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第10章

第20話 街を後にする前に7

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―――前回までのあらすじ――――
新物産提案のノルマ2件を無事こなし、追放期間1年の言質は取った。
しかしまだ挨拶回りは続く。ついでに旅立ちの準備も必要だ。
――――――――――――――――


-1-
 領主との面談を済ませた翌日は休み。
 安息日として世間も休日なので、こういう日に挨拶回りに行くのもナンだろうと思ったわけだ。
 それに俺の方もそろそろ荷物の選別を始めたいのよ。

 家具類と(俺の)布団と冬服類は置いていく。
 着替えは予備として1枚ずつ持って行けばいい。どうせ旅から旅で着たきり雀になるんだし。
 本類は……6冊なので一応全部持っていくが、筆写の終わっている初等魔法書は売って写本だけ持って行こう。
 筆記具などの細々した物は前日にでもまとめればいい。
 ざっくりと選別したのちに金庫を開けて、そこで気が付いた。
 ……両替商に行くのを忘れてた。
 こちらの世界に紙幣はない。(一部に超高額用の布札というのがあるらしいが、俺はまだ見たことがない)
 結果的に全部硬貨になるのだが、これを数百枚、千枚と持ち歩くのはさすがに重すぎる。
 ある程度は金貨や半金貨で持たねばならないだろうが、大半は大白金貨に変える必要があるだろう。
 さて今日は両替商はやっていたかな?普通なら休みの筈だが、大市が目前だから特別に営業しているかもしれんな……と考えたところで、前世での銀行の存在を思い出した。
 思い出してみればこの街で銀行という施設を見たことがない。
 以前返り討ちにした奴隷商は全財産を持ち歩いていたっぽいが、そもそも街から街を旅する行商人や冒険者が、常に全財産を持ち歩くのはリスクが高すぎる。
 普段は安全な場所に預けておいて必要な時に引き出す、あるいはある街で預けた金を別の街で引き出す、そんなサービスがあってもいいんじゃないだろうか。
 幾らかの手数料は取られるにしても。
 とりあえずこういうシステムについて心当たりはないか、とユニを始めとする使用人たちに聞いてみたが、結果は芳しいものではなかった。
 アメリーとポールは全く知らず、ウィルは『支店を幾つも持っている大手の商会なら、支店間でそういう事をやっていると聞いたことがある。ただしあくまで自分の所の商売用』というレベル。
 ユニは銀行のシステムこそ知っていたがこちらの世界では分からない、という内容だった。
 ……石巨人亭で聞いてみるか。
 ホントは明日に挨拶に行く予定だったけど、あの店は年中無休だし、挨拶が1日早まっても問題はなかろう。

「うぃーっす」
 久しぶりに石巨人亭に顔を出すと、変わっていない親父さんと娘さんが出迎えてくれた。
「お、ディーゴか。随分と久しぶりだな」
「久しぶりですね、ディーゴさん」
 二人に軽く挨拶をしてカウンターに腰を下ろす。
「色々とドタバタが続いてね、顔を出す機会がなかった。すまんね」
「それについては俺も聞いてるよ。大変だったそうじゃないか」
「まぁね、アモルの連中がしつこくてさ。つーわけで焼酒一つ。つまみはいいや」
「あいよ。で、こうして顔を見せたということは一段落がついたのか?」
 焼酒を出しながら親父さんが尋ねてきた。
「……別の意味で一段落だ。1年、この街を離れることになった」
「そりゃまたどうして?」
「この間ユニが街の中で攫われてさ、一緒にいたヴァルツも半殺しにされた。相手はアモルの連中だったんだが、そいつら相手にちょっとやりすぎて衛視隊に捕まってたんだ」
「ユニさんとヴァルツが!?」
 驚いた声を上げる娘さんに頷いて返すと、俺はさらに言葉を続けた。
「ヴァルツは一命をとりとめたしユニもすぐに取り戻した。ただその時のやり方が不味かった。翌日に衛視に逮捕されて、最終的に領主から1年間の領地外追放を言われた」
「そうだったのか。出発はいつになる?」
「6日の朝イチを予定している。人ごみに紛れて出ていく感じだ」
「なるほどな。しかし1年の追放か……」
「まぁ旅先でも依頼は受けるつもりだよ。ギルド支部の方でも、ランク5程度だから相手に舐められんだ、とっととランク上げやがれと釘刺されたしな」
「そうだな。1年ではランク3まで上がるのは無理だろうが、ランク4なら上がれるだろう。ちなみにあと何回だ?」
「ちょっと待ってくれ。実は俺も把握してない」
 冒険者手帳を取り出して内容を確認する。ひーふーみーよーの……あれ?
 どこか飛ばしたか?見落としたか?
 もう一度、ひーふーみーよーの……さっきと一緒だな。マジかよ。
「……まだ半分も行ってねぇ。ランク5になってから9回しか依頼達成してねぇや」
「そんなに少なかったのか?ランク5に上がったのは確か去年の夏前あたりじゃなかったか?」
 親父さんも意外といったように俺の冒険者手帳を覗きこんできた。
「ああ……でも思い返してみりゃ納得だ。剣闘士になったり蜥蜴人と旅をしたり、アモルの連中とやりあったりと色々あったわ。依頼にカウントされない揉め事もあったし」
「……そういやそうだったな。蜥蜴人との旅で結構時間がかかって、そのあと更に冒険者を休業してたんだよな」
「そうなんだよ。いやこんなペースじゃさすがに拙い。旅先ではなるべく短期間で済む依頼を受けるようにするわ」
「ああ、是非そうしてくれ。さすがにその数は少なすぎだ」

「……で、だ。ここに来たのはもう一つあるんだ。ちょっと聞きたいことがあってさ」
 気を取り直して、ここに今日来ることになった理由を説明する。
「つーわけで、この街で預けた金を他所の街で引き出せるサービスというか仕組みなんて心当たりないかな?」
「あるぞ」
 オヤジさんが簡潔に答えた。
「ウチのような冒険者の宿ではやってないが、冒険者ギルドの支部でそういう事をやってる」
「……初耳なんだけど」
 そんなサービスがあるなら教えてくれよ。金貨や大白金貨を屋敷にじゃらじゃら置いておくの不安なんだよ。金庫に入れてるとはいえ不在が多いんだし。
 そんな意味を込めた目でオヤジさんを見ると、オヤジさんは肩をすくめてみせた。
「確かにあるにはあるが、利用できるのはランク4からだ。だから今のお前さんじゃ、知っていても利用できん。ランク4に上がる時に説明するつもりだった」
「そうなの?っつーか何でランク4から?」
「ランク5まではたいして遠出もしないし、持ち歩く現金だってたかが知れてる。それにこれはサービスを提供する方にも相応のリスクが発生する。誰も彼もと利用させるわけにもいかん。必ず悪用する奴が出てくるからな。
 ランク4ともなればそれなりにギルドに貢献していることになるから、そのくらいのリスクは呑んでやろうというギルド側の判断だ」
「なるほど、なら仕方ねぇか。つーと俺の場合は結局持ち歩かにゃならんわけだな」
 そう言ってため息をつく。
「そんなに金持ちだったのか?」
「まぁ、全部大白金貨に交換しても腰にぶら下げるには重すぎる程度の額はある」
「結構溜め込んでたんだな。依頼はそれほど受けちゃいないのに」
「以前に襲ってきた違法奴隷商を返り討ちにして、馬から馬車から身ぐるみ取り上げたのがでかい。あと副業でいろいろとな」
「旅の間はどこかに預けるわけにはいかんのか?」
「読めない本を翻訳できる魔道具を探してんだ。出来るなら今回の旅で手に入れておきたい」
「なるほどな。なら現金は必要か」

「……ところで、お前さんが旅に出るとなるとオイルマッチはどうなる?」
 少しの間があって、オヤジさんが尋ねてきた。
「それについてはカワナガラス店に丸投げしてきた。不在中はそこが万事取り計らってくれるはずだ。近いうちに連絡が来ると思う」
「ならいいんだがな。今月分の売り上げはどうする?」
「んー、なら貰っておくわ。他の3か所からも貰ってるし」
「払いは大白金貨の方がいいか?」
「そうだね。金貨や半金貨で貰ってもすぐに両替することになるし」
「それもそうだな。じゃあほれ、150個分で大白金貨6枚だ」
「確かに」
 親父さんが差し出した大白金貨をさくっと財布にしまうところだが、1枚だけオヤジさんに差し戻した。
「これはなんだ?」
「ここには随分世話になった。俺からの感謝として皆に奢ってやってくれ。来年には戻ってくるが、忘れないでいてくれよ、ってな。まぁ俺からの餞別代りだ」
 俺の言葉にオヤジさんがやれやれと言った風に大白金貨を受け取る。
「……餞別ってのぁ送り出す方が渡すもんだぜ。だがまぁ了解した。お前さんの席は残しといてやるよ」
「頼むぜ。じゃあ話は以上だ。ごっそさん」
「おう、気を付けて行ってこいよ」
 ひらひらと手を振って石巨人亭に別れを告げると、そのまま屋敷へと戻った。

-2-
 屋敷に戻って貯金全部を取り出すと、今度は馬車ギルドに向かうことにした。
 開いているかは賭けだったが、どうやら今日は特別に営業しているようだ。
「こんちは。中古でいいから荷車を1つ買いたいんだが、在庫はあるかな?」
「中古の荷車のご購入ですか、現在でしたら2台の在庫がございますが、ご覧になられますか?」
 受付に尋ねると、そう聞き返された。
「そうだな、実際に見せてもらおうか」
 受付に案内されて奥の倉庫に行くと、大きさの違う2台の荷車が鎮座していた。
 大きな方はかなりしっかりした作りで、重量物の運搬にも耐えられそうだったが……小さい方は何と言うか、年季が入ったと言えば聞こえはいいが、分かりやすく言えばボロっちぃ荷車だった。
「普段はもっと在庫があるのですが、大市が近いこの時期ですとどうしてもこのくらいしか在庫がなくてですね……」
「いや、俺も急に必要になったもんだから贅沢は言わんよ」
 受付に答えながらボロい方の荷車をチェックする。荷台の横板がガタついていたり、床板が一部たわんでいたりするが、まぁ使う時にちょっと気を付ければよかろう。
 車軸が結構すり減っているものの、すぐに折れるということもなさそうだ。
「そちらの荷車でよろしいのですか?」
「ああ。長く使うもんじゃないし、運ぶのも重量物ってわけじゃないしね。3人分の服とか布団とか、身の回りの小物が精々だ」
「その用途でしたらその荷車でも問題はなさそうですね。引く動物はどうされますか?」
「いや、この大きさなら俺が引くわ。その代わり、防水の幌とか覆いみたいなのはあるかな?」
「皮製と布製がありますが」
「安い方で」
「では防水処理した皮の覆いで構いませんね」
「あとはグリスも少し分けてもらおうか」
「かしこまりました」
 そんな感じで商談はさくさくと進み、ボロい荷車とメンテセット一式を購入した。

 その後は、こちらも特別営業していた両替商に寄って、手持ちの金のほとんどを大白金貨に交換した。
 これで大分軽くなった……というか、まぁ現金以外にモノを持って行けるだけの余裕はできた。
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