上 下
75 / 126

67.いっぱいポンコツ言ってごめん。私の方が上だった

しおりを挟む
「さて、これで書類は全てだ。そこで、ロクサーナに俺から質問。何か欲しい物を考えておいてって頼んだんだけど、思いついた?」

「そ、それはその⋯⋯」

「じゃあ、食事に行ってその間に相談するのはどうかな?」

「は、はいぃぃ! ジ、ジ、ジルベルト司祭としょ、食、食事⋯⋯無理無理。それは反則⋯⋯反則技だから! スフィンクスと睨めっことか、マンティコアの前で昼寝とか、ヒュドラの寝床で歌って踊るとか⋯⋯その方が⋯⋯か、か、簡単だと」

 ガバッと立ち上がったロクサーナがパッと転移して消えた。

 口をぽかんと開けたまま呆然と、誰も座っていないソファを見つめていたジルベルト司祭が呟いた。

「えーっと、俺と食事って、そんなにハードだったっけ?」

(上司と部下じゃなくなって、ようやく距離を縮められると思ったんだけど⋯⋯)



 あれから1週間経ち、長閑な島にまた爆発音が鳴り響いた。

「また壊しよるんじゃね」

【ストレス⋯⋯モグッ】

「この調子じゃったらすぐにできるんじゃないんかね」

【ヘタレだからな~、当分はあのままかな】

 ドワーフと精霊の呑気な呟きの間にも『ドゴーン』『ドガーン』と爆裂魔法の音が聞こえてくる。

「ロクサーナの魔法は、ほんまに派手じゃけん、見とって飽きんし面白いねえ」



 ジルベルト司祭の前から逃げ出したロクサーナは、地下室に閉じこもって薬草をせっせとすりおろしたり、使い方が分からなくて放っておいた素材を錬金釜に放り込んでみたりして、怪しげなマッドサイエンティストになっていた。

 ところが、2日前に突然地下室から飛び出してきて、ミュウ達に向けて大声で叫んだ。その内容が⋯⋯。

『浜を作るぞお! それが無理なら海のプールじゃあ! 子供達、待ってろよおぉぉ』



 崖が一番低いのは島の南側。ロクサーナは崖に向かって魔法をぶっ放し、見事な坂道を作っていく。

【あの状態でも、完成度は高いね】

【滑り台みたいにするのかな~。ピッピ、楽しみ~】

【フェニックスなのに、海に飛び込んだらヤバくないの?】

【ピッピは、平気なの! 池だって、今度チャレンジするんだもん】



 ジルベルト司祭の前から逃げ出してから現実逃避を続けていたロクサーナに、少し⋯⋯ほんの少しだけ現実を見つめる勇気が戻ってきつつあった。

「いや、あれは失礼だったよね。ほんと、マジで最低。ちょ~っとキャパオーバー過ぎ? みたいな感じだったわけなんだけど⋯⋯ スフィンクスやマンティコアやヒュドラの寝床の方がマシとか、もう最悪だよ。
ジルベルト司祭も前振りとか、そういうのをしてくれたりとかさぁ。我儘言ってるってわかってるけど⋯⋯びっくりし過ぎて」

【パニックになっちゃったんだよね】

「そう、パニッ⋯⋯ギギギ⋯⋯ミュ、ミュウ。い、いたなら声かけてくだされ。もしかして聞いた⋯⋯よね?」

【おっきな独り言だったからね~】

 ミュウから目を逸らしていたロクサーナが、大きな溜め息を吐いて壊したばかりでジャリジャリいう地面に座り込んだ。

「普通はどうするもの? ほら、ドワーフのおじさんが言ってる『仕事終わりだしな、ちょっと一杯やるか?』っていうアレの返事って。でね、仕事が関係ない食事ってどうすればいいのか想像もつかなくて」

 小石を拾っては投げ、拾っては投げする姿に哀愁が漂う。

【食べる。簡単な事じゃん】

「か、簡単じゃないよぉ。だってさ、もう一緒に仕事しないんだよ? なんの話をしたらいいのかとか、分かんないもん」

【ピッピなら~、お話ししてって言うよ~】

「そ、それはハードルが高すぎるなぁ。上級者レベル⋯⋯ガンツがユニコーンを手懐けるくらいのハードモード」

 有言実行エロ満載のガンツが、初物の乙女限定の狭い好みを公表しているユニコーンを追いかける姿を想像して頭を抱えた。

「うん、そのくらい無理」



【でも、もうすぐアラクネを迎えに行くんだろ?】

「うん、約束したからね⋯⋯んでね⋯⋯アレ、良いなぁって思ってさ。ちょっぴり⋯⋯ほんのちょ~っぴり、真似してみようとか思ってたら⋯⋯」

 引越しの条件にジルベルト司祭とのお茶会を言ってきたアラクネ。

 あの時は何も考えず勢いに任せて(本人の許可も取らず)勝手にオーケーしてしまったが、『毎日ジルベルト司祭とお茶』はちょっと羨ましいと思ってしまった。

「で、ジルベルト司祭が『何か欲しい物』って言ってくれてたから⋯⋯毎週は無理だと思うけど、月一とか半年に一度くらいなら食事⋯⋯いや、それもね我儘すぎだってわかってる、わかってるんだけど」

 10歳からほぼ毎日会っていたが、仕事で離れることが多くなり慌てて通信鏡を作った。

 教会にいてもいなくても、顔が見たい、声が聞きたいと思えばいつでも会える⋯⋯という、ロクサーナの欲望がダダ漏れの魔導具を、ロクサーナ以外で常時持っているのはジルベルト司祭のみ。

 ジルベルト司祭と会えなくなる日が近付き⋯⋯。

『もう会えないのかぁ、寂しいなぁ』

 何度も悩んだが、やっぱり聖女は続けられないと諦めた時、ふとアラクネの『お茶会』を思い出した。

(ごくごくたまになら⋯⋯ちょっぴり時間ができたりしないかな)

 聖女はしたくない、人と一緒の仕事は嫌だ、打ち合わせでは顔を出したくない、追加報酬なしならやらない⋯⋯等々、我儘を言い続けてきた自覚はある。

 今日も長時間無駄話に付き合わせたが、執務机の上には山のような書類が溜まっていた。

「ジルベルト司祭は仕事が早くて優秀だって言われてて、みんなが持ってくるから終わらないんだよ。そこに、我儘放題で聖女を辞めといて⋯⋯どの口が言うんだって」

【なら、ジルベルトはやめて別の奴を誘えば?】

【熊かなぁ?】

【僕はシーミアが良いと思うよ】

【うん、シーミアは良いかも。ジルベルトみたいにオネエ言葉使うし】

【ちょうど逆モグッ】

 ジルベルト司祭は感情が昂るとオネエ言葉を連発するが、シーミアは普段がオネエ言葉。

「シーミアさんは大好き。でも⋯⋯ジルベルト司祭じゃないから⋯⋯」

 刷り込みだと言われるかもしれないが、気がつくとロクサーナの全てはジルベルト司祭を中心に回ってきた。嬉しい事があれば報告し、腹が立てば報告する。

 新しい発見をすれば、報告するのが待ち遠しい。



「ジルベルト司祭があんなに親切にしてくれたのは上司だったから。円滑に仕事ができるようにフォローしてくれた。なのに私は仕事を辞めたんだから、縁が切れたのは当然で自業自得で、身から出た錆で。
言うだけならタダだし、玉砕するって覚悟を決めてれば言えるって思ってたのになぁ⋯⋯言えなかったけど」

 ぐしゃぐしゃっと地面の小石を掻き回し大きな溜め息をついたロクサーナの後ろから、あり得ない声が聞こえてきた。

「なら、言ってみたらどうかな?」


 グギギ⋯⋯


「⋯⋯」

「海に向けてじゃなくてさ⋯⋯言うだけならタダだしね」

 ポカンと口を開けて見上げていたロクサーナの前に、ジルベルト司祭がしゃがみ込んだ。

「ほらほら、言ってみよう。ねっ」

「て⋯⋯」

「て?」




















「転移魔法が使えない⋯⋯なんでぇぇぇ!?」

【俺達の魔法は休止中だな】

【そう、休止中⋯⋯ここは自力で乗り切れよ】

「カッ、カイちゃんのばかぁぁぁ!」

 両手をついて立ち上がったロクサーナが海に向かってダッシュした。

(なんで、ジルベルト司祭が島に来てんのよぉ!)

【だって⋯⋯ロクサーナが設定したじゃん】

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~

juice
ファンタジー
過去に名家を誇った辺境貴族の生まれで貴族の三女として生まれたミラ。 しかし、才能に嫉妬した兄や姉に虐げられて、ついに家を追い出されてしまった。 彼女は森で草を食べて生き抜き、その時に食べた草がただの草ではなく、ポーションの原料だった。そうとは知らず高級な薬草を食べまくった結果、体にも異変が……。 知らないうちに高価な材料を集めていたことから、冒険者兼薬師見習いを始めるミラ。 新しい街で新しい生活を始めることになるのだが――。 新生活の中で、兄姉たちの嘘が次々と暴かれることに。 そして、聖女にまつわる、実家の兄姉が隠したとんでもない事実を知ることになる。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

追放聖女。自由気ままに生きていく ~聖魔法?そんなの知らないのです!~

夕姫
ファンタジー
「アリーゼ=ホーリーロック。お前をカトリーナ教会の聖女の任務から破門にする。話しは以上だ。荷物をまとめてここから立ち去れこの「異端の魔女」が!」 カトリーナ教会の聖女として在籍していたアリーゼは聖女の証である「聖痕」と言う身体のどこかに刻まれている痣がなくなり、聖魔法が使えなくなってしまう。 それを同じカトリーナ教会の聖女マルセナにオイゲン大司教に密告されることで、「異端の魔女」扱いを受け教会から破門にされてしまった。そう聖魔法が使えない聖女など「いらん」と。 でもアリーゼはめげなかった。逆にそんな小さな教会の聖女ではなく、逆に世界を旅して世界の聖女になればいいのだと。そして自分を追い出したこと後悔させてやる。聖魔法?そんなの知らないのです!と。 そんなアリーゼは誰よりも「本」で培った知識が豊富だった。自分の意識の中に「世界書庫」と呼ばれる今まで読んだ本の内容を記憶する能力があり、その知識を生かし、時には人類の叡知と呼ばれる崇高な知識、熟練冒険者のようなサバイバル知識、子供が知っているような知識、そして間違った知識など……旅先の人々を助けながら冒険をしていく。そうこれは世界中の人々を助ける存在の『聖女』になるための物語。 ※追放物なので多少『ざまぁ』要素はありますが、W主人公なのでタグはありません。 ※基本はアリーゼ様のほのぼの旅がメインです。 ※追放側のマルセナsideもよろしくです。

聖女であることを隠す公爵令嬢は国外で幸せになりたい

カレイ
恋愛
 公爵令嬢オデットはある日、浮気というありもしない罪で国外追放を受けた。それは王太子妃として王族に嫁いだ姉が仕組んだことで。  聖女の力で虐待を受ける弟ルイスを護っていたオデットは、やっと巡ってきたチャンスだとばかりにルイスを連れ、その日のうちに国を出ることに。しかしそれも一筋縄ではいかず敵が塞がるばかり。  その度に助けてくれるのは、侍女のティアナと、何故か浮気相手と疑われた副騎士団長のサイアス。謎にスキルの高い二人と行動を共にしながら、オデットはルイスを救うため奮闘する。 ※胸糞悪いシーンがいくつかあります。苦手な方はお気をつけください。

選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!

凛蓮月
恋愛
【第16回恋愛小説大賞特別賞を頂き、書籍化されました。  紙、電子にて好評発売中です。よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾】 婚約者だった王太子は、聖女を選んだ。 王命で結婚した相手には、愛する人がいた。 お飾りの妻としている間に出会った人は、そもそも女を否定した。 ──私は選ばれない。 って思っていたら。 「改めてきみに求婚するよ」 そう言ってきたのは騎士団長。 きみの力が必要だ? 王都が不穏だから守らせてくれ? でもしばらくは白い結婚? ……分かりました、白い結婚、上等です! 【恋愛大賞(最終日確認)大賞pt別二位で終了できました。投票頂いた皆様、ありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾応援ありがとうございました!  ホトラン入り、エール、投票もありがとうございました!】 ※なんてあらすじですが、作者の脳内の魔法のある異世界のお話です。 ※ヒーローとの本格的な恋愛は、中盤くらいからです。 ※恋愛大賞参加作品なので、感想欄を開きます。 よろしければお寄せ下さい。当作品への感想は全て承認します。 ※登場人物への口撃は可ですが、他の読者様への口撃は作者からの吹き矢が飛んできます。ご注意下さい。 ※鋭い感想ありがとうございます。返信はネタバレしないよう気を付けます。すぐネタバレペロリーナが発動しそうになります(汗)

【完結】家族から虐げられていた私、実は世界で唯一精霊を操れる治癒精霊術師でした〜王都で癒しの聖女と呼ばれ、聖騎士団長様に溺愛されています〜

津ヶ谷
恋愛
「アリーセ、お前を男爵家から勘当する!」  理不尽に厳しい家系に生まれたアリーセは常に虐げられて来た。 身内からの暴力や暴言は絶えることが無かった。  そして16歳の誕生日にアリーセは男爵家を勘当された。 アリーセは思った。 「これでようやく好きな様に生きられる!」  アリーセには特別な力があった。 癒しの力が人より強かったのだ。  そして、聖騎士ダイス・エステールと出会い、なぜか溺愛されて行く。 ずっと勉強してきた医学の知識と治癒力で、世界の医療技術を革命的に進歩させる。  これは虐げられてきた令嬢が医学と治癒魔法で人々を救い、幸せになる物語。

恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜

百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。 ※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

処理中です...