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第13章

第4話 油脂ギルドにて

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 シノム細工の職人たちとの話を終えて黒虎亭に戻ると、夜遅いにもかかわらず全員が起きて待っていた。
「今戻った……って、休んでいてくれて良かったんだが」
「おかえりー」
「おかえりなさいませ」
「どうせ戻ってきたところで目が覚める。気にするな」
 それぞれが声をかけてくる。
「シノムギルドはどうでしたか?」
「初めちょっと揉めたが、最終的には上手くいった」
 尋ねてきたユニに答えながら、内容をざっと説明する。
「素人の思い付きなど聞く必要がない、か。職人の姿勢としてはちょっと問題だな」
「ともあれ、若い職人の方は乗り気になってくれて良かったよ。うまく形にできりゃ、ここのシノム細工の名も少しは上がるだろ。
 そっちはどうだった?」
「私の方は特に問題もなく。魔界のことについていろいろ尋ねられましたので、差し障りのない範囲で答えておきました」
「なら結構」
「こっちは問題大ありだ」
 そう言ってクランヴェルがため息をついた。
「商売がうまくいっていない商店主だったんだが、変な被害妄想をこじらせていてな。朝から酒も入っているようで、言ってることが支離滅裂だ。
 魔法で酒を抜いた後で静心の魔法をかけつつじっくり説教しておいた。
 しかしあの様子ではそう遠くない将来、『自分の商売がうまくいかないのは、空が青いからだ』とか言い出しかねないな」
「いやそこはきっちり更生させとけよ」
「半日以上も説教を続けた身にもなれ。そこまで話せば説得の言葉も言い尽くすぞ」
「……そうだったんか。いや、その、配慮が足りなかった。スマン」
 クランヴェルの思わぬ反撃に素直に頭を下げた。
 俺も前世の社畜時代に、虫の居所の悪かった上司に机の前に立たされて4時間を超える説教を喰らったことがあったが、それでも後半は話が堂々巡りしていた気がする。
「傍から聞いてても結構凄かったわよ?声を荒げるわけでもなく、淡々と相手の非を諭していくあの様は、ちょっとディーゴには真似できそうにないわね」
「確かに俺じゃ無理だな。元々口数が多い方じゃねーし。ともあれ皆ご苦労さん」
「明日の予定はどうなりますか?」
「俺の方は油脂ギルドに行かなきゃならん。今日はシノムギルドしか行けなかったからな。
 特に用がないなら好きにしてていいぞ」
 ベッドに腰掛け、水差しからコップに移した水を飲みながら答える。
「なら私は買い物に出ていよう。少し買い足したいものがある」
「あたしは猫枕亭にいるわ」
「……予算は半金貨2枚な」
 クランヴェルは問題なさそうだが、イツキには釘を刺しておく。
「ご一緒してもいいですか?」
「まぁ構わんが、面白いかは分からんぞ?」
 ということでユニがついてくることになった。
 ヴァルツもなぜかついてくるつもりらしい。

 そして翌日、ベネディクトの迎えで油脂ギルドに赴いた。
 顔合わせは問題なく終わったのだが、こちらのギルドも別の意味で大変やりにくい。
 いや、どういう風に話が伝わったのか知らんが、集まった面々が俺に物凄く期待している雰囲気がね?
 そんな俺の心境をよそに、満面の笑みを浮かべたギルド長が改まって深々と頭を下げた。
「この度は魔法の碾き臼と名高いディーゴ様がお力を貸していただけるそうで、我ら油脂ギルド、心よりお礼申し上げます」
「「「ありがとうございます!!」」」
 揃った幹部らしき男たちが声を揃えて頭を下げる。
 うん、ぶっちゃけこういうノリというか雰囲気苦手だ。とはいえこれもお仕事、個人の好き嫌いは心の棚に上げておくだけの分別はある。
「盛大な歓迎ありがとうございます。ご期待に添えるかはわかりませんが、これから幾つか提案をしますので、そちらでよく検討したうえで使えそうなら役立ててください」
「「「はいっ!!」」」
 そう言って全員が席に着いたのを確認して、提案を始めることにした。
「今回は蝋燭についてお話しようと思います。先ほど提案とは言いましたが、これから説明する物は商品として私の故郷にあった物です。
 ですから正確に言うと紹介になりますね。実物をお見せできないのが残念ですが、話の中からイメージを掴んでください。
 なお、私の故郷は大陸が違うくらいに離れておりますので、商圏が被る心配はないと思っていただいて結構です」
 それぞれが頷いたのを見て話を続ける。
「まず初めに確認しますが、こちらのシノムの蝋燭は灯心に灯心草を使ってますね?」
「ええ。シノムの蝋は蜜蝋などに比べて粘り気があるので、糸や編み紐では蝋が十分に吸い上げられないのです」
「なるほど。そこは私の故郷と同じですね。ただ、故郷の蝋燭は芯の作り方がちょっと違います」
 そう前置きして、和ろうそくの芯の作り方を説明する。
 和ろうそくの場合はまず木串や竹串に和紙を貼り、それに灯心草を巻きつけて蝋燭の芯にする。
 仕上げの最後に串を引き抜けば、木綿糸を伸ばしただけの洋蝋燭とは違う、中空の太い芯が出来上がる。
「この中空の太い芯のせいで一般的な蝋燭(洋蝋燭)よりも風に強く、大きな炎を作れます」
「今の蝋燭よりも明るさが増す、という訳ですな?」
「その通りです。ただ、作るのに手間はかかりますし、今の蝋燭と違って炎が揺らぎます。芯切りもどうしても必要になりますね」
「炎が揺らぐというのは?」
「今の蝋燭は、無風であればほぼ炎は揺らぎません。ただ、中空の芯を使うと無風であっても芯の中を空気が通るので若干揺らぐんですよ。
 故郷ではその揺らぎに安らぎとか美を感じていたのですが、これは感覚の違いなので、もしかするとこちらでは受け入れられないかもしれません。
 まぁ作るにあたって大きな設備変更が必要という訳ではないので、気になるなら試していただければ」
「芯に紙を巻きつける意味はなんでしょう?」
「私もよくは分かりませんが、恐らく串を引き抜きやすくするためではないかと。……ああそうか、紙も安くないんでしたね。
 なら木串の代わりに銅の金属串を使ってみるのもどうかと思いますよ」
「鉄ではダメなのですか?」
「鉄もアリかと思いますが、銅の方が熱を伝えやすいので、上手くいけば手元を温めることで抜けやすくならないか期待しているんですがね。
 ただこればかりは実際にやってみないと」
「なるほど」
 そこでしばしの沈黙が訪れる。他に質問はなさそうだ、と思ったので話を進めることにした。
「蝋燭の芯についてはこんなところで。次は照明としての色について少し話しますか」
「お願いします」
「こちらでは蝋燭を照明として使う場合、ほぼ裸火を使いますが、故郷ではこれに色を付けるという文化もありましてね。
 なに、難しいこっちゃありません。蝋燭を色付きガラスで覆うだけのことです。赤や青や緑の照明として、パーティーの会場なんかでいいアクセントになります」
「ああ、そういう需要もありましたか。確かにそれは簡単にできそうですな」
「ガラスギルドと提携して燭台に取り付ける色ガラスの覆いを作るのもいいですし、色ガラスで小さなコップを作ってそれを蝋燭代わりにするのもありかと思います。後者の方が手軽といえば手軽ですね。
 ただどちらかというと油脂ギルドよりガラスギルド向けの話になりますが」
「炎そのものに色を付けることはできないのでしょうか?」
「現時点ではかなり難しいですね。出来なくはないようなのですが、かなり特殊な材料が必要みたいです」
 思い当たるのは炎色反応だが、生憎となにを燃やせば何色になるかまでは覚えてないのよ。
 しかも燃やすのはナトリウムとかカリウムとか、そう言った系統の物だったはず。
 流石にそこまで説明できるだけの知識はないわ。
「そうですか……」
 質問してきた男性が残念そうに頷いた。
 すまんな、力になれなくて。
「では次、匂いについていってみましょうか」
「におい、ですか?」
「ええ。故郷では火を灯すと香りを発する蝋燭なんてのもありましてね、一つのジャンルになってたんですよ。
 溶かした蝋に香料を少し混ぜるだけ、という割と簡単な方法で作れますよ」
 手作りのアロマキャンドルなんかは、ちょっとおしゃれな小物屋に行けば売ってたりするし。
「おお、それは良さそうですな。香水を加えるだけでも作れますか?」
「恐らく可能だと思います。ただ、酒精を使った香水でないとダメでしょうね。香料の作り方は香水の製作元や錬金術師なんかが詳しいかと思います。
 それとちょっと変わった使い方としては、虫よけ蝋燭なんてのもありましたね」
「虫よけの蝋燭?」
「ええ。殺虫効果や虫よけ効果のある香料を蝋に混ぜて作るんですよ。照明として使いながらも虫よけにもなる、野営に便利な品でしたね。
 研究が必要でしょうが、魔物除けの蝋燭も作れるかな?」
「ほぅほぅ、単純に香りだけでなく実用品にもなる……相応に需要が見込めそうですな」
「後はまぁ、ちょっと変わったところでは絵蝋燭ですかね。蝋燭に顔料で絵を描いたものですが、照明としてより飾りとして使うケースが多かったように思えます」
「蝋燭に絵を、ですか?なんでわざわざ?」
「んー、ちょっと話が逸れますがまぁいいか。
 私の故郷はね、そこそこの家になると、家の中に先祖や故人を祀るブツダンという小さな祠みたいな物が置いてあるんです。
 季節の花を飾り、蝋燭を灯し、毎朝水と少しの供え物をして祈りを捧げる、そんなものです。
 ただ雪深い地域だと、冬の間は飾る花がなくなるんですよね。それだと寂しいので、並べて立てている蝋燭に花の絵を描いて、本物の花の代わりにしようという、そんな気遣いから生まれた品、と聞いたことがあります」
「本物の花がないから、蝋燭に花を描いて代わりとしたわけですか。なんだか心温まるお話ですな」
 話を聞いたギルド長が、ほっこりした表情でつぶやいた。
「生憎こちらにはそういう習慣がないので、あまり需要は見込めそうにありませんがね」
「確かに各家にそのような習慣はありませんが、教会などでは欲しがりましょうな。あとは使用目的でない、装飾用の凝った造りの燭台に彩を添えるという意味で貴族様にも需要がきっとありますよ」
「……ああ、そうか。そういう使い道もありますね」
 言われてみて納得する。思い出してみればウチやココの領主様の所には、明らかに使用を目的としない芸術品のような燭台が飾ってあったりした。
 アレに絵蝋燭を立てればもうちょっと華やかになるかもしれん。
「一応私が提案できるのはそんなところ……あ、いや、もう一つあった」
 話を〆ようとしたところで一つ思い出した。
「まだ何かありますので?」
「蝋燭の商品というわけじゃないのですが……まぁこれは参考程度に聞いておいてください。
 蝋燭ってのはご存じの通り割と高級品ですよね?なら、使い残してチビた蝋燭とか溶けて流れた蝋を取っておいてもらって、後で幾らかでも払って回収するってのはどうですかね。
 回収した蝋はまた溶かし直して、安価な蝋燭として再販するというのは」
「それだと色々な蝋が混じりませんか?」
 職人の一人がそう言って顔をしかめる。
「それをひっくるめて『そういう蝋燭』として販売するんです。まぁ正規の蝋燭に比べれば質は落ちますが、本来捨てられるものを集めて作るなら値段も抑えられるでしょう。
 見習い職人の練習として作らせてもいいですし」
「それもディーゴさんの故郷であったやりかたで?」
「今はもう廃れてしまいましたがね。
 安く大量に作れる蝋が出回り始めたせいで、わざわざ買い集めて作り直す方が逆に高くつくようになってしまったんですよ。
 それに照明自体も様変わりして、蝋燭を使うことも大幅に減りましたし」
「……参考までに伺いますが、その、蝋燭に代わる照明とは?」
 ギルド長が恐る恐るといった感じで尋ねてきた。
 その危惧は分かる。もしその蝋燭に代わる照明とやらが広まれば、蝋燭の価値は暴落する。
 下手をすればギルドの存続に大きくかかわりかねない。
 ……しかし蛍光灯をなんと説明した物かな。電気だなんだといっても多分理解できんだろうし。
 少し悩んだ末に、もっともらしく誤魔化すことにした。
「言ってしまえば明かりを灯す魔道具みたいなものですよ。火を使わず、ボタン一つで明かりを点けたり消したりできるものなんですが、再現できるかというと……まず無理ですね。私も詳しく理解してないので」
「そうなんですか。しかし火も使わず明かりを灯すなど、魔法の一種なのでしょうか?」
「多分そうだと思いますよ?」
「ふーむ、便利なものがあるものですね」
 再現不可能と聞いて表情を和らげたギルド長がしみじみと呟いた。
「話を戻しますが、蝋燭の残りや流れた蝋を買い集めるというのはじっくりと検討してみる価値がありますな。
 安価な蝋燭を売り出すことができるなら、喜ぶ市民も少なくないでしょう」
「あまり儲けにはならないと思いますが、無理のない範囲でお願いいたします」
 ギルド長の気遣いに頭を下げた。

 そうそう、危うく忘れる所だったが、この場を借りてオイルマッチと精製油の宣伝と注意もしておいた。
 実物を見せたら物凄い食いつきで、恐らくまとまった注文がディーセンに行くことになると思う。
 体を壊さん程度に頑張ってくれ、と、オイルマッチ関係者にこっそりエールを送っておいた。
 その後は俺が挙げた提案について幾つかの質疑応答をして、〆となった。
「いや予想以上に色々と提案してくださりありがたい限りです」
「いくつかでも形になり、シノム蝋燭が売れることを祈ってますよ」
 俺とギルド長が握手を交わすと、職人たちが一斉に頭を下げた。
「「「ありがとうございましたっ!!」」」
「私にできるのはここまでです。あとは皆さん、よろしくお願いします」
 職人たちにも声をかけて油脂ギルドを後にする。
「……なんと言いますか、独特な雰囲気の人たちでしたね」
 俺の隣でほぼ空気だったユニが呟く。
「そういう教育でもされてんのかな。まぁともあれこれで侯爵様からの依頼は済んだ。
 次の依頼はちょっと外に出かけてぇな」
 そう言って肩をぐりぐりと回すと、盛大に腹の音が鳴った。
「……そういや朝からなにも食ってなかったな。イツキを回収がてら猫枕亭でメシにするか」
「はい。イツキさん、あまり飲んでいないといいんですけど」
「それはあまり期待できんな」
「ですね」
 顔を見合わせて苦笑いを浮かべると、飲み続けているであろうイツキを回収しに猫枕亭へと足を向けた。
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