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2.救いの主がいました
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伯爵がソフィーの胸元を掴み上げ拳を振り上げた時ノックもなく開いたドアから年配の女性が供を従えて入ってきた。
「お止めなさい! こんな小さな子供に何をしているのですか!?」
伯爵はソフィーを床に投げ落とし、ありもしない上着の埃を払った。
「義母上には関係ありません。ノックもなしにこの部屋に踏み込むなんて、随分と礼儀知らずになられたようですね」
伯爵は乱れた髪を撫でつけ平静を装い婦人に対峙したが、激昂した顔は汗ばみ握りしめた拳は震えている。
「何をしているのかと聞いたのです!!」
「・・ただの・・躾に大声で騒ぎ立てるなど。我が家の使用人の事に口を出さないで頂きたい」
「・・こんな小さな子を雇って、しかも手を上げるなど許されることではありません。一体この子が何をしたと言うのですか!」
「義母上には関係ありません。これにはもう給金も払い終わっています。後はどうしようと私の勝手です」
伯爵に放り投げられた後床の隅に蹲って震えているソフィーを見ながら婦人が言いきった。
「そうですか。ではこの子にかかった代金はわたくしが払い貰い受けましょう。手を上げるほど役に立たないのであれば構いませんね」
婦人は床に散らばる契約書とソフィーをチラリと見た後持っていた扇子を伯爵に突きつけた。
「・・お好きにどうぞ。こんな汚らしい平民など目障りなだけですしね」
「マシュー、ジョーダンから契約書を貰って支払いをして頂戴。今後この子には一切関わらないと一筆書いてもらうのを忘れないで。
アリシアはその子を離れに連れて行って」
伯爵家に売り飛ばされた後ソフィーを救った婦人は伯爵の義母のステラ・ランカスター。離れに連れて行かれたソフィーは直ぐ医師の手当てを受けたが幾つかの打撲や捻挫と栄養失調と診断された。
「栄養失調は貧しい平民にはありがちですが、怪我の方は新しい打撲痕だけでなく古いものも結構ありました。その他に古い火傷の痕や切り傷なども」
「虐待されていたってことかしら」
「スラムの子供にはありがちです。取り敢えず湿布と飲み薬を出しておきます」
医師が帰り1人になったステラは紅茶のカップを持ち上げ溜息をついた。
(ジョーダンは何を考えているのかしら? なんだかとても嫌な予感がするわ)
離れに連れてこられたソフィーは空いていた使用人部屋で医師の治療を受けた後眠っているらしい。ソフィーの世話を頼んでいたアリシアがステラのいる居間に戻ってきた。
「何かわかったかしら?」
「名前はソフィー、6歳だそうです。ここに連れてきたのは父親だそうですが、どこへいくのかなど何も知らされていなかったようです。それから、ジョーダン様はソフィーの姉を雇うつもりだったようです。それなのに自分が連れて来られたので酷く腹を立てたと言っていました」
侍女のアリシアの言葉にステラは2度目の溜息をついた。
「それから・・少し気になる話が・・」
アリシアが珍しく言い淀んだ為ステラは片眉を上げて話の続きを促した。
「ソフィーの言葉をそのままお伝えして良いでしょうか?『お姉ちゃんを欲しがるなら母さんが騎士団に行くって父さんが言ってました』だそうです。ソフィーの姉は金髪碧眼の大層な美人で年はソフィーの7つ上で13歳だとか」
アリシアの話にステラが顔をこわばらせた。
「それは・・随分と意味深ね」
「はい、ただ怯えていた6歳の子供の話なのでそれがどのような意味なのかは定かではありません」
ステラとアリシアが顔を見合わせて言葉に詰まって悩んでいるとノックの音が聞こえ母家からマシューが契約書を持ち戻ってきた。
「ただいま戻りました」
マシューとアリシアはステラがランカスター伯爵家に嫁いできた際実家から連れてきた使用人で、ステラが最も信頼している2人。
マシューはステラより2歳上でアリシアは彼より5歳年下の兄妹。
マシューから渡されたソフィーの契約書を見たステラが眉間に皺を寄せた。
「5年契約のメイドの賃金にしては随分と破格の金額ね」
「はい、母家で少し様子を探ってみました。メイド長は新しいメイドがくるといった話は聞いていないそうです。それに平民を伯爵自ら雇うというのもおかしな話です」
ジョーダンは生粋の貴族至上主義者で平民は人ではないと公言することを憚らない。領主としての勤めさえ常に家令に丸投げし狩や夜会に現を抜かすばかりのジョーダンが使用人の雇用に時間を割いたこともあり得ない。
「ジョーダンとソフィーの父親の話をもう少し聞き出してみればジョーダンの考えがわかるかも知れないわ。(わたくしの予想が外れることを祈りましょう)」
「怪我が治るまではベッドで休むように言ったのですが、追い出されるのではないかと不安に思っているようで直ぐにでも仕事がしたいと言っています」
「ソフィーの所へ行って話をしてみたほうが良さそうね。怪我が治るまでにソフィーの今後を決めなくてはならないのだけど、あんな小さな子供を下働きというわけにもいかないしどうしようかしら」
「お止めなさい! こんな小さな子供に何をしているのですか!?」
伯爵はソフィーを床に投げ落とし、ありもしない上着の埃を払った。
「義母上には関係ありません。ノックもなしにこの部屋に踏み込むなんて、随分と礼儀知らずになられたようですね」
伯爵は乱れた髪を撫でつけ平静を装い婦人に対峙したが、激昂した顔は汗ばみ握りしめた拳は震えている。
「何をしているのかと聞いたのです!!」
「・・ただの・・躾に大声で騒ぎ立てるなど。我が家の使用人の事に口を出さないで頂きたい」
「・・こんな小さな子を雇って、しかも手を上げるなど許されることではありません。一体この子が何をしたと言うのですか!」
「義母上には関係ありません。これにはもう給金も払い終わっています。後はどうしようと私の勝手です」
伯爵に放り投げられた後床の隅に蹲って震えているソフィーを見ながら婦人が言いきった。
「そうですか。ではこの子にかかった代金はわたくしが払い貰い受けましょう。手を上げるほど役に立たないのであれば構いませんね」
婦人は床に散らばる契約書とソフィーをチラリと見た後持っていた扇子を伯爵に突きつけた。
「・・お好きにどうぞ。こんな汚らしい平民など目障りなだけですしね」
「マシュー、ジョーダンから契約書を貰って支払いをして頂戴。今後この子には一切関わらないと一筆書いてもらうのを忘れないで。
アリシアはその子を離れに連れて行って」
伯爵家に売り飛ばされた後ソフィーを救った婦人は伯爵の義母のステラ・ランカスター。離れに連れて行かれたソフィーは直ぐ医師の手当てを受けたが幾つかの打撲や捻挫と栄養失調と診断された。
「栄養失調は貧しい平民にはありがちですが、怪我の方は新しい打撲痕だけでなく古いものも結構ありました。その他に古い火傷の痕や切り傷なども」
「虐待されていたってことかしら」
「スラムの子供にはありがちです。取り敢えず湿布と飲み薬を出しておきます」
医師が帰り1人になったステラは紅茶のカップを持ち上げ溜息をついた。
(ジョーダンは何を考えているのかしら? なんだかとても嫌な予感がするわ)
離れに連れてこられたソフィーは空いていた使用人部屋で医師の治療を受けた後眠っているらしい。ソフィーの世話を頼んでいたアリシアがステラのいる居間に戻ってきた。
「何かわかったかしら?」
「名前はソフィー、6歳だそうです。ここに連れてきたのは父親だそうですが、どこへいくのかなど何も知らされていなかったようです。それから、ジョーダン様はソフィーの姉を雇うつもりだったようです。それなのに自分が連れて来られたので酷く腹を立てたと言っていました」
侍女のアリシアの言葉にステラは2度目の溜息をついた。
「それから・・少し気になる話が・・」
アリシアが珍しく言い淀んだ為ステラは片眉を上げて話の続きを促した。
「ソフィーの言葉をそのままお伝えして良いでしょうか?『お姉ちゃんを欲しがるなら母さんが騎士団に行くって父さんが言ってました』だそうです。ソフィーの姉は金髪碧眼の大層な美人で年はソフィーの7つ上で13歳だとか」
アリシアの話にステラが顔をこわばらせた。
「それは・・随分と意味深ね」
「はい、ただ怯えていた6歳の子供の話なのでそれがどのような意味なのかは定かではありません」
ステラとアリシアが顔を見合わせて言葉に詰まって悩んでいるとノックの音が聞こえ母家からマシューが契約書を持ち戻ってきた。
「ただいま戻りました」
マシューとアリシアはステラがランカスター伯爵家に嫁いできた際実家から連れてきた使用人で、ステラが最も信頼している2人。
マシューはステラより2歳上でアリシアは彼より5歳年下の兄妹。
マシューから渡されたソフィーの契約書を見たステラが眉間に皺を寄せた。
「5年契約のメイドの賃金にしては随分と破格の金額ね」
「はい、母家で少し様子を探ってみました。メイド長は新しいメイドがくるといった話は聞いていないそうです。それに平民を伯爵自ら雇うというのもおかしな話です」
ジョーダンは生粋の貴族至上主義者で平民は人ではないと公言することを憚らない。領主としての勤めさえ常に家令に丸投げし狩や夜会に現を抜かすばかりのジョーダンが使用人の雇用に時間を割いたこともあり得ない。
「ジョーダンとソフィーの父親の話をもう少し聞き出してみればジョーダンの考えがわかるかも知れないわ。(わたくしの予想が外れることを祈りましょう)」
「怪我が治るまではベッドで休むように言ったのですが、追い出されるのではないかと不安に思っているようで直ぐにでも仕事がしたいと言っています」
「ソフィーの所へ行って話をしてみたほうが良さそうね。怪我が治るまでにソフィーの今後を決めなくてはならないのだけど、あんな小さな子供を下働きというわけにもいかないしどうしようかしら」
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