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第11章

第2話 湯宿の里

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―――前書き――――
温泉のある里の話ですが、お風呂シーンはありません。
希望があれば後で追加も考えますが……9割9分9厘9毛、男湯のシーンになると思います。
――――――――――


-1-
 その後も村を通過するたびに、同行者は一組減り二組別れと数を減らし、5つめの村を発つ時点で同行者はゼロになった。
 しかし別段何かに襲われるということもなく、7日目にして初めの目的地である湯宿の里に到着した。
「懐かしいわね。ここも」
 視界の向こうに湯宿の里の入り口が見えると、イツキが感慨深げに目を細めた。
「ああ、何年ぶりになるんだろうな。みんな元気でやってりゃいいんだが」
 荷車を引きつつそれに答える。
「ここがディーゴ様の言っていた湯宿の里、ですか?」
「ああ。俺がカワナガラス店の二人に拾われて、初めて世話になったところだ。滞在したのは1ヶ月くらいだったかな」
 アメリーにそう答えていると、門番がこちらに気付いたらしいので手を振ってみせた。
 そのままゴトゴトと荷車を引いて歩いていくと、笑顔を浮かべた門番の前で立ち止まった。
 かつてここにいたときに、一緒に赤大鬼と戦ったあの門番だ。
「また懐かしい顔が来たな。新顔の4人と虎は関係者か?」
「ああ。俺のとこの使用人でさ、虎は俺の使い魔だ」
「ほぅ、使用人を持つ身分に出世したか。今回来たのは湯治か?」
「まぁ2~3日はゆっくりさせてもらうが、この3人をな、1年ほど預かってもらいに来たんだ」
「……というと?」
 重ねて尋ねてきた門番に、ざっくりと事情を説明する。
 アモル王国との抗争や追放のことは伏せて、1年ほどディーセンを離れることになったが、残していくのは治安の面で不安があるのでここに連れてきた、といった内容にとどめた。
「なるほどな。そういうことなら村長やアーレルと相談するといい。場所は変わってないからわかるな?」
「なんとなくだが覚えてるよ」
「なら結構。じゃあ、ゆっくりしていってくれ」
「ありがとう」
 門番に礼を言って村長の家を目指す。
 俺やイツキにとっては懐かしい道だが、ユニたち初訪問の者は興味深げに辺りを見回している。
「ディーゴ様、あれは煙じゃなくて湯気ですか?」
 建物同士の間の排水路から流れてくる湯気を指さしてアメリーが尋ねる。
「ああ。ここは地面から直接熱い湯が湧いてるんだ。そういう地面から湧き出す湯ってのは温泉と言って、風呂にして浸かると疲れが取れるだけじゃなくて体にもいいことが多くてな。
 怪我や病気がよくなることもあるから、それを目当てに訪れる者も多いんだ」
「普通のお風呂とは違うんですか?」
「やはり違うな。普通の風呂でもゆっくり浸かればいろいろ体調も良くなるもんだが、温泉の場合はその効果がさらに高い。それにここの湯は湯冷めしにくくて、風呂上りがいつまでも温かいままなんだ」
 そんな感じで温泉の説明をしながら、村の大通りを進む。
 途中、俺のことを覚えている住人が声をかけてくるのに手を振って答えながら、村長の家に到着した。
 以前、この村に世話になっていたときにはあまり話したことはなかったが、それでも赤大鬼を退治した後の宴会から幾度か会話する機会があった。
 俺に言葉を教えてくれたアーレルも加わってもらうが、まずは村長に話をするつもりだ。

 村長の家で訪いを告げ、顔を見せた村長は俺とイツキの風変わりなコンビを覚えていた。
 挨拶の後にアーレルが呼ばれ、久しぶりの再会を喜び合った。
 村長の家の一室に6人が腰を落ち着け、まずは俺とイツキがカワナガラス店の2人とこの里を出てからの経過を話してきかせた。
「ほぅ、ディーセンの街の名誉市民になられましたか。その傍らで冒険者もなさっている、と。それはおめでとうございます」
「ありがとうございます。お陰で結構好き勝手に過ごさせてもらってますよ」
「言葉の方も随分流暢に話せるようになりましたね」
「この里にお世話になってから2年が経ってますんでね。とはいえ、怒涛の口喧嘩ができるほどではありませんが」
 アーレルにそう笑いながら返すと、一緒に話を聞いていた使用人たちの中のポールが意外そうに尋ねてきた。
「あの、ディーゴ様はそれまで言葉が話せなかったんですか?」
「ああ。ここに厄介になったときは、まだこっちの言葉はほとんど分からなくてな。読み書きどころか会話すらロクにできん有様だったんだ。
 それに俺はこの見た目だろ?村に姿を見せれば武器を持った自警団に出迎えられるし、街に近づけば騎兵隊に追いかけられるしで人里に近づくのも命がけだったんだ。誤解を解きたくても言葉が通じねーんじゃ弁解のしようもないしな」
「いきなり冒険者に襲われたこともあったわね」
 イツキが当時を思い出して呟く。そういやあったな、そんな事件も。
「その時の冒険者はどうなったんですか?」
「人質を取って和解せざるを得ない状況に持ち込んだ。その時初めて、念話なら意思疎通ができることを知ったんだ。
 で、まぁなんとか誤解を解いて、必要最低限の言葉だけ教わって別れたわけだ。できれば同行したかったが、その冒険者も依頼の途中で余計な揉め事しょい込むわけにもいかなかったからな」
「そのあとは森の中をふらふらしながら南下して、たまたま温泉の湧いてたこの里の近くに落ち着いたのよ」
 俺の言葉をイツキが引き継いで説明した。
 それがきっかけになり、俺とイツキがこの近くに拠点を作ってからこの里に入るまでのことがざっと話し合われた。
 里の方も里の方で俺の扱いについて、すぐに討伐しろという強硬派ともうちょっと様子を見ようという穏健派で結構揉めたらしい。
 結局、強硬派に押し切られる形で雇った冒険者たちを俺らが返り討ちにしたので、強硬派は一気に勢いをなくしたそうだが。

「……して、今回この里に来られたのは?」
 昔話が一段落すると、村長が改まって尋ねてきた。
「ええ、実は事情があって1年間ほどディーセンを留守にすることになりましてね。その間、こちらのウィル、アメリー、ポールの3人をこの里で預かってもらえないかとお願いしに来た次第です。どこかの宿屋で住み込みで働かせてもらうか、空き家があるなら1軒借りて、そこから通いで働かせてもらえたら、と」
「なるほど、そういうことですか。差し支えなければその事情を伺っても?」
「構いませんよ」
 村長に頷いて返すと、現在進行中のアモル王国との騒動をざっと話して聞かせた。
「……とまぁ、なにせ相手が一国の非正規部隊なもんで、戦いの心得のない3人をそのままディーセンに残していくのは危険だな、と。
 幸い、この里と私の繋がりを知っている人間はかなり限られますんで、後を追ってくることもないかと」
「そうでしたか。ただウチも小さな里ですので、3人一緒に働けるようなところはちょっと用意は難しいかと思います」
「……だそうだが、働き先がそれぞれ違っても構わんか?」
 村長の言葉を受けて、ウィル、アメリー、ポール3人を見ながら尋ねる。
「はい。それは仕方がないと思っています」
 ウィルが3人を代表して答える。
「でしたら空き家を1軒都合しますので、3人にはそこに住んでいただいて、それぞれ働きに出てもらうということで。働いていただく先は、これから先方に話を聞いて決めますから」
「よろしくお願いします」
 そんな感じで話がまとまったので、ウィルたちの働き口が決まるまでの数日間はこの里に滞在することになった。

 村長が用意してくれた家に3人の荷物を運び込み、生活に必要な細々した物を買い込みがてら、ウィルたちは村長が話をしてくれた働き口の所に面接に向かう。
 期間限定な上に半分は里の居候みたいなものなので、給料は安めで構わないと言ってある。一応、半年分くらいの生活費は渡すつもりでいるし。
 まぁわざわざ働かさないでも、1年分くらいの生活費を渡して好きに暮らせという方法もあったが、それはそれであまりよろしくない気がするので。
 3人がそれぞれ面接を受けた結果、男手のウィルは源泉周りの維持管理を行う湯守っぽい一家の手伝いに、女手のアメリーはある温泉宿の仲居的な仕事に、まだ体の出来上がってないポールはよろず屋の手伝いにと働き口が決まった。
 3人にはそれぞれ給料が出るが、それ以外に各人に金貨を6枚ほど渡しておいた。給料以外にこれだけあれば、まぁよほど無駄遣いをしない限り暮らしに困ることはなかろう。
 それ以外にウィルたちには内緒で、村長に大白金貨を5枚渡してある。
 名目上はウィルたちの家の1年分の賃料だが、ウィルたちに何かあったときの為の後見代と、この里への寄付が含まれている。
 村長やアーレルは恐縮していたが、ここで世話になったことが今の生活の土台にもなっているので、俺の感謝の気持ちということで無理を言って受け取ってもらった。

-2-
 色々と動く合間に久しぶりの温泉を堪能し、夜は夜で里に一軒だけの食堂兼酒場に顔を出す。
 客は里以外のあちこちからやってきた湯治客が多いが、里の住人も少なからず顔を見せる。
 特に日中は里の入り口に詰めている門番は仕事上がりにこの店に寄るのが日課らしく、同じ席で酒を酌み交わしながら昔話やディーセンの話で盛り上がった。
「カタコトどころか単語を並べるのが精々だったアンタが、今はディーセンの名誉市民たぁな」
 エールで顔を赤くした門番が笑いながら言えば、昔の俺を知っている客がそれぞれに頷く。
「で、虎の兄さん。下世話な話だが、名誉市民になると年金てのが貰えるんだろ?幾らもらえるんだ?」
「俺の場合は年に金貨20枚くらいかな」
「なんだ、意外とすくねぇな」
 別の客からの質問に答えると、周りから落胆の声が上がる。
「名誉市民といえば一応は貴族サマだろ?もっとこう、がばっと貰えるもんかと思ってたけどよ」
「貴族ったって一番下っ端だよ。名誉市民程度じゃ年金なんておまけみたいなもんさ。俺としちゃ、名誉市民の証の短剣の方がよほど役に立ってる」
「そんないい品なのかい?」
「いや、初めて立ち寄る村とか街の場合、名誉市民の短剣を見せないと警戒されてなかなか入れてもらえねぇんだ」
 俺の答にどっと笑いが起きた。

 そんなこんなで4日を過ごし、ウィルたちの暮らしもなんとかなりそうだと目処が立ったので、湯宿の里を発つことにした。
「じゃあ来年には迎えに来るから、それまで元気でな。村長やアーレル、働き先の人たちの言うことをよく聞いてしっかり過ごせよ」
「はい。ディーゴ様たちも長旅どうかお気をつけて」
 見送りに来たウィルたちと言葉を交わす。
「彼らのことは私どもも気にかけておきますので、ディーゴさんたちも気兼ねなく旅をしてきてください」
「ありがとうございます」
 そう申し出てくれた村長に頭を下げる。
 これで後顧の憂いはなくなった。
 これから先の1年間は、冒険者として依頼をこなしつつ適当に西に向かう。
 旅の連れはイツキとユニ、そしてヴァルツといういつもの面子。
 別に先を急ぐ旅でもなし、寄り道しながらのんびり行こうか。

 見送りに来た一同にしばしの別れを告げると、まずは南にと足を向けた。
 とりあえず目指すのは塩の街ソルテール。
 大きな塩鉱山を擁する街に向けて、およそ5日間の旅が始まった。
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