【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません

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81.初めて言ってみたら、おバカって言われた

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【決めた! 1票はピッピに入れる!】

「どど、どうしたの!? ピッピ? ピッピがなん⋯⋯ぇ⋯⋯ぁ⋯⋯また、どっか行っちゃった⋯⋯お茶淹れたのに」

 何が起きているのかを確実に知っているのはピッピのようだが、聞くのが怖い気がする。

(話の流れからすると、間違いなくさっきの話だよね。う~ん、ピッピだよね。あの、ピッピが⋯⋯1票って? あ~、無理。分かんない)

 ふわっとした意味不明の発言で飛び出していくのはピッピの担当で⋯⋯それをフォローしつつ説明もしてくれるのがミュウ。

「この場合、誰に聞けば正解が分かるの? とりあえずお茶を飲んで考えるか⋯⋯さっきの回路は、多分⋯⋯」

 頭が魔導具でいっぱいになったロクサーナは『1票の意味』を聞きに行くのをすっかり忘れた事を、心から後悔するまでに後数時間。





「今日はお帰り? それとも今晩は?」

「今日は『お帰り』の方。食事の後でのんびりと語り合おうか」

 にっこり笑った顔もロクサーナの頭を撫でる手もいつも通りのはずだが、ジルベルト司祭に威圧されている気がする。

「う、うん? えーっと、今日のメニューは⋯⋯ カジャおばさんが教えてくれた初チャレンジの、鯛の白ワイン煮バターソースがメインで、ポトフは久しぶりに兎肉」

「そうか、いつもありがとう。何か手伝うことは?」

「特にないかなあ」

 ジルベルト司祭の家を借りるようになってから、おばさん達に教わりつつ少しずつ料理にチャレンジしはじめた。

(外の竈門で作る野営料理も好きだけど、キッチンだと作りたいものが変わってくるみたいで結構楽しいし、早く一階も作ろうかなぁ)

 いつまでも他人の家を借りているのは申し訳ないと思いつつ、呑気に皿を運んでいるロクサーナの横では、ジルベルト司祭がパンをオーブンから出してくれた。

「バターとジャムはどっち?」

「う~ん、今日は両方貰おうかな。甘いのが欲しい気分なんだ」

 珍しいと思いながら、ブルーベリージャムとオレンジマーマレードをテーブルに並べた。

 ほぼ、新婚家庭のノリで夕食の準備が整い、ラブラブモードにしかありえない距離で食事をはじめた。

「あ~ん」

 バターとジャムを乗せた熱々のパンが当たり前のように出てくると、ごく自然にロクサーナがパクリ。

「じゃあ、ジルベルト司祭はマーマレードで、はい」

「ん?」

「あ、えっと⋯⋯ル、ルイスもあ~ん」

 にっこり笑った迫力満点の笑顔で、大きな口を開けたジルベルト司祭がパクリ。

 なかなか慣れなかった『あ~ん』はクリアできたが、名前呼びはまだハードルが高い。

 ジルベルト司祭曰く、『ルイス』呼びの次のステップは外食らしいが、当分先にしてもらうよう頼むつもりでいる。

(友達って色々と恥ずかしい事が多すぎだもん。外では絶対食事できないよ)

 一般的な友達関係に『あ~ん』がないと知るのは、もう少し先になりそうな予感。



 食事の後は、皿を洗うジルベルト司祭と拭いて片付けるロクサーナ⋯⋯と、ここまではいつも通りだったが。

(何故、膝に座らされた? 今日は何もしでかしてな⋯⋯あっ、まさか)

 にっこりと口元だけが笑っているジルベルト司祭が、ロクサーナの腰を左手でガッチリとホールドした。

「逃げられないからね~。さあ、吐け」

「⋯⋯な、なにを? えーっと、食べたばかりで吐くのは勿体な⋯⋯ひえぇぇ」

 少しひんやりした指で、恐怖のほっぺすりすり攻撃を喰らったロクサーナが悲鳴を上げた。

「吐かないロクサーナが悪いよね~」

「えーっと、どのような案件かをお聞きしてか⋯⋯わあ、ご、ごめんなひゃいぃぃ。誰から何を聞いたのか分かんないけど⋯⋯その⋯⋯気にしなくても問題は⋯⋯ぎゃあ!」

 ほっぺむぎゅうからの、全身ガッツリむぎゅうに突入したお仕置きスペシャルで、ロクサーナは『チクったのは誰だぁ』と脳内で八つ当たりを開始した。

「囮ってな~に? 内緒で何をやるつもりかしら?」

「あ、いや、おと? おっとり? あ、ごめんなさいぃぃ。そんな心配するほどのことじゃなくてですね。ちょっとシメてこようかなぁと。きゅっとシメて、グェッて言わせるだけなんで⋯⋯教会の仕事に比べたらもう、デザートのプリン一口分にもならないくらいの」

「教会の仕事の時だって、どれだけ心配してたか! ようやく少し安心できそうかなって思ったてたのに⋯⋯殺る時は教えてくれるはずって思ってたのは、独りよがりの思い上がりだったのよね」

 久しぶりにオネエ言葉になったジルベルト司祭がロクサーナの肩に額を押し付けた。

「この間、あんな目に遭わせちゃったから、信用ないのよね。ごめんね」

「ち、違う。ぜんっぜん違うから。信用とかじゃなくて、やり残した仕事みたいな⋯⋯興味本位なとこも大きいし。謎とか疑問は解決しときたいみたいな?
だから、ジルベルト司祭が仕事から帰ってくるまでに、ちょっとだけ⋯⋯暇つぶしくらいの感じでプチってしてこようかなんて」

 相手は腐っても海神⋯⋯まだ腐ってない不死の海神だが、ロクサーナは大型の魔物を殺る時より気楽に考えている。

「明日休みをとってきたから⋯⋯信用してるなら連れてって。信用してないならここでお留守番してるわ」

「⋯⋯もう、信用してるってば。だから、膝から降りてもい⋯⋯」

「うぐっ! そこでもじもじは禁止だってば。別の問題が勃発するから!」

「あ、はい。そうでした」

 ロクサーナを膝に乗せるのは好きらしいが、逃げようとしてモゾモゾすると、ジルベルト司祭は必ず眉間に皺を寄せて背中を丸める。

(嫌なら、膝に乗せなければ⋯⋯あ!)

「あのぉ⋯⋯辛そうになるから、これからは私の膝に乗る?」

「へ?⋯⋯こ、こんのおバカァ!」

 そんなこんなで⋯⋯ジルベルト司祭、お間抜け海神のお仕置きタイムに参加決定。




 真っ黒な海にオレンジ色の日が登り、空が青く輝きはじめた。

「奴を誘き出したらまず最初に、グラウコスの持ってる風の皮袋を狙う」

 ロクサーナが海に入れば必ずグラウコスは出てくるはず。それを待って一気に仕掛ける。

「ジルベルト司祭はこれを使ってみて。1時間だけど、水中でも息ができるようになる⋯⋯それと、これは蜜蝋を素材にした耳栓」

 昨日、ロクサーナが作っていた魔導具をジルベルト司祭に手渡した。

(キルケー戦に行くのがバレたら渡そうと思って作ってたんだけど、なんとか間に合って良かった)

 予備の魔導具も渡して準備完了。朝日に照らされた穏やかな海を見つめながら、港へ降りる昇降機に乗り込んだ。

 聞き慣れた岸壁に当たる波の音が心を湧き立たせる。

(グラウコスのイメージからすると、ポロリと情報を漏らしそうだけど、予言の力が本当なら準備して待ち構えてるよね。いや~、久しぶりに燃えてきた~! いよっしゃあぁぁ)

 港代わりの岩場について手漕ぎの小さな船を出し、ジルベルト司祭とロクサーナが乗り込んだ。

「なんか嬉しそうだな」

 オールを手にして漕ぎはじめたジルベルト司祭が、眩しそうに目を細めて辺りを見回した。

 船さえ見当たらない海は遠くに島影がぼんやり見えるだけで、チャプチャプ船底に当たる音だけが現実味を帯びている。

「うん、敵はショボくても海の中は相手のフィールドだからね~。久しぶりでワクワクする」

 ジルベルト司祭と一緒に戦うのは初めてだと気付いて、ウルサの言葉を思い出した。


『なあ⋯⋯『どおりゃあぁぁ』とかは止めよう? 俺の中に残る、僅かな聖女への期待とか憧れが⋯⋯消えてなくなるんだわ』



(マズい⋯⋯ジルベルト司祭にも言われたら⋯⋯熊の文句になら前蹴りでも回し蹴りでも余裕で決める自信があるけど)

「ロクサーナに言っとかないといけない事があって⋯⋯」

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