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第13章

第2話 侯爵からの依頼

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 シタデラの街をぷらぷらと観光した翌日は、それぞれ分かれて行動することにした。
 まずシタデラ侯爵からの召喚状だが、これは「シタデラウチでも売り出せる新物産があったら教えてくれ。礼はする」という内容だったので、これは俺が行く。
 ディーセンの内政官でもある俺が、頼まれたからとほいほい他領に新物産を提案していいのかという引っ掛かりがなくもないが、シタデラ侯爵にはアモルとの諍いについて一つの道を示してくれた借りがある。
 当人は貸し借りにするつもりはないようだが、恩を受けた以上は礼の一つも返すのがスジだろう。
 それにウチの領主とも親しいようだし、仲良くしといて損はないように思う。
 次いでホレス高司祭の「魔界について教えてくれ」という件はユニに任せる。一応、護衛役としてヴァルツも同行させる。
 魔界に関してはユニ以外に知識がないので、これはこれで仕方ない。俺らが付いていっても置物化するだけだ。
 面倒くさそうな「悪魔を探しに来た中年男」はクランヴェルに投げた。多分、中年男が来るきっかけになったのはクランヴェルが原因だ。
 責任もって改心させろと念を押しておいた。
 イツキさんは猫枕亭で飲んでるそうだ。俺も出来ればそうしたかったよ。
 一応クランヴェルの援護射撃は頼んでおいたが、どれほど役に立つかは……まぁ考えないでおこう。

 そんなわけで各人の予定に従って解散。
 俺は再びシタデラ侯爵のいる天守塔へ向かった。

 先週も顔を見せた珍獣を門衛たちも覚えていたようで、召喚状を見せて訪いを告げるとすぐに内部に通された。
 今回は応接室ではなく、いきなり執務室らしい部屋に通されたのはちょっと驚きだったが。部外者が入っていいのか?この部屋。
「おう、先週に続いて呼び出して悪いな。ちょっとそこで座って待ってろ。コイツだけ終わらせる」
 勧められた椅子に腰かけなんとなくシタデラ侯爵の仕事ぶりを見ていると、なにかの書類に文章を書き終えた侯爵がふぅとため息をついて顔を上げた。
「机仕事は性に合わんが、立場上そうも言ってられん。ともあれ、昨日の今日でよく来てくれた。
 用件は手紙に書いた通りだ。ディーセンで魔法の碾き臼といわれるそなたの知恵を借りたい」
「まぁ知恵を貸すのは構いませんが、ウチの領主はこのことは?」
 知恵を貸すのに俺としては問題ないのだが、ここでシタデラ侯爵が独断でやっているようならウチの領主にも一報入れといたほうがいいと思うゆえの質問だ。

「ハロナーゴには鳩で許可をとった。好きなように使ってくれ、その代わり妙な揉め事に巻き込まれていたら手を貸してやってほしい。と返事が来たぞ。
 なかなか大事にされているようだな」
 シタデラ侯爵はそう言って笑うと、すぐに表情を改めて施政者の顔になった。
「では本題に入ろう。
 我が領では代々シノム細工とシノム蝋燭を特産品として売り出してきた。
 この2つについて、何か良い知恵があったら貸してほしい。些細な事でも構わん」
 そう言って深々と頭を下げてきた侯爵に、正直に言うとかなり戸惑った。
「……理由をお聞きしても?」
「ああ。
 特産品というのはその領を代表する顔の一つでもある。そのような性質を持つ以上、下手な質のものを世には出せん。
 他の品なら質に関することは各ギルドに一任するところだが、シノムに関することは街の法でもって基準を定め厳しく管理しておる。
 その代わり、税などで優遇措置を与え商売する上で優位に立たせてきた。
 にもかかわらず、俺の父の代からここ2~30年、売り上げはほとんど伸びておらん。
 シノム細工に至っては緩やかだが右肩下がりとなっておる。
 歴代の領主が守り育ててきたシノム細工と蝋燭に、俺はなんとかテコ入れをしたいのだ」
 侯爵という雲の上の存在の人が、名誉市民とはいえほぼド平民な自分に真摯に答える。
 そういう態度で来られるならば、こちらとしても極力応えてみせるのが筋だろう。
「わかりました。
 ただ、私も専門の職人ではないので細かい技術的なことまでは分かりません。
 再現するにしても職人たちによるある程度の試行錯誤は必要でしょう。
 そういうので良ければ協力させていただきます」
「それで結構。道端に竜の死骸が落ちていることを期待するような真似はせんよ。
 で、いつから取り掛かれる?必要な資料やモノがあるなら手配させるが」
「ああ、いえ。昨日街の中をぷらぷら歩いていて、なんとなく思いついたものが幾つかありますので、それで良ければこの場ででも」
「……ほう。ならば聞こう」
 軽く答えた俺の言葉にシタデラ侯爵は驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔を浮かべると尋ねてきた。
「まずシノム細工に関することですが……」
 そう切り出す形で、昨日の街巡りで思いついたというか思い出した内容を幾つか話して聞かせた。



「……とまぁ、今の時点で提案できるのはこの程度です」
 そう言って俺が話を終えると、シタデラ侯爵は大きくため息をついた。
「……この程度が聞いて呆れるわ。よくもまぁ昨日1日でそれだけ思いついたものだ。それが異なる世界の知識という奴か?」
「そんなところです。もっとも、こちらとは嗜好も価値観も違うので、今言ったものがそのまま使えるかはわかりませんがね」
「なに、それでも十分だ。今聞いた話だけでも職人たちにとってはいいきっかけになろう。
 しかしそうなると謝礼の方はどうしたものか……」
「別に今すぐでなくても成果が出てからで構いませんよ?今の時点じゃ試算も何もあったものじゃないですし」
「それは助かるが……それだとこちらが有利すぎるのではないか?
 極端なことを言えば、成果が出なかったことにして謝礼を踏み倒すこともできるのだが」
 シタデラ侯爵が意地の悪い笑顔で尋ねてくるが、それに対する回答は用意済だ。
「それならそれで今後のお付き合いを考え直すだけですし、仮に謝礼を踏み倒されたところで別に痛くもなんともないんですよ。
 シノム関連のネタなんて、ディーセンにいても使い道ないですしね」
 肩をすくめながら答えると、シタデラ侯爵は納得したような顔を見せた。
「……それにウチの領主様を可愛がってくれてるようなお方なら、部下の私にもそう無体な真似はせんでしょう」
 俺が笑顔を浮かべてそう言えば、シタデラ侯爵は豪快に笑って返してきた。
「わっはっは!確かにハロナーゴの部下ならば無体な真似はできんな!!
 ディーゴ、そなたらは今どこに滞在している?なに黒虎亭?ならシタデラに滞在中の費用は俺が持とう。
 謝礼については成果が出次第適宜送る。
 シモンズ、シノムギルドと油脂ギルドに使いを出せ。新しい特産品の案を出すから、主だった職人を集めておけ、とな。
 あと役所から一人連れてこい。そいつにディーゴを案内させる」
「かしこまりました」
 執事が恭しく一礼して姿を消すと、侯爵は満足そうに頷いて椅子の背もたれに背を預けた。
「職人たちがうまく形にできればいいのだがな」
「いくらか時間か必要でしょうが、おそらく大丈夫でしょう。
 私がディーセンで暮らしていて感じたことですが、こちらの世界の職人も腕が悪いわけじゃないんです。
 ただ、基本的に狭い地域で固まって過ごしているだけに、どうしても視野が狭いというか物の見方が固定されてしまっているような気がします。
 見習いの時点で他所の街に修行に行くことはあっても、そう遠くまでは行かないですしね」
「……それは、職人たちにもっと旅をさせろという事か?」
 そう言って侯爵が身を乗り出してきた。
「それも手っ取り早いっちゃ手っ取り早いのですが、効率の面ではあまり良くないかと思います。
 幾つかの領を巻き込んで、大規模な物産展とか技術交流会みたいなのを開いてみれば、漫然と旅をするより効率がいいんじゃないかと」
「それは、互いの領から特産品を持ち寄って一堂に会する、という事か?」
「そうですね。あとは、公開しても構わない程度の技術や技法を、希望者にざっと教える感じでしょうか」
「なるほど。そのやり方ならば、わざわざ現地まで行かずとも物産展に行くだけで各地の特産品を一度に見ることができるわけだな?」
「見るだけじゃなくて、在庫を用意できるなら販売してもいいですし。ただ、見学用と販売用は場所なり日程を分けたほうがいいでしょうね」
「確かにそうだな。売り買いしながらではゆっくり話を聞くことも出来まい」
 頷いた侯爵が言葉を切り、考え込む様子を見せる。
「各領の特産品を一堂に集めた物産展か。うむ……確かに上手くいけば、職人の技術向上だけでなく新しい顧客の確保や販路の開拓にもつながるな。
 普段見ることのない各地の品々が買えるとなれば、一般市民でも楽しめようし、それを目当てに人も集まろう。
 人が集まれば金が動く。金が動けば税収も増える。
 出品する側も、訪れる客も、主催者にも利があるわけか。面白い。ディーゴ、その案貰うぞ」
「どうぞどうぞ。こういう催しは相応の規模でないと面白くないですし、大規模にやろうと思ったら偉い人なり有名な人が動かないと人が集まりませんから」
「うむ、それはある意味真理だな。……となると皇帝陛下に話を通したほうがいいか?」
「その辺りはお任せします。ただその場合、私の名前はなるべく出さないでいただければありがたいです」
「いいのか?うまくいけば皇帝陛下に認められる好機だぞ?」
「出世栄達は別に望んでないんですよ。なにせこんな見た目ですからね、下手に貴族間の集まりに顔を出したら、それこそ面倒なことになりそうで。
 閣下やウチの領主様みたく、私の意向を汲んでくれる人ばかりとは思えないんですよね」
「ああ…………まぁ、そういう者もいるな」
 心当たりがあるのか、侯爵が遠い目をして呟く。
「そなたの名を出さないのは了解した。手柄を奪うようでいささか心苦しいが、俺の発案として動くことにしよう」
「ありがとうございます」
「礼を言うのは俺の方だ」
 そんな和やかな感じで話が一段落したので、話ついでに少し気になっていたことを尋ねてみた。
「そういえば先日、こちらの執事さんから話を伺って手を貸したのですが、手押しポンプの粗悪品の件はその後どうなってるかご存じですか?」
「おお、あの件か。街の職人たちに声をかけて早速修理に取り掛かった、と報告を聞いた。手間をかけさせたな」
「いえ、あの程度なら大したことではないので。ところで、今回はこれで済みましたが、第2第3の不心得者が出てきたらどうします?
 私としてはああいう粗悪品は出回って欲しくないのですが」
「領内の主だった村には今回の件を通達として出す。安さにつられて怪しい行商人から買ったりしないように、とな。
 あとはまぁ、今回の被害に遭わなかったところの為に、ハロナーゴに頼んで幾らか融通してもらうか、我が領内での使用に限りと制限をかけて作らせてもらうか、だ。
 粗悪品の被害に遭ったところはそなたの手助けで補填ができるが、そうすると今度は被害に遭わなかったところから不平が出る。
 この辺りのさじ加減がなかなか難しいところよ」
 思わぬ侯爵のボヤキに、俺は黙って頭を下げた。

「さて、机仕事はここで一休みだ。役所から人が来るのはもう少しかかろう。それまでまた付き合ってもらうぞ。戦槌を得意とする者は中々少ないのでな」
「いやあの、今日は得物は持ってきてないのですが」
「武器庫に行けば手頃なのもあるはずだ。さ、行くぞ」
 その後、役所から人が来るまで借りた武器でみっちり手合わせに付き合わされた。
 元気なおっちゃんだなホント。
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