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31.押しに弱いロクサーナは初めての共闘にチャレンジ

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「いや~、学園に行かずに済むだけで、こ~んなに清々しい気持ちになれるなんてね~! ハッピー・ニュー・イヤー!! ひやっほうぅぅ」

「魔獣の血だらけで言うセリフじゃない気がするけど⋯⋯学園ってそんなに大変だったんだ」

「レオンさん、ノリ悪すぎだよぉ⋯⋯」

 年が変わり登りはじめた太陽に向けて叫んでいたロクサーナが、地面に倒れ伏した。

「ヤバい⋯⋯ここ、血だらけだった。なんか背中がネチョネチョする」

「大丈夫、さっきとほとんど変わってない⋯⋯あ、びっちょりの血の上に草と土がついてるからかなり変わった」



 学園から逃げ出して、王国の魔の森の近くに宿をとったロクサーナは髪を茶色に染め、冒険者証にある名前ジルとして活動をはじめた。因みにジルは僕っ子。

 冒険者ギルドでは⋯⋯。

 お決まりの『チビが偉そうに』の洗礼を受けて、再起不能なまで叩き潰した。

(訓練場でやったからノーカンだね)

 宿に帰る途中の『金持ってんだろ~、貸してくれるよな~』のおじちゃん達は、半死半生の目に合わせて自警団に引き渡した。

(殺してないし、ポーション売ってあげたからノーカンだよ)

 森の中で『ここは俺様の縄張りだ、その獲物寄越しやがれ!』のおねだりには、怒りまくっている別の大型の魔物をプレゼントして帰った。

(縄張りあるなんて知らなかったし~、頑張ってやっつければいいからノーカンなのだ)


 半月もしないうちに『あいつはヤバい』と言われはじめて、悠々冒険者ライフができるようになった。

 レオンと会ったのはジルがギルドで依頼の報告をする為に列に並んでいた時。

『おま、お前⋯⋯あの時のチビじゃねえか! こいつは俺たちにオーガをけしかけたんだ!』

 目の前で『縄張りおじさん』が震えながらジルを指差しているが、人殺しだと叫びながら残念なシミを股間に作っている姿に哀愁が漂う。

『でもさ、後からやってきて僕が殺ったオーガを寄越せとか、ここは俺たちの縄張りだとか言うから、別のオーガを連れてきてあげたんだよ? しかも僕がやったのより大きくて立派な角の奴を選んであげたのに、文句を言われてもな~』

『煩い煩い煩ーい! あんなの殺れるわけねえだろ!? オーガの変異種だぞ、んなの死ぬわ!』

『生きてんじゃん⋯⋯そいつ、次の日殺っといたから大丈夫! もう会わないよ』

『嘘だ、こんなチビが変異種のオーガをひとりで殺れるわけがねえ』

『こないだギルドに持ち込まれたの見たよな』

『おお、すんげえ迫力だったよな』

 結局『縄張りおじさん』はそのまま逃げ出した。



『今のって⋯⋯ねえ、このギルドって大丈夫なの?』

『大丈夫ですよ、ジルさんに関わりさえしなければ平穏無事な冒険者として生きていけますからね』

 半月前まではここも長閑だったと遠い目をしたギルドの受付嬢が、返事をした後に目を輝かせた。

『あら! 見たことのないイケメ⋯⋯冒険者さんだわ。ここは初めてですよね』

 髪の乱れを整えながら質問をし、ポケットから出した手鏡をチラッと見て、目の前の冒険者に笑顔を送る凄技を披露したベテラン受付嬢。

『う、うん。今朝着いたばかりなんだけど、しばらくこの辺りで活動しようかと思ってるんだ』

 カウンターから身を乗り出した受付嬢の圧に、顔を引き攣らせて一歩後ろに下がった冒険者が答えた。

(あの圧に一歩後退で持ち堪えた。結構やるな)


 感心していたジルはその冒険者と目が合ったが、特に気にする事もなく依頼の達成報告を済ませた。

『裏の解体場でいい?』

『今日も大量なんですか』

『いや、たまたま近くにオウルベアとキメラがいたから』

 今日の獲物はトレント。火が苦手なトレントだが森の中に出るので攻撃がしにくい。オウルベアは帰り際に遭遇したのでついでに討伐してきた。

(この辺りって妙に変異種とキメラが多いよな~)


 解体の依頼をしてギルドを出るとさっきのイケメンが追いかけてきた。

『ねえ、少し話せるかな? 来たばかりでこの辺りのことが分かんなくて困ってるんだ』

『僕もきたばっかりで、何も知らないから』

 さっさと歩き出したジルの横を勝手に歩く冒険者は、何故か楽しそうに話しかけてくる。

『あっ、俺の名前はレオン。よろしく』

『⋯⋯』

『変異種のオーガなんて凄いね。やっぱり春のスタンピード狙い?』

『⋯⋯(しつこいなぁ)』

『この国のスタンピードって他とは変わってるからさあ、気になるんだよね~』

『⋯⋯』

『ジルの宿はどこ? 俺は⋯⋯』

『煩い! 着いてくるな』

『え~! あったばかりだけどさ、パーティー組まない? 多分ランクはAだろ? 俺もだからちょうどいいと思うんだ』

『良くない、僕は誰ともパーティーは組まないって決めてるから』

 魔法は最少限で一般の冒険者らしい戦いを心がけてはいるが、他の冒険者達と一緒に行動するのは色々と都合が悪い。

(魔法もだしスタンピードの原因調査もだし。身バレしたら大変だもん)

 ジルベルト司祭の名前からつけた冒険者名と僕っ子キャラ、無愛想な人嫌いで通している。

『じゃあ、何回かお試ししてくれないかな。それでダメなら諦めるからさ。ねっ、ねっ』

 レオンのしつこさに根を上げたジルは小さく頷いた。

『助けないし、共闘もしないからね(こういうノー天気なタイプって、すぐに調子に乗るから苦手)』

『了解! わあ、すっごい楽しみになってきた。いつ行く? 明日? 明後日?』

『明日はキラービーの蜂蜜をやる予定。足を引っ張ったらアラクネの餌にするから』

『う、うん。この森ってアラクネも⋯⋯いるよな、そりゃ』

『当然(変異種で喋るし泣くし⋯⋯将来の仲間候補だし)』

 いまだにアラクネの勧誘を諦めていないジルがふふっと笑った。

(こいつがいる間は、ミュウ達と普通に話せないのがちょっと残念)




 翌朝、ギルド前で合流したジルとレオンは早速森に向かった。腰に剣を差したジルはもちろん手ぶらで、レオンは剣以外にリュックを、背負っている。

『アイテムポーチ⋯⋯便利だよね~』

『それが狙いなら今のうちに諦めた方がいいよ。レオンじゃ、僕には勝てないから』

『うん、それは間違いないと思う。俺は火属性で魔力も結構ある方だから、剣に火を纏わせて戦うことが多い。
で、割と人の魔力を感知できるんだけどジルのはキャパオーバーで感知できないって言うか、魔力量が多すぎてちょっと見ただけだと魔力なしに見える。
それと、人の物を狙うのは好きじゃないから安心してね』

『私の戦い方は色々。ほっといてくれたらいいから』

『でも、キラービーだろ? どうやるのかだけ決めといた方が良くない?」

『⋯⋯どうしたい?』

『俺一人なら火で燃やすけど、効率が悪いんだよね。蜂蜜なら巣ごと持って帰れれば高値で売れるしさ。だから滅多に依頼を受けないんだけど、やるなら長期戦だね』

『薬を使って眠らせる。で、落ちてるのをまとめて燃やせばすぐ』

『地図を確認したら結構森の奥だったから、日帰り無理そうだよね』

『うん(今日は転移できないもんな~)』



 目的地に着いたのはお昼過ぎ。

『この季節なのによく見つけられるね。まあ、討伐依頼が出てる方がおかしいんだけどね』

 冬眠するキラービーの討伐がこの時期に出る事はほとんどない。

『金持ちがどうしても採れたての蜂蜜が欲しいってゴリ押ししてきたんだって』

『馬鹿じゃん』

『クソだよ、さてやりますか』

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