上 下
13 / 126

13.レベッカ劇場の第二幕、エセ眼鏡に感謝する時がくるなんて

しおりを挟む
 翌日は、1時間目から学科試験がはじまった。

 学科は自由七科とも言う。文法・修辞学・弁証法の三学と算術・幾何・天文学・音楽の四科からなる。

 三学は初歩的で主に言論に関するもの、四科はより高度で事物に関する教科。

 文法はラテン文学の注釈、修辞学は教会の文書・法令の作成や歴史、幾何は初歩の地理学、天文学は占星術、音楽は数理的研究などを含む。

 これらの教養課程を修めた学生が、専門課程である神学・医学・法学の三上級学部に分かれて進学できる。

(教科書見たけど初歩の初歩⋯⋯入り口かすってるくらいだったね)


 神官やシスターなら『神学』が、聖女なら『医学』の知識が必要になる。

 その為、聖王国では将来神学や医学を学ぶ為に、幼少期から自由七科を勉強しはじめる。因みに、依頼で他国と交渉するリーダーは『法学』が必須。

(だから、習ってるはずなんだけどなあ)

 

 今日の試験は、文法・修辞学・算術・天文学で、午後は専攻科目の試験になる。明日の午前中は弁証法・幾何・音楽で、午後は休みになっていた。

「はぁ、勉強嫌い⋯⋯早く午後にならないかな」

「セシル、大丈夫だと思うわよ。教会でも頑張ってたじゃない」

「そうそう、多分だけど普通はあそこまでやらないと思う⋯⋯多分だけど」

「そう? 2人ともそう思う? な、なら何とかなるかな。あぁ、でもでも恋愛小説とか冒険小説ばっかり読むんじゃなかった~。あの時間があればぁぁ」

「ストレス溜まって爆発してたかもね」

「ありがとう⋯⋯多分、慰めてくれてるんだよね。一生懸命頑張るから、亡骸は拾ってね」

「朝食の時カモミールのハーブティー出したげたじゃない。きっと大丈夫」

 カモミールの花言葉は『逆境に耐える』『あなたを癒やす』などで、抗ストレスや安眠などの効果がある。

「うん、寝ないで頑張る」

「そだね、うん。寝ないで名前だけは書くといいよ」





 午前中の試験が終わり、魂の抜けかけたセシルを連れて学園のカフェテリアに向かった。

「うわ、広いね~」

 吹き抜けの天井と一面がガラス張りになったカフェテリアの入り口には、席に案内したり料理を運ぶ使用人が並んでいる。

 広く間隔をあけて置かれたダイニングテーブルには、レースのテーブルクロスがかけられ、テーブル毎に違う花が飾られ、『食堂』などと呼んではいけない雰囲気が漂う。

「ご案内致します。3名様で宜しいでしょうか」

「はい、お願いします」

 テーブルについてメニューを選びその場で注文すると、出来立てが運ばれてくるのを待っているだけでいい。

「規格外? 寮の食堂もそうだったから、覚悟はしてたけどさ」

「本当に、教会の食堂と違いすぎですわね」

 教会ではカウンターに並んで、決められた食事をもらってテーブルにつく。食べ終わった後はもちろん返却口まで自分で運んでいく。

「これってさぁ、テーブルや床を汚したりカトラリーを落としたら、使用人が走ってくるんだよね」

「間違いないね。この国の貴族の子息令嬢が、モップや雑巾を抱えて走るのは想像できない」

「寮でも爵位に関係なくメイドを連れてきてるらしいわよ」

「高位貴族だけじゃなかったんだ。おかしいと思ってたんだよね。盛り盛りのヘアースタイルとか、バリバリの化粧とか⋯⋯一人でできるの? って思ってた」

 雰囲気はともかく、料理は美味しい。盛り付けも味も学園の食堂⋯⋯カフェテリアとは思えないレベル。

 満足して最後のお茶を飲んでいると、パタパタと音がして、ロクサーナの後ろから嗅ぎ慣れた悪臭⋯⋯香水の匂いが漂ってきた。

「ここで食べてたの? 私はアーノルド様に誘われて、あそこの別室で食べたの」

 レベッカが指差す方向には、中二階になった特別室らしき部屋があるのが見えた。

「王家専用の特別メニューだったし、とっても美味しかったわ~」

「そっか、それは良かったね」

 ロクサーナが出来る限りの笑顔で返事をすると、レベッカがメソメソと泣きはじめた。

(まただよ~、堪忍して⋯⋯)

「酷いわ! ロクサーナ達に除け者にされた私を、アーノルド様達が心配してくださっただけなのに!」

 レベッカが突然大声で叫ぶと、ロクサーナ達の近くに座っていた生徒がギョッとして飛び上がった。

 しんと静まりかえったカフェテリアにヒソヒソと小声で話す声が聞こえはじめ、ロクサーナが返事をしようとして口を開いた時、アーノルド王子の声が響いた。



「どうしたんだい? また、ロクサーナに何か言われたの?」

(え~、既に『言われた』のを前提で話すとかあり得ない。そんなに心配なら放置プレイしないで首輪でもつけて、側においといてよね)

「私がアーノルド様達とお食事したのが気に入らないって⋯⋯」

「はあ、油断も隙もないね。私が誰と食事をしようと、ロクサーナには何の関係もない。勘違いしてもらっては不愉快だ!」

「お言葉を返すようで申し訳ありませんが、レベッカが食事が美味しかったと言ったので、『良かったね』と返事しただけです。その言葉の中に、レベッカがどのような意味を思い付いたのか分かりませんが、誰と誰が一緒に食事をしようが、自由だと思っております。
それから、私の事は『バーラム』とお呼び下さい。アーノルド王子殿下にファーストネームで呼ばれるような関係ではありませんので」

「なんて傲慢な! 男爵家の分際で王子殿下に意見するなんて、不敬だぞ。叩き切ってやる!」

「留学生として、何もご存知ない方々から誤解を招くような行動を慎みたいと思っているだけでございます故、ご理解いただけますと恐縮でございます」

「ふん! 聖王国に送り返してもいいんだぞ。王子殿下に不敬を働き、命令するような奴は我が国には相応しくないからな!」

(エセインテリ眼鏡、ありがとう!!)

「では、即刻留学を取りやめこのまま帰国いたします」

(やっほぉい! 帰れるじゃ~ん。レベッカ、ナイス! エセ眼鏡万歳!!)

 ロクサーナがゆっくりとカーテシーをして顔を下に向けたのは、最高に嬉しそうな顔を隠す為。

「慌てて帰国して自分に都合のいい報告をするつもりか! 聞いている通りの姑息な奴だな」

「王国からも報告書をお送りになられれば如何でしょうか? 聖王国には真偽を調べる方法がございますので、私が虚偽の報告をしても真実は必ず明らかになります」

「⋯⋯あ、あの! アーノルド様、私は大丈夫です。ロクサーナだって留学に来たんですから、聖王国に帰すのは可哀想です」

「レベッカ、私はちっとも構わないわよ。真偽の程を確かめた後、もしかしたら⋯⋯代わりの人が来るかもだけどね」

(来ないって確信してるけどね~)

「だ、ダメよ! アーノルド様、もう行きましょう。午後の試験の準備をしなくちゃ」

 真っ青な顔のレベッカがアーノルド王子の腕を引っ張って、無理矢理カフェテリアを出ていった。脳筋とエセ眼鏡はロクサーナを睨みつけていたが、レベッカに大声で呼ばれ走って行った。

 因みにロクサーナは、ビクトールとトーマスの名前を覚える気がなく、脳筋とエセ眼鏡と記憶している。



「はぁ、失敗したなあ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~

juice
ファンタジー
過去に名家を誇った辺境貴族の生まれで貴族の三女として生まれたミラ。 しかし、才能に嫉妬した兄や姉に虐げられて、ついに家を追い出されてしまった。 彼女は森で草を食べて生き抜き、その時に食べた草がただの草ではなく、ポーションの原料だった。そうとは知らず高級な薬草を食べまくった結果、体にも異変が……。 知らないうちに高価な材料を集めていたことから、冒険者兼薬師見習いを始めるミラ。 新しい街で新しい生活を始めることになるのだが――。 新生活の中で、兄姉たちの嘘が次々と暴かれることに。 そして、聖女にまつわる、実家の兄姉が隠したとんでもない事実を知ることになる。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

追放聖女。自由気ままに生きていく ~聖魔法?そんなの知らないのです!~

夕姫
ファンタジー
「アリーゼ=ホーリーロック。お前をカトリーナ教会の聖女の任務から破門にする。話しは以上だ。荷物をまとめてここから立ち去れこの「異端の魔女」が!」 カトリーナ教会の聖女として在籍していたアリーゼは聖女の証である「聖痕」と言う身体のどこかに刻まれている痣がなくなり、聖魔法が使えなくなってしまう。 それを同じカトリーナ教会の聖女マルセナにオイゲン大司教に密告されることで、「異端の魔女」扱いを受け教会から破門にされてしまった。そう聖魔法が使えない聖女など「いらん」と。 でもアリーゼはめげなかった。逆にそんな小さな教会の聖女ではなく、逆に世界を旅して世界の聖女になればいいのだと。そして自分を追い出したこと後悔させてやる。聖魔法?そんなの知らないのです!と。 そんなアリーゼは誰よりも「本」で培った知識が豊富だった。自分の意識の中に「世界書庫」と呼ばれる今まで読んだ本の内容を記憶する能力があり、その知識を生かし、時には人類の叡知と呼ばれる崇高な知識、熟練冒険者のようなサバイバル知識、子供が知っているような知識、そして間違った知識など……旅先の人々を助けながら冒険をしていく。そうこれは世界中の人々を助ける存在の『聖女』になるための物語。 ※追放物なので多少『ざまぁ』要素はありますが、W主人公なのでタグはありません。 ※基本はアリーゼ様のほのぼの旅がメインです。 ※追放側のマルセナsideもよろしくです。

聖女であることを隠す公爵令嬢は国外で幸せになりたい

カレイ
恋愛
 公爵令嬢オデットはある日、浮気というありもしない罪で国外追放を受けた。それは王太子妃として王族に嫁いだ姉が仕組んだことで。  聖女の力で虐待を受ける弟ルイスを護っていたオデットは、やっと巡ってきたチャンスだとばかりにルイスを連れ、その日のうちに国を出ることに。しかしそれも一筋縄ではいかず敵が塞がるばかり。  その度に助けてくれるのは、侍女のティアナと、何故か浮気相手と疑われた副騎士団長のサイアス。謎にスキルの高い二人と行動を共にしながら、オデットはルイスを救うため奮闘する。 ※胸糞悪いシーンがいくつかあります。苦手な方はお気をつけください。

選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!

凛蓮月
恋愛
【第16回恋愛小説大賞特別賞を頂き、書籍化されました。  紙、電子にて好評発売中です。よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾】 婚約者だった王太子は、聖女を選んだ。 王命で結婚した相手には、愛する人がいた。 お飾りの妻としている間に出会った人は、そもそも女を否定した。 ──私は選ばれない。 って思っていたら。 「改めてきみに求婚するよ」 そう言ってきたのは騎士団長。 きみの力が必要だ? 王都が不穏だから守らせてくれ? でもしばらくは白い結婚? ……分かりました、白い結婚、上等です! 【恋愛大賞(最終日確認)大賞pt別二位で終了できました。投票頂いた皆様、ありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾応援ありがとうございました!  ホトラン入り、エール、投票もありがとうございました!】 ※なんてあらすじですが、作者の脳内の魔法のある異世界のお話です。 ※ヒーローとの本格的な恋愛は、中盤くらいからです。 ※恋愛大賞参加作品なので、感想欄を開きます。 よろしければお寄せ下さい。当作品への感想は全て承認します。 ※登場人物への口撃は可ですが、他の読者様への口撃は作者からの吹き矢が飛んできます。ご注意下さい。 ※鋭い感想ありがとうございます。返信はネタバレしないよう気を付けます。すぐネタバレペロリーナが発動しそうになります(汗)

【完結】家族から虐げられていた私、実は世界で唯一精霊を操れる治癒精霊術師でした〜王都で癒しの聖女と呼ばれ、聖騎士団長様に溺愛されています〜

津ヶ谷
恋愛
「アリーセ、お前を男爵家から勘当する!」  理不尽に厳しい家系に生まれたアリーセは常に虐げられて来た。 身内からの暴力や暴言は絶えることが無かった。  そして16歳の誕生日にアリーセは男爵家を勘当された。 アリーセは思った。 「これでようやく好きな様に生きられる!」  アリーセには特別な力があった。 癒しの力が人より強かったのだ。  そして、聖騎士ダイス・エステールと出会い、なぜか溺愛されて行く。 ずっと勉強してきた医学の知識と治癒力で、世界の医療技術を革命的に進歩させる。  これは虐げられてきた令嬢が医学と治癒魔法で人々を救い、幸せになる物語。

恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜

百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。 ※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

処理中です...