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99.ジルジルがね〜、やっと決断したの〜

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 島では⋯⋯今回もカジャおばさん率いるドワーフ主婦の会の面々が、ロクサーナの世話係に名乗りをあげた。

「男の人じゃあできん事がよおけたくさんあるけん、お世話は私らに任せんちゃい。ジルさんはそばにおってあげりゃええんじゃけん」

みんさいみてごらん、ジルさんが手を繋いどるだけでこんとうにこんなにええ顔になっとる」

「目が覚めてのうても分かるんじゃねえ。こう言うのを『ラブラブ』言うんじゃろ?」



 教会から毎日のようにジルベルトへ出勤命令が届き、新しい領主が決まらないリューズベイも、ギルド長達が教会経由で相談してくる。

【魔鳥が飛んできてマジでウザい。ロクサーナより教会を優先しろとか、何様のつもりだよ!】

 食事も睡眠もロクサーナの眠るベッドの横で済ませていたジルベルトは、一度だけ教会に戻り教会に離職届を提出した。

 寝泊まりしていた部屋にはそれほど荷物がなかったが、長い時間篭っていた仕事部屋にはたくさんの荷物があった。

「こんなにあるとは思わず⋯⋯クロノス様の手助けがなければ途方に暮れていましたね」

【転移扉の撤去をすませたら、島に帰る手段もないしな】

 確かにその通りだと頷いたジルベルトは、訓練のやり直しをすると宣言した。

【望みは転移魔法か?】

「そうですが、それ以外にも色々。今のままではロクサーナの隣に並ぶには力不足ですし、無茶を止めるためにはどこにいても気配を察知できるとか、なるべく早い移動方法とかを覚えたいと思っています。
どこにでも転移できるようにと言うのは、最終目標になるかもしれませんね」

 神々の関心が薄れ精霊達から見放されてから、幾つもの魔法が伝説になった。異空間収納や転移はその中のひとつ。

【先ずは、魔力量を増やせ。その次は3属性の同時行使だな。それができるようになれば、次の属性が生えてくるかもしれん】

「ありがとうございます。頑張ります」





「私物の片付けは終わっていますし、引き継ぎ資料も揃えておきました。今後は聖王国にも教会にも所属しませんが、仕事の依頼を絶対に受けないとまでは申しません。気が向けば受ける⋯⋯という程度だと考えていただきたいのですが、魔鳥を飛ばしていただければ、内容によっては依頼を受ける可能性はあります。
但し、それ以外のご連絡はご容赦願います」

「⋯⋯残念だがそれはできないんだ。これは上層部の者しか知らないのだが、一度教会に所属した者は、教会と終生の契約を交わしている。非常に悪質なやり方だと分かっているが、随分前からの決まりでね。ロクサーナも教会の所属のままなんだ。
今まで黙っていて申し訳ない」

 イーサン・テムス枢機卿は申し訳なさそうな顔で頭を下げた。

「知っています。魔法士の杖と聖女のブローチですよね」

 聖女や魔法士となった時、聖王から下賜される杖やブローチは、所有者登録と共に終生の専従契約が結ばれる。

 契約を破棄できるのは聖王国や教会からのみなのは隷属の首輪と同じで、本人が知らぬ間に教会の奴隷とする悪辣な方法。

「10歳の時、母が教会に提出した私の書類には『ルイーズ・ガルシア』と記載されています。18歳で性別や名前の変更が認められ魔法士となりましたが、その時登録したはずの『ルイス・ガルシア』は過去も今現在も教会の記録に存在していません」

「えっ、それはどういう⋯⋯」

 杜撰な事務処理のお陰で、ジルベルト司祭は今も⋯⋯書類上は『ルイーズ・ガルシア』のまま。

「教会が仕込んだ杖の設定は『ルイーズ・ガルシア』のままでしたが、私が所有者登録する時に使った名前は『ルイス・ガルシア』ですから、契約は完了しません」

 ルイーズの綴りはLouiseで、ルイスの綴りはLouis。eが最後につくかつかないかだけの違いに気付いた者はいない。

「聖女のブローチと違って魔法士の杖は任務の時以外は持ち出しませんから、書類仕事のみを請け負う私は杖を使った事がありませんし、登録ができてない事に気付いている人もいないようですね。
因みにロクサーナは所有者登録さえしていません」

 聖王から下賜された日から預かったままのブローチをテーブルに置くと、プラチナの台座に嵌ったダイヤモンドが、シャンデリアに灯された蝋燭の明かりを受けて虹色に輝いた。

「なぜ、今まで黙っていた?」

「教会の最高幹部であるあなたがそれを言いますか? 私は魔法士になる前に教会を離れたいと言いました。その時、1年だけ魔法士になって生活費を溜めれば良いと言われ、杖は『形式だけの登録だから』と言われたんです。その後『騙される方が悪い』と笑われました。
騙した相手に対して馬鹿正直に言うと思いますか?」



 テムス枢機卿は上司としては尊敬していたが、人間としては尊敬できない『嘘つきの一人』ジルベルトの件に関わっていなかったとしても、他の聖女や魔法士達を騙していたのは間違いないのだから。

「ロクサーナと私には『教会限定の隷属の首輪』は嵌っていません。ロクサーナや私が今後も教会の好きにできると思わないでください」

「そんな事を聞いて、すんなりと帰れると思っているのかい? あれは対帝国向けの苦渋の選択だったんだ。あの魔法陣を組み込まなければ、もっと多くの聖女や魔法士が拉致されていたはず。誘拐や監禁を回避する苦肉の策なんだ。
今なら間に合う、教会の秘密を知っている者を野放しにするほど教会は甘くない」

「その割にはリューズベイから聖女や魔法士が、秘密裏に輸出されたのを放置しています。私からすればその線引きが何よりも恐ろしく感じます」



 ガーラント司教達の手引きがあったとしても、いなくなった聖女や魔法士の存在に教会が気付いていないはずがない。

「ブローチや杖は転売されたか破棄されているのでは? その時点で犯罪が行われた可能性に気付いてもおかしくないと思いますし、それらを教会が把握していないとは思えません」

 聖王より下賜された特別な品を簡単に手放す聖女や魔法士はいないはず。教会に嫌気がさしていたとしても⋯⋯自身の魔法の力を高め、魔力の消費を軽減してくれると言って渡された物を手放すとは思えない。

「教会に所属している者達の生命を天秤にかけるのは、正義を司るユースティティ神の教えに反するのではありませんか?」



 ジルベルトの言葉が終わると同時に『ドガーン』と大きな音が聞こえ、教会の建屋がグラグラと揺れた。飾り棚から枢機卿のお気に入りの魔導具コレクションが落ち、本棚が倒壊して部屋中に埃が舞い散る。

 天井には罅が入り、シャンデリアが大理石の床に落下して、近くに敷かれていた絨毯に火が燃え移った。

 廊下や教会の外で悲鳴が上がり、バタバタと走る人の気配が近付いてきた。

「テムス枢機卿! ユースティティ様の像が⋯⋯神殿の像が倒れて粉々に! 神託の儀に使う水晶も粉々になりました!!」

「これが⋯⋯ユースティティ様の御心と言うことか」




 騒ぎの中、クロノスの助けを借りたジルベルトは島に転移した。

 教会の揺れや轟音の元は女神像の崩壊によるものだったが、建屋の中で修理ができないほど壊れたのは、教会関係者のみが立ち入る聖堂や神託の儀に使う部屋と修練場。教会上層部の私室や執務室と、問題ありとされていた聖女や魔法士の部屋。

 最も被害が大きかった部屋は、もちろん教会内にある聖王の執務室や私室。歴代の聖王の姿絵が燃え、長い年月をかけて世界各国から集めた貴重品が砂になり、資料の全てが灰になった。

 神具や法具が納められていた部屋は見る影もない程に壊れ果て、一つとして修理できるものはなく、金庫の中の白金貨等は形を残したまま土塊に変わっていたと言う。

 一般に公開されている礼拝堂は、かろうじて原型をとどめていたらしい。



【ふふ~ん、聖王国は終わりだわ。立て直す資金もお宝もぜーんぶ使い物にならなくしちゃったもんね~!
口先だけの聖女信仰とかで名前を使われるのはウンザリだったの~】

【聖王国がなくなったら、キメラになったレベッカ達はどうするんだ?】

 ドヤ顔でサムズアップしていたユースティティがピタリと固まった。

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