上 下
177 / 227
第10章

第21話 街を後にする前に8

しおりを挟む
―――前回までのあらすじ――――
ノルマだった新物産の提案2件を済ませ、挨拶回りと旅の準備もほぼ目処が立った。
今日は最後まで残った相手に挨拶を済ませる予定だ。
――――――――――――――――


-1-
 今日は3月の最終日。明日より春の大市が始まるため、対外関係はほぼ何もできなくなる。
 てなわけで、残っていた場所を回っちまおう。

 最初に顔を出したのは、ウチの家具一式を注文して任せている家具屋。
「こんちわ、店主のオブサードさんはいるかな?」
「ああ、いらっしゃいませディーゴ様。店主は今他出しておりますが、どのような用件でしょうか?」
 店員に声を掛けたらどうも店主は今はいないらしい。まぁいなくても特に問題はないので、さくっと用件を切り出した。
「ちょいと都合ができて1年ほどこの街を離れることになってね。その挨拶と連絡に来たんだ。確か家具の残金がまだ残ってたはずだから、それもまとめて払っておこうと思ってさ」
「そうでしたか、わざわざありがとうございます。ディーゴ様の残金は……少々お待ちください」
 店員が取り出した帳面をぺらぺらとめくり、あるページで手を止めた。
「えーと、ディーゴ様の残金は金貨で130枚となっておりますね」
「ん、了解。払いは大白金貨でもいいかな?」
「はい、結構です」
 店員が頷いたので、財布から大白金貨を取り出して卓に並べる。
 店員は慎重にそれを数えると、卓の中にしまい込んだ。
「確かに大白金貨13枚、お預かりしました。ただいま受け取りの紙を渡します」
 そう言って店員が受け取りの紙に金額を書いて寄こした。ま、領収書の代わりやね。
「ありがとさん。で、家具の納入なんだけど、使用人も含めて街を離れるから、屋敷には誰もいなくなるんだ。だから納入は俺が帰ってくるまで待ってもらえんかな。戻ってきたらまた顔を出すからさ」
「分かりました。店主にはそう伝えておきます」
「で、話は変わるけど、以前こちらに教えた寄木細工はどんな感じ?」
 店内を見回しながら店員に尋ねる。
 店内の商品にはぽちぽちそれらしい品が置いてあって、まぁ全く商売になってないという訳ではなさそうだ。
「寄木細工はディーゴ様が出どころでしたか。今のところは小物を中心に展開していますが、珍しさもあって領外からの買い付けもありますよ」
「そうか、なら良かった。教えたはいいが全く商売にならねぇ、なんてことになってたら合わす顔がなかったが」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。今比較的出ているのは、この箱ですね」
 店員がそう言うと、両手の平を並べたより少し大きいくらいの小箱を持ってきた。
「ご婦人方のアクセサリーなどを入れる小箱なんですが、寄木細工の模様を活かして鍵穴を隠してあるんですよ」
 そう言って蓋の一部をスライドさせると、確かに鍵穴が現れた。なるほど、こりゃぱっと見には鍵穴がどこにあるか分からんな。
 スライドする蓋の部分も隙間なく目立たないように作られているので、あらかじめ知っていなければ開け方を探してこねくり回すことになるか。
「へぇ、よく出来てるもんだ。小物入れに使うのは想定してたが、装飾を使って鍵穴を隠すというのは盲点だったわ」
 ちょっと意外な活用の仕方に素直に感心する。
 こっちの世界の職人さんたちって、決してレベルが低いわけじゃないんだよな。カワナガラス店もそうだけど、基本を教えさえすればすぐに理解して応用してくるから侮れない。
 ただ、住んでる世界が狭いというか、新しい情報がなかなか入ってこないので、どうしても視点が固定されてしまうのが弱点なように思う。
 これが日本であれば、美術館に行ったりテレビ番組やインターネットで、それこそ比較的簡単に世界中の品物を見ることができるけど、こっちの世界じゃそうはいかんしな。
「この箱でしたらお洒落な見た目ながらさりげない防犯にもなる、と、ご婦人方に人気でして」
「確かにそうかもな。いや参考になったわ。どうもありがとな」
「いえ、このくらいでしたらなんてことは」
「じゃあ、俺はこれで失礼するけど、くれぐれもオブサードさんによろしくな」
「かしこまりました。道中、お気を付けて行ってらっしゃいませ」
 そう言って頭を下げる店員に手を振りながら、まずは1件目の家具屋を後にした。

-2-
 さて最後はミットン診療所だ。
 ここも外せない挨拶先の一つだからな。
「ちゃーっす」
「やぁディーゴさん」
 今日の受付はエルトールか。待合室に患者がいないのは好都合だな。
「アルゥから聞きましたよ。お勤めご苦労様でした」
「ありがとな。で、今日はその続きだ」
「……またアモルが何かやらかしましたか?」
 エルトールが呆れたように呟いた。
「いやそうじゃなくてな、お勤めの続きだ。領主が1年ほど領外に出てほとぼり冷まして来いってさ。それを言いに来た。
 まぁ先日の誘拐騒ぎでやりすぎたってんで、名目上は1年間の追放になるんだけどな」
「そうだったんですか。ディーゴさんもついに前科1犯ですね」
「やめてくれその言い方」
 にやにやしながらのたまうエルトールに思わずツッコむ。
「でもまぁ、冒険者手帳に賞罰を書く欄はないですし、前科がついても大して影響はないんじゃないですか?」
「そりゃそうだが、今まで品行方正にやってきた身としては、ちょっと後ろめたさがないでもない」
「事情が事情なんですし、そこまで気にしなくてもいいと思いますけどね。見方によっては勲章みたいなものですよ」
「あー、まぁ、そういう見方ができんこともないか」
 エルトールのフォローに少しだけ気が楽になった。
「ところで、1年間の追放となると、屋敷の皆さんはどうなります?」
「他所に行ってろという追放だけで、身分も資産もそのままだから、引き続きうちの使用人だな。もっとも、ここには残していけんけどな」
「確かにそうですね。ちなみに3人とも武術の心得は全くないんですよね?」
「ウィルだけは若干あると思うが、後の2人は皆無だな。もっとも、3人とも知り合いの村に預けることになるが」
「セルリ村ですか?」
「いや、その前に世話になってたところだ。ディーセンここからだと7日くらい離れてるし、そこの村とのつながりを知ってるのもごく少数だ。
 まずアモルの連中はたどり着けめぇよ」
「そうですか、なら安心ですね」
「さすがに扶養家族3人連れて1年間の旅暮らしはできんしな」
「ですよねー」
 俺の苦笑いにエルトールが頷いて見せる。
「話は変わりますが、1年の不在となると盗賊あっちのギルドはどうします?」
「一応連絡しといてくれ。いなくなるからツナギはいらないってな。戻ったらまた連絡入れる」
「わかりました」
「それと領主の所で聞いたんだがな、どうも他所の領から間者狩りの応援を呼ぶらしい。それなりに声をかけていい返事をもらったそうだ。
 これからちょっと騒がしくなるかもな」
「そうでしたか。じゃあそれも併せて伝えておきましょう」
 エルトールが頷いた。
「参考までに聞きますけど、どこか目的地とかは決まっているんですか?」
「いや、特には決めていないが、できればハルバまで足を延ばしたいと思ってる」
「ハルバですか……結構遠いですね」
 エルトールが頭の中で地図を浮かべながら答える。
「ハルバまで足を延ばすのでしたら、時間に余裕があればで結構ですので世界樹の街に寄り道してほしいんですよね」
「どこだそこ」
「帝国領内を東西に貫く横断皇路は知ってますよね?その真ん中あたりに大きな交易都市のトレヴって街があるんです。
 そこから南に向かって7日ほど街道を行くとアシュブレイユって街に着きます。そこが世界樹の街です」
「往復で2週間以上の寄り道か……世界樹の街っつーと、その街の近くに世界樹ってのがあるのか?」
「いえ、世界樹に行くにはその街からでもまだ遠いんですが、なにせ世界樹ってのは大森林の奥にあって、アシュブレイユより近くに人間の街がないんです。
 大森林の中にエルフの里はありますけど、基本的に人間は入れませんし、そもそも世界樹は樹竜の棲み処なんで好んで世界樹に近づく人なんていませんよ。
 それに大森林の中だって魔物がいるんですから」
「なるほど。で、そこに何か目当ての物があるのか?」
「ええ。大森林はこの辺りと植生がかなり違うそうなんで、珍しい薬草類が安く売っていたら買ってきていただけないかな、と。樹竜がいるとはいえ、森の浅い部分はまだ人間が出入りできますから」
 そういう理由か。でもエルトールにゃ悪いが、そのために2週間を費やすのもな……世界樹が見れるというなら行ってもよかったが、優先順位はかなり低いか。
 そんな俺の顔色を読んだか、エルトールが言葉を続ける。
「あと、私もまた聞きなんですが、大森林でだけ採れる『竜樹』ってものがありまして、これを盾のベースに使うとすごくいいらしいんです。
 樹人トレント材を上回る強度があるとか」
 ……そうきたか。
 それを聞いちゃあちょっと行ってみようかという気にはなるな。
「まぁ、時間に余裕があるなら寄り道してみるわ。ただあまり期待はすんなよ?」
「ええ、それで結構です」
 エルトールが満足そうに頷いた。

「じゃあ、申し送りは以上かな」
 言うべきことはいったので話を切り上げにかかる。
「出発はいつになります?」
「6日の朝にこの街を出るつもりだ」
「そうですか。なら兄さんとアルゥにも伝えておきます。当日見送りには行けないと思いますが、道中お気をつけて」
 エルトールにそう言われて診療所を後にした。
 さて、これで挨拶回りはすべて終えた。
 後は自分の荷物をまとめて、出発に備えるだけだな。まぁこれは1日もあれば終わるんだが。
 明日から始まる大市の品ぞろえがちと気になるが、旅の前に荷物を増やすわけにもいかんのが心苦しいところだ。

 ちなみにその夜、ふらりとアルゥが姿を見せたと思ったら、ウェルシュからの伝言を残していった。
 くれぐれも、くれぐれも迷宮産の酒を土産に頼む、だってさ。
 …………ったく、あの呑み助はよー。
 医者としては完璧超人な癖に酒に関してはこれだからな。アルゥもため息ついてたぜ。
 アルゥわざわざありがとな、旅先で猫が好きそうなものがあったら土産に買ってくるわ。



―――あとがき――――
長々と引っ張りましたが、これで第10章は終わりです。
次回更新はいつも通り、来週月曜になります。
―――――――――――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

死んだと思ったら異世界に

トワイライト
ファンタジー
18歳の時、世界初のVRMMOゲーム『ユグドラシルオンライン』を始めた事がきっかけで二つの世界を救った主人公、五十嵐祐也は一緒にゲームをプレイした仲間達と幸せな日々を過ごし…そして死んだ。 祐也は家族や親戚に看取られ、走馬灯の様に流れる人生を振り替える。 だが、死んだはず祐也は草原で目を覚ました。 そして自分の姿を確認するとソコにはユグドラシルオンラインでの装備をつけている自分の姿があった。 その後、なんと体は若返り、ゲーム時代のステータス、装備、アイテム等を引き継いだ状態で異世界に来たことが判明する。 20年間プレイし続けたゲームのステータスや道具などを持った状態で異世界に来てしまった祐也は異世界で何をするのか。 「取り敢えず、この世界を楽しもうか」 この作品は自分が以前に書いたユグドラシルオンラインの続編です。

【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です

堀 和三盆
恋愛
「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……7日後、かな…」  申し訳なさそうに眉を下げながら。  でも、どこかいそいそと浮足立った様子でそう言ってくる夫に対し、 「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」  別にどうってことがないような顔をして。そんな夫を元気に送り出すアナリーズ。  獣人であるアナリーズの夫――ジョイが魂の伴侶とも言える番に出会ってしまった以上、この先もアナリーズと夫婦関係を続けるためには、彼がある程度の時間を番の女性と共に過ごす必要があるのだ。 『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』 『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』  ――そんな説明を受けてからもうずいぶんと経つ。  だから夫のジョイは一カ月に一度、仕事ついでに番の女性と会うために出かけるのだ……妻であるアナリーズをこの家に残して。  夫であるジョイを愛しているから。  必ず自分の元へと帰ってきて欲しいから。  アナリーズはそれを受け入れて、今日も番の元へと向かう夫を送り出す。  顔には飛び切りの笑顔を張り付けて。  夫の背中を見送る度に、自分の内側がズタズタに引き裂かれていく痛みには気付かぬふりをして――――――。 

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

処理中です...