけでもなんとか⋯⋯)



 その頃町では町役人の抗議も虚しくセンサスがはじまろうとしていた。

「これよりセンサスをはじめる! 全ての家の調査が終わるまで家で待機し外出は禁止とする!!」

 苦々しげな顔をしていた町役人が住民に肩を叩かれて帰っていくのを横目で見ながら司祭が指示を出しはじめた。数日前に王都から届いた指示はサリナの両親と孫を監視し、王都からの使者が着くまでに不審な動きがあれば捕縛する事。

 神経質そうな助祭が家主に家族構成や仕事を確認する間、武器を携帯した信者が家の隅々まで確認していった。

「今までこの町の報告をあげさせられてたのもあの家族の情報を知るためだったんですかね? しっかし、こんな事せずにさっさとあの家族だけ拘束してしまえばいいんじゃないですかねぇ?」

 広場で仁王立ちしていた司祭の横で司祭の補助を担当する助任司祭が首を傾げた。

「人手が揃うまで、できる限り警戒させず家から出すなとの指示だ。大体、何をしたのかも分かっておらんのに急襲するわけにはいかんだろうが」

「町の住民は皆熱心な信者ですし、税が滞ったこともないですしねぇ。こんな田舎町の情報を定期的に送らせていたのも不明ですし、今回の件なんて突然すぎて⋯⋯メイルーン司教は何をお考えなのでしょう」

「さあ、中央の方々のお考えなど我等のような田舎者には想像もつかん」

 数年前からこの町の住民の増減や納税の状況などを知らせるようにメイルーン司教から指示が来ていたが、今回は出入りを禁止しろとの通達だった。

 不穏な言動をする住民もおらず納税が遅れたこともない住民の行動を何の理由もなく禁止などできないと悩んだ司教は数日間頭を悩ませ、ようやく思いついたのが今回のセンサスだった。

 この数日の遅れが老夫婦と二人の子供の生命を救う事になったとはまだ誰も気付いていない。



「司教様、爺さん達がいません!」

「は? どういう事だ、詳しく説明しろ!」

「ドアに小さな張り紙がありました。で、ドアを叩いても誰も出ないので鍵を壊して中に入ったんですがもぬけの殻でした」

 護衛役の信者を引き連れた助祭が持ってきた張り紙には『隣町の親戚に急病人が出たので出かける』と書かれていた。

 通信手段のないこの町ではよくあるやり方だが、長閑な田舎町ならではの連絡方法だった。

「近所の者に聞いた所、昨日はいたので夜のうちに出かけたのかもとのことです。ただ、かなり雨が降ってたんで迎えの馬車が来たとしても気付かなかっただろうと」

 張り紙を握りつぶした司祭が『ヤバい⋯⋯』と真っ青な顔になった。

「その親戚とやらのことを調べてこい!」

 助任司祭が助祭や信者に声をかけ、あちこちで人を捕まえて問いただしはじめた。

「昨日見たことのない女が来て爺さんと連れ立って作業小屋の方に向かうのを見た奴がいました」

「今朝も見たことがない馬車が大通りを爺さんの家の方に向かって行ったのを見た奴がいました」

「あ、その馬車なら問題ないと思います。身分証も持っていて⋯⋯風景画を描きたくてとか言ってました。馬車の中も荷物も座席の下も確認しましたが誰も乗っていませんでした。名前は確か⋯⋯ネリー・フェルト男爵夫人だったかなぁ?」

 コーネリア・フォルト男爵夫人を名乗ったメリッサだったが、この助祭の勘違いが身元照会で更なる時間を与えてくれた。



 午後遅い時間になって漸くメリッサ達と合流できた老夫婦は枝に擦れた細かい傷や虫刺されの跡を気にする事なく孫を抱きしめた。

「おじいちゃん、きずだらけ~」

「おばあちゃんは、はっぱついてる」

 泣き笑いする家族を横目に見ながらメリッサはこの後の予定を考えていた。

(問題はこれからよね)

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