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1.結婚式の日から突然記憶がないんですか?
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「記憶がない?」
「ああ、君が誰だか分からないんだよ」
一週間前に結婚したばかりの夫が左手で耳たぶを触りながら目を逸らした。
「⋯⋯お医者様はなんと仰ってるんですか?」
「あー、医者にはかかってないんだけど知り合いに相談したら間違いないって。アイツ医学部だったからさぁ⋯⋯」
(知り合いのことはわかるけど、妻のことはわからない? 珍しいパターンを考えてきたものね)
交際している間に繰り返された聞いているだけで恥ずかしくなるような愛の言葉の数々や熱烈なプロポーズが、持参金目当ての結婚をゴリ押しするためのものだと知ってはいたがあまりに予想外のセリフを聞いたメリッサは開いた口が塞がらなかった。
呆れ顔のメリッサが思い出したのは、一週間前の結婚式の日の出来事。教会から自宅に戻りこれからパーティーがはじまるという時⋯⋯。
『ねぇねぇステファン~、この後ってぇうちに来てくれるんだよね?』
『えー! 今日はマズくないか? バレたらヤバいじゃん』
『あの女、お酒飲めないんでしょお? なら、うっかり飲ませちゃえばいいじゃん』
『え~、そんなに上手くいくかなぁ』
『ふふふっ、じっつはぁ⋯⋯すっご~く色っぽいナイトウェア買ったんだぁよね~、総レースで~⋯⋯色~んなとこが透けてて』
『うわ! マジマジ?』
まだ結婚式の時に着ていたスーツのままのステファンはふわふわのブロンドヘアーの女を腕に抱いて締まりのない下品な顔でニヘラっと笑った。
『だってぇ、今夜は初夜でしょう? だ・か・ら! 奮発しちゃったのぉ』
『行く! ぜーったい行くから⋯⋯あんな行き遅れなんかよりアマンダの方が断然、め~っちゃくちゃいいもんな』
『ふふっ、アタシ達の生活を支えてくれるお財布だもん。大事に使わなくちゃだめだよぉ』
『長~くお世話にならんとだもんな』
新居の裏で堂々と熱烈なキスを交わす二人を見て溜息をついたメリッサは肩を叩かれて後ろを振り向いた。
結婚式の直後に見たステファンと愛人の逢瀬を思い出していたメリッサがぽつりとつぶやいた。
「記憶がない⋯⋯ですか」
(結婚式の時も呆れたけど今日のこれはないわー、どんな言い訳するのか楽しみにしてたけど⋯⋯これは流石に驚いた)
突拍子もないことを言い出した男にかける言葉が見つからないメリッサは、取り敢えず料理をテーブルに並べはじめた。
「お食事を頂いてからもう少し詳しく教えていただけますか?」
もぐもぐ⋯⋯。
「それで、お仕事はどうされるんですか?」
「行く、クビになったら困るだろ?」
「勤め先とか仕事内容とかは分かるんですか?」
「⋯⋯勿論だよ。記憶喪失って言っても何もかも分からないわけじゃないんだ」
ニヘラっと笑ったステファンは料理を平らげて満足そうにお腹をさすった後右手を差し出した。
「結婚式に来てくれた奴にお礼をしてたら手持ちがなくなってさ」
この一週間一度も家に帰ってこなかった夫(仮)は堂々と妻(仮)に金の無心をしているらしい。
「⋯⋯ご自身の貯蓄からどうぞ」
「はあ? 結婚式に来てくれた奴らへのお礼は必要経費に決まってるだろ!? 結婚生活をはじめる上で親戚や友人への礼儀を欠かすとかぜーったいダメなんだからな。平民と違って俺達貴族はそういう繋がりを重要視してるんだから」
椅子の背にもたれて腕を組んだステファンが目を細めてメリッサを睨みつけた。
「この一週間どちらにおられたのか教えていただけます? 結婚式の夜からお会いしてないんで結婚生活がいつはじまったのかよく分からないんですけど?」
「⋯⋯それがさぁ、よく分かんないんだよね。多分どっかで頭をぶつけたとかじゃないかと思うんだ~」
「でも、この家の事は覚えてらした?」
「⋯⋯今朝色々と思い出したんだ。で、友達に相談したら記憶喪失だって言われてさあ、慌てて帰ってきたわけ」
「記憶がなくなるほどだなんて、大変な目に遭ったんですねぇ。いつ頃から⋯⋯結婚式の事とかは覚えておられます?」
「勿論だよ、その夜何かあったんだと思うんだけど気付いたら今朝でさ。いやぁ、驚いたのなんのって⋯⋯だから、ほら⋯⋯なんなら生活費の前渡しってことでもいいけど?」
話せば話すほどボロが出ていることにステファンは気付いていないらしく身を乗り出してきた。
「この一週間のことを忘れてるのにお友達にお礼をして手持ちがなくなった事は覚えてるんですか?」
「へ?」
「ああ、君が誰だか分からないんだよ」
一週間前に結婚したばかりの夫が左手で耳たぶを触りながら目を逸らした。
「⋯⋯お医者様はなんと仰ってるんですか?」
「あー、医者にはかかってないんだけど知り合いに相談したら間違いないって。アイツ医学部だったからさぁ⋯⋯」
(知り合いのことはわかるけど、妻のことはわからない? 珍しいパターンを考えてきたものね)
交際している間に繰り返された聞いているだけで恥ずかしくなるような愛の言葉の数々や熱烈なプロポーズが、持参金目当ての結婚をゴリ押しするためのものだと知ってはいたがあまりに予想外のセリフを聞いたメリッサは開いた口が塞がらなかった。
呆れ顔のメリッサが思い出したのは、一週間前の結婚式の日の出来事。教会から自宅に戻りこれからパーティーがはじまるという時⋯⋯。
『ねぇねぇステファン~、この後ってぇうちに来てくれるんだよね?』
『えー! 今日はマズくないか? バレたらヤバいじゃん』
『あの女、お酒飲めないんでしょお? なら、うっかり飲ませちゃえばいいじゃん』
『え~、そんなに上手くいくかなぁ』
『ふふふっ、じっつはぁ⋯⋯すっご~く色っぽいナイトウェア買ったんだぁよね~、総レースで~⋯⋯色~んなとこが透けてて』
『うわ! マジマジ?』
まだ結婚式の時に着ていたスーツのままのステファンはふわふわのブロンドヘアーの女を腕に抱いて締まりのない下品な顔でニヘラっと笑った。
『だってぇ、今夜は初夜でしょう? だ・か・ら! 奮発しちゃったのぉ』
『行く! ぜーったい行くから⋯⋯あんな行き遅れなんかよりアマンダの方が断然、め~っちゃくちゃいいもんな』
『ふふっ、アタシ達の生活を支えてくれるお財布だもん。大事に使わなくちゃだめだよぉ』
『長~くお世話にならんとだもんな』
新居の裏で堂々と熱烈なキスを交わす二人を見て溜息をついたメリッサは肩を叩かれて後ろを振り向いた。
結婚式の直後に見たステファンと愛人の逢瀬を思い出していたメリッサがぽつりとつぶやいた。
「記憶がない⋯⋯ですか」
(結婚式の時も呆れたけど今日のこれはないわー、どんな言い訳するのか楽しみにしてたけど⋯⋯これは流石に驚いた)
突拍子もないことを言い出した男にかける言葉が見つからないメリッサは、取り敢えず料理をテーブルに並べはじめた。
「お食事を頂いてからもう少し詳しく教えていただけますか?」
もぐもぐ⋯⋯。
「それで、お仕事はどうされるんですか?」
「行く、クビになったら困るだろ?」
「勤め先とか仕事内容とかは分かるんですか?」
「⋯⋯勿論だよ。記憶喪失って言っても何もかも分からないわけじゃないんだ」
ニヘラっと笑ったステファンは料理を平らげて満足そうにお腹をさすった後右手を差し出した。
「結婚式に来てくれた奴にお礼をしてたら手持ちがなくなってさ」
この一週間一度も家に帰ってこなかった夫(仮)は堂々と妻(仮)に金の無心をしているらしい。
「⋯⋯ご自身の貯蓄からどうぞ」
「はあ? 結婚式に来てくれた奴らへのお礼は必要経費に決まってるだろ!? 結婚生活をはじめる上で親戚や友人への礼儀を欠かすとかぜーったいダメなんだからな。平民と違って俺達貴族はそういう繋がりを重要視してるんだから」
椅子の背にもたれて腕を組んだステファンが目を細めてメリッサを睨みつけた。
「この一週間どちらにおられたのか教えていただけます? 結婚式の夜からお会いしてないんで結婚生活がいつはじまったのかよく分からないんですけど?」
「⋯⋯それがさぁ、よく分かんないんだよね。多分どっかで頭をぶつけたとかじゃないかと思うんだ~」
「でも、この家の事は覚えてらした?」
「⋯⋯今朝色々と思い出したんだ。で、友達に相談したら記憶喪失だって言われてさあ、慌てて帰ってきたわけ」
「記憶がなくなるほどだなんて、大変な目に遭ったんですねぇ。いつ頃から⋯⋯結婚式の事とかは覚えておられます?」
「勿論だよ、その夜何かあったんだと思うんだけど気付いたら今朝でさ。いやぁ、驚いたのなんのって⋯⋯だから、ほら⋯⋯なんなら生活費の前渡しってことでもいいけど?」
話せば話すほどボロが出ていることにステファンは気付いていないらしく身を乗り出してきた。
「この一週間のことを忘れてるのにお友達にお礼をして手持ちがなくなった事は覚えてるんですか?」
「へ?」
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