【完結】育成準備完了しました。お父様を立派な領主にしてみせます。

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30.危ないから飛び込まないでね

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 マシューが仕事の合間に観察してみると、ルーナは毎朝使用人が起き出す頃に出かけ帰宅は深夜に近いこともある。それとなくメイドに聞いてみると朝食は馬車に持ち込んだパンを齧り、夕食は帰って来てから本を読みながら簡単に済ませているらしい。

「お嬢より早起きして朝食にって準備したら断られたんでな、昼用にサンドイッチや果物なんかを後からお届けすることにしたんだ」

 でないと忙しすぎてお昼もパンを齧って終わりにしちまうって聞いたからと言いながら料理人はせっせと鶏肉に下味をつけていた。

(10歳の子供が学園にも行かずそんな長時間何やってるんだ?)

 マシューの疑問は深まるばかりだった。



 ガストンは口より先に手が出るタイプのようで『執事の仕事は見て習え』と言いつつ失敗すると速攻で拳骨が飛んできた。

(何でコイツが執事なんてやってるんだ? 他に適任者はいなかったのかよ)

 ガストンを含め使用人達はみな護衛としてはかなり優秀で、先日屋敷に忍び込めたのは奇跡だったのではないかと疑うほどだった。各自の仕事の合間に午前2時間と午後3時間の訓練がある。午前中は走り込み・腕立てなどの筋トレを行い午後は得意な武器を使って打ち合いをする。
 自国で鍛えているからと自信があったマシューは4日目で筋肉痛で動けなくなってしまった。

「はっはっは、軟弱な奴め。侯爵家の訓練場に行ってみるか? 貴様なら瞬殺だな」

 ガストンの煽りに何も言えなかったマシューは夜中の筋トレを追加するようになった。

(くっそー、化け物集団め。庭師の爺さんやメイドにも勝てないとか嘘だろ)




 マシューが侯爵家で仕事をはじめて3ヶ月経った頃、漸くガストンが雑談に付き合ってくれるようになった。

「ルーナ様はなんで学園に通われないんですか?」
「もうご卒業された」

「ルーナ様は毎日何処へ出かけられてるんですか?」
「王宮で王子妃教育」

「朝早くから夜中まで?」
「王家の奴らの代わりに政務をなさってる」

「化け物かよ?」
「ウォルデン侯爵家だからな」

「なんでガストンが執事?」
「てめえ、喧嘩売ってんのか? よし、かかってこいや」


「ガストンが執事を兼任することになった理由って知ってます?」
「侯爵家の七不思議の一つだな。そう言うおかしな事をやるのはお嬢の専売特許ってやつだからあんま気にすんな」



 ふとルーナに聞いてみると、

「ガストンって面白いんだもの」



 1年後にはマシューはルーナの専属執事としてジョージのお墨付きをもらうことができた。

『ルーナ様にはマシューのような型破りな執事がちょうど良いかもしれませんね。敵だらけの中で一人で戦わざるを得ないルーナ様にとって、ガストンのアレは心の癒しになっていたのだと思います。
マシュー、ルーナ様を頼みましたよ』

(俺もガストンも何気にディスられてる気もするが)


 マシューが侯爵家に来てから7年、ルーナが王子から婚約破棄され事態が大きく動きはじめることになる。


   








  

 セドリックとの対面を果たした翌日ルーナは乗馬服とブーツを着込んで崖の下を覗き込んでいた。海風で煽られるドレスの裾を押さえたアリシアは半分泣きそうになっている。

「お嬢様、本当に行かれるんですか? マシューが来るまでお待ち下さい」

「何度も言うけどマシューは別のところで仕事中だから来ないの」

「お嬢様は泳げません。もし海に落ちたら死んでしまいます!」

「大丈夫。この島を離れる前には絶対洞窟を見に行くって決めてたの。真っ直ぐ降りて船に乗ってちょっぴり洞窟を見たら上がってくるから、アリシアはカフェでのんびり休憩していて」

「あー、もう。絶対ご無事で帰ってきくださいませ。ここに一人で取り残されたら生きていけません! ほんとのほんとに帰ってきてくださいませ! ルーナ様が海に落ちたら私はここから飛び降りますからね」

「えっ? アリシアは泳げるの? って言うか、ここから飛び込んだら死んじゃうし、ここから飛び込む勇気があるなら階段降りれるんじゃない?」

 アリシアが鬼の形相でルーナを睨んだ。

「はい、ごめんなさい」


 にっこりと笑ったルーナは白い石灰岩の壁に手をつき一段ずつゆっくりと降りはじめた。海の上をゆっくりと旋回する海鳥の鳴き声が聞こえ崖の上にいた時よりも強い風に足元を煽られる。岩壁に作られた急角度の階段は想像以上にでこぼこしておりややもすると足を滑らせてしまいそうになり何度も冷や汗をかいた。

(海賊から逃れる時に使う・・うーん、昔の人の運動神経ってすごい)

 階段の下まで行けば狭い船着場になっており洞窟を見学するための船が既に待機しているがルーナはまだ半分も降りていない。ルーナは全く気づいていなかったがこの階段に女性が一人でチャレンジするのは珍しいようで、崖の上から大勢の観客が覗き込み船の船頭はルーナが海に落ちたらすかさず飛び込めるように船のヘリに足をかけて準備していた。

 長い時間がかかったがルーナが無事に船着場に到着すると崖の上から『おー!』と言う歓声や指笛がかすかに聞こえてきた。

「凄いですね。女性がお一人で降りて来られるのは初めて見ました」

 船頭の賞賛に顔を赤らめたルーナは船頭の手を借りて船に乗り込み崖の上に向けて大きく手を振った。

 手を振る見知らぬ人達の間に埋もれるようにしてアリシアのモスグリーンのドレスが見えた。

(アリシアのことだから私が戻るまでずっとあそこで待ってそうだわ。ごめんね、アリシア)


 エンジンのかかる低い音が聞こえ船がブルブルと重たい振動を伝えてきた。少しの罪悪感と沢山の期待を込めて船が走り出した。島に沿うように走り出した船が緩やかなカーブを描いて断崖絶壁にわずかに開いた入り口からゆっくりと洞窟の中に進んでいった。

 暗くゴツゴツした岩肌と深い青色に輝き揺れる海。仄暗い洞窟の中は予想以上にひんやりとしている。

「入り口から入る太陽光が白い海底に反射して海がこんな風に青く輝いてるんだそうです」

「だから晴れた日じゃないとつまらないですよって言ってたのね。あの奥に見えるのがトリトンの彫像かしら? 思ったよりも大きいのね」

 トリトンは海神ポセイドンの息子で、上半身は人間だが下半身は魚や蛇の姿をしている。

「もう少し進んだら一度エンジンを切ります」

 丁度中程あたりまで進んだ所で船頭が船のエンジンを切った。静まりかえった洞窟の中はそれまで以上に神秘的で幻想的な雰囲気に包まれた。

「あまり熱心ではないんだけど、ここにいると神の存在を信じたくなるわ」

「ここで愛を誓う為に訪れる方もおられますから」

「海の女神なら海神ネーレウスとドーリスの娘テティスかしら? それとも女性はやきもち焼きだからここには相応しくないとかかしら」


 洞窟を後にしたルーナは再び時間をかけて階段を登って行き、泣き過ぎて目を腫らしたアリシアが落ち着くまで抱きしめ続けた。


「思っていた以上に綺麗だったの。神秘的で幻想的、お喋りするのもやめたくなるほど神聖な感じで・・アリシアにも是非見せたかったわ」

「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、あの階段は私には無理です」

「あら、船着場から乗っちゃえばいいの」

「えっ?」

「ほら、私が乗った船・・拙い、あー何でもないわ」

「はっ!! お嬢様! 階段使わなくったって洞窟行けるじゃないですか!!」

 ルーナは一晩中アリシアからお説教を食らった。

(バレないと良いなって思ってたのに。はぁ)

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