【完結】結婚した途端記憶喪失を装いはじめた夫と離婚します

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3.こんな奴でも学園の教師

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 ステファンの父親ロナルド・コークは領地のない男爵で、王宮で事務官として働く給料と妻の内職で細々と暮らしていたが、一人息子のステファンは学校を卒業したものの職が見つからず毎日フラフラと出歩いてばかりいた。

(何とかならんものか⋯⋯一生あのままでは)

 文字の読み書きができるのは貴族と聖職者がほとんどだったこの国も近年は聖職者にならずに法学などの学位をとった『有識者気取り』が増えはじめていた。大学を卒業した若者達は高給を貰い豪勢な暮らしをしていると聞いたロナルドはあちこちから金を借りてステファンを大学に行かせる事にした。

『よっしゃあ! 俺も大学を出たらガンガン稼いで、でかい家に住むぞ~⋯⋯』

 大きな夢を語って大学に入学したステファンだったが学業は振るわず新しい遊びを覚えるのに忙しくしている間に卒業が間近に迫ってしまった。

『学位があれば弁護士だって裁判官にだってなれるんだ! だからお願いだよ~』

 これ以上の借金は無理だという父親の前で頭を下げるステファンに助け舟を出したのは息子に甘い母親だった。

『ステファンが就職するまでの辛抱ですもの。今諦めたらこれまでの努力が無駄になってしまうわ』

 ロナルドは渋々高利の金貸しから金を借り学位を買ったものの、ステファンは裁判官の登用試験に落ち弁護士事務所の面接は不合格。大したコネのないコーク家では弁護士や裁判官への伝手をを見つけられず、学園の教職に滑り込めたのはまだ運が良かった方だと言える状況だった。



『お前のせいでどれだけ借金を抱えたか分かってるのか!? 金持ちの娘を見つけてこい、でなければ我が家は債務不履行で牢に繋がれてしまうんだぞ!』

『あいつらだって金で学位を買った貴族や金持ちの子息だったんだ。うちにコネがないのが悪いんじゃないか⋯⋯なんで俺ばっかり言われないといけないんだよ』

 ステファン・コークは今でも教師として働いている。



 メリッサとステファンが出会ったのはほんの偶然だった。

 メリッサの父が商会長を務める商会は王立学園に事務用品を卸しており、毎週定期的に担当の商会員が搬入に行っていたが⋯⋯。

 搬入口に停められた馬車の近くで数人の商会員が騒いでいるのをみたメリッサが声をかけた。

『どうしたの?』

『メリッサさん、セインが馬車から落ちて』

『大変! 怪我は?』

『足を挫いたみたいで医者に連れてきました。ただ⋯⋯』

 眉間に皺を寄せた商会員が指差した先には見事に潰れた木箱があり、変形したタイプライターが見えていた。

『今日納品予定だったんですよ。学園の事務長から催促されてたやつなんで、何を言われるか』

 数年前に雇われた事務長は気まぐれで横柄な態度を取り商会員の悩みの種になっていた。

『コレもすぐに持ってこいって言い出したんで慌てて取り寄せたから、代わりがなくて⋯⋯』

 大きな溜息をついた商会員の背中に手を当ててメリッサが小さく頷いた。

『大丈夫、私が行ってくるから』

 事務所内で経理を担当しているメリッサが客先に赴く事はほとんどないが、今回のような非常事態では仕方ない。

『他の商会員のミスで叱られると分かっている場所に行かせたら、商会長に叱られちゃうわ。コニーはその間に別のタイプライターを手配しておいてくれるかしら?』



 馬車に乗り込み学園の搬入口から入って見習いの子達と荷物を下ろしていた時やって来たのが事務長とステファンだった。

『タイプライターがないってどういう事!? 商会長の娘が頭を下げれば誤魔化せるとでも思ったのかしら!!』

 激怒した事務長に怒鳴られぐちぐちと嫌味を言われていた時ステファンが口を挟んだ。

『事務長、もう少しだけ待ってあげたら如何ですか? わざとじゃないみたいですし、お楽しみがほんの少し先送りになっただけだと思えばいいじゃないですか』

 その後、ほぼ毎日商会に訪ねてくるようになったステファンは腰の引けているメリッサに猛アピールを続けた。

『一目惚れしたんだ』

『君の顔を見てからじゃないと寂しすぎて帰れない』

『君の声が聞きたくて』

 仕方なく何度か食事に付き合ったが、メリッサはステファンの言動が上っ面だけの軽薄なものにしか思えなかった。

(なんか、嘘くさいのよね~)

 ステファンの努力が実りメリッサとの交際がはじまったのは半年後、ある事がきっかけだった。

『セルデイン大学?』

『法学部だったんだ。勿論学位も持ってるから、いずれは裁判官か弁護士に転職しようと思ってるんだ』

(ステファンは26歳⋯⋯という事は同じ学年だったってことか。人の縁ってすごく不思議)

『大学かあ』

 ふと何気に漏らしたメリッサの言葉で勢いづいたステファンが大学時代の思い出を語りはじめた。

『⋯⋯って言うんだよ。全くふざけた奴らだろ?』

『教授の中にすっごい太った奴がい⋯⋯』

(失敗しちゃったなあ⋯⋯自慢話が長引きそう)

『俺の在学中に馬車の事故で死んだ奴がいたんだけど、すっごい嫌な奴でさあ』

 適当に流しながら食事をしていたメリッサの手が止まった。

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