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第13章

第11話 村の領域侵犯7

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-1-
 残り2つの人間の村、サグワド村とトライアン村の訪問も(騒ぎになりつつも)無事に終えることができた。
 ただ、トライアン村の村長は将来を考えて犬小鬼たちとの取引についてかなり前向きかつ友好的だったが、サグワド村の村長の言動が少し気にかかった。
 平たく言えば「金に汚い」という雰囲気がね、なんというか態度にかなり出ていたのよ。
 あれは持ち込んだ品に難癖付けて値切り倒したり、数のごまかしを平気でやるタイプと見た。
 サグワド村の次に訪れたトライアン村でユニやクランヴェルがそれとなく聞いてみると、やはりあまり評判は良くないらしい。
 前村長の息子で代替わりして村長をやっているものの、村の運営なんぞよりも街で面白おかしく暮らしたいそうで、その為の金集めに余念がない、みたいなことを聞き込んできた。
 俺も村長との交渉の時に集まってきた野次馬の村人たちを見たが、他2つの村の住人に比べるとやや元気というか活気がない。
 村をまとめ牽引していく村長が無能だったり投げやりだったりすると、そのしわ寄せは村民に行くもんだ。
 多分村人相手にもこっそりやらかしてんじゃなかろうか。税のピンハネとか出入りの商人からのリベートとかさ。
 正直に言えばそんな相手とは取引したくないのだが、3つの村の内1つだけ仲間外れにすると、色々と面倒くさい。
 グレッグも同じ考えらしく「あの村には2級品を形だけ持っていく方が良さそうだ」と言っていた。
 俺もそう思う。ただあまり露骨にすぎないようにな?

 3つめの村への訪問が済んだ翌日は休みとした。
 気温も気温で動き回れば汗ばむ時期なので、いい加減、着ているものを洗濯したり風呂に入ったりしたいのよ。
 もう10日くらい着たきり雀で風呂にも入ってないし、翌日の会合にあまり薄汚れた姿で出るのも舐められそうで。
 というわけで、噴水樹の近くで皆で洗濯。
 少し距離をとったのは、石鹸を使うから。さすがに飲料水にもなる水源の近くに石鹸廃液ぶちまけるわけにもいかん。
 それにこういう場面ではムクロジやサイカチの実の出番なのだろうが、初夏のこの時期はまだ実になってない。
 それに石鹸があるならそっちの方が汚れ落ちるし。
 洗濯が終われば次は風呂だ。
 土魔法で浴槽を作り、噴水樹から水を引いて浴槽を満たす傍ら、焚火で石を焼く。
 うん、洗濯の前にやっときゃ時間の節約になったが、忘れていたんだから仕方ない。
 石が焼けるまでわりと時間がかかるので、その間にずっとまとわりついている犬小鬼の子供らの相手をして過ごした。
 残っていた石鹼液を使ってシャボン玉を作ってみせると、歓声を上げて追い掛け回す。
 ふわふわと漂いながら、触れると一瞬で消えるのが面白いらしく、次も次もとせがまれて大変だった。
「懐かしいものをやっているな」
 水袋を提げたグレッグが姿を見せた。
「どーも懐かれたっぽくてな。やはりこの見た目のせいかね?」
「それもあるだろうが、なんでも美味いものを食わせてくれたそうじゃないか」
 グレッグがそう言って俺の前に腰を下ろしたので、子供らにはシャボン液とストロー代わりの草の茎を渡して勝手に遊んでもらうことにした。
「美味い物……?ああ、水飴か。やはり甘いものは貴重か?」
「かなり貴重だな。ということはそのミズアメとやらは甘いのか」
「蜂蜜には負けるがね」
「だが高価なんだろう?」
「いや、ちと手間はかかるが材料さえあれば作れる。材料も芋と麦だし」
「芋と麦?それだけで作れるのか?」
「まぁな。だが悪いが作り方は教えてやれん。ウチの領の重要な特産品にして戦略物資なんだ。
 作り方は最重要に近い機密事項になってる」
「そうか。なら仕方ないな。それにここでは芋も麦も入手は難しい」
「ただ、酒を造っているなら甘いものができんことはない……かもしれん。
 造り方とか知ってるか?」
「まぁおおざっぱではあるが」
 そう答えるグレッグから、ここでの酒の造り方を教えてもらう。
 それによると集めた木の実を剥いて茹でて灰色の粉(恐らくコウジカビ)をまぶし、さらにぬるま湯を加えて作るらしい。
 なるほど、でんぷん質の糖化と発酵が分かれているならなんとかなる。
「その造り方なら、ぬるま湯を足した時点で甘くなっている筈だ。沸騰させて煮詰めてやれば酒にならずに甘いまま残ると思う」
「そうなのか。それはいいことを聞いた。今度試してみよう」
「ただ、出来たとしてもその甘味は取引には出さんほうがいいぞ。甘味は酒以上に人を狂わせるからな」
「たかが甘味がか?」
 グレッグが信じられないと言った風に訊ねる。
「俺はその水飴のせいで、隣の国の非正規部隊から付け狙われてる最中だ」
 まぁ規模としては大航海時代のサトウキビプランテーションのほうがもっと洒落にならんのだが、それを言うと話が色々長くなる。
「そいつはまた……災難だな。勝ち目はあるのか?」
「そのための旅ではあるな。まぁウチの領主も動いてくれてる。政治的なものはそっちに任せるとして、今は襲ってくる輩を返り討ちにできるだけの腕を磨いてる最中だ」
「人間社会も色々大変そうだな」
「まったくだ」
 話が一段落してグレッグが去ると、焼いていた石もいい感じになったので順番に風呂に入ることにした。
 作った俺が一番最後になるのは仕方がない。
 やはり10日も野山で暮らしていると、毛皮に色々入り込むんだよ。この季節はさ。

-2-
 そして今日は3つの村との会合の日。
 集まる場所はコンバルド村だ。
 行きかう村人たちに手をあげて挨拶をしながら村の集会所につくと、ビゼット村長の他に見知らぬ男が座っていた。
「ちょいと早かったかな」
「いえ、もうすぐ後の2人も来ると思いますよ。ああ、こちらは3つの村を監督している代官のコルトゥさんです」
「コルトゥだ。ビゼットから話を聞いた時は冗談としか思えなかったが、まさか事実だったとはな」
 コルトゥと名乗った男が、グレッグとその後ろに侍る2匹の犬小鬼を見て呟く。
「群れを束ねているグレッグだ。今回はよろしく頼む」
 グレッグが小さく頭を下げ、俺達も続いて名乗るとそれぞれ席についた。
「まず初めに幾つか確認をしておきたい。今の群れの規模はどのくらいだ?」
 それぞれが席に着くのを見た代官のコルトゥがさっそく尋ねてきた。
「子供も含めて120に少し欠けるくらいだな」
「……多いな。ちなみに本当に人間に害をなすつもりはないのだな?」
「そのつもりはない。だからこそこうして取引を持ち掛けている。
 村を襲う気があるのなら、こんな回りくどいことはしない」
「そっちの目的はなんだ?」
「目的かどうかは分からないが、俺達は他所からの支配を受けずただ穏やかに過ごしたいだけだ。
 俺たち犬小鬼は弱い。緑小鬼や豚鬼に従うことも多いが、それは力で征服されて仕方なくだ」
「……にわかには信じられんが」
「では逆に訊ねる。緑小鬼や豚鬼が、征服した相手をまともに扱うと思うか?」
「いや、それはないな。確かに納得だ」
 グレッグの答にコルトゥが深く頷く。
「で、なぜここに住むことを選んだ?」
「ここの森が広く豊かで、あまり人の手が入っていそうになかったからだ。
 前は別の場所で暮らしていたが、豚鬼同士の縄張り争いが激しくなってきてな。
 俺達に飛び火しそうな気配が出てきたから、群れを率いて逃げてきた」
「豚鬼同士でも縄張り争いがあるのか」
「無論あるさ。基本的に俺たちは『オレサマ最強』で『弱肉強食』かつ『階級社会』だ。群れ同士が出会えばまず始まるのは上位争いだ。
 負けた群れは勝った群れに吸収される。そして群れの中での順位は最下層に位置される。
 何らかの才を見せるか、狩りや襲撃で手柄を立てれば順位も上がろうが、大体は他の群れを吸収して自分の下に置くしかない。
 もっとも、あまり頭は良くないから、2つ3つも群れを吸収すればその上の順位はボスを除けばかなりあやふやになるがな」
「なるほど。では、もし我々が手勢を集めてそちらの群れを退治しにかかったらどうする?」
「その時は諦めて他の土地を探さざるを得ないだろうな。ただし、俺達も黙って追い立てられるつもりもないが」
 グレッグとコルトゥの間に剣呑な空気が漂う。
「あー、横から悪いが代官さん、その考えは俺的に勧められん。
 グレッグたちは確かに非力な犬小鬼だが、練度は高い。
 討伐するなら冒険者ではなく、領都の軍に出動を要請するレベルだな。それでも相応の被害・犠牲は免れまい。
 それに、グレッグたちを追い払ったところで安心が得られるのはひとときだけだ。
 次にやってくるのが話の通じるやつとは限らんぞ?」
「まるで次がすぐに来るような口ぶりだな?」
 口を挟んできた俺をコルトゥが軽く睨んできた。
「そりゃ森の中にグレッグたちが切り開いた空き地があるんだ、緑小鬼でも豚鬼でも、どこかから流れてきた野盗でも、その場所を見つければこれ幸いと棲みつくだろうぜ。近くに問題なく飲める水も湧いてるしな」
 俺の答にコルトゥが考え込む。
「……わかった。では最後の質問だ。グレッグだったな、お前はいったい何者だ?」
 長い思案の末に顔をあげたコルトゥが、グレッグをじっと見据えて尋ねた。
「さてな。他の犬小鬼より出来が違うのは自覚しているが、何者かと聞かれれば犬小鬼だとしか答えようがない。
 言葉や知識に疑問を持っているようだが、これは昔、隠居していた魔法使いの爺さんに習ったからだ。
 爺さんが死んだ後は俺も旅に出たが、あちらで数匹、こちらで数匹と保護したり加わったりで今の規模になった」
 ……俺が聞いた話とは違うが、まぁ魔界から来たとは言えない以上このくらいの創作は必要か。
 すらすらと答えるグレッグに内心感心しつつ、成り行きを見守る。
「……そうか。ではそう言うことにしておこう。だが、お前たちのことは上に報告しておくぞ。
 これだけの案件を俺一人で抱え込むにはリスクがでかすぎるからな」
 コルトゥはそう言うとふっと表情をやわらげた。
「なに、『交渉の結果、話の通じる相手にて有益無害と見込まれる。討伐の必要なし』と一筆は加えておく。
 もしかしたら魔術師ギルドの物好きが様子を見に来るかもしれんが、悪いがその時は相手してやってくれ」
「承知した。その判断に感謝する」
 グレッグがそう言って頭を下げたことで、代官との話し合いは終了した。
 ……とりあえず大っぴらに敵対することはなさそうだ。
 そう胸をなでおろした時、訪いを告げる声がした。
 どうやら他の2つの村の村長が来たらしい。
 では、第2ラウンド開始と行こうか。
 ……もっとも俺はサポートの方だが。
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