【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません

との

文字の大きさ
17 / 126

17.騎士団で可哀想な人発見

しおりを挟む
(なんの書類かなあ)

 そっと横からロクサーナが覗き込むと、壊れかけた青年が顔を上げた。

「ん? 誰もいないか⋯⋯はぁ、とうとう頭がイカれちまったか。もう限界かなぁ、でも弟と妹がなぁ」

 ブツブツ言いながら机に向かう青年の目の前にあるのは、来月末の遠征で使う備品の購入予定一覧。

(へえ、こんな騎士団でも遠征とかするんだ。えーっと、西の森⋯⋯人数は⋯⋯えっ? 騎士団の遠征の備品でお酒の購入?)

「間に合うかなぁ、財務でハンコもらってリブルス商会に持ってって⋯⋯また嫌味を言われそう。
ああっ! 酒が入ってんじゃんか! ロバートの奴、マジ巫山戯んなよ⋯⋯ああもう、このソーセージとハムは最高級品じゃねえか。こんなの財務に持ってったら殺されちまう。
遠征に連れてくメイドの人件費だあ、メイドじゃなくて娼婦だろうが! んなもん、自家発電してろや! 奴等なんて剣も抜かねえんだから、右手はガラ空きだろうがよおー。毎回毎回、テントの中から出て来やがらねえで、何が魔物発生状況の確認だよ! 平民に丸投げのくせしやがって⋯⋯。
団長やらの希望をまんま書きやがったな! クッソ使えねえ。ロバートも終わったな」

【聞かなきゃ良かったね。可哀想過ぎて見てらんない】

(自家発電不要になる薬を⋯⋯)




「おい、受付に人が来てるぞ」

「今日の担当がいねえんならお前がやれ! 俺は忙しい」

 書類に顔を突っ込んだまま返事をした哀れな青年が、ひたすらペンを走らせている。

「先月の請求分で支払いがないって怒鳴ってるんだけど?」

 哀れな男の顔の前に突きつけられたのは、宿の代金とびっしりと購入品が羅列された請求書。

「はぁ? リューズベイの宿⋯⋯団長の家族旅行の宿じゃねえか! んなもん払えねえ」

「接待交際費ってやつなんじゃね?」

「馬鹿野郎! 家族旅行だって言ったのが聞こえなかったか!? 急に休みを取って、娘の誕生祝いに海でバカンスしてきたアレだよアレ。
団長は⋯⋯今日は王宮か⋯⋯王宮行って本人に直談判しろって言っておけ!」

「えー、俺が?」

「なら、今朝お前が持ってきた購入品リストの書き直しをするか? 期限切れで酒と高級食材と娼婦の費用が入ったやつ。財務のハンコまで貰ってくるって言うなら、受付に来たバカの対応してやるけど?」

「⋯⋯いや、受付は俺が」

「ロバート、騎士団の奴らに染まるのも団長に媚を売るのも良いけどよ。俺に甘えんのはやめてくれ。もうお前は奴らと一緒、幼馴染は引退だ」

「レイ⋯⋯」

 しっしと手を振って書類に顔を埋めた哀れな青年の名前はレイモンド・ボッグス。張り切って騎士団に入ったものの、いつの間にか事務仕事を一人で背負わされた哀れな男。

 ロバート・ムスカはレイモンドの幼馴染。2年遅れで騎士団に入団し、雑用係を脱却する為に斜め下方向に向けて爆走中。



【レイって可哀想だよね、ほっとくの?】

「今のところできる事が思いつかないし⋯⋯。ジルベルト司祭に報告するくらいかな」

 夕食に向けて着替えながら返事をしたロクサーナの表情は硬い。

 姿を隠して調べまわった騎士団の状態は想像以上に酷かった。勤労意欲なしで不正の温床、1人の騎士に全て丸投げしている。

「ほんの数時間でこれだけの事が判明するんだから、内部はどんな事になってるのか想像したくないよ」



 翌日の午前中は弁証法・幾何・音楽の試験。

「昨日の試験、予想より楽勝だったから今日も大丈夫」

 昨日の午前の筆記試験終わりに、魂が抜けかけていたセシルがガッツポーズを見せた。

「午後は休みだしね」

「良かったら王都見学に行かない? 美味しいケーキを出すお店を教えてもらったの」

「ごめん、私は錬金術の先生に呼ばれてるんだ」

「じゃ、私とサブリナで行く? 剣術の時話をした子に声かけてもいいかも」

「私も誰か誘ってみるわ。お店の情報を教えてくれた子に声をかけてもいいわね」

 順調に交友を広めはじめた2人ににっこりと笑ったロクサーナは、成長した子供を見る親目線。

「子爵家の方で裁縫が得意だって言ってらしたの」

「わぁ、サブリナと趣味が合いそうじゃん! 私の方は2人とも『初の女性騎士』を目指してるって言ってた。男子生徒なんかより頑張って訓練してるみたいでさ⋯⋯」

 楽しそうに友達の説明をしあう2人の雰囲気とは別で、園舎に近付くごとに険悪な目が集中しはじめた。

「なんか私達、睨まれてる?」

「私達って言うよりロクサーナが睨まれてる気がするわね」

 男子生徒も女子生徒もロクサーナ達を遠巻きにして、ヒソヒソと陰口を言っている。

「⋯⋯いて⋯⋯たわ」

「え⋯⋯人がき⋯⋯じゃな⋯⋯気を⋯⋯」

「⋯⋯家のくせに⋯⋯に入っ⋯⋯しいと思⋯⋯の」

(うーん、レベッカが盛大にやらかしたか)

 サブリナ達には途切れ途切れにしか聞こえていないが、聴覚を上げたロクサーナの耳には⋯⋯。

「見ていて可哀想だったわ」

「ええっ! うちの国にそんな人がきたなんて、最悪じゃない。気をつけなくちゃ大変!」

「男爵家のくせにAクラスに入ってるから、おかしいと思ったの」

 爵位で言えばロクサーナとセシルはBクラスかCクラスのはずだが、アーノルド王子達との交流時間を増やす為に、Aクラスにいれたのだろう。

(何をやらかしたんだか、見とけば良かったかも)

 マナーのカケラも覚えてないレベッカが心配だったロクサーナは、レベッカの午後の試験状況を記録しておいたが、秘密の騎士団見学で心が折れて確認を忘れていた。

 レベッカがポンコツ王子を籠絡するのは大賛成だが、聖王国の評判を落とされるのは困る。

(一応リーダーだし⋯⋯無理矢理だけど。何かあって謝るのも事態を取り繕うのも私って事。ジルベルト憎し! 明日の朝帰った時、下の毛消してやる)

 以前、無謀なおねだりをしてきたジルベルト司祭の毛を、脱毛してあげた事があるロクサーナ。

 トイレに行ったジルベルト司祭が絶叫したのは言うまでもない。

(見えないとこなら被害少ないし。今回はちっちゃくしちゃおうかなぁ⋯⋯あの人って、トイレで用が足せさえしたら、他に使い道なさそうだしね)



 にんまりと笑った黒い顔を俯いて誤魔化したロクサーナは、ゾゾゾっと悪寒が走ったジルベルト司祭が椅子から飛び上がったのを知らない。

『なな、なんだ! もう、今度は何よぉぉ』



 園舎に入り廊下を進むとパッと道が開き、教室に入ると生徒全員が振り向いた。

「歩きやすかったって言っていい?」

 セシルは、膨れ上がった制服のスカートに邪魔されずに歩けたと言いたいらしい。

「蛇になる杖でも持っとけばモーセみたいでカッコよかったかな」

「女神サブリナを従えたロクサーナって?」

「それよりも、歌って踊るサブリナがミリアムで、お喋りなセシルがアロンかな?」

「ん?」

「モーセの姉のミリアムと兄のアロン⋯⋯セシルは弟っぽいけどね」

「私は人前で歌って踊るなんて無理だわ。セシルはお喋りだけど」



「昨日の専攻で一緒だったんだけど、覚えてらっしゃるかしら?」

「ええ、ビビアン・ハミル様ね」

「サブリナって呼んでもいいかしら。わたくしの事はビビアンで」

「よろしく、ビビアン様」

「で、今日の午後なんだけど、もしよろしければどこか⋯⋯」

 話が盛り上がりはじめたサブリナ達に小さく会釈して、セシルと2人で席に向かった。

「ファーラム嬢⋯⋯いや、セシル。昨日の剣術の試験は女性にしては素晴らしかったな。魔法が使えるのに剣術もできるなんて」

「ありがとうございます?」

「部活は考えてるのか? 来月からはじまる予定なんだが⋯⋯」

 セシルが脳筋ビクトールに捕まり、ロクサーナはひとりポツンと席についた。

(う~む、これからは毎日このパターンかな)

しおりを挟む
感想 78

あなたにおすすめの小説

冤罪で処刑されたら死に戻り、前世の記憶が戻った悪役令嬢は、元の世界に帰る方法を探す為に婚約破棄と追放を受け入れたら、伯爵子息様に拾われました

ゆうき
恋愛
ワガママ三昧な生活を送っていた悪役令嬢のミシェルは、自分の婚約者と、長年に渡っていじめていた聖女によって冤罪をでっちあげられ、処刑されてしまう。 その後、ミシェルは不思議な夢を見た。不思議な既視感を感じる夢の中で、とある女性の死を見せられたミシェルは、目を覚ますと自分が処刑される半年前の時間に戻っていた。 それと同時に、先程見た夢が自分の前世の記憶で、自分が異世界に転生したことを知る。 記憶が戻ったことで、前世のような優しい性格を取り戻したミシェルは、前世の世界に残してきてしまった、幼い家族の元に帰る術を探すため、ミシェルは婚約者からの婚約破棄と、父から宣告された追放も素直に受け入れ、貴族という肩書きを隠し、一人外の世界に飛び出した。 初めての外の世界で、仕事と住む場所を見つけて懸命に生きるミシェルはある日、仕事先の常連の美しい男性――とある伯爵家の令息であるアランに屋敷に招待され、自分の正体を見破られてしまったミシェルは、思わぬ提案を受ける。 それは、魔法の研究をしている自分の専属の使用人兼、研究の助手をしてほしいというものだった。 だが、その提案の真の目的は、社交界でも有名だった悪役令嬢の性格が豹変し、一人で外の世界で生きていることを不審に思い、自分の監視下におくためだった。 変に断って怪しまれ、未来で起こる処刑に繋がらないようにするために、そして優しいアランなら信用できると思ったミシェルは、その提案を受け入れた。 最初はミシェルのことを疑っていたアランだったが、徐々にミシェルの優しさや純粋さに惹かれていく。同時に、ミシェルもアランの魅力に惹かれていくことに……。 これは死に戻った元悪役令嬢が、元の世界に帰るために、伯爵子息と共に奮闘し、互いに惹かれて幸せになる物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿しています。全話予約投稿済です⭐︎

聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。 パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。 最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。 さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。 その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。 王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。 こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。 ※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。 ※カクヨムにも掲載中です。

(完結)お荷物聖女と言われ追放されましたが、真のお荷物は追放した王太子達だったようです

しまうま弁当
恋愛
伯爵令嬢のアニア・パルシスは婚約者であるバイル王太子に突然婚約破棄を宣言されてしまうのでした。 さらにはアニアの心の拠り所である、聖女の地位まで奪われてしまうのでした。 訳が分からないアニアはバイルに婚約破棄の理由を尋ねましたが、ひどい言葉を浴びせつけられるのでした。 「アニア!お前が聖女だから仕方なく婚約してただけだ。そうでなけりゃ誰がお前みたいな年増女と婚約なんかするか!!」と。 アニアの弁明を一切聞かずに、バイル王太子はアニアをお荷物聖女と決めつけて婚約破棄と追放をさっさと決めてしまうのでした。 挙句の果てにリゼラとのイチャイチャぶりをアニアに見せつけるのでした。 アニアは妹のリゼラに助けを求めましたが、リゼラからはとんでもない言葉が返ってきたのでした。 リゼラこそがアニアの追放を企てた首謀者だったのでした。 アニアはリゼラの自分への悪意を目の当たりにして愕然しますが、リゼラは大喜びでアニアの追放を見送るのでした。 信じていた人達に裏切られたアニアは、絶望して当てもなく宿屋生活を始めるのでした。 そんな時運命を変える人物に再会するのでした。 それはかつて同じクラスで一緒に学んでいた学友のクライン・ユーゲントでした。 一方のバイル王太子達はアニアの追放を喜んでいましたが、すぐにアニアがどれほどの貢献をしていたかを目の当たりにして自分達こそがお荷物であることを思い知らされるのでした。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 全25話執筆済み 完結しました

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています

綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」 公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。 「お前のような真面目くさった女はいらない!」 ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。 リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。 夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。 心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。 禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。 望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。 仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。 しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。 これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

奪われる人生とはお別れします 婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました

水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。 それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。 しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。 王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。 でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。 ◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。 ◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。 ◇レジーナブックスより書籍発売中です! 本当にありがとうございます!

聖女は王子たちを完全スルーして、呪われ大公に強引求婚します!

葵 すみれ
恋愛
今宵の舞踏会は、聖女シルヴィアが二人の王子のどちらに薔薇を捧げるのかで盛り上がっていた。 薔薇を捧げるのは求婚の証。彼女が選んだ王子が、王位争いの勝者となるだろうと人々は囁き交わす。 しかし、シルヴィアは薔薇を持ったまま、自信満々な第一王子も、気取った第二王子も素通りしてしまう。 彼女が薔薇を捧げたのは、呪われ大公と恐れられ、蔑まれるマテウスだった。 拒絶されるも、シルヴィアはめげない。 壁ドンで追い詰めると、強引に薔薇を握らせて宣言する。 「わたくし、絶対にあなたさまを幸せにしてみせますわ! 絶対に、絶対にです!」 ぐいぐい押していくシルヴィアと、たじたじなマテウス。 二人のラブコメディが始まる。 ※他サイトにも投稿しています

処理中です...