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20.はじまりの時

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 フラウド男爵とディスペンサー騎士団長を捕縛した5日後の午後。

 マッケナとジョージはルーナの日誌とルーナ達が集めた情報や資料などを、使用人に扮した侯爵家の兵士達に持たせ王宮へやって来た。
 使用人達が持っている箱に納められた書類はほんの一抱えずつしか入っていないものもあり、恐らく彼らは護衛としてついてきたのではないかと思われた。


 謁見室前には青い顔で今にも気を失いそうな顔のドジャース法務官がマッケナを待っていた。

「今から屠殺場に運ばれていくみたいな顔だな」

「ウォルデン侯爵様、笑えない冗談はご容赦下さい。そっ、それともやはり私は・・」

「大丈夫、何があっても必ず守ると約束しただろう?」

「はっ、はぃ。ルーナ様には何度も助けて頂いておりましたのに、あの様な卑劣な行為に加担してしまい・・本当に申し訳ありません」

「ルーナからの手紙に『ドジャース法務官を宜しく頼みます』と書いてあったんだ。必ず守ると約束する」




「つ、次は・・ウォルデン侯爵です」

 冷や汗を拭きながら震える声で名前を読み上げた宰相は手元の資料を見つめ、横目でギロリと睨んできた国王の視線に気付かないふりをした。

「何故彼奴が? 話は既に終わっておろう? 慰謝料の減額でも願い出ておるのか?」

「げっ、減額かどうかまでは聞いておりませんが・・慰謝料等について謁見を・・申し込んでおります」

「そのような事で余の時間を無駄にする必要はあるまい。財務大臣に対応させれば良いではないか」

「しっ、しかしその」

「陛下、もう一度くらいは話を聞いてやっても良いのではありませんか?」

 反論できず口籠もった宰相の近くで国王と宰相のやりとりを黙って聞いていたユージーンが助け舟を出した。マッケナをまだ懐柔しきれていないと思っているユージーンはマッケナの機嫌をとっておきたいと思っているが、実際のところはマッケナに完全に見捨てられている。

(くそ、あれ以来マッケナの奴に会えてないのに何しにきやがったんだ? 俺は大丈夫だとは思うが何も聞いてないってのは・・)

「ユージーン、其方がウォルデンに道理を教えてやると申しておったではないか! あれから何日経っておるか分かっておるのか!」

「まあ、えーっと。はい。申し訳ありません」

「まあ良い、ユージーンも宰相も役立たずなら余が因果を含めてやろう」





 謁見室の扉が開きマッケナの後にジョージが続いた。その後ろからゾロゾロと箱を捧げ持つ使用人が続くと謁見室の奥から国王の怒鳴り声が響いてきた。

「こんな大人数でやって来るとはどういう了見だ!」

 堂々と謁見室の真ん中を歩くマッケナとは対照的に王座に座る国王は真っ赤な顔で怒り狂っており、その横に並ぶ王妃とグレイソン王子は『なんと派手なパフォーマンスだ』と嘲笑の色を浮かべていた。
 国王に敬意を示す様子のないマッケナを見たユージーンは引き攣った笑みを浮かべながら用心深そうな目でマッケナの様子を伺っていたが、土気色の顔とくっきりと濃い目の下のクマの宰相は全てを諦めたような顔で俯いていた。

「ウォルデン、余の前で無礼であろうが!」

 膝もつかず目線も下げず国王を真っ直ぐに見つめるマッケナの態度に国王が憤激した。謁見室に居並ぶ大臣達は警戒心を表した顔でマッケナを見つめており、マッケナ達の後ろの壁を埋め尽くしている衛兵達は全員直ぐにでも剣が抜けるようにと柄に手をかけた。

「先ずは、グレイソン第一王子有責による我が娘ルーナ・ウォルデンとの婚約破棄に対する慰謝料の請求に関わる書類をお持ちいたしました。
ルーナが王宮にて国王・王妃・王子の仕事の一部を代行しておりました事を鑑み、婚約時の規定による慰謝料を増額し王子妃教育の費用請求と併せてお支払い頂きます」

「ばっ、馬鹿な事を! 気でも狂ったのではないか!? その様な戯言が通用すると思うたか!」

「グレイソン第一王子が不貞を働いていた事についてはドジャース法務官が証人です。
グレイソン王子は愛人3名を従えルーナに婚約破棄を仰られた。婚約の契約では王子に不貞・不義のあった場合には侯爵家からの婚約破棄が可能と明記されておりその際の慰謝料も記載されております」

 ジョージが後ろに向かって合図をすると、背が高く立派な体躯の侯爵家の使用人に埋もれていたドジャース法務官がオドオドしながら前に進み出た。

「確かに・・その。グレイソン王子殿下は婚約破棄の時、次の婚約者候補の方を連れておられました。お一人が正妃様となりお二人が側妃になられると明言されました」

「正妃? 殿下はまだ立太子しておられんのに?」

「側妃は国王にしか・・」


「ルーナがここ数年夜も明けぬうちに出仕し深夜まで政務に勤めて事をここにおられる大臣方はご存じのはず。
念の為ルーナの日報を持参致しましたのでそれを見れば一目瞭然かと」

「その様なもの、幾らでも捏造できるわい。あの様な小娘が政務など理解できるわけがなかろうが、そうであろう?」

 ふんっと馬鹿にした様に鼻を鳴らした国王が玉座に踏ん反り返った。

「ウォルデン侯爵、確かにルーナ殿は頑張っておられたと聞くが・・少し買い被りすぎではないかな?」

 何度も助けられた記憶がある外務大臣だが国王へ阿る言葉を平然と口にした。

「ほう。では、ルーナの日報にある各部署へ出した指示書や提案書などを確認致しましょう。誰が書いたものなのか文字を見れば外務大臣にも直ぐにご理解いただけることかと思いますが、他の方々はいかがお考えでおられますかな?」

 殆どの大臣は慌てて目を逸らしたり俯いたりでマッケナの言葉に返答を返すものはいなかった。

 国王にあるまじき下劣な顔で睥睨していた国王やグレイソン王子が口を歪め笑いを堪えていると法務大臣が緊張した面持ちで一歩前に出た。

「・・法務部一同、ルーナ様が政務に多大な尽力を尽くしておられたお陰で円滑に職務を果たすことができた事を証言致します」

「ざっ、財務大臣として申し上げます! ウォルデン侯爵と法務大臣の仰った事は事実です」

「貴様ら、血迷うたか!! それともあの娘に政務を手伝わせ仕事の手を抜いておったとでも申すのか!」

「そうではございません。ルーナ様は陛下と王妃様、王子殿下の執務室に溜まり政務に支障をきたしていた物を各部署に振り分けたり急ぎで手配しなければならないものなどの指示を出したりして下さいました」

「他国への贈り物の指示やお礼状、経費の見直しや購入品の指示。各領地からの嘆願書の確認と提案書などもルーナ様が指示して下さいました」

「彼奴は王子の婚約者でしかないルーナにはその様な権限はない! 」

「勿論でございます。ルーナ様はその権限内で我らの仕事が円滑に回る様にして下さっておりました。権限を逸脱する事や悪用・乱用された事は一度もございません」

「余に歯向かってタダで済むと思うておるまいな! この者たちを捕らえよ、一族郎党首を刎ねてしまえ!!」

 整列していた衛兵が法務大臣と財務大臣を拘束する前に2人の大臣がマッケナの元に走って来ると、マッケナが連れてきた使用人達が武器を構えた衛兵から大臣とドジャース法務官を守り戦闘体制をとった。


「動くな!!」

 威圧を込めたマッケナの大声で衛兵達が固まった。真っ赤な顔で激怒していた国王と王妃は怯えて玉座にしがみつき国王の横に立っていたグレイソン第一王子は腰を抜かして尻餅をついた。

「まだ話の途中だ。荒事は私の話は終わっておらん」

「きっ、貴様・・余の前でよくもそのような・・」


「数日前にディスペンサー伯爵を拘束したがとても有益な話を聞かせてくれた。こう言えば話の続きはご理解いただけたかな?」
 
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