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第10章

第6話 魔法の碾き臼を捨てた者

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―――前回までのあらすじ――――――
アモルの非正規部隊からと思われる偽の依頼で命を落としかけたディーゴ。
しかしそんなことなどお構いなしに、日常はやってくる。
――――――――――――――――――


-1-
 偽の依頼による襲撃を受け、ディーセンに戻ってから10日近くが経過した。
 身辺の警戒は続いているが、それでも平和で忙しい日々を過ごしていた。

 まずユニが、俺のいない間に冒険者のランク6に昇格したので、祝いを兼ねてちょっといい店で夕食会を開いた。
 俺は俺でギルドの支部に毎日のように顔を出し、盾を使った戦い方を叩き込まれている。
 オイルマッチの方も順調なのだが、実はこれが一番忙しい。

 カワナガラス店に制作を頼んでいた、携帯用の精製油容器と店頭販売や移し替えで使う蛇口付き大瓶が出来上がったというので、ガーキンス氏を誘ってカワナガラス店に顔を出した。
 オイルマッチ関係は今までは俺が中心に動いてきたが、ある程度形になった後は精製油関係はガーキンス氏、オイルマッチ本体は俺といった具合に分業することを決めていた。
 それに合わせて、カワナガラス店とガーキンス氏を顔合わせしておこう、となったわけだ。
 カワナガラス店の面々とガーキンス氏の顔合わせは順調に終わり、携帯用の容器と蛇口付き大瓶もガーキンス氏の了解が得られた。
 ちなみに携帯用の容器は、カワナガラス店以外の2つのガラス細工店にも同じものを注文しており、そのとりまとめはカワナガラス店がやってくれることになった。
 去り際に携帯用容器150個と蛇口付き大瓶5個を受け取ったので、蛇口付き大瓶2個だけを俺の屋敷に運び込み、残りはガーキンス氏の所に持って行った。
 ひとまずこれで、オイルマッチの精製油に関しては手が離れたことになる。

 俺の方は俺の方で、抱えているオイルマッチ300個に精製油を充填して販売先にばらまく作業がある。
 蛇口付き大瓶を作ったおかげで作業自体は誰でもできるので、ユニのほか使用人3人を動員して半日で済ませた。
 翌日にはそれを販売委託先のギルド支部、石巨人亭、ガーキンス氏、カワナガラス店に持っていく。
 今回は初回ということでそれぞれ100、50、50、50を置いてもらう。手持ちは300あるので50が残るが、これは自分で使うなりちょっとした贈り物代わりにするなりでとっておくことにした。
 代金については売り上げた分を月末にまとめて払ってもらう形式だ。
 まぁ将来、委託販売先が増えれば買い取り方式も考えるが……さすがに今回頼んだ4ヶ所の中で売り上げをごまかすようなところはなかろう。

 委託販売先に品物を全部配り終えて、さて一息付けるぞと思っていたら今度は鍛冶ギルドから呼び出しがかかった。
 追加で頼んでいたオイルマッチ500個が出来上がったそうだ。
 ……そういやこの月の中盤前には出来上がるって言われてたっけ。
 鍛冶ギルドを訪問して、品物を受け取りがてらに代金を支払う。前回の鋳型を使いまわしたとのことで今回から値が下がり、金貨19枚の支払いになった。
 その場でさらに追加で500個を再注文し、屋敷に戻ると精製油の充填作業に取り掛かった。
 今回の充填作業はそれほど急ぎでもないのでユニと2人でちまちまと2~3日をかけるつもりだったが、その作業中に今度は委託販売先から立て続けに追加注文が入った。
 ……売りに出して3日と経ってないはずなんだが?
 急いで充填作業を済ませ、委託先4か所に品物を持っていく。今回は500個全部をばらまくので、納入する数は前回の倍だ。
 納入がてらに売れ行きのペースを聞いてみたところ、ギルド支部と石巨人亭は販売初日に冒険者相手にごそっと売れて、翌日以降は初日に居なかった冒険者や目ざとい商人たちが買っていったとのこと。
 ガーキンス氏の所とカワナガラス店は、初日こそ売れ行きは鈍かったが翌日から急に増えだした、と言われた。
 次の納期を聞かれたので来月の10日ごろ、と答えはしたが……おそらくそれまで持たないだろう、とは委託先の共通した認識だった。
 まぁ確かにそうかもしれんが、スタートダッシュで調子に乗って売りまくると、後になって精製油の供給が追い付かん可能性が高いのよ。
 コレがなければ生きていけない、という品ではないので、今回入手できなかった人にはちょっと辛抱してもらおう。

-2-
 2度目の納品を終えつつ2回目の取説印刷の発注も済ませ、さて稽古に本腰入れるかと意気込んだ矢先に今度は屋敷に来客があった。
 ウチに客とは珍しいな、と、知らせに来たポールに名前を尋ねてみたら、トドロ商会のケルヒャーと名乗りました、と返ってきた。
 …………またえらく懐かしい名前が出たな。
 名前を聞いて訪問の理由になんとなく予想がつき、同時にちょっと面倒臭いことになりそうな予感もしたが……セルリ村にいたときはそれなりに世話になった相手なので、気は乗らないがひとまず会うことにした。
 ケルヒャーには先に応接室に入っていてもらい、俺は軽く身支度を整えてから応接室に向かう。
「久しぶりだね、ケルヒャーさん」
「ディーゴさん、お久しぶりです。セルリ村から街の中に引っ越したのは聞いていましたが、こんな大きなお屋敷に移っていたんですね」
「なに、でかいだけでまだ必要最小限しか揃ってないハリボテみたいなもんだけどね」
 互いに握手を交わしながらにこやかに挨拶をする。営業スマイルなんて言葉があるが、技術職だって相応に使う機会はあったんだぜ。
 その後は、ユニが淹れて持ってきてくれた紅茶を飲みつつ当たり障りのない互いの近況報告が続き、それが終わったころ、少しの間があってケルヒャーが本題を切り出した。
「先日耳にしましたが、最近オイルマッチというものを作って売りに出したそうですね?なんでも着火の魔道具並みに簡単に火がつけられる道具とか」
「ああ、まぁね。こんな屋敷に加えて使用人も雇ってるもんだから色々と出費が多くてさ。ちょっと頑張って稼がにゃならんなーって思ったわけよ」
「そうでしたか。私が聞いたのは冒険者ギルドの支部で売りに出されているとのことでしたが」
「いや、それ以外にあと3か所で売りに出してる。まぁ、品物先渡しで売れた分だけ代金を貰う、委託販売の形なんだが」
「なるほど。……どうでしょう、その売り先にウチの商会を加えてはいただけないでしょうか?」
「ふむ、トドロ商会さんをね……」
 やっと切り出された本題に、肚は決まっていながらも少し考える素振りを見せる。
「や、スマンが今はそういうのは考えてないな。当面は4ヶ所のままでいく予定だ。せっかく来てくれたのに申し訳ないが」
「え……?」
 信じられないと言った顔でケルヒャーがこちらを見た。
 まぁセルリ村にいた頃なら当然のように「じゃあお願いできますか」「分かりましたお任せください」の流れになっただろうし、ケルヒャーもそのつもりで来たのだろうが生憎今は事情が大きく異なる。
「今のところ4か所に卸すだけで生産能力的に手いっぱいでな、他に回すほどの余裕はないんだ。それに他所との兼ね合いっつーか事情もあって、ほいほいと増産しまくるわけにもいかん」
「そんな……そこをなんとか!なんとかお願いします!!」
「なんとかと言われても無理なもんは無理よ」
 縋りつくように懇願してくるケルヒャーをなだめるように答える。
「販売の手数料は他の半額でも構いません!他にもできるだけディーゴさんの希望に沿いますからどうか!!」
「だからそういう問題じゃないんだってばよ。単純に他所にまで回せる数がないんだって」
「どうか、どうかお願いします!セルリ村でのお付き合いに免じて!どうか!!」
 頭を下げつつなおも食い下がるケルヒャー。こうなりそうだから出来れば会いたくなかったんだけどな。
 以前世話になっただけに上っ面だけでも穏便に収めたかったが、相手がこっちの話に耳を貸さずに自分の希望をゴリ押ししてくるんじゃ仕方がない。こうまでされたらずぱっと引導渡すしかねーか。
 ケルヒャーにも聞こえるように大きくため息をつくと、モードを切り替えて椅子にどっかりと座り直した。椅子の背もたれにも大きく背を預けて、上から目線の体勢をとる。
「ケルヒャーさん、頭上げて」
「ですが!」
「じゃあそのまま聞け」
 さっきまでとはうって変わった俺の低い声と命令口調に、ケルヒャーが頭を下げたまま上目遣いで俺を見た。
「まぁお宅のとこにはセルリ村では確かに世話になった。だが、ちっと思い出してもらおうか。お宅と俺が最後に会ったのはいつだ?」
「えと……それは……」
「昨年の1月か2月か忘れたが、その辺りが最後だったはずだ。そして俺がこの街に引っ越して以降は一度も会っていない。違うか?」
「いえ、その通り、です」
「俺の記憶に間違いがなければ、俺はお宅に何か頼み事してたよな?」
「はい……。確か、豆から作る……しょっぱい調味料を、さがしている、と」
「で、どうなったんだ?それ。引っ越してこのかた、一度も報告がないんだが」
「いえ、あちこちで調べてはいますが……まだ……」
「ふぅん……じゃあそれはもういいや。忘れて」
「すみません!頼まれた調味料は必ず探し出します!ですから」
「俺の話はまだ終わってねーぞ」
 がばっと頭をあげたケルヒャーの言葉を、低い声で強引に遮る。
「聞きたいことはもう一つある。俺がこの街に引っ越してから、図面はいくつ売れた?」
 俺の質問にケルヒャーがびくりと体をすくませ、やがて小刻みに震えだした。
「まぁ1~2月の時点で売れるペースは大分落ちてはいたが……まさか俺の引っ越しと同時に全くのゼロになったってことはねーよな。
 それにお宅に図面の権利を売った記憶も、手間賃について契約変更した記憶もないんだが……俺が忘れているだけかね?」
 忘れていたにせよ着服したにせよ、客に払うべき金を払っていないことはたとえ少額であっても商売に携わる者にとっては大問題だ。
「も、申し訳ありませんっ!!」
 がばりとケルヒャーが頭を下げる。勢いあまってテーブルに額を打ち付けたようで、鈍い音がした。
「売れた図面の手間賃は明日いや今夜必ず持参します!」
 そう言って頭を下げ続けるケルヒャーの後頭部を見ながら、俺はこの日何度目かの大きなため息をついた。
「ここまで言えばいい加減分かると思うが、もうお宅の商会は信用できねーんだ。セルリ村での件があるから他所には黙っておいてやるし、今後俺が作るかもしれない品物の取引先にも、条件次第では選択肢に入れてやる。
 だが、村にいたときのように、開けた口にわざわざ餌を運んでやるような付き合いは、今後一切ないと思え」
 うなだれたままのケルヒャーにそう言い放つと、椅子から立ち上がって応接室の扉をあけた。
「話は以上だ。お帰り願おうか。見送りはせんがな」
 その言葉にケルヒャーはゆっくりと立ち上がると、俺に向かって深々と頭を下げ、応接室を出ていった。

 なおこの日の夜、トドロ商会の会長を名乗る老人とケルヒャーが屋敷を訪れ、応対に出たウィルに丁寧すぎる謝罪をして金貨の入った袋を置いていった。
 置いていった金貨の数が少し多すぎるような気がしたが、返したところで拒否されるのは目に見えていたので素直に受け取っておくことにした。
 とはいえ、トドロ商会への態度は変えんけどな。
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