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65.ようやく引き継げて、任務完了!

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「無知なポンコツ王子に教えてあげますね。聖女って治癒魔法の力が強い者の職業って言うだけで、別に治癒魔法しか使えないわけじゃない。
複数の属性持ちなら治癒以外の魔法も使えるに決まってる。例えば⋯⋯」

 剣を片付け⋯⋯ テラスの向こうに向けた掌からいくつもの火球を飛ばし、大量の水で消火する。風を巻き起こすと樹々が揺れて、設置していた魔導具が地面に落ち『ガチャガチャ』と音を立てて壊れた。

「治癒魔法特化型の聖女もいるし、オールマイティの聖女もいるって事。お分かりいただけました?」

「⋯⋯凄い! やっぱりロクサーナを連れていけば上手くいきそう」

「聖王国で正式に認められた聖女であり、大聖女候補とされている私への度重なる『偽物』発言は、聖王国に対する侮辱でもあり、名誉毀損で慰謝料を追加いたします。
それに、ポンコツ王子は国王達と同罪ですから、逃げられませんよ?」



 大広間の扉が勢いよく開かれて、見たことのない制服を纏った大量の男達が雪崩れ込んできた。

(漸くかよ~、仕事遅すぎ)

「国際司法裁判所から参りました、エドワード・ノッティス。国際法に則り、他種族の迫害を目的とした人為的スタンピードについて調査いたします!」

「「「他種族!?」」」

「聖王国聖女、ロクサーナ・バーラム様に心からの感謝を捧げ、これより以降を引き継がせていただきます」

 聖王国から送られた数多くの証拠と共に乗り込んできた執政官達の前で、国王達が崩れ落ちた。

「もう、終いじゃ。あと少しで余の未来は輝かしいものになっておったのに⋯⋯クソオッ」



「皆さん、長々とお疲れさまでした。私はこれで失礼いたしますが、この後も頑張ってくださいませ」

 パチンと指を鳴らしたロクサーナの姿が大広間から消え、呆然と立ち竦む者達の中に絶叫と咆哮が響き渡った。

「待って! ロクサーナ」

「置いてかないでぇぇ」

 モガァァ⋯⋯グブッ⋯⋯バンバン⋯⋯フグッ⋯⋯

「ジル! すぐに迎えに行ってあげるからぁぁ」

 若干1名、いまだに勘違いを続ける夢想家もいたが⋯⋯。















「1日早いけど、任務完了でいいかな?」

 ロクサーナの転移先はジルベルト司祭の執務室。

 執務机の上には相変わらず書類が山積みだが、テーブルにはロクサーナの好きなお菓子が並んでいる。

「もちろん! お疲れさまだったね」

 いつもと同じ疲れた様子のジルベルト司祭が両手を広げて出迎えてくれた。

「また、クマが育ってる~」

 実働部隊はロクサーナひとりで、後方支援はジルベルト司祭担当。

「複数の国が絡むここまで大掛かりな案件は滅多にないから、流石に疲れたかな。でも、合間合間にロクサーナが笑わせてくれたから、なんとか最後まで漕ぎつけられた。
それと⋯⋯ドレス、良く似合ってる」

「あ、ありがとう。えっと、えーっと⋯⋯ジルベルト司祭のお陰で手に入れた魔糸だしね。それに笑わせた覚えは⋯⋯ゴニョゴニョ⋯⋯そうだ! ジルベルト司祭に~、じゃじゃ~ん。はい、お礼の品?」



 ロクサーナが自分のものより丹精込めて、何度も作り直した⋯⋯変異種のアラクネの魔糸で作ったフード付き、光の加減によってはうっすらと霞んだ紫にも見える白いローブ。前ボタンはそれぞれ違う機能付きになっている。

「上から隠蔽・結界・記録の魔導具。1回握るとスタートして、もう1回握るとストップだから忘れないでね」

 ローブの内側には特殊加工した冷却・保冷機能付きの淡いブルーのライナーコート。もちろん、寒い季節用の暖房・保温機能付きのライナーコートも準備してあり、これは淡いグリーン。

 攻撃無効・魔法無効以外にもあらゆる付与が付けられた、お値段天井知らずの一品。

「⋯⋯ロクサーナ? これは、その。お礼とか言うレベルを超えてる気がするんだが」

「契約期間終了だからね~。6年間わがまま聞いてもらったお礼!」

 自分が特別扱いしてもらっている事は重々承知していた。教会の規則を無視して単独行動を望み、受けた仕事に対する個別報酬制で都度払い。

 請け負う仕事の決定権はロクサーナにあり、報告の義務はあるが契約書に書かれていない部分は全て自由。

『怪我をせず帰ってくれば良いからね』

 元々かなり社畜⋯⋯会畜気味のジルベルト司祭だが、仕事を何割か割り増ししていたのはロクサーナだろう。

 各部署への根回しに枢機卿への直談判。聖王やあちこちからのゴリ押しへのストッパー。ロクサーナが仕事をはじめたばかりの頃は特に寝る暇もなかった。



「あ! 美味しそうなお菓子が呼んでる気が⋯⋯ジルベルト司祭、とりあえずお茶にしよう」

 ソファに向かい合って座りお茶を一口。

「6年かぁ、なんだかあっという間だった気がするよ」

 ボロボロの姿で神託の儀に現れ、壁に張り付くようにして立っていたロクサーナは、人と目を合わせる事も真面に話すこともできなかった。

 報告書の記載を信じ込み、事務的に説明をしていたジルベルト司祭が気付かなかった、ロクサーナの怯えと焦り。

(あの時、ロクサーナの姿に気付いて本当に良かった)

 目を輝かせながらスコーンにジャムを乗せるロクサーナを見ていたジルベルト司祭が、あの時の言葉を思い出した。


『あっ、『お菓子』なら聞いたことがある。真面に仕事できる人が食べられる美味しいもの。甘いは⋯⋯分からない』

『硬くないパン? カビは?』

『どんな味? 匂いはなんとなく知ってるかも。お腹がぐうってなる匂い』

『着替えは嬉しいかも。1枚でいいからあったら⋯⋯破れた時に助かる』

『外で鳥が鳴きはじめた頃に横になっても、ちょびっと寝れる』


 
 10歳の時にはすでに無詠唱で魔法を使っていたロクサーナだが、一般的な属性魔法ではなく精霊魔法に近いのではないかと教会の上層部は考えている。

 修練をはじめた当初、魔法士達が使う詠唱を教えてもロクサーナは何ひとつ魔法が使えなかった。

『詠唱せずにその蝋燭3本に火をつけてくれる?』

『ポットに半分だけを入れてくれるかな』

『落ち葉を一纏めにして袋に入れて欲しいんだ』

 ちょうど良い大きさの火が3本纏めてつき、飲み頃のお湯が周りに溢れることもなく湯気をあげ、落ち葉は一瞬で消えて袋が一杯になった。



『精霊魔法の使える者の意思は尊重せよ』

 教会に古くからある規則だが、ロクサーナには知らされてない。

 過去に、精霊魔法を使える者を規則で縛り魔法士として活動させた事があったが、精霊の勘気にふれ大惨事を引き起こした記録が残っている。

 その内容は記されていないが、教会が機能停止に陥ったと言う。

 それ以降精霊魔法の使える者は生まれておらず、ごく稀に発見されていた精霊の姿も見当たらなくなった。

『期間限定を望むなら致し方あるまいが、それまでに気持ちが変わるよう説得を続けるように』

『恐らく無理だとは思いますが、最善を尽くします(教会の為でなく、ロクサーナがひとりで生きていけるようになるまで限定で)』





「このライナーコートはひんやりして気持ちいいね」

「(ギクッ)だ、だよね~。この季節にぴったりでしょ? 建物の中とかの中でも冷えすぎにならない程度だと思うんだよね~。でもでも、冷えすぎて使えないってなったら外しても良いんだけど、いつでも直せる」

「⋯⋯ロクサーナ~⋯⋯吐けぇ⋯⋯な~に~を~、しでかしたのか、吐きなさい!」

 目を吊り上げたジルベルト司祭のオネエ言葉が出はじめた気配に、ロクサーナが目を泳がせた。

「あ~、それはぁ⋯⋯企業秘密かなぁ⋯⋯な、謎の特殊機能でぇ⋯⋯お、お礼の品なんだから⋯⋯ツッコミとかは禁止?」

「やっぱり何かしでかしたのね! 吐かないんならお仕置きに、頭なでなでと、お膝であ~んと、ベッドでトントントンするわよ!」

「子供じゃないし! ちょっとクロケルを見つけたか⋯⋯あ、いやぁ、なんだっけな~」




「ク、クロケルですってぇぇぇ!」

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